56話 騎士として
(ターゲットを確認。距離は……約2m、気づかれてはいないようだ。私もユーズも同じ程度の距離にいる)
(おっけー、そんじゃ嬢ちゃんと青年で挟み撃ちね)
俺とヴェルは物陰に潜みながらターゲットに近づいていく。
後ろのブラッド隊長はこの場を俺たちに任せるようだ。
「行くぞユーズ」
「あぁ」
ヴェルと合図して同時に飛び出す。
「よしっ、捕まえた!」
ターゲットを捕まえたのはヴェルだった。
その正体は猫、貴族の家から逃げ出したという飼い猫だ。
「いやぁ〜今日の任務も終わり、若いと仕事が早いねぇ。んじゃおっさんは帰るとするよ」
騎士団本部に戻って任務達成の手続きを済ませる。
俺たちブラッド隊はあの日から順調に騎士団の任務を数々こなしていた。
先ほどの任務はEランク、危険度は全くない。
「ふぅ、何だか僕たちも板についてきたんじゃないの?」
「気が早いぞフエル。まぁ最初の任務以来、危険な任務は1つもないけど」
最初にこなしたクリオネ調査任務。
あの後は騎士団本部に戻って報告を行い、現地へと追加調査をしてもらった。
その結果、任務は当初のDからCランクに格上げがなされた。
「そういえばあの村のことって何か分かったんだっけ?」
「何でもあのクリオネが崇められるようになったのは事情があったそうです。村で疫病が流行ってた時に、何者かが持ち込んで病気が収まったらしいです、それでそれ以来……」
「あのクリオネを天使様って呼ぶようになったってわけか。何だかな……」
どうにも妙な話だ、しかしクリオネが来た偶然のせいで生け贄にされた人間もいると考えると、怒りも湧いてくる。
「それであのクリオネ自体の調査は行われたのか? 確かユーズが氷漬けにしていた筈だが」
「それも最近調査してるみたいですけど、細胞や構成成分の性質が魔物に限りなく近いそうです。新種かもしれません」
まぁあのクリオネは文字通り化け物みたいな存在だったので、むしろ魔物といった方が納得がいく。
「でも最近は平和な任務でいいよね」
「そうだな。いつもあのように危険な任務だと気が休まらない。しかし正規の騎士たちはそうした任務をこなしていると考えると、尊敬できるものだな」
「うふふ、今日のヴェルも嬉しそうね。騎士団の任務が上手くいったのね」
「ははは、ユーズも感謝するぞ。娘は無茶をよくするからな、君のように常に護衛の目があるというのは心強いことだ」
「いえ、自分など全く……」
その日の夕食はセルシウス家の家族団らん、しかし俺も同席させてもらっている。
さらに今日は外からお客が来るらしい。
「失礼! 久しぶりだねウルゼルク様、セーザンヌ様」
「姉さん、あまりにラフ過ぎる挨拶は駄目だと……! 今夜はご夕食に招待頂き感謝します。ウルゼルク様、セーザンヌ様」
「おお、来たか。カーラにレイン」
入ってきたのは何と学園のカーラ先生と、それによく似た男の人だった。
藍色の短髪に紫色の瞳、顔つきは精悍で爽やか、アリウスに負けず劣らずの美形だ。
「おや! ユーズじゃないか、そうかそうだったね。アンタんとこに居候してたんだったねぇ」
「居候ではなく、ちゃんと正式にユーズは屋敷の人間です。カーラ先生」
ヴェルがピシャリと訂正を加える。
カーラ先生の後ろの男の人はこちらを見るとニコリと笑い、会釈した。
「そういえばアンタとはまだ会ったことなかったね。こいつはアタシの弟、ハナタレのくせにいっちょ前に騎士団で隊長なんてやっちゃってさぁ全く」
「やれやれ、手厳しいな姉さんは。はじめまして、君の噂は聞いているよユーズ。僕はレイン・オルテクス、よろしく」
「はい、ユーズです。こちらこそよろしくお願いします」
よく似ていると思ったらカーラ先生の弟だったのか、道理で。
それにしても騎士団の隊長とは……見た目はかなり若いのに。
まだ20代の前半か真ん中くらいだろうか。
「そうだレイン。うちのヴェルとユーズの話は聞いているかね? 学園が休みに入ってからは騎士団の任務に参加しているのだが」
