58話 盗賊ギルド
ティルディス・フォン・マグヌス・アウレクス、それは現在の王国における王位継承者第一位である。
彼の年齢は18、しかし半ば軟禁のような王城の生活に嫌気が差し、よく王城から脱走しては世間を賑わせている困った王子である。
「へっ……騎士団の連中は近くに来てねぇだろうな」
「はい、今のところ確認はできません」
「こんないい住処を手に入れた上に今回の取引は一生に一度とないビッグディールだ。ヒヒヒヒ……」
髭面のでっぷりとした体型の男は歯をむき出しにして笑う。
首元には金の鎖をかけており、両手の指にも趣味の悪い宝石のついた指輪をつけている。
「ゲムマ様! 見張りから妙な奴らが上階にいるという情報が……」
「妙な奴らぁ? 騎士団じゃねぇだろうな」
「いえ……それが大人は1人だけでして……それ以外は16くらいのガキが4人です」
「何なんだそりゃあ。いい年こいてギルドごっこか? まぁ上階にガキどもがいようがどうでもいい話だ。どうせここまで辿り着けはしねぇ」
ゲムマと呼ばれた盗賊ギルドの頭領は下品に笑い、葉巻をくわえた。
「フエル、どこまで近づいてる?」
「後ろ……約10m、ずっと隠れてる」
「それなら十分届くな。ローディ、頼む」
俺とフエルはこちらを尾けてきている奴に気づかれぬよう、ヒソヒソと話しながら段取りを整える。
(何なんだ……あのオヤジとガキどもは……どういう組み合わせだ?)
そうとは知らず、後ろに潜んでいる男はブラッド隊が何なのか分からずに訝しんでいる。
『黒暗転』
「!? な、何だ……目が……目が見えない」
ローディの唱えた闇魔法によって見張りの男は視界を黒く塗り潰され、思わずパニックになる。
「お疲れローディちゃん。さ、どういう目的を俺たちを尾けてたのか……説明してもらうぜ?」
ブラッドは素早く見張りの男の後ろへ回り込み、小太刀を喉元に突きつけた。
「う……うぐっ……な、何だお前ら……?」
その後ローディに魔法を解除してもらい、男から事情を聞き出す。
「死喰いの翼ぁ〜? こりゃまた面倒なのが住み着いたもんだねぇ。風呂場のカビより厄介よコレ」
「死喰いの翼?」
「ま、数年くらい前に世間を騒がせた強盗ギルドよ。やり口が凶悪で何人もあのアルカトラズにブチ込まれたんだけど。まぁだやってたんだねぇ」
アルカトラズといえば王国随一の過酷な大監獄である。
そこに送られるのは専ら更生の余地がない凶悪犯罪者たちであり、王国では恐怖の象徴の1つとなっていると聞く。
「く、クソっ……お前らこそ一体何なんだ!?」
「教えるわけないじゃない、そんなん。ま! お前さんにはもう少し案内してもらおうかね」
男をとりあえず縛り上げ、案内を続けさせる。
結局隊長の推測だった良からぬ連中が巣食っているという話は当たっていたことになる。
その後男を連れて先へと進んでいく。
しかしその時にユーズが先頭を歩いていたのが仇となった。
「……ッ!?」
床に突然丸い大穴が開き、ユーズの身体は突然空中に投げ出される形となった。
「ユーズ!!」
ヴェルが咄嗟に手を伸ばすも、届かない。
「ユーズ!?」
「ユーズ君!?」
フエルとローディも思わず動揺し、目の前の事態をただ見ているしかできない。
「お宅、余計なことやりやがったね」
「へ、へへ……1人だけとはいえ上手く落ちたぜ」
男はニヤニヤと笑っており、どうやら何かの罠を作動させたらしいことは明らかだった。
(くっ……!)
