表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

73/102

71話 答え

「やぁ、上手く連れてきたみたいだね。作戦は成功だ」



 パチパチと拍手の音がする、その主はレラジェ。

 かつてネオスと名乗り、学園の裏で暗躍を続けていた秘密結社(アルカナ)の構成員だ。

 その正体は亡霊(ファントム)、人の心から生まれた魔族。



「流石サキュバス(・・・・・)の血を引くだけある。その気になれば男を魅了するのはお手の物ってわけだね」



 レラジェは意識を失った状態でローディの両腕に抱かれているユーズを一瞥し、邪悪に笑う。

 そしてローディの肩に手を乗せてから言った。



「どうだい? これから僕と一緒に……」



「馴れ馴れしく話しかけないでください。あなたに感謝はしてますが、アタシにはアタシの目的があります。余計な接触をすると、消しますよ?」



 ローディの眼が光り、レラジェを脅すように魔力を周辺に放った。



「やれやれ冗談が通じないなぁ。ま、フラれちゃったのはしょーがないね」



 レラジェは手を離す。



宿屋(ここ)の従業員は既に全員幻惑(イルージョン)でコントロール済みだ。今夜はゆっくりと2人の時間を過ごすといい」






________







 ローディはそのやり取りを思い出していた。

 レラジェの言う通りにユーズが思い描いた形で動いてくれれば問題はなかった、だが……。



「ローディ、君は……」



「何です? ふ〜ん、見惚れちゃってるんですか?」



 目の前のローディ、それは見た目も魔力も人間のそれを明らかに逸脱していた。

 どちらかと言えば……本性を表したレラジェのそれに近い。



(どうする……どうすれば……)



 どうすれば元の彼女に戻ってくれる?

 俺の頭の中はただそれだけに支配されていた。



「少しお仕置きしなきゃ、ですかね?」



「!」



 ローディの右手が動くと暗闇から刃が飛ぶ。

 その斬撃は俺の頬を掠めると、皮膚が裂けて血が出た。



「痛いですか? 痛いですよね……でも」



「アタシのことを素直に受け入れないユーズが悪いんですよ?」



 ローディが近づいてくると、俺の頬の血を拭い、それを口元に運んで言った。



「さぁ、どうします?」



 彼女の眼光は鋭く妖しく俺の目を真っ直ぐに見据えた。

 瞳の形が見える形でハートに変わる。



「……」



 俺が沈黙という答えで再び申し出を断ると、彼女は雰囲気を固くして暗闇の刃を何本も伸ばした。

 刃は俺の身体を次々に切りつけ、その度に血が流れ落ちる。



「これでもまだ駄目なんですか?」



「言った筈だ。俺は……元のローディに戻ってほしい」



 痛みはジリジリと身体を蝕む、致命傷を与えない程度のダメージを何度も受け続ける。

 だが俺は抵抗しないでいた。



 彼女を傷つけたくはなかったし、何より彼女ならいずれ無意味な攻撃を止めてくれると思った。

 しかし……。



「我慢強いですねユーズ。でもこれ(・・)は耐えられないですよ、必ずアタシを受け入れる……」



 ローディは魔導書を取り出した、皆で遊びに行った時に買ったあの赤い魔導書だ。

 闇の魔力が収束する、恐らく次の攻撃は今までのような小手先のものではない。



『貪欲なる幽世(かくりよ)の扉、今開きて生者を喰らわん。魔空間(イービルドア)!』



「ッッッ!!」



 収束した闇の魔力が球体となって現れ、俺の身体を襲う。

 まるで身体が引き裂かれるような激しい痛み、俺の魔力がその空間に吸収されていると分かった。



(う……うぐッ……!!!)



「かはっ……!」



 魔法が効果を終えた時には俺はもうまともに立っていられなかった。

 身体だけでなく意識すらもフラフラと混濁し始める。



(ローディ……)



 だがここで倒れてはいけない、俺は彼女を見た。

 その瞬間に俺の心に色々な感情が流れ込んでくる。



「もう止めましょう? これ以上我慢したって何にもならない、アタシと一緒になりさえすれば……ユーズはもう痛い思いをしなくてもいいんです!」



 確かに俺の身体は痛い。

 だがローディの表情はそれよりもっと、痛々しくすらあった。



「早く答えてください。アタシのものに……なりますか?」



 俺は無言のまま彼女に近づく。



「何で何も言わないんです? 早く答えを……早く……早く、早く、ハヤク!!!」



「すまない」



「……っ!」



 俺は瞬間的な衝動でローディを抱き締めた。

 もうこれ以上、俺のせいで苦しむ彼女を見たくなかった。



「ごめん、俺がもっと……鈍くなければ君をこんなに苦しめることなかったんだ」



 海で見た、彼女の涙。

 あれは見間違いでもなんでもなく……。



「君の気持ちに早く気づいてれば……」



 彼女は親友であるヴェルのことを考えて、ずっと溜め込んでいたことにようやく俺は気づく。

 それなのに俺は無神経に……彼女を傷つけていた。



「ユー……ズ……」



 ローディの目から涙がこぼれた。

 そして彼女は思い出す。



(ずっと私はヴェルに気を遣って……でも、違う。私は壊したくなかった……本当は)



 王立魔法騎士学園(ナイト・アカデミア)で生まれた新たな関係、ヴェルとユーズとフエルと……ユーズを中心に作られた友人の輪を壊したくなかった。

 自分が気持ちを打ち明けたら、きっと元の関係には戻れなくなると思った。

 でもこんなに目の前のユーズは優しかった、そう思ったら……。



「……」



 ローディの身体が人の姿に戻り、立ち込めていた闇の魔力も急速に弱まる。

 代わりに彼女が好いた男へしがみつく力と、涙がとめどなく溢れる。



「ローディ……ごめん……俺……」



 しばらく黙って抱き締めていた彼女に、俺はある言葉を告げるべく身体を離そうとした。

 だけどそれは彼女によって途中で止められる。



「ユーズ……良いです。続きは言わなくても、分かってますから……。でも……今だけは夢を見させてください……こうやって……今だけでいいから……」



 抱き締め返される力が強くなる、俺は胸の中で泣く彼女の願いを受け入れた。

 こうしているだけで、彼女が救われるなら……。



 好きって……何なんだろう。



 俺はそんな疑問がふと心の中に湧いた。

 こんなに真面目で健気で頑張っているローディが……その気持ちのせいで、どうしてこんなに苦しまなければいけないのか。

 そして彼女の気持ちに応えられない俺自身の感情が、とにかく今は何よりも憎かった。



 ひとしきり涙を流したローディは、酷く疲れたのか眠ってしまった。

 俺はそんな彼女をベッドに寝かせてから、倒れまいとして意識を覚醒させる。



 まだ、俺にはやることがある。



「出てこいよ……レラジェ」



 俺の後ろ、部屋の入口に奴は立っていた。

 まるで俺たちをずっと観察していたかのようだ。



「罪深い男だね君も。彼女の望むように、彼女を抱いてやったら全ては丸く収まったのに」



 その言葉に俺の抑えていた心の鎖は切れた、おもむろに俺は剣を抜いてレラジェへと斬りかかる。



「フフッ、どうしたんだい? そんなに興奮して。僕の言葉がそんなに刺さった? あぁ、もしかしてヴェルエリーゼって娘に義理を通すために……」



「黙れ!」



 声を荒げて剣を振るう、痛みも疲労も感じないかのようだ。

 激しい怒りのために脳がそれらを麻痺させた。



「屋上で待ってるよ、ユーズ。君はここで僕が始末してあげる」



 そう言い残すとレラジェの身体は霧のように消えていった。

 屋上、俺は考える暇もなく部屋を飛び出した。



「くくく、ははははは!!!」



 今宵は月明かりが強い、秘密結社(アルカナ)のコートに身を包んだレラジェは屋上で堪えきらないといった様子で高笑いを始めた。



(まさかここまでとはね……。サキュバスの誘惑すら跳ね除けてくるとは、僕の見込んだより遥かに面白い男だ)



 レラジェは興奮を隠しきれずに笑っていたが、やがて右手で顔を覆うと一言呟いた。



「喰い甲斐がある」

 本作品を見てくださりありがとうございます。


 面白いと思われましたらブックマーク、ポイントを是非ともお願いします。


 面白くなくても☆1でも大歓迎です。


 それを頂けましたら作者のモチベーションが上がっていきます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