26話 ケーキ屋修業①
*箸休め回です
「ケーキ屋?」
「あぁ。王都のガーネット通りにカーラ先生の友人がケーキ屋を出したと言っていたんだが、それが随分と評判らしくてな」
中間試験を終えた次の休日、俺はヴェルから思わぬ誘いを受けた。
(ヴェルが王都のケーキ屋に行こうなんて言うとは思わなかったな。珍しいこともあるなぁ)
確かカーラ・オルテクス先生だったか。
彼女はヴェルと仲が良い学園の教員だ。
一応義理づきあいみたいなそんな意味なのだろうか?
(というかケーキって……食べたことないな)
自分とは無縁の食べ物であり、今まで本で出てくる言葉でしか知らず実際に食べたことがなかった。
まぁそんなものを食べられるような環境ではなかったのではあるが。
「分かった、じゃあまた明日」
________
―翌日、王都のガーネット通り
「ここがガーネット通りか。凄い数の人だ」
道行く大勢の人々に思わず驚かされる。
ガーネット通りは非常に多くの店があり、人が行き交う繁華街とは聞いていたがこれほどとは。
「はは、あまり私は好きじゃなかったんだけどな。だけどユーズと二人なら随分と印象が変わる」
ヴェルはこうした街中よりも自然のある郊外や外れの場所を好んでいる。
俺としても街中はあまり縁のない場所で少し落ち着かないが、この賑やかな雰囲気自体は嫌いではない。
「もしかしてあの店か?」
二人の目の前に行列が現れる。
その行列の先を見ると確かにケーキと書かれた看板を掲げた店があった。
「大盛況だな。これはいつになったら入れるか分からないぞ」
「まぁでも並ぶしかないんじゃないか」
二人は大人しく行列の一番後ろに並んで待つことにしたがしばらくすると……。
「おっ、やってるやってる。思った通り沢山いるじやねーか」
「お前もしょうもないこと考えるよな。わざわざ流行りのケーキ屋で女をナンパしに行くなんて」
「バッカ野郎、そんなこと言うとイイ女見つけてもお前にゃ譲ってやらねぇぞ」
「おいおいそりゃねーぜ」
ナンパ目的だろうか、下品な雰囲気を持つ二人の男が近くにやって来た。
一人は肩まで黒髪を伸ばし僅かにひげを生やした厳つい風貌の男と、もう一人は色眼鏡をかけ葉巻を咥えた男だ。
「よし、もう少しだな」
ユーズとヴェルの二人がもう少しで店に入れるというところだった。
「お、あの銀髪の女良くねぇか? 凛々しそうなとこも好みだぜ」
「おっと確かに上玉だな。でも髪とか見るといいとこの貴族の娘かもしんねーぜ?」
「どうでも良いだろそんな細けーこと。ヤれりゃいいんだよ。それに見てみろ、隣の彼氏は大したことなさそーだぜ?」
急にユーズとヴェルの前に二人の男は現れた。
「ねぇねぇ、君さぁ今からこの店入るの? 俺たちもっといいとこ知ってるからさ、一緒に行こうぜ」
いきなりで面食らう二人と、面倒事を感じ取って見ないふりをする他の客たち。
(何か面倒くせえのが絡んできたな……ヴェルは……)
ヴェルの方向を見ると、彼女は動揺せずに毅然とした態度で。
「すまないな。誰とも知れない男の誘いは受けないことにしているんだ」
「はぁ〜? ナニ言ってんの、こんなしょうもない彼氏と一緒にいるよりさ、俺たちと来たほうが楽しいって。ね?」
そう言ってひげの男はヴェルの右肩にポンと手を載せて口説こうとする。
それを見たユーズも流石に実力で追っ払おうと構えたが、次の瞬間―
ヴェルの右肩に載っていた手は、彼女の左手に捻られてボキッという嫌な鈍い音を立てた。
「あっ」
俺が手を出すより早く彼女が手を出してしまった。
見るとヴェルは静かに、しかしかなり怒っている。
「うッ、ぎゃあああああ!!? いっ、痛ぇえ! チクショウこのアマ!」
「こっ、こいつ!!」
もう一人の色眼鏡をかけた男は後ろからヴェルに掴みかかろうとしたが、彼女は裏拳を放つと男は道に吹っ飛んでいった。
(あーあー、やっちゃったよ。あれは重傷だな)
「ひっ、ヒイィィィ! ば、バケモノ!!」
ひげの男は悲鳴を上げてその場からおぼつかない足取りで逃げていった。
他の客たちは呆気にとられていたが、次第にざわざわと騒ぎ出した。
「何だ、何事だ?」
騒ぎを聞きつけてケーキ屋から店主と見られる男が出てきた。
そして―
「事情は分かったけど、ウチは客商売なんだから店の前でああいうことをされると困るんだよ」
「も、申し訳ない……」
「すみません……俺がもっと早く対応していれば……」
店の奥の部屋に呼ばれた俺とヴェルは店主から怒られてしまった。
確かにあの騒ぎのせいで怖がった客たちが結構多くいた。
あんなことになればこの店では暴力沙汰の事件が起きるとこれから吹聴される可能性は高い。
「それで、二人はオルテクスさんの紹介なんだって? まぁ俺もあの人には世話になったから教え子の君たちのことをこれ以上責めるのもアレだ。しかし何にもないってのもそれはそれで……そうだ!」
店の店主は妙案を思いついたとばかりに手を叩く。
「今ちょうど人手が足りてないんだ。店のホールを手伝ってほしい、それでこの話はチャラにしようじゃねぇの」
「アメリア、そろそろ入れるぞ。今日はお兄ちゃんが何でも好きなケーキを食べさせてやるからな」
「ありがとうお兄ちゃん」
金髪翠眼の兄妹、整った顔立ちの二人はアリウスとその妹アメリア・ハイランドだ。
病の結果、命こそ別状はないものの、魔力を失い魔法が使えなくなった少女はあまり活発ではなく、何処か物憂げな雰囲気を纏っていた。
「よし、随分と待たされたが……」
列の最前列まで進み、アリウスが店の中へ入ると。
「あ、いらっしゃいませー……って」
「……」
アリウスが面食らったように立ち尽くす。
彼の目の前にはユーズが店の制服を着て接客をしていた。
「まさかお前が働いている店だとはな。小遣い稼ぎか何かか?」
「いや、まぁ……話すと長いんだ。それよりも食べていくのか?」
「当然だ。さ、座ろうアメリア」
(あれがアリウスの妹なのか)
テーブルについたアリウスとアメリア。
溺愛する兄と落ち着き静かに楽しんでいる妹という構図は中々に微笑ましい。
「アメリア、何が食べたい?」
「うーん……迷うなぁ」
メニューを見て考えるアメリア、だがしばらくすると……。
「じゃあ私、リンゴのタルトにする」
「なるほど美味そうだ! 流石アメリア、最高のセンスだな!」
「お兄ちゃんはどうするの?」
「そうだな……うーん……」
(ものすごい溺愛ぶりだな……クールな時のアイツからは想像できないぞ)
ユーズが少し遠目にアリウスの様子を見ていると、ふとヴェルから呼び出しがかかる。
「ユーズ、4番テーブルにこれを持っていってくれないか?」
「あぁ、オッケー」
ヴェルに頼まれたものを持っていった帰り、アリウスに呼び止められる。
「ウェイター、何か今日のオススメはないか?」
(ウェイターって……まぁ、そうなんだけど)
「そうですね、今からなら丁度ブラウニーが焼き上がります」
「分かった、なら俺はそれにしよう。それとリンゴのタルトを一つ」
「はい、分かりました」
しばらく経ってアリウスとアメリアのテーブルに注文したケーキがやって来た。
「わぁ、美味しそう! いただきます」
アメリアは早速やって来たタルトを口に入れると満面の笑みを浮かべた。
「美味しい、すっごく美味しいよ」
「そうか、良かったな。来た甲斐があった」
「ありがとうお兄ちゃん。私にこんな優しくしてくれて、本当に最高のお兄ちゃんだよ」
「!!!!」
アリウスはその言葉を聞くと、比喩ではなく後ろのソファに思いっ切りめり込んだ。
「尊いッ……尊い過ぎるッッッ……!! その笑顔、まさに煌々と輝く太陽の如し……」
(……ぜっったいに何かおかしいけど……まぁ楽しそうだし、良いか……)
その様子をドン引きしながら見つめるユーズであった。
本作品を見てくださりありがとうございます。
面白いと思われましたらブックマーク、ポイントを是非ともお願いします。
面白くなくても☆1でも大歓迎です。
それを頂けましたら作者のモチベーションが上がっていきます。