ドサッと鈍い音がして、床に倒れ込む。
「痛ってて……」
咄嗟に強化を身体に纏わせたとはいえ、してやられたものだ。
落ちたところは骨にヒビでも入ったか、かなり痛みが強い。
(結構深いな……)
果たしてどのくらい落とされたのか。
まさかこんな施設に深い地下があるとは。
「……貴様!!」
ヴェルが怒りのあまり男に掴みかかる。
「待て待て嬢ちゃん、こいつからはまだ色々と聞き出さなきゃ」
「……しかしユーズが!」
「あの青年がこんなとこでくたばると思うかい? けど俺たちが下に行って助けるしかないぜ、それにはこの男に吐いてもらわにゃね」
「へ、もう何も言わねぇよ」
男は勝ち誇ったようにニヤニヤと笑っている。
だがブラッドはあくまでいつも通りの余裕だ。
「はぁ〜あ。これだけはあんまやりたくなかったんだけどなぁ。お宅、廃人になるかもしんねーけど……ま、しょうがねーわな」
「は?」
ブラッドは男の視線を固定し、ガチッと両手で顔を挟んで動かないようにする。
『潜心!』
ブラッドは男と目を合わせ、ある魔法を使った。
すると男は目の焦点が合わなくなり、気を失って倒れ込んでしまった。
「う、うわっ! 何!?」
「今のは……対象の記憶を探る禁忌魔法?」
「おっ、よく知ってるねローディちゃん。流石」
一方のブラッドは全く平気そうだった。
「今のは何なんだ?」
「こいつの心……というか記憶に潜り込んだのよ。調査するにはこれだけ便利な魔法もないんだけど、問題点があってね〜。7割方潜り込んだ相手の精神がぶっ壊れるから王国だと指定禁忌魔法なんだよね。俺が使ったのはナイショよ」
飄々といつもの調子で言い放つブラッド、しかしその言葉には普段の彼から分からない騎士としてのシビアさも感じさせる。
「さて、どうもこの先の部屋に地下への階段があるらしい。そこを降っていけば、連中のいる場所に着けるんだってよ。ただ……」
「ただ?」
「この1件、何だかトンデモナイことになってるみたいだねぇ……」
「……」
俺は穴に落とされて周辺を探っていたが、どうやらここも部屋になっているようだ。
ドアがあるが当然鍵がかかっている。
「閉じ込めるのは得意なんだけど、開けるのは苦手なんだよな」
仕方がない、全力の強化を拳に込めてドアを殴りつける。
すると意外と簡単にドアは開いた。
「ッ痛……! やっぱ身体に来るな」
骨にダメージがいったであろう左肩をさする。
こんな時にヴェルがいてくれれば……。
(いや、とにかく今は皆と合流しよう)
ドアを開けた先の通路は意外なことに上の建物よりも綺麗になっていた。
日常的に使われているからだろうか、埃も少ない。
(おっと、誰か来たな)
身体を屈めて空き部屋に入る。
バタバタと数人の人間が近くを通っているようだ。
「早く見つけ出せ! ゲムマ様に何て言われるか……」
「こっちはいないぞ!」
(誰かを探しているのか……?)
盗賊ギルドの連中は誰かを血眼になって探しているらしい。
一体何が目的なのか……。
「ま、皆落ち着いて聞いてほしーんだけども……」
ブラッドが一呼吸置いてから衝撃の事実をヴェルたちに伝える。
「こいつら、ティルディス殿下を誘拐したらしーのよ」
「!!? えっ、えええっ!?」
「ほ、本当なんですか? だとすれば今頃大事件になってるんじゃあ……」
「恐らく騎士団本部でも大きな騒ぎとなっているだろうな」
王位継承権第一位の王子が盗賊ギルドに拐われるなど聞いたこともない大事件だ。
「ま、幸い現場にいる俺たちは連中に騎士団とはバレちゃいないみたいだし……青年を助けたら覚悟しないといけないねぇ、こりゃ」
ブラッドも流石に真面目な顔つきに変わる。
これから行う任務は決してしくじれない……最大級の任務だ。
「Aランクを超えた……特殊任務、Sランク任務をしなきゃならねー」
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