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70話 抑え難く

「……?」



 俺は唐突に目覚めた、何か今までフワフワとした寄る辺のない舟に乗っていたかのような……そんな感覚に襲われていたように思う。

 目の覚めた場所は見覚えのない薄明かりのついた部屋、既に夜らしく街の光が窓から覗く。



(あれ、俺って何してたんだっけ……)



 そういえば今日は休みが明けてから突然見た目も態度も変わったローディに、放課後街に行こうと誘われたのだ。

 そして途中から記憶が抜けている、最後に覚えているのは服屋でリボンを眺めていた時だ。



(頭が痛い……)



 頭部への鈍い痛み、今日はどうにも意識がスッキリしない日だったのを覚えている。

 頭痛と何か関連があるのだろうか。



(そもそもここはどこなんだ……?)



 全く覚えのない広い部屋、窓に近寄って景色を見ると、かなり高い建物だということは分かった。

 夜にも関わらず、眼下の街の賑わいを見るに何となくの場所は見当がつく。



(まさかエクラールム街……? どうなってんだ一体……)



「いい眺めですよね。流石は王都一の高級宿屋(ホステル)です」



 振り向くと、薄明かりの中にローディが立っていた。

 黒いシースルーのネグリジェに身を包み、目のやり場に非常に困る格好をしている。

 だが俺の脳は思ったよりも冷静で、まずは彼女に事情を聞くのが先ではないかと思った。



「もう、そんなに怖い顔しないでください。折角の機会なんですから〜」



「ローディ、ここは何なんだ? それに俺の記憶が抜けてるのは一体……」



「いいんですよ、そんなこと気にしなくても。それより今日はアタシたちの最高の記念日にしましょうね♡」



 こちらの質問を頭から無視するローディ、今まで彼女に感じたことのない感情が頭に渦巻く。



「俺は本気で言ってるんだ。……もう一度聞く、どうして俺たちはこんなところにいる? そして何故俺の記憶が抜けているんだ?」



 語気を強めて問うと、彼女はハァとため息をついてから口を開く。



「真面目ですねぇ、そういうところも嫌いじゃないですけど。でも据え膳食わぬは男の恥、ですよ?」



 ローディは目を細めてニヤリと笑う。

 彼女の魅惑的な雰囲気にドキリと心臓が鼓動した、だが待てよ。

 今日はこんな感覚でずっと彼女のペースに飲まれ記憶まで抜けている、何かおかしい。



「俺に……何かしたのか?」



「もう〜しょうがないですね」



 ローディは聞く耳を持たない、いきなり手を引かれてベッドの方へと押し倒された。

 彼女の顔が非常に近い、息遣いすら聞こえてくる。



「ふふっ、ドキドキしますね♡」



「……」



 口の中が渇いて何も言えない、意識をしっかり持たないと状況にすぐ飲み込まれると思った。



「……どうしてこんなことを」



 やっと絞り出した言葉だった。

 だが彼女は平然と続ける。



「ユーズは鈍感だからハッキリ言っちゃいますね…………アタシをユーズのものにしてください、そしてユーズを……アタシのものに……させて?」



 心臓の鼓動が未だかつてないほどに鳴り、顔が熱を強く帯びる。

 右手が思わず伸び、彼女の上になるように身体を反転させた。



「良いですよ……来て、ください」



 ベッドに広がる紫混じりの金髪、潤んだ瞳、自分を迎え入れようとする熱。

 目の前の全てが魅惑的だった。



(……!!!)



 俺の中の理性が崩れようとしている、獣の欲望は抑え難く今にも爆発しそうだった。

 だが心の中の誰かが引っ掛かり、俺に不合理な選択をさせた。



「……どうしてですか?」



 ポタポタと血が口から垂れる、動きが止まった俺の姿を見てローディは問いかけた。

 口の中に広がる鮮血の味と痛み、俺は舌を噛むことで己を無理矢理に覚醒させた。



「駄目だ。こんなこと……」



「アタシのこと……嫌いですか?」



「そんなわけない!」



 呼吸荒く、彼女から離れる。

 このままだとまたどうにかなってしまいそうだ。



「俺は元の君に戻って欲しい。……それだけだ」



「……んで?」



 ローディは聞こえないほどに小さく呟いた、だが次第に彼女の気持ちが溢れる。



「何で元のアタシに戻らなきゃいけないんですか? 今が一番良い……欲しいものを欲しいと言える勇気のある今のアタシが……」



 ローディは思い出していた。

 ユーズと初めて出会った時のこと、地下迷宮(ダンジョン)で彼に助けられたこと、学外任務に一緒に来てほしいと誘われたこと、海で彼とヴェルが2人きりで話していたのを見てしまったこと―



「元のアタシなんて勇気がなくて何もできなかったじゃないですか。何もできないで……後悔するだけの……」



 海でユーズとヴェルが話していた時―それがトドメだった。

 親友に気を遣って、何も行動できなかった自分が憎かった。



「いいですよ。そこまでアタシを拒むなら―」



「!?」



 紫色の光がローディからほとばしる、そして強く感じる強大な闇の魔力。

 それだけではない、彼女の外見にも変化は現れていた。



「アタシのものにしてあげます♡ ……強引にでも」



「ローディ……君は……」



 頭から生える2本の角、悪魔の如き大きな翼、黒い尻尾、そして下腹部に妖しく光る2重のハートのような紋章―間違いなく人ではない姿だった。







「くくくくく……始まったね。思うがままに力を振るうといい。そして手に入れるんだ、君の本当に欲しかったもの(ユーズ)をね」



 2人のいる高級宿屋(ホステル)、その屋上に亡霊はいた。

 1つ下の最上階からほとばしる強大な闇の魔力を感じながら、亡霊―レラジェは勝利を確信していた。






________







 一方、ヴェルエリーゼは2人の行方を探し続けていた。



「はぁ……はぁ……一体、どこにいるんだ……?」



「ゔ、ヴェルエリーゼさん……ちょっと休憩……」



 フエルも激しく息を切らしていた、2人の行きそうな王都の施設はあらかた探し回った筈。

 中々帰ってこないローディを心配し、アレンシア家の人間からセルシウス家へと連絡がやってきたのだ。

 ヴェルは一旦屋敷へと戻り、その旨を聞いて再び2人の捜索を行っていたところだ。



(後はどこだ……私たちの想像もつかないような場所なのか? もう探していない場所と言えばエクラールム街くらいしか―)



 王都最大の夜の歓楽街、いかがわしい雰囲気も強いそんなところにローディが行くのか?

 しかし最近の彼女は何を考えているのか自分にも分からない。



(もうそこしかない……!)



「フエル!」



 次に向かう場所を言おうとフエルの方を見たヴェルエリーゼ、しかしフエルは既に何かを感じ取っていた。



「向こうの方。かすかに闇の魔力……ローディさんのと同じ……かもしれない」



 フエルの指し示す方向はエクラールム街の方向と一致している。

 これはもう間違いない、そんな予感が走る。



「行くぞフエル!」



「う、うん!」



 すぐさま走り出す、嫌な感覚がずっと心に渦巻いている。

 あの優しく真面目で控えめなローディが―自分たちに闇の魔法をかけるなんて信じられなかった。

 しかもユーズに対しては何らかの魅了をしていた可能性だって高い、今までの彼女とはあまりに違い過ぎる。



(ローディ……ユーズ……!)



 とにかく何事もなく万事無事に終わって、今までの自分たちのように仲良く笑っていたい。

 ヴェルは強く、心の底からそう思っていた。

 本作品を見てくださりありがとうございます。


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