5話 ディアトリス家の驚愕
ディアトリス家の当主、カロン・ディアトリスはあの日からいつもの機嫌を取り戻していた。
多額の費用を注ぎ込んだ実験の失敗、本来は大損であるのだが彼の息子と娘は存外頼もしい発言をしてくれていた。
ユーズを追い出したばかりの日―
「心配ありませんよ父上、俺に任せてください。あんなのがいなくても必ずや一流の魔術師となって父上の期待に応えてみせます」
「そうですわお父様。私もお兄様の年になったらもっと強くなって国で一番の魔術師になってみせます」
頼もしい限りの子どもたち。
カロンはその力強い宣言を聞くと徐々にユーズに何故あんな期待をしていたのか、と思い始めた。
そしてすっかり実験体とはいえ所詮は平民の少年を追い出したことに満足していた。
「ふっ……どうやら私が過保護であったようだな。あれ程までに頼もしく成長していたとは……我ながら6年もかけてあのユーズを食わせてやっていた意味が今になると全く分からんわ」
昼下り、優雅に紅茶をすすりながらカロンは椅子にもたれかかっていた。
その日は丁度王立魔法騎士学園の入学試験に長男ティモールが受験していた日であった。
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「おかえりなさいませ、お兄様!」
「おかえりなさいませティモール様!」
その日の夕方、ディアトリス家では長男ティモールが帰宅した。
妹のミゼーラとメイドたちが彼を出迎える。
「……」
「おお、帰ったかティモールよ。して試験はどうであった? いや聞くのもおかしい話だ。お前に限って心配など要らぬ」
父親も息子の凱旋を出迎える形で出てきたが、心なしかティモールの顔色が悪い。
「どうしたティモールよ」
「い、いえ……何でもありません」
「いつも堂々としておられるお兄様らしくありませんわ。今日は大事な一日だったから珍しく緊張でもなされたのかしら?」
普段と違うティモールの様子に違和感を覚えるカロンとミゼーラだったが、とりあえず食事をすることにした。
「ティモール、試験は一体どういった内容だったのだ? 私個人として少し気になるのだ」
ワイングラスを傾けながら少し上機嫌で尋ねるカロン、その質問を聞くと一瞬跳ね上がったようにティモールが動揺を見せる。
「い、いや……その……」
「お兄様? やはり少しおかしいですわ。…………まさか試験が上手くいかなったの……?」
ミゼーラがやや心配そうに尋ねると、カロンもその手を止めた。
試験が上手くいかないなど、ティモールに限ってそんなことある筈は。
「そっ、そんなことはない! 俺に出来得る限りの力は発揮した!」
机を叩き、物凄い勢いで立ちながら釈明するティモール。
やはり明らかに様子がおかしい。
「一体どうしたんだティモール。何があったと言うんだ」
長男の尋常ならざる動揺に酔いも覚めて事情を聞き出そうと試みるカロン。
初めは口をつぐんでいたティモールだが徐々にその理由を話し出した。
「お、俺の試験内容は…………概ね上手くいった、筈です」
概ねという言葉が気になるが、それならば何を動揺しているのかと再び問うカロン。
「しかし今回の試験…………俺の見間違いでなければ……」
冷や汗をかきながら虚を見つめるようにティモールは溢れ出る動揺を押し殺した。
そして誰にとっても衝撃な事実を伝えた。
「ゆ、ユーズが…………居たんです…………!」
静寂、ティモールの言った言葉は正確に伝わったのだろうか。
「ユーズ……? ハッハッハッハッ何を馬鹿な! あいつはただの浮浪する平民だ、受験資格などあろう筈がない」
「そうですわお兄様、そんなこと有り得ません」
だがティモールは詳しい内容を続けて語り出す。
「へ、平民枠というものがあるんです。けれど実技試験においてやつは……とんでもない化け物を相手にしていた」
聞けば聞くほど眉唾、己の息子が何を血迷ったか酔狂な妄想に怯えているとは。
「その化け物を……やつは一瞬で氷漬けにした! 会場はまるで真冬みたいに寒く……!!」
恐怖を抱くティモールの顔と声、内容はサッパリ信じられないが迫真過ぎて心配になってくる。
「……はぁ……ティモール、お前は少し休め。試験が心労になっていたのは分かるが何かおかしなものでも見ているぞ」
ため息をついて呆れるカロン。
無理もないだろう、ティモールの言っていることは何一つとして信じ難い。
「お父様の言うとおりですわお兄様。今日はもう休みましょう」
ミゼーラが兄の手を引いて部屋を出ていく、その間もティモールは釈明をしていた。
それを見届けるとカロンはやれやれと手を額に当てる。
「全く……何を言っているんだティモールのやつめ」
気にもとめずに呆れ返るカロン。
だが心中の奥底、その深くでは本人の気づかぬところにある恐れが生まれていた―
________
翌朝、カロンは起きると早速王立魔法騎士学園に連絡をつけようと試みた。
「旦那様、音通魔動機をお持ちしました」
「ああご苦労」
メイドが持ってきた音通魔動機、これを使ってカロンは王立魔法騎士学園の知り合いに連絡を取った。
「……私だ、カロンだ」
「カロン? 一体こんな朝から何の用だ」
その相手は威圧的な声色のあの男、実技試験担当教官のオズバルドであった。
「昨日は息子が世話になった。……だが一つ気になることがあってな」
「何だ?」
「……ユーズという受験者は居たか? 平民だ」
「!!」
魔動機越しだが明らかに動揺しているオズバルドの態度が見て取れた。
「なっ、何故それを……!」
「!!? その反応……ということは本当に居たのか!?」
思わず身を乗り出す、まさかティモールの言っていたことが本当だったのか。
「何故そいつのことを知りたい?」
「いや、息子の知り合いでな」
理由は適当でも何でもいい、早く話せと焦るカロン。
だがいざその話を聞くと彼は思わず魔動機を取り落とした。
「なっ……ば、馬鹿な!! そ、そんなことが有り得る筈はっ……!」
ティモールのしていた話とオズバルドの話は一致する。
だがそんなことは常識では信じられぬ。
まさか自分の棄てた失敗作が貴族しか入れぬ筈の学園に来て、誰も見たことのない"氷"の力を使ったなど―
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