99話 受け継がれる意志
「行くぞ。必ずお前から俺は皆を守ってみせる」
ユーズが零華を突きだすと、その手をヴェルも取って2人で握る。
すると急速に刀身から膨大な量の魔力が発され始めた。
(この力は……!? 本来なら私にこの魔剣の力を引き出すことは出来ない……だが今は……ユーズの力を引き出す助けになれるというのか……?)
2人で魔剣―零華を同時に手にした経験はこれまでなかった。
何が起きているのか理屈で理解することはできない、しかし間違いないのはこの力でもって目の前の相手に対抗できるという事実だ。
『星火燎源』
ヴァレフォールの魔剣に収束していた黒炎が巨大な火球となって襲いかかった。
水ですら消えない黒炎、それを前にしてもユーズとヴェルの2人は怯まない。
零華を握った2人は全く同じ動作で剣を振った。
「「はあああああっっっ!!!」」
零華より放たれた極寒の冷気を纏った斬撃、それがヴァレフォールの黒い太陽にぶつかって凄まじい魔力の反発を生む。
(……!! まるで雷が目の前に落ちたようだ……!)
アルゼラもその威力に驚愕する。
バリバリと空気が震え、魔力のぶつかり合いが如何に凄まじいかを物語っていた。
「……」
対消滅、黒炎が全て消え去った光景を見たヴァレフォールは黙ったまま。
だが彼は笑っていた、自分の魔法が打ち消されたことを一切気にも停めていない。
しかし周りを何故か一瞥すると……。
「弱きを束ねて力を得るか。まぁ、それも良かろう」
ヴァレフォールは魔剣に再び黒炎を纏わせ始める。
どうやらまだやる気らしい。
「……!」
ユーズとヴェルは警戒を露わにして構える。
しかしその瞬間、突如としてヴァレフォールの表情が何か別のことに気を取られたように見えた。
「…………」
(何も仕掛けてこないのか……?)
魔剣に黒炎を纏いつつも動かないヴァレフォール。
すると背後の空間、そこに再びガラスが割れるかのようにしてヒビが入った。
「今宵はここまでだ。再びまみえる時は最高の美酒で共に酔うとしよう」
ヒビ割れた異空間の中へと姿を消し、ヴァレフォールは目の前からいなくなった。
「……消えた?」
「どうやら逃げた、ようだな」
唐突に出現してこのタイミングで消える。
一体奴は何だったのか、秘密結社の構成員なのは間違いないとはいえ、ユーズたちにとっては謎ばかりだった。
「がはっ……!」
「クク……命をも賭すとは何だ? そうやって悪あがきを続けることが。もはや貴様の命など僅かなものだ」
ハルファスが重傷を負いつつも、ヨーゼルを殺す直前まで追い詰めていた。
「既に我が秘密結社の精鋭たちが今頃は貴様の期待をかけた生徒たちを殺し尽くしている、貴様の思い描く理想もここで終わりだ」
「分かっておらぬのォ……ハルファス! それでもお主は元教職者か? この学園の生徒たちを甘く見るな……」
しかしあくまでヨーゼルは折れない。
たとえ身体は限界でも毅然とハルファスを見据えている。
「かつてお主にも幾度となく言った筈じゃ。力とは……強力な魔法で他者を圧することではない、ましてや血統や才能で高ぶることでもない……力とは……大切なものを守る優しさじゃ……!」
「フン……下らぬ御託を……。私はこの場で目的を果たし、貴様は何も出来ぬままにこの世を去る。それが定められた未来だ」
ハルファスがヨーゼルの聖剣―金剛に手を伸ばそうとしたその時。
「……!? これは……!」
ヨーゼルの身体から十字の形をした光が走り、辺りを包む。
「フォフォ……やはりお主の狙いはこれじゃったか。強大な力持つ邪悪な闇を封じるのがワシの最後の役目……」
(これは……命と引き換えに周辺の生物を削り取る封印の禁忌魔法……!!)
慌てて退避しようとするハルファスだったが、その腕をヨーゼルは掴んで離さない。
「おのれ、離せ! この老いぼれがッ……!!」
最期の時、ヨーゼルの脳裏に映ったのはユーズたちの姿。
自分が理想とする、強きが弱きを守る正しい世界を作れるのではないかと期待をかけていた生徒たちだった。
「ぐっ、おのれ……おのれおのれおのれえぇっ!!」
身体が光に包まれるハルファス。
それと同時に屋上を囲んでいた結界が消滅していく。
「どんなに長い夜でも日はまた昇る……お主ら闇を照らす光が必ず……」
ヴァレフォールが消えた競技場内だったが、未だダンタリオンとアスタロトの2人はほぼ無傷の健在だった。
「ったくあのクソ野郎、計画をむちゃくちゃに引っ掻き回しやがって……よし、とっとと俺たちは……」
黒炎が消滅して安全に戦える環境が戻ってきたため、ダンタリオンは再び前に出ようとする。
だがアスタロトがそれを制した。
「……撤退だ」
「何ィ!? ……!! ……チッ」
ダンタリオンは初め不満を露わにしたが、舌打ちしつつも受け入れる。
「作戦はしくじったことになんのか?」
「いや、最低限の目的は果たした。行くぞ」
そう言うと2人は即座にその場から姿を消した。
(……こちらの消耗を考えるとこれ以上の戦闘は難しい、か)
アルゼラも2人の撤退を見逃した。
同時に競技場内に出現していた白い1つ目の怪物たちも消滅していく。
「魔物たちが逃げていく……?」
「魔物の指揮官はいたのか!?」
競技場の外で襲い来る魔物と戦っていた騎士団たち。
しかしダンタリオンとアスタロトが撤退するのと同じタイミングで魔物たちも蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
「ヴェル! 何という無茶を……しかし何事もないