61話 海水浴
長期休みも佳境―ユーズたちは課せられていた学外任務を終え、順調な生活を送っていた。
「いやぁ、暑いな……」
「季節も季節だからな。ユーズは自前で涼めるから羨ましいよ」
「ははは、確かに……」
照りつける日差しと熱気、何というか水流柱でもいいから水でも被りたい気分だ。
「まぁでも最近は色々とあったし、ようやくゆっくりできるね」
「あぁ、まさかティルディス殿下の知り合いになるとは思わなかった。お陰で父上も母上も大騒ぎだ」
結局あの後に俺たちは殿下を救出したことを評価され、学園での成績に反映されると言われた。
何でも金の星褒章を全員に1つずつ与えてくれるらしい。
まぁ公に知られた事件ではないため、こんなところが妥当だろう。
「お嬢様!」
そんなことをヴェルと話しているとメイドの1人が慌てた様子で駆け寄ってくる。
何かあったのだろうか。
「こんなお手紙が……」
「手紙?」
届け先はヴェル本人、しかしその内容は……。
________
3日後―海
「いよぉ、ユーズ。来てくれたか」
「殿下の誘いならそりゃ行きますよ。海は初めてだから楽しみです」
「殿下なんて他人行儀な呼び方じゃなくて"イル"でいいぜ。俺とお前の仲だ」
「は、はぁ……」
あの手紙の主はなんとティルディス殿下だった。
そしてその内容は、海に行って泳ぎたいから来てくれとのことだった。
当然のことながら今まで海に遊びに来た経験などはない。
「おっ、友達も連れてきたな。ふ〜んなるほどなぁ、友達って良いもんなんだよな、きっと」
殿下から海水浴への誘い、おまけに友達は全部連れてきてくれという内容。
色々と飲み込み難い状況ではあるが、仕方がない。
ローディとフエルはもちろんのこと、アリウスとハルク、シオンにも来てもらった。
「おい、我が好敵手……お前一体殿下とどういう関係なんだ、まるで仲の良い友じゃないか」
「話すと長くなるんだ……実は学外任務で……」
「なっ、何だとッッ!!?」
ハルクは驚きのあまりのけぞる、まぁ恐らくこれが普通の反応だろう。
「それにしても俺たちまで招待されているのはどういうわけなんだ」
アリウスが疑問を呈するが、すかさず殿下が説明を始めた。
「いやぁ〜学園とか友達とかどういうもんなのか知りたくてな。あとユーズの友達ならきっと仲良くなれるだろうと思って」
何というか能天気な理由というか……しかし王族の暮らしというものの歪みも垣間見える。
「あれ? そういえば……ヴェルエリーゼさんたちは?」
フエルが言う、女性陣3人の姿が確かに見えない。
一体どこへ行ったのだろう。
「あぁ、女性陣にゃ俺の考案した最新デザインの特注水着を試着してもらうことにしたのよ。ちなみに男性陣用にも1つずつあるぞ、ホラ」
「えっ」
ティルディス殿下はどうだと言わんばかりにユーズたちにそれを見せつけた。
それは布面積を最大限まで削ったブーメランパンツ。
「布を限界まで削ることで実現した究極の機能性と、一切の無駄のない洗練されたデザインだぞ。是非こいつを着て今日は」
「「お断りします」」
ユーズもフエルも食い気味に断りをいれる。
おんなものを着ていたら明らかに悪い意味で注目の的だ。
「着替え終わりました、殿下」
着替え終わったヴェルが現れる。
彼女が来ていたのは水泳のレースに使われそうな紺色の水着、ほどよい筋肉のついた彼女にはよく似合っている。
しかし背中が派手に空いており、若い男にとっては実に目に毒である。
「あ、あの〜変じゃないですか? これ……」
何をどうすればそんな発想が生まれるのか、ローディが着ていたのは牛柄のビキニだった。
とはいえ彼女のスタイルの良さを考えると、もしかしたら相性は悪くないのかも……。
しかしやはり恥ずかしいのか顔が真っ赤だ。
「くっ、なっ、何なのよコレ……」
シオンが来ていたのは黒のスリングショット。
当然ながら露出面積が大きく、これこそまさに目の毒過ぎる。
恥ずかしがっている様子のシオンだが、もしかっちがジロジロ見ていたら焼き殺されかねない。
「イイ! 完璧、完璧だ! どうだ見ろユーズ、やっぱ俺のセンスは間違ってないだろ。もちろんモデルが最高なのもあるが」
「あ、いや……その……」
下手なコメントもできない。
確かにイイかもしれないが……。
「私は気に入っていたんだがな。ユーズ、後で感想を聞かせてほしい」
「うぅ……ヴェルは様になってるから良いんですよぉ……」
「私はぜっっったいにゴメンよ。あんなので一日過ごすなんて!」
結局3人とも普通の水着に着替え直した、今日は海水浴に向いた日というのもあって周りには他の人間もいて、注目を浴びるのは面倒だからだ。
「俺は今日、既に得難い貴重な体験をしたぞ。我が好敵手」
「僕もそうかも……」
ハルクとフエルは何か昇天しかねない勢いで満足しているらしく、砂浜に仰向けで倒れている。
どうやら3人のさっきの水着姿にそうなったようだ。
「妹の水着のデザインを殿下に頼めないだろうか」
「あ、危ない発言はやめろアリウス!」
アリウスは気が狂……いや、いつもの調子の発言をぶちかましていた。
「はぁ……なんかもう泳ぐ前に疲れたぞ」
どっと疲れた。
しかしティルディス殿下という人はやはり変わっている。
(向こうには護衛の騎士もいるし……)
そして殿下の身を守るためだろう、海に似つかわしくない鎧を着込んだ護衛の騎士たちが立っている。
「よっしゃ泳ぐぞユーズ。競争だ、皆連れてこい」
「え、ええっ」
そんなこんなで座っていると殿下に手を引っ張られて半ば強制的に連れて行かれる。
「なーんかアイツ、随分と気に入られてるわね」
シオンが泳ぐ男性陣を見つめて呟く。
今まで紙面を騒がせる異端の王族というイメージだったティルディス殿下がこんな人間だったとは。
「確かにな。しかし殿下とユーズは任務の時に一緒に盗賊と戦ったらしい。戦友のような感覚だろうか」
「それにしても仲が良い、というか一方的に好かれてるみたいですけどね」
ローディが苦笑する。
「それは恐らく殿下の生い立ちが関係しているのじゃろう」
「!! こ、校長!?」
いつの間にか、何とヨーゼル校長がいた。
パラソルの下でトロピカルジュースを飲んでいる。
さらにサングラスもかけており、普段の校長のイメージとは大分異なる。
「校長先生が何故ここに……」
「そこに海があるから、というのは冗談じゃが……実際には殿下の護衛をワシも頼まれてのう」
「なるほど……」
正規の護衛である騎士団もいるが、これほど心強い護衛は他にいないだろう。
「話は戻るが殿下は昔から王城に軟禁同然の生活を送っておった。故に才能はあるが、学園で友と切磋琢磨する経験もなく……誰かと楽しむということに欲求を覚えておったのじゃろうな。しかし貴族の者と出会う経験があったとて、皆は殿下にへりくだるだけじゃ。そこでユーズは殿下に分け隔てなく接したから……あそこまで心を開いた」
ティルディスに振り回された女性陣の3人はそれを聞くと何となく納得したような表情に変わる。
「まぁ折角海に来たんだ。私たちも泳ぐとしよう」
「そうですね」
「ふっ、泳ぎの速さならアンタに負けない自信があるわよ。勝負する?」
(また始まりましたよこの2人は……)
海に向かって走っていく3人を見届けるヨーゼル校長。
彼は若者たちの楽しむ姿を見て満足げに微笑んでいた。
本作品を見てくださりありがとうございます。
面白いと思われましたらブックマーク、ポイントを是非ともお願いします。
面白くなくても☆1でも大歓迎です。
それを頂けましたら作者のモチベーションが上がっていきます。




