51話 騎士団へのいざない
騎士学の授業を終えて教室へと戻る。
あの実演のせいでまた妙な注目が集まってしまう可能性はあったが、どうせ長期休みまで後1週間程度だ。
休み期間の間にそんな記憶は忘れられていくだろう。
「やぁ、皆今日の授業もお疲れ。明日はいつも通りだ。そろそろ休みが近いけどしっかりと勉強は続けること。宿題も多いからね」
皆が席につくとアルゼラ先生が入って短い話をする。
これで今日の学園は終わりだと思ったが、意外なことを先生は口走った。
「あぁ、えーと……ユーズとヴェルエリーゼ・セルシウス、ローディ・アレンシア、フエル・ウィンドルスの4人はこれから話がある。少し残ってくれるかな?」
まさかの居残り、一体どういう理由だろう。
しかも4人も一斉にである。
「いやぁゴメンよ。時間を取らせてしまって」
「別にそれは良いのですが、どういった話でしょう?」
ヴェルが単刀直入に用件を尋ねる。
するとアルゼラ先生は1枚の立派な羊皮紙を取り出した。
「これさ。王国騎士団への推薦状だよ、今年の1年生たちから選ばれる学外任務に君たちを推薦しようと思ってね」
「が、学外任務?」
ローディがそれを聞いて酷くびっくりしていた。
反面、フエルは何それ?という表情をしていたのでアルゼラ先生が説明をするよう促した。
「コホン、学外任務は長期休み期間に行われる特別授業みたいなものです。授業といっても実際の王国騎士団の担当者1人が現場指揮官となって小隊を組み任務をこなす、極めて実践的な内容になります。でも……」
ローディが説明途中で一拍置く。
「本来なら学外任務は2年生以上の生徒たちが対象となる制度の筈では?」
「ははは、確かに最近はそういう不文律というか通例になっているね。でもルール上は1年生でも推薦さえあれば参加は可能なんだ。推薦をするに足るだけの1年生たちが最近は居なかったってことさ」
アルゼラ先生は笑顔でローディの疑問に答える。
それにしても騎士団の任務に参加とは……。
「そっ、そんな凄そうなのに僕が……? 選ばれるのはアリウス君とかじゃないんですか?」
フエルの表情は不安に包まれる、そりゃあ学園に入って半年くらいで騎士団の任務がどうのと言われたら不安にもなるだろう。
「大丈夫だよ、というよりも君たち4人だからこそ僕は推薦しようと思っているんだ。もちろん他のクラスにも実力のある生徒はいるけど、この任務は小隊で行われる。つまり1人の実力じゃなくチームワークこそが最も重要な要素なんだ」
「君たちは1年生にして地下迷宮攻略を完遂した。僕の見てきた生徒たちで、この時期に君たちほどチームとして実力を持っているのは他にいない。あの演習授業では結果に加えてプロセスを評価する、僕は君たちの動きを見ていたが、それで十分に学外任務に通用すると判断した」
アルゼラ先生は真剣に、かつ期待を込めたような口調で話す。
その話の内容に思わず息を呑んだ。
「それに学外任務で遂行されるのはあくまでもEランク、Dランクくらいの比較的危険がない任務が基本だ。学生である以上、そこまで重大で難易度の高い任務を与えられることは無いよ」
それを聞くとフエルはホッとしたのか、胸を撫で下ろす。
それにしてもまさかチームでそんな評価がなされていたとは。
「それでその推薦はいつまでに了承すれば良いんですか?」
今までの話を聞いていたヴェルが質問する。
「明後日までかな。休み期間に入る前には向こうに伝えなきゃいけないからね。当然だけど4人全員がサインしなければ参加はできない。是非よく考えた上で検討してほしい」
「……」
今日は皆その話を聞くだけにし、答えは保留としてもらった。
帰り道はその話について互いに気を遣ったのか、誰も話題にはしなかった。
「ヴェルはどうするんだ?」
屋敷に帰り着く前、2人になった時を見計らって俺は彼女に問いかける。
「その……先生からの推薦」
「私はもちろん受けるつもりだ。アルゼラ先生が私たちにそれほど期待をかけてくれているのが嬉しいし、何よりユーズたちと一緒ならこれほど心強いことはない」
ヴェルは白い歯を見せて笑顔で答える。
彼女の真っ直ぐな姿勢を確かめた俺は、それに同調するように頷いた。
「ユーズこそどうするんだ?」
「俺はヴェルが望むならやるよ。それに騎士にも……少し興味がある」
先生から言われた騎士になる可能性、それを感じるには実際に騎士団に近づくより他に良い手段はない。
「ローディ、大丈夫か? 何か疲れてるみたいだけど……」
「えっ? は、はい。大丈夫です」
次の日会ったローディは少し疲れた様子で、彼女には珍しく眠たげだった。
