63話 うねり
「しかし……良かったのですか?」
「何がじゃ?」
「彼らを島に行かせたことです。現在の殿下、いえ王国を取り巻く情勢を考えますと妙な動き一つが命取りとなりかねません」
ティルディス護衛の騎士がヨーゼルに問う。
「フォッフォッフォッ。彼らが何も気兼ねせずに楽しめるよう守るのが今回のワシらの役目じゃろう? それに好奇心旺盛な彼らがあの島へ行くのは予想のついたことじゃ」
あくまでヨーゼルは余裕を見せて笑いながら答えた。
「……確かにお主らの懸念は分かる。秘密結社が動いているというのはワシの耳にも届いておるが、それは強く警戒すべきことじゃ。しかしいずれにせよ若い彼らが楽しみを謳歌できる時間はそれほど多くない、ワシは若い者たちの希望をできる限り叶えていきたいのじゃよ。それに……お主らのような実力者ならば多少のことは心配などないのではないか?」
「……お褒め頂き光栄です」
ヨーゼルの話した通り、今日のティルディスの護衛についていた騎士たちはAランク任務を何度もこなしていた強者たちだった。
小隊の人数は5人、黒髪をオールバックにしている落ち着いた雰囲気の壮年男性隊長―ダグラス・エルフォード。
金髪の若い長剣使い―ライナス、大盾を持った守護騎士―ヘルム、2mはあろうかというパワーファイターの大男―セオドール、軍帽を被り赤紫の美しい長髪を携えた魔導書使い―イライザ。
いずれも学生時代は幾つもの星褒章を獲得してきたエリートたちであった。
「お主ら上位の騎士が護衛につくとは、騎士団が最近の事態を軽く見ていない証拠じゃ。ワシは君たちを信頼しておる」
________
一方で結び島では―
「うわああああっ!!!」
フエルが恐怖で叫びながら走る、そこは丸い形状の刃物がブンブンと幾つも振り子のように木の枝からぶら下げられた道だった。
『地動壁!』
フエルを守るように土の壁が出現、そしてその陰からユーズが飛び出す。
『氷縛!』
刃物は氷で固められてその動きを失う、見事な連携プレーだった。
「た、助かったぁ……ありがとうハルク君、ユーズ君」
「そんなに慌てて走り出すなよ。この島、わけのわからない仕掛けばっかりなんだから」
「ご、ごめん、ついパニックに……」
しかし罠にかかっていたのはフエルばかりではなかった。
「あーもー! 何なのよココ!! 落とし穴だらけじゃないっっ! 腹立つわね!」
シオンが烈火の如く怒り出す。
通ってきたところが落とし穴ばかりで、それに何度も引っかかったらしい。
「だが、本当に宝の匂いがしてきたぜ。そろそろ島の中央に着く筈なんだが……」
相変わらずティルディスは宝探しを諦めていない様子である。
これだけ過酷な罠だらけなのに気圧されないバイタリティは尊敬すらできる、とユーズは思った。
「でもこれだけ人為的な罠ばかりだと……逆に怪しい気がしますね。刃物は結構古くて錆びてますし……」
「もしも本当に宝があるとするなら私は楽しみだけどな」
ローディは冷静に分析し、ヴェルは宝探しに乗り気という様子。
「ここまで苦労させられるなら、何かなければ大損の気分だがな」
アリウスはやれやれといった風に辺りを見回す。
本当にこれで何もなければ骨折り損もいいところである。
「おい皆見てくれよ!」
ティルディスが大声で皆を呼び集める、そこに行くと薄暗い大穴が地面にぽっかりと口を開けていた。
「もしかして宝があるならこの中かもしれないぞ。地図のばつ印にも一致するしな」
しかしこの大穴に入るのはかなり勇気がいる。
「一体どこまで続いてんのよこれ」
「測ってみましょうか」
ローディが手頃な石を中に落とした。
2秒後に石は一番下へ落ちたのか、ぽちゃんと音がした。
「下は水面なのか」
「2秒……ということは(1/2)×9.8×2の2乗……19.6mですね。大体ですがそのくらいの深さだと思います」
約20m、というのは結構な深さである。
だが島は形として盛り上がっているので、恐らく内部は海に面した洞窟なのだろう。
「問題はどうやって降りるか、だな。飛び降りたら大怪我だぜこりゃ」
下に向かってどう進むか、考えているとヴェルがこっちを向いてきた。
「ユーズ、頼む」
「そう来るんじゃないかと思ったよ」
俺は氷の梯子を作って下まで掛ける、流石にくたびれるが他に方法がないのだから仕方がない。
そして洞窟内はアリウスとシオンが魔法で照らしてくれている。
「シオン、火力上げすぎると梯子が溶けるぞ」
「分かってるわよ。アンタこそ溶けないように集中してなさいよね」
俺たちは時折そんなやり取りを交わしながら、下へと降りていった。
「ふぅ〜ようやく降りれたね」
何とか下までたどり着くと、そこは小さな浜のようになっていた。
島の中にこんな空洞があるとは。
「おおっ、見ろ! あれだ」
殿下が興奮したように指を指す、確かに古ぼけた宝箱が1つ置いてある。
まさか本当に海賊の宝なのか?
