73話 闇のレクイエム
「そのボロボロの身体、彼女にやられたんだろ? それにしても全く我慢強いね君は」
確かにレラジェの言う通り、ユーズの身体はローディによって手痛いダメージを受けていた。
しかしユーズはその痛みを麻痺させて戦いに臨む、突き動かすのは怒りだ。
「フフ、いつまで動けるかな?」
「!」
空気を斬り裂く5つの斬撃、その軌跡を追うことはできないが、ユーズは冷静に位置を見極める。
(確かに5連の刃は脅威、だが切り払った後の隙が大きい)
距離を保ちつつ攻撃できるチャンスを伺う。
その瞬間、レラジェは右手を突きだすようにして見えない刃を前へと放った。
(突きか!)
屋上の床に刃が突き刺さって穴が開く。
もしも回避が遅れていれば全身が串刺しになっていただろう。
「ハァ……ハァ……ハァ……」
「どうした? 僕に近づくこともできないかい?」
レラジェは余裕を持った態度で言い放つ。
目に見えずに感知もできない、一瞬で軌道を見極めなければいけない戦いは疲労が厳しい。
ユーズは息を切らしながら耐えていた。
(……奴の言う通り。俺は近づけない、だが隙を伺いながら持久戦に持ち込むしかないのも事実だ)
魔法で対応できるか否か、だが前は最強の魔法である天牢雪獄もレラジェの使う闇の魔法に相殺されてしまった。
「まぁ逃げ回るのもそろそろ飽きただろう? 僕も早く喰いたくなったよ、終わりにしようか」
(! まさか……)
レラジェは左手の指を広げ、魔力を集中させる。
『幻想剣』
「……さて、どこを斬り刻まれたい?」
右手の刃と左手の刃をワザとぶつけ合って音を鳴らす。
片手に5つ、計10の見えない刃をレラジェは構えた。
________
ヴェルたちは屋上への階段を駆け上がり、扉を勢いよく開けた。
すると目に入ってくるのは黒いヴェールのようなドーム状の結界。
「何だこれは……!」
「闇の魔法で作った結界です……恐らく外部から破壊するのは私たちでは不可能かと……」
「こいつのせいでユーズ君を感知できなかったんだね……」
アリウスのものと性質が同じようで、外から中の戦いを見ることはできない。
「くっ……こんなところで私たちは何もできないのか」
ヴェルは悔しそうに言う、中ではユーズが強大な敵と戦っている最中であるのに。
(ユーズ……祈っています。必ず勝って、無事でいてください……じゃないと私は……)
________
防戦一方、その表現は間違いなく当たっていた。
脅威の10連撃を放つレラジェ、もはや隙など見えなくなっていた。
(クソ……!)
剣で受け続けるが、このままいけば後ろに追い詰められて終わりだ。
それだけは避けなければいけない。
「フフフ。10刀流と戦った経験は君とて無いだろう?」
「あぁ、確かにな……」
「減らず口を叩ける余裕はまだあるみたいだね。でも君が勝つ未来はあり得ない、敗北は確定的だよ」
こうなれば零華でやるしかない、既に魔力は消耗しているが……。
「ようやくソレを抜いたか、君の切り札。しかしまさかそれって……いや、何でもいいか」
零華は急速に魔力を消費しながら刀身を形成し、圧倒的な規模の魔法を操れる。
しかし零華を使うということは自ずと長期戦を捨てる選択となるのも事実。
「だけどそれがあったとて、君は僕に近づくこともできない!」
猛烈な勢いで10連の斬撃が襲い来る。
やはり今は耐えるしかない。
(もう奴を倒すにはアレしかない……だけど諸刃の刃……当てるために、恐らく致命傷をくらう)
決死の覚悟、今まで皆と過ごしてきた思い出がまるで走馬灯のように蘇る。
だがレラジェをここで倒さなければ、その皆が傷つけられるかもしれない。
そう思えば……。
(差し違えてでも……!)
ユーズはその瞬間、攻勢に出た。
明らかに無謀とも言える行動だが、狙いがあったのだ。
(こいつの見えない剣は感知ができないだけで、魔力を具現化させた魔法の一種……! なら……!!!)
