44話 魔生物学実習
先日のグラジェクトの試合を終えて、フィールドの検査がなされたが特に怪しい証拠は出てこなかった。
結局のところ真相は分からないが……まぁ気にしても仕方がないか。
「今日の魔生物学はここ、トワイライト山地で行う。内容は魔物の生態観察だ、各々記録用の羊皮紙と羽根ペンを持って散らばること。安全のために周辺に張ってある感知結界からは出ないよう、くれぐれも注意しなよ」
今日は魔生物学の実習授業のために学園外の山地までやって来た。
担当はカーラ・オルテクス先生だ。
風になびく藍色の長髪と美しい紫の瞳が光る。
ヴェルと仲の良い先生だが、容姿は彼女に勝るとも劣らないかもしれない。
(ふーん……こいつがヴェルの……。ちょっと頼りなさそうだけど、よどみなく安定した魔力と覚悟を持った眼……悪くはないね)
「?」
カーラ先生に何やらジロジロと見られているような……目をつけられてしまったのだろうか?
特に身に覚えは無いのだが。
「今回の課題は最低3種の魔物を見つけてスケッチと生態観察の記録を取ること。何でも構わないがなるべく別系統のものを探すのが望ましい、いいね」
カーラ先生の指示に従って生徒たちは散らばっていく。
俺は例によってヴェルとローディ、フエルと一緒に探すことにした。
「あ、トレントだ」
周囲を歩くこと15分、フエルが向こうを指差して言う。
そこにいるのはのっそのっそと移動する樹木そっくりの魔物、トレントだ。
顔がついている木の魔物であるが性格は温厚でよほどのことでもなければ襲ってくることはない。
何処となくその顔は気が弱そうな表情である。
「向こうにはアックスビークが居ますよ」
ローディは別の方向に違う魔物を見つけた。
アックスビークは分厚い斧のようなクチバシを持った歩く鳥だ。
たまに襲われて怪我する話は聞くがそこまで危険という訳ではない。
「とりあえず描いてみるか」
ヴェルが言うと皆適当なところに座って羊皮紙に魔物の絵を描き始めた。
「……」
俺も皆に合わせてとりあえず羽根ペンを走らせる。
だが実を言うと……。
「ふぅ結構難しいなぁ」
あまり時間の経たない内にフエルが右手で額を拭って言った。
そりゃ動き回っている対象を描くのは難しいだろう。
『催眠』
ローディが両手を2体の魔物に向けて魔法を使った。
するとすぐさま魔物たちは眠りに落ちる。
「最初からこうすれば良かったですね」
「ありがとうローディ。これで私も集中して描けそうだ」
それからしばらく皆は無言で生態観察に集中していた。
俺は自分の羊皮紙を眺める。
(……絵心がないなぁ)
自分のことながらお世辞にも褒め難い。
こういう観察系の絵はいわゆる絵画的なものと求められるのは違うのだが、それを考慮してもこれはヒドい。
「ユーズはもう描けた?」
ひょいと後ろからフエルが覗き込む。
咄嗟に隠そうとしたがしっかりと見られてしまった。
笑いを堪えるように顔を後ろに反らすフエル、笑わば笑え。
俺からすれば言い訳のしようがない。
「こ、これ……フ、フフフ……」
「べ、別にしょうがないだろ。そもそも絵の上手さは評価には関係ないはず……だし」
最後は声量が小さくなる。
ふとフエルの持っていた羊皮紙を見ると、ちゃんと特徴を捉えつつ描いたものが何であるかハッキリと分かる絵になっていた。
「ローディは流石だな」
「そ、そんなことないですよ」
向こうの女子2人は和気あいあいと話している。
ローディは絵を描くのは得意らしく、ヴェルもこういうことはそつなくこなすタイプだった。
まぁ絵の良し悪しはともかくトレントとアックスビークを記録し、授業自体は順調に進めていた。
「もうちょっと先に行ってみるか」
「そうだね」
ヴェルが先陣を切り、俺とローディやフエルはそれに着いていく。
皆が最初に散らばった地点、1人で考えを巡らせるカーラ。
彼女は今回の授業に関して、ある1つの懸念を抱いていた。
「今年の魔生物学実習、少し危険なのでは? 代替の授業を用意するというのも考えるべきではないでしょうか? 教頭」
授業実施の1週間ほど前、彼女はハルファス教頭と話をしていた。
懸念事項は近年、魔物の生態系が狂っていることについてだった。
「なるほど、確かに最近は脅威度A・Bランクの魔物が生息範囲を大きく拡げているという話は聞きます」
「それも変化が急激、これまでの常識が当てになりません」
カーラの言葉にハルファス教頭は灰色の髪に指を絡ませ、悩んでいる様子だ。
「ではこのトワイライト山地は如何でしょう? 特にこの地点であれば脅威度の高い魔物が確認されたという話は聞きません」
ハルファス教頭は立ち上がり、棚にあった資料―生態系の乱れに対する報告書のページをめくり始め、カーラに渡した。
(最新の情報……まぁいざとなればアタシが何とかすればいい、か。とりあえず感知結界はあることだしねぇ)
「分かりました。では今回のホワイトクラスの魔生物学実習はここで実施するということで」
その日はそうして決着した。
しかし何となく、何も根拠はないのだが、どうにも不安がある。
(……悪い予感かねぇ。魔法が使えるったってあいつらもまだまだ子供だ。脅威度A・Bランクの魔物になんざ会ったら並のやつはひとたまりもない)
だが今のところ感知結界には特に異常がない。
脅威度の高い魔物はそれだけ多くの魔力を持つ、感知結界にはそうした魔物が近づいた時、瞬時に伝える機能を持っていた。
また生徒たちが範囲外に出たときにも同様の機能が存在する。
(このまま何も無きゃいいんだが……)
一方の生徒たちは順調に生態観察を進めていた。
しかし―
「あ、アークスさん……ちょっと先に進み過ぎなんじゃあ……?」
「別に着いてきたくないなら良いんだ。僕はつまらない魔物を一々記録する趣味はない」
「そ、そんなこと言ってないですって!」
ホワイトクラスの問題生徒、キャゼル・アークスは取り巻き2人を連れて奥へと進んでいく。
取り巻きは奥へ進むことに危機感を感じ始めているようだが、当の本人は気にしていない。
(クソっ……思えば最近は散々だ! このエリートたる僕が何故こんな成績に甘んじてなければいけないんだ……!)
キャゼルは苛ついていた、というのもユーズに叩きのめされて以降彼の成績は下降の一途を辿っていたからだ。
中間試験はクラスでも上位に入ることなく、地下迷宮では早々に脱落、この状態が評議会員の父親に知られて叱咤を受ける羽目になっていた。
(あの低俗な血にやられて以降はロクなことがない! ストレス解消もできないし……!)
身勝手な怒りを募らせるキャゼルだったが、どんどんと突き進んでいく。
いつの間にか感知結界の範囲ギリギリのラインまで来てしまった。
「アークスさん、そろそろ戻りません? 魔物もいないですし……」
「そうそう、その方がいいですよ!」
「! ……待て、何かいる」
取り巻きが引き返すことを提案したが、ガサガサと少し遠くの方で音がする。
キャゼルはそれに気がついて歩を進めた。
しかし気づいたのは音の主も同様だったらしく、暗闇から目を光らせた。
その瞬間、主は凄まじい速さでキャゼルたちの方へと向かってきた。
「!!! マズい!」
感知結界が反応、大きな魔物だ。
カーラはすぐさま反応のあった方へと向かうが―
「ぎゃあああああああああ!!!」
けたたましい悲鳴が辺りに響き渡る。
「クッ! アタシとしたことが……どうやら甘く見すぎてたみたいだね」
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