恐らく学外任務の推薦について夜も考えていたのだろう。
ヴェルくらい思い切りが良いと逐一悩む必要もないのだろうが……中々そうはいかないのが普通だ。
「ユーズ君……僕、あの話受けることにしたよ」
「ホントか? それは心強いな」
一方で学園に着くと、何やら覚悟の決まった様子のフエルに驚かされた。
正直に言うと彼が一番尻込みしていると思っていたが、どうやら地下迷宮攻略演習のことが自信に繋がったらしい。
「僕はそんなに凄いことは出来ないけど……ユーズ君とかヴェルエリーゼさんのサポートを頑張ろうと思うんだ」
となると後はローディ、彼女が了承すれば正式に学外任務に参加するようになるのだが……。
「どうすればいいんだろうな、こういう時って」
「言っておくがな、俺はお前の人生相談窓口ではないぞ」
俺は再びアリウスに相談をしに行った。
こんな時にどんな行動が最善なのか、俺にはどうも分からないからだ。
「……まさかお前たちが学外任務への推薦を得るとは、ハッキリ言って驚いた」
アリウスは呆れ半分、驚き半分という表情で言い放った後にコーヒーを口元へ運ぶ。
「1つ言えるのはまず、お前がローディ・アレンシアにどう行動してほしいかだ」
「どう行動してほしいってそりゃ……」
俺は学外任務に参加することで何かを得られれば……と考えているし、ヴェルも乗り気だ。
つまりローディには参加してほしいのだ。
「だがそれを、ああした消極的であまり明るくはないタイプの人間に直接伝えれば間違いなくプレッシャーを感じるだろう。学外任務は参加して終わりではない、むしろその後が重要な筈だ」
アリウスの言うことは当たっている。
ローディは悩んではいるがこちらが参加してほしいと言ったら優しく真面目な彼女のことだ、了承はしてくれるだろう。
しかし真の問題はちゃんと任務を遂行できるかなのだ、余計な精神的疲労を与えたくはない。
「ならばローディ・アレンシアが自信を持って参加するという決断が出来るように促すしかない」
「だからそれが難しいんじゃないか」
「……お前がアレンシアを頼ればいい。普段からアレンシアと一緒にいるお前ならば自然と切り出せるだろう」
「えっ……」
アリウスは難しい宿題を俺に課していった。
しかし彼の言う通り、望む結果を得るためにはローディに俺の言葉で話すのが近道なのは間違いないだろう。
彼女は放課後よく図書館にいた。
今日はグラジェクトの練習日ではあったが、ユーズはヴェルにやることの旨を伝えて早めに切り上げた。
(……?)
夕暮れ時―もう人気のない図書館にいたローディは花瓶の水を替えていたところだった。
その作業が終わるのをコッソリと見届けてから彼女に話しかける。
「ローディ、ちょっといい?」
「ユーズ? 今日は早いですね。ヴェルはどうしたんですか?」
とりあえず話してもよい場所に移動する。
ユーズはもう単刀直入に切り出すことにした。
「その……騎士団の学外任務の話なんだけど……俺、今回は参加したいんだ。だからローディの力を借りたい」
「はっ、はい……そうですよね。私も頑張ってみます」
彼女は自信がなさげであるが、それを隠すかのように笑顔で振る舞う。
「俺……ローディのこと凄く尊敬してるし、感謝もしてる」
「……?」
ユーズが突然言った言葉に彼女はピンと来ていない様子だが、話は続いた。
「だから、今回の任務には……俺、他の誰でもないローディが必要なんだ。ヴェルにもフエルにも俺にも出来ないことをローディは出来る」
「……なっ、何を言い出すんですか急に……!」
ローディはユーズの話を聞くと恥ずかしがって、視線をそらす。
「本当だよ。さっきも誰が見てるでもないのに花瓶の水を替えてた、ローディは優しくて細かいことにも気を遣える。それに頭がいいし、強い魔法だって使える」
「……俺、ローディに自信を持っててほしい。俺たちには君が必要だ。だから……力を貸してくれ。俺のために、俺たちのために」
ユーズが言い終えると彼女は顔を赤くしながら小さく呟いた。
「もう……他の子にもそんな口説き文句言ったら……怒りますよ……」
「え? ごめん、何だって?」
「分かりました。私、本当に頑張ります。ユーズのために、皆の力になれるよう」
ローディは眼鏡の位置を右手で直し、ユーズの方を向いて言った。
その顔は憑き物が取れたようにスッキリしている。
「ありがとう! ローディ」
こうして学外任務の推薦は4人全員が、自分の意志を持って了承されることとなった。
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