宴もたけなわ、旦那様がレインさんに話を振る。
「えぇ、もちろんです。ちょっとした噂になっていますよ、1年生ながら騎士団に推薦され、そして最初の任務で大活躍したと……」
「わははは、お世辞と知っていても娘の活躍と聞いて悪い気はしないな。ヴェルもやる気十分なようで、しばらくお世話になるよ」
旦那様はその話を聞いて満足そうに笑う。
アルコールが入っているのもあるだろうが、やはりヴェルの話をする時の旦那様は上機嫌だ。
「そういえばレイン兄さん、聞きたいことが」
「ん? 何だい?」
ヴェルがレインに聞きたいことがあると言う。
それにしても兄さん呼びとは、やはりセルシウス家とオルテクス家はかなり深い関係にあるらしい。
「私たちの小隊、ブラッド隊長とはどういう者なんですか? レイン兄さんのような立派な騎士とは大分イメージが……」
ヴェルはブラッド隊長について色々と疑問があるらしい。
何せ隊長は彼女にとっての騎士像とは180度違う存在だ。
「アハハハ。確かにあの人は普通の騎士とは違うように見えるけど、とても立派で強い……騎士として、とても尊敬できる人なんだ。大丈夫さ、いずれ分かるよ」
「……」
ヴェルはまだ釈然としない表情だ。
レインさんはいわゆる騎士としてのイメージに完璧に合致する存在に見える、そのレインさんがあの隊長を尊敬してるとはにわかに信じ難い。
「確かにちょっとあの人の良さを理解するのは時間がかかるかもしれないけど……でも大丈夫さ」
レインさんはまるで言い聞かせるかのように話す。
いつか本当に分かる時が来るといいが……。
「まぁ、ヴェルも……ユーズ君もこれから騎士としてよろしく頼むよ。まぁまだ君たちは学生だけど、学外任務を通して色々と学んでいってくれ」
レインさんの言葉はひとつひとつ重みがある。
その日は楽しく夜も更けていった。
翌日―ユーズたちはいつものように騎士団本部へと行き、集合する。
「やぁやぁ、今日はちょっと人生の目的についてだね……」
「今日は50分の遅刻です、隊長」
もはやこのやり取りも見慣れたものだ。
「今日の任務は……おっとDランクか。ちと面倒だねぇ」
「どんな内容なんです?」
「何でも廃棄された倉庫施設を近々解体するから、先に中を確認しておいてくれってよ。これ結構広いやつなんだよな〜確か」
隊長の持っている詳細が書かれた羊皮紙を覗くと、確かに大きな施設だ。
郊外の港にかつて作られたものだが、所有していた大手海運ギルドが8年前に潰れて以来、ただの廃屋と化してしまっているらしい。
権利はどこにあるのか不明だが治安の悪化や魔物が住み着くなどあっては困るので、公的に解体することが決まったとのこと。
「これ、もしかして魔物がいる可能性もあるんじゃあ……」
「そうだったら追い払うしかないな」
フエルの心配を全く気にしていない様子のヴェル。
今日もやる気に満ちているようだ。
「ま! いいか。さてブラッド隊、そんじゃ行きますか」
威勢よく出発、今回は妙な事件に巻き込まれないと良いのだが……。
―その数時間後、王都ディヴァリアス王城内
「殿下ー? ティルディス殿下ー!!」
1人の家臣が誰かを探している。
「ハァ……ハァ……全く、どこへ行ってしまわれたんだ。脱走を企ててるのはいつものこととはいえ……」
「一体その身に何かあったらどうするおつもりなのか……いずれ国をお継ぎになるという自覚を全く持っていらっしゃらない……またどうせエクラールム街のカジノあたりに……ブツブツ」
家臣はブツブツと文句を言いながら歩き、王位第一継承者であるティルディスの自室へと入った。
そのティルディスは王城内に姿が見えない。
もしや自主的に戻ってはいないかと期待した家臣だが、窓際にあった紙を見て青ざめることとなる。
「……!!? なっ……なっ……た、た、大変だ…………き、騎士団に知らせなくてはっ……!!!」
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