「はぁっ!」
ユーズが斬りかかる、だがそれは同時に己の無防備を晒すことだった。
「こいつで終わりだよ! ユーズ!」
レラジェは左手の5本で受け止め、右手の5本でユーズの身体を貫いた。
「……ゴホッ……!!」
明らかな致命傷、決着はついたように……見えた。
(今……だ!)
「!?」
高密度の魔力同士がぶつかり合う裂け目―ユーズが零華をぶつけていたそれは見えないだけで魔力の剣、十分に条件を満たしていた。
裂け目に魔力を流し込んだその時、ユーズたちの周りから色が消えてモノクロームの世界が映った。
(!!? 何だ、一体何が……!)
『晦冥!!』
反発し合う魔力、高密度の魔力の渦が爆発したかのようにエネルギーが迸る。
ありったけの力をユーズは注ぎ込んだ、死ぬことすらも厭わない。
「ぐっ、ぐおおおおおっっっっっ!!!」
レラジェの身体は吹き飛び、結界の壁へと当たる。
(か……はっ……! 何だ今のは……!?)
強烈な衝撃を浴びたレラジェは思わず困惑する。
見ると幻想剣が解除されているのみならず、左手はそのダメージで吹き飛んでいた。
(まさか……高密度の魔力がぶつかることによる空間の歪み……!? それを見抜くことができるだと……!?)
しかしレラジェにとってダメージは致命傷とまでは至らない。
左手が消失したのは手痛いが、こちらはユーズの身体を串刺しにした。
それならば勝負には勝ったと―レラジェが確信したその時だった。
「……!!?」
走ってきたユーズが目の前にいた、零華を振り下ろしながら。
そしてもう一度―ユーズたちの周りから色が消えてモノクロームの世界が展開される。
(2度……連続だとっ……!?)
『晦冥!!』
次の爆発はまさしく必殺の威力だった。
レラジェの身体に直接触れたそれは、彼の身体をバラバラに砕く力があったのだ。
「ば、馬鹿な……何故、動ける……?」
肩から上しかない状態、死にかけているレラジェは問う。
「初めから……差し違える覚悟だった。それならお前が……どこを狙ってるか予想するのは容易い、俺は急所からほんの少し身体をずらした、だけ、だ……」
「くく……ハハ……なる、ほど……僕の身体が高密度の魔力みたいなものだってことも……計算の上かい?」
「お前自身が前にそう言ってただろ。それに……お前は一発じゃ仕留められないとは思っていたからな」
前に相対した時のレラジェの言動、ユーズはそれを克明に思い出していた。
「ハハ……ハハハ……そうか。僕は死ぬ……のか? 亡霊たる僕が……? ククク……ハハハハ……!」
何が可笑しいのかは分からない、だが死にすらも一切の怯えがない。
人と違うその感覚をユーズは恐ろしいとも思った。
「君だって、その傷じゃ終わりさ……死ぬのが怖くないっていうなら、君も僕と同じだよ」
笑っていたレラジェは突然表情を固くする、彼の視線の上には……。
「……!?」
ピンク色のロングヘアーをした女が空中に……立っていた。
何故この中に入れるのか、どこから来たのか、そしてその眼は黒目と白目が逆で、それを含めて何もかもが不気味だった。
「〈星読み〉……? まさか、僕の死に様を見届けに来たのかい? ククク……」
レラジェは女を知っているようだった。
しかしユーズの意識も段々と曖昧になってくる。
(……そろそろ、か……)
だがユーズは一旦その意識を覚醒せざるを得なかった、何故なら女はいつの間にかユーズの目の前にいたからだ。
驚く暇も無かった、女は真っ黒な右の爪を突き立てユーズの左胸にそれを突き刺す。
「!?」
まるで何かが流し込まれているような感覚、そして身体の中の何かが逆流するような感覚、ユーズは苦しみの中でそれを感じ続けていた。
そうして女が右手を抜いて目的を達すると、彼の意識は手放された。
左胸に刻まれた謎の黒い紋章を残して……。
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