「待ってください殿下、そういえば誰が宝を手にするのか……」
「まぁまぁ細かいことはいいっこなしでさ。それじゃ開けるぜ」
ヴェルの懸念も無視し、殿下が待ち切れないといった様子で宝箱を開ける。
すると中にはかなり古いであろう1枚の紙切れが入っていた。
「何だこりゃ」
その羊皮紙には字が書いてあり、殿下はそれを口に出して読んだ。
「おめでとう。とうとうここまでたどり着いたようだね、きっとここに来るまで沢山の困難があったと思うけれど、思い出してごらん。君の目には困難を共に乗り越えた大切な仲間たちがいる筈だ、その仲間こそ君の一生の宝物なのだよ byヨーゼル・セフィラス」
「……」
「そういうのは良いからああああぁぁぁぁ!!!」
________
「しかしあの島に何があるというんです?」
ダグラスがヨーゼルに尋ねる。
「あそこには若い頃のワシが隠した生徒たちへの熱いメッセージが入っておる。生徒たちに探させようと思ってたんじゃが、どうも用意した罠が難しすぎたようでな。今回は彼らがリベンジしてくれるのではないかと思ったのじゃよ、ワッハッハッハ」
ヨーゼル校長は満足げに笑う。
当時の彼としては渾身の企画だったのかもしれないが……。
「む、もうこんな時間か。すまぬが、これからワシは騎士団本部に顔を出さねばならん。秘密結社の件で呼ばれていてのう」
「……承知しています。後は我々にお任せください」
「いやまさかヨーゼル校長が用意した嫌がら……ゴホン、メッセージだったとはな。これは予想外だった。俺の肉体をもってしても到達するのが難しかったわけだが……」
「あんの爺さん……見事に一杯食わせてくれたわね」
今回は見事にヨーゼル校長に踊らされてしまった。
というか道中の罠が異様に危険だったのは一体どういう理由が……。
「ハッハッハッハ!! こりゃやられたぜ、おもしれー笑い話だよ」
「……皆ありがとうな。今日は俺のワガママに付き合ってくれてよ、でも滅茶苦茶楽しかったぜ」
まぁとりあえず殿下は満足そうなので……良いか。
その後、俺たちが浜に戻ると既に日が傾いて夕方となっていた。
今日は大変なこともあったが随分と遊び尽くしたものだ。
俺としても友達と海に来て遊ぶなどという経験は初めてだった、一生の思い出になるかもしれない。
「宝、残念だったね」
「いいさ。それなりに楽しめたのは事実だからな、それに別に宝がなくても私は……」
夕日を浴びながらヴェルと2人で座る。
いつの間にか近くには誰もいなかった。
「ユーズ……その……」
口ごもるヴェル、夕日を浴びているからだろうか顔が照らされて赤くに色づいている。
「き、今日の私は……その……どうだった?」
「えっ? どうって……そりゃあ」
もしかして水着姿のことだろうか、俺は顔をヴェルの方に見据える。
彼女の美しい銀髪がオレンジに輝き、青い瞳は真っ直ぐとこちらを見ている。
「きれいだったよ。凄く似合ってた」
本当にそう思って口に出た言葉だった。
それを聞くと彼女は嬉しそうに満面の笑顔を俺に向けてくれた。
パキッ
突然何か乾いた音がして、後ろを振り向くとそこにはローディがいた。
見ると慌てた様子で手を振りながら事情を説明する。
「あっ、ごっ、ごめんなさい。その、そろそろ帰る準備を皆してるので……呼びに来ちゃいました」
「分かった、ありがとうローディ。直ぐに行くよ」
ヴェルは先に向こうへと歩いていく。
だが俺の目は何となくすれ違うローディの方を向いていた、そこに見えたのは―
(……涙?)
ほんの少しそう見えただけ。
この時はただの見間違いかと思ったのだ、この時に俺がちゃんと気づいていれば―この先に起こることは無かったかもしれないのに―
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