18話 ヴェルの特訓大作戦
ある日の放課後、ヴェルは学園の第一演習場コロシアムに立っていた。
「ということで……よろしくお願い申し上げる」
「ま、セルシウスの一人娘の頼みとあっちゃ聞かない訳にはいかないねぇ」
その場にはヴェル以外にローディと、学園の教員の一人であるカーラ先生。
カーラ先生は昔からセルシウス家との繋がりが強く、国でも屈指の実力者として有名だ。
容姿端麗でスタイルは抜群、藍色の長髪にメッシュを入れており、美しい紫の瞳が光っている。
さらに勝ち気で男勝りな力強い性格も合わせて生徒からの人気は高い。
「それにしてもヴェルはもう十分強いと思いますけど……」
ローディが今回の修行に疑義を呈する。
確かにヴェルは生徒の中では天才的な実力を備えているといってもいい。
「いや、私はまだまだ弱い。最近それを痛感している」
「まぁまぁローディ。乙女の強い決心だ」
「……」
先生は昔からヴェルのことを知っていて、今回彼女が修行をつけてほしいという理由に驚かされた。
(まさかヴェルが男のために強くなろうと考えてるなんてな……)
「では早速今のお前の実力を見せてもらおうじゃないか、得意な戦い方で構わないよ。来な!」
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「ヒマだ……」
珍しくヴェルからついてこなくていいという指令を受けた形のユーズは暇を持て余していた。
ヴェルを待とうと、学園の草原で佇んでいる。
「何やってんのユーズ君」
「あぁ、フエルか」
寝転んでいる俺の前にクラスメイトのフエルがやって来た。
授業が終わっても帰る素振りの見せない俺を不思議に思っていたらしい。
「なるほど……ヴェルエリーゼさんから言われたんだね」
「今まであんまり暇な時間がなかったからな。どうにも慣れなくて」
フエルに経緯を話す。
すると彼からこんなことを言われた。
「せっかくだから学園の色んなところを見てみたら? 僕はこの後帰らなくちゃいけないけど……」
「なるほどね、悪くないな。ありがとうフエル」
確かに入学して以来、王立魔法騎士学園の広大な施設はあまり見てこなかった。
知っているのはいつもの教室や授業で使う演習場や特別教室に食堂、スポーツ用の競技場、その程度だ。
そうしてユーズは学園の中を見て回ることにした。
(っても妙な魔動機が置いてある部屋だの、資料室だの、先生の執務室だのであんまり面白いところはないな……)
一つトレーニング室という何だか一度入ったら二度と抜け出せなさそうな、ただならぬ空気を発する部屋はあった。
どうやらムスクルス先生の管轄らしいが。
屋上は閉鎖されているし、残るところは屋外の"裏山"という通称で呼ばれる場所となった。
学園に隣接する山だが登るにしてはそこまで高くもなく、演習をする訳でもないのでイマイチ存在意義の分からない敷地ではあるが。
(初めて入るけど、一応それなりに整備はされてるんだな。でも殆ど人が通ってる形跡もない)
「ん……?」
しばらく先に進むと何か強い魔力の気配を感知した。
ヴェルやアリウスに匹敵する非常に高い魔力だ。
(こっちか……)
多くの木々をかき分けて進んだ先の奥地は開けた空き地。
そしてそこには人がいた。
「! 誰……?」
ポニーテールに結んだ燃えるような赤髪と唐紅色の瞳に透き通るような白い肌。
美しい容貌の女子生徒だが、その鋭い目つきは他者を寄せ付けない威圧感がある。
________
「ハァ……ハァ……これは……久しぶりに……疲れたな」
「なるほど、強くなったねヴェル。こりゃあ噂になるだけはあるよ」
息を切らして床に倒れ込むヴェル。
そして呼吸こそ乱しているものの、まだまだ余裕の色を見せるカーラ先生。
(やっぱり二人の戦闘は凄いですね……見てるこっちが緊張しちゃいます)
観戦していたローディは最初は乗り気でなかったが、思わず戦いに見入ってしまっていた。
少し休みをとると、ヴェルの呼吸も落ち着いた。
そこでカーラ先生は本題へと入る。
「でも改善の余地はあるねぇ。攻撃が直線的なんだ。矢はその性質上やむを得ないとして、矢を躱した相手に対して追撃の魔法は有効となるんだけどそれが見切られやすいのさ」
ヴェルの主な魔法による攻撃は水属性の第二位階魔法、水流柱だ。
水流柱自体は強烈な水柱で敵を吹き飛ばしたり、敵からの攻撃を遮断する性能もあったりと優秀な魔法なのだが、軌道は確かに読まれやすい。
「それは言われれば……私は今まで魔物と戦う経験が多かったからそれは疎かになっていたかも」
「ま、強化のコントロールは中々。ただスタミナ自体を上げることも必要になるだろうが……当面は魔法を中心に鍛えていく。いいね」
「はい!」
ヴェルは力強く返事をする。
当然だが一朝一夕に強くなるものではない、これからは地道な訓練も必要となってくる。
まだヴェルの特訓大作戦は始まったばかりだ。
「ローディもやるかい? あんた見た目に寄らず中々の素質があるからねぇ」
「えっ? い、いえ私はいいですよ……」
手を振りながら慌てて拒否するローディ。
それを見てカーラ先生は相変わらず大人しいねぇ……と呟いた。
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「あ〜その……怪しい者じゃないんだけど」
目の前にいる赤髪の女子生徒の威圧感に思わずしどろもどろな答えをしてしまった。
だが女子生徒の方は俺の制服の上着にある星褒章を見て……。
「なるほど、アンタがレースで勝ったって噂の……」
彼女は目を細めながら呟く。
「俺のこと知ってるのか」
「あの入学試験で誰でも覚えてるわよ」
「……」
会話が続かない。
だが俺も彼女の制服にある銀の星褒章を見て、思い出した。
(そういや……あの入学式のレースで一番だった人の話を聞いたことがあったな。フエルから聞いたんだっけ。確か烈火の覇竜の……)
「シオン・エルメージュ……」
「! な、何で私の名前を知ってるのよ」
心の中だけで言ったつもりだったのだが、無意識に口に出してしまった。
「あぁ、いや悪い。俺も君のこと噂で聞いたことがあってさ。レッドクラスの凄腕魔術師だって……」
「凄腕……ふーん…………そう」
(? 何か急に態度が緩んだような)
何となくシオンの警戒感と威圧感が弛緩したような気がした。
どうも凄腕という言葉を聞いて悪い気はしなかったらしい。
改めて辺りを見回すと、空き地には等身大の木人形や大きな的といった修業や訓練に使うようなものが沢山置いてある。
しかも見たところかなり使い込まれており、だいぶ傷んでいるように見える。
「もしかして君はここで訓練でもしてたのか?」
「!! なっ、何よ! してちゃいけないわけ?」
「誰も駄目なんて言ってないだろ」
何故だか急に声を大きくして詰め寄るシオン。
何か気に障ることを言ってしまったのだろうか。
「頑張って訓練しなきゃ……強くなれないのよ、私は」
シオンがポツリと小さく呟く。
だがその声にユーズは気づくことなく、彼女のことを訝しげに見ていた。
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