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100話 動き出した世界

 ―とある場所



「とりあえず聞きてェことが山程ある、なぁアスタロト」



「……」



 秘密結社(アルカナ)の会議、8人が集うそこの雰囲気はこれまでにないものだった。



「一応最低限の目的、ヨーゼル・セフィラスの殺害には成功しました。今回の作戦は失敗ではありません」



「そうは言うがよ。"触媒"の回収にも失敗したじゃねェか、ヴァレフォールのクソが邪魔しに来やがったのにも文句はあるが最大の問題はあのユーズとかいう野郎だ。あいつは征刻(スティグマータ)を持ってやがった」



 ダンタリオンの発言に、にわかに雰囲気はざわめき立つ。



「どういう意味だ? 吾輩は何も聞いていないぞ」



「説明が欲しいわね、言っとくけど身体がボロボロだからって追及しない理由にはならないわよ」



 グラシャと、高飛車な態度の女が詰める。

 口を開いたのは丁寧な口調で話す壮年の男―ハルファスだ。



「……私が聞いているのは"器"の選定に関するテストを行う、という内容だけです。これは〈王〉の御意思でしょう」



 ハルファスの影を一目見ただけでその重傷ぶりは明らかだった。

 その姿は右半身を失っている、彼が魔族の血を引いていなければ間違いなく生命活動を停止している状態だ。



「選定だと?」



「〈星読み〉が彼にも目をつけたということです。いずれにせよ、我々の計画に障害は発生しません」



「……フン、まぁよくよく考えたら"器"が誰だろうとアタシたちは関係ないわね。……それより"触媒"の回収が遅れたのが問題なんじゃない?」



「確かに回収が遅れたのは私の不手際ですが、しかし先ほども言いましたようにヨーゼル・セフィラスは殺しました。その回収は時間の問題です」



 女がチラリと大柄な体格の男を一瞥する。



「ま、一人今回の人選に納得いってないのがいると思うけどね。アタシ含めた別のメンバーで行った方が良かったんじゃない?」



「……」



 大柄の男は返事の代わりとばかりにギロリと女を睨みつけた。



「そろそろ争いは止めにしましょう。〈王〉がお怒りになる前に」



「……チッ、仕方ねェな。だが次は無いぜ」



 ダンタリオンが不満を抑えたことでこれ以上の諍いとはならなかった。

 その後ハルファスによって再びメンバーたちに〈星読み〉から与えられた王の指令が行き渡る。



「最大の障壁を排除した今、我々の計画は第二段階へと移行します。世界の破滅を回避する(・・・・・・・・・・)ために」






________







 あの聖列選争(プロエリウム)襲撃から早くも3日が経った。

 曇り空、雨の中で王国最大の英雄の葬儀は執り行われていた。

 場所は王国最大の大聖堂―鎮魂の聖歌が流れている。



「……」



 参列者の誰もが涙を流したり、哀しみの表情を浮かべている。

 やはりそれだけ多くの人から尊敬されていたのだろう。

 彼の死去という報は、学園のハルファス教頭が裏切り者だったという衝撃の事実もあって、瞬く間に世界中を駆け抜けていった。



 俺とヴェル、旦那様、奥様、それに屋敷から何十人もの人間が葬儀へ来ている。

 さらにはローディやフエル、アリウスたちといった学園の生徒や騎士団員、それに多くの上級貴族に王族。

 ヨーゼル校長という人物が如何に影響力の大きい人間だったのか、彼の存在を感じさせられる。







「よくぞ集った若き無限の才能たち。ワシは君たちに会えてこの日をとても嬉しく思う」



 王立魔法騎士学園(ナイト・アカデミア)の入学式。

 壇上に立つヒゲを蓄えた、あの白髪の老人を初めて見た時が思い出される。



「君たちは努力を重ね、狭き門をくぐり抜けてやって来た者たちじゃ。この学び舎で友たちと存分に学び、存分に鍛え、そして正しき騎士(ヒト)として成長していくことを期待しておる」







「よって今回のこと、ワシは君の行動を不問といたす」



 学園を襲ったティモールを捕縛したあの時、直接ヨーゼル校長と初めて話した時を思い出す。



「キャゼル・アークスの件といい、君は己を犠牲にして他を助けることのできる心優しき者じゃ。それこそがワシの考える騎士として最も相応しい素質……この国で上に立つ人間が持つべき素質じゃ」



「よし! ではこれで話は終わりじゃ。ユーズ、君にはこれからも期待しておる。その優しき心を君がいつまでも失わんことを……心より願っておる」







 だが決してカタブツではない。

 ユーモアにも溢れた好々爺とはまさに彼のことだった。



 かつて色々あって働いていたケーキ屋にヨーゼル校長がやって来た時―



「ホホ……来たか。さて……タバスコとチリペッパー貰えるかの?」

 


「いや〜、これがたまらんな。至福とはまさしくこのことじゃわい。甘さと辛さの織りなす完璧なる……」



 海水浴に行って宝探しをしたら彼のとんでもないサプライズを受けた時―



「おめでとう。とうとうここまでたどり着いたようだね、きっとここに来るまで沢山の困難があったと思うけれど、思い出してごらん。君の目には困難を共に乗り越えた大切な仲間たちがいる筈だ、その仲間こそ君の一生の宝物なのだよ byヨーゼル・セフィラス」







 思えば様々な時々で彼の存在があった。

 ヨーゼル校長は生徒たちを深く愛し、見守っていてくれていた。



「アルゼラ先生、ヨーゼル校長は……どうして俺たちに期待してくれていたんでしょう」



 近くで参列していたアルゼラ先生に問う。

 ヨーゼル校長ほどの実力者ならば他者に何かを期待するよりも自分一人で何もかも出来たのではないだろうか、と。



「ヨーゼル校長は自分だけでは理想とする世界を作れないと思っていたのさ。あの人が理想とするのは弱い者を強い者が守る世界、けれどそれを実現するにはあまりにも現実に障害が多過ぎる」



「……」



「騎士として彼が常々から意識していたのは"守る"ことさ。力とはそのためにあるのだとね、ヨーゼル校長のことを甘いと評する意見は少なからずあった。皆、傲慢さを大なり小なり持っているのがこの世界なんだ」



 俺という平民に対する当たりの強さ、それはひしひしと感じるものだ。

 しかしヨーゼル校長は身分より行動の正しさで他者を判断する人だった。



「そうして根付いた傲慢さはそう簡単には変えられない。だから時間がかかるんだ。だからヨーゼル校長はそれを教育という手段を通し、次の世代へ自分の理想を伝えた。……いつか自分の理想の世界が来ると信じて」



「……ありがとうございます。何か少し、分かってきました」



 志半ばでこの世を去ったヨーゼル校長。

 しかし秘密結社(アルカナ)と戦い、俺たちに希望を託して彼は先に逝ったのだ。



 ヨーゼル校長の理想に恥じない生き方をしなくてはいけない。

 恐れ多くも彼に期待された教え子の一人として―



 万事滞りなく葬儀は終わった。

 そして俺がヴェルたちと一緒に大聖堂を出ると、雨はあがり太陽が輝いていた。



「ユーズ、ヴェル、私たちって……これから大丈夫なんでしょうか」



 憂いを帯びたローディの表情。

 しかしヴェルが空を見上げながら満面の笑みで返す。



「大丈夫さ! 私たちが一緒なら、そうだろう?」



「……そうだな」



 そうだ、彼女たちと一緒なら大丈夫。

 皆と共にヨーゼル校長の意思を継いでみせる。



「ユーズ君! 皆!」



 見るとフエルがこちらに駆け寄ってくる。

 さらに……。



「よぅ我が好敵手(ライバル)、こないだは世話になったな。……俺はやるぞ、必ず秘密結社(アルカナ)とかいう連中を叩きのめしてやる!」



「あぁ、奴らには借りが出来た。妹を守るために、俺はもっと強くなる」



「ブレないわね……アンタ。まぁ私もこのままやられっぱなしでいるつもりはないけど」



 アリウス、ハルク、シオン、皆アルゼラ先生によると校長が期待をかけていた生徒たち。

 この友達とも一緒なら、どこまでも。



(見てますか? ヨーゼル校長……あなたの理想を守ってくれる生徒たちです。きっと、いつか……)







「ブラッドさんはどこに行ったんだ? こんな時に」



「さぁね。ま、どっかにいるんじゃないかい?」



「そんな適当な……」



 レインとカーラがブラッドの行方について話す。

 騎士団員として、彼は唯一人葬儀を欠席していた。



 だが、ある場所の海岸。



「やれやれやっとあがったか。シケた雨だったねぇ」



 ブラッドは雨に濡れた黒い長髪を絞るように水を切った。

 今日の彼はいつもの薄い水色の陣羽織を着た格好、そしていつも通りに煙草に火を点けて。



「俺ァ、花なんて贈る柄じゃねぇからよ……あの世じゃ、ゆっくり休んでくれや」



 そう言うと彼は土に火の点いた煙草を立て、その場から歩き去った。

 今回で2章は終わりです。

 次の3章を始めるまで、1章が終わった時と同様連載を少し休みたいと思います。

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