20話 ディアトリス家の破滅①
降りしきる雨、その雨音がノイズのようだと不愉快そうに耳を塞ぐカロン。
つい先日セルシウス家へと赴き、ユーズを連れ戻そうとするも失敗した彼はますます苛立ちと焦りを募らせていた。
「…………クソッッッ!!!」
ドン!と勢いよく執務室の机に拳が打ちつけられる。
恥も外聞も捨てた奥の手すら通用しなかった。
しかも彼がセルシウス家に自ら行ってユーズを連れ戻そうとした話がティモールの耳に入ると、ティモールは怒り狂ってしまった。
そうして言い争いになり、屋敷内は余計に険悪な雰囲気になった。
あのティモールが怒るのも今までにないことだったが、まるで人が変わってしまったかのようだ。
(クソッ、クソッ、クソッ!!! 何故だ何故こんなことに……!!! 私が何か悪いことをしたとでもいうのか!? 私はディアトリス一門の繁栄を第一に考えてここまでやって来た……間違ってなどなかった筈だ!)
悪夢を見ているかのような心持ちのカロン。
だがその頃、息子ティモールはカロンが思いもよらぬ状態へと成り果てていた。
「クク……ヒヒヒヒヒヒ…………」
血走った眼でバリバリと粒状の薬をいくつも噛み砕くティモール。
精神的に参っていた彼はカロンと言い争いをした日に家を出て市街地へと飛び出していった。
その日はしばらくすると屋敷へ無事に戻ってきたが……実際は夜の街で薬の販売人に出会い、加工された違法薬物を購入していたのだ。
「お、お兄様……?」
不審に思った妹のミゼーラがドアを開けてティモールの自室を覗き込んでいた。
「ミゼーラか……ヒヒヒヒ……」
「ひっ……!」
薬物の副作用か、以前と顔つきの違う兄の姿を見てミゼーラは恐怖した。
「俺はコイツで力を手に入れた……! もうユーズにもあの女にも負けない……」
まるで流し込むようにして薬を飲み込むティモールは立ち上がり、怯えるミゼーラを退けて部屋の外へと出て行った。
既に退学になった筈の王立魔法騎士学園の制服に身を包んで―
(クククク……イヒヒ……ユーズッッ……! まずはユーズだ……!!! 消し炭にしてやる!!)
________
一方の王立魔法騎士学園、その日は通常通りの授業が行われていた。
ユーズたちホワイトクラスはこの時間やっていたのは「薬草学」。
様々な小瓶や大鍋、薬品の置かれた専用の部屋でもっぱら授業は行われていた。
生い茂った林の直ぐ側の一階の部屋でありどうにも雰囲気は辛気臭い。
「今日は最も著名な治癒効果のある薬品ポーションの調合を行います。手順は前回の座学でも言いましたがもう一度おさらいします。まずは既に前の授業で習った薬草を調合し、その後にカモミールとローズマリー、そして一角獣の血を合わせて抽出します。では始めてください」
薬草学はハルファス教頭が担当している。
様々な薬を生み出す薬草学は覚えることも多いが、上手くやるにはどうにもセンスが重要らしい。
ヴェルはどうも苦手らしく彼女にしては珍しく苦戦している他、勤勉で真面目なローディも一筋縄ではいかないという(それでも優秀だが)。
(え〜と……薬草はマンドラゴラの根1gとニガヨモギの葉3.75gを一緒にすり潰した粉をヒキオコシに……)
ユーズが悪戦苦闘しつつも教科書の通りにポーションの調合をしていたその時、突如ハルファスが叫んだ。
「皆さん、伏せてください!!」
次の瞬間、轟音と共に爆炎が教室に撃ち込まれる。
ハルファスは咄嗟に魔法障壁を発動させていたが、それでも威力は殺し切れず、教室に巨大な穴が空いた。
焦げ臭い匂いと煙の中に立っていた、爆炎を放った男を見てユーズは驚いた。
「ヒヒヒ……ユーズ……久しぶりだな……」
「ティモール……!」
ディアトリス家の長男、ティモール。
俺にとっては忌まわしい記憶を思い起こさせる人間の一人であった。
だが同時にある直感があった、ティモールは今自分のことしか狙ってはいないと。
「ユーズ!?」
ヴェルはユーズがティモールに掴みかかり、外へと飛び出していったのを見た。
そしてユーズはティモールを引きずり出し、急ぎ校舎から離れて林の中へと駆けていくと彼も同様に追いかけて行った。
「くっ……皆さんはここで待機していてください。もし負傷者がいれば治癒を使える方はお願いします。私は彼らを追いかけますので余裕のある人は誰か別の先生を呼んできてください」
ハルファス教頭も火傷を追った身体に鞭を打って外へと飛び出していった。
ヴェルが教室内を見ると負傷したのか、うめき声をあげる生徒が何人か倒れ込んでいる。
一瞬迷ったが彼女は負傷者を助ける方を選んだ。
(ユーズ……無事でいてくれ)
「……」
走りながら後ろを振り返る。
追いかけてくるその男は確かにあのティモールなのだが、明らかに様子がおかしい。
眼は血走り、時折正気を失ったように笑い出す彼は自分の知るあのキザな男とはまるで別人だ。
雨に濡れた長い茶髪を振り乱して一心不乱に追いかけてくる姿には軽く恐怖すら覚える。
「ヒヒヒ……ハハハ……どうした? 俺が怖いのかぁ? どこまで逃げるつもりだぁ?」
「いいや、そろそろ追いかけっこは終わりだよ」
ようやく手頃な場所を見つけた。
そこは林の奥、軽い窪地になって開けた空間が広がっていた。
「やっと俺に消し炭にされる覚悟ができたみたいだなぁ。……クク……フヒヒ……」
「……」
やつに一体何があったのか、それは分からないが少なくとも自分がディアトリスの屋敷にいた頃のティモールとは全く違うことは感じ取れる。
(この魔力……どうなってんだ。あの頃のティモールとは比較にならない)
『火球!』
『氷塊』
火が雪氷の盾に当たってジュウウウと音を立てる。
放たれたのは等身大の大きさを持つ火球。
防いだとはいえ第一位階の火属性魔法、火球とは思えない強力さだ。
(火球が何故ここまで威力を持つ? やつの増大した魔力に関係あるのは間違いなさそうだが……)
ユーズが考えている間にもティモールの右手には火が集まっていく。
低位階魔法であるが故に術の出は早い。
今度は回避、今しがた居た後ろの木が焼き焦がされる。
悪天候も何のその、大した威力ではあるがユーズはつい先日のことを思い出していた。
________
「ユーズは本気で魔法を使うときにその剣を使うようだね」
アルゼラ先生が腰に差してある零華を指差す。
「えぇ。俺も詳しいことは知らないんですけど……これを使うといつもより魔力を引き出せるというか……性質変換できる魔力の量が桁違いになるんですよね」
「詳しく知らないって何よそれ。アンタの剣じゃないの?」
「話すとちょっと長いんだよな……」
シオンの容赦ないツッコミに苦慮させられる。
それを見ていた先生は笑いながら言った。
「まぁまぁそれは良いから。それよりユーズはその剣を使わずに強力な魔法を扱うコツも学んだほうがいい。万が一その剣が使えなくなったときに役に立つだろう」
「コツ……」
「魔法といっても全て自分の持つ魔力だけで何とかしようと思わなくてもいい。特に実戦においてはね」
「自分の魔力以外を活用するってことですか?」
「そう、例えば…………」
________
「ヒヒヒヒ……反撃してこねぇのか? 氷の魔法はどうした、その腰の剣は飾りかぁ!?」
「剣は使わない。……今日は練習に丁度いいからな」
練習というユーズの言葉を聞いてティモールは怒りを露わにした。
「れ、れ……練習ぅ? 練習だとぉ……クククク……後悔するんじゃねぇぞぉ!!!」
ユーズは右手を雨の中、空へと向けた。
すると……。
「ゆ、ゆ許さねぇ……ヒヒ……炭にして踏み砕いて魔物のエサにしてやる!! ……!!?」
身体が急速に冷えていく。
気づくと天から降り注ぐ雨は液体から固体に変わっていた。
「な、何だ……?」
それだけではない、自分を取り囲む空気も急速に冷却されている。
そして次第に身体が固まっていく。
「か、身体が……う、動か……ねぇ。何、しやがっ、た!?」
「俺の魔力で周囲の雨と空気中の水分を凍らせてもらった。もちろん酷く濡れてるお前の身体についてた雨もな」
俺がアルゼラ先生に言われたのは環境を利用すること。
実はそれが何よりも勝敗を分ける、そう言われた。
「あ……あぁ……! 許さ、ねぇ。ユーズ……お前は」
ティモールはまるで呪詛のような言葉を吐くも足は枷のように地面と一緒に凍り、手も指先一本動かせなくなった。
彼の恨み節を聞きながら俺はハルファス教頭がやって来るのをその場で待ち続けた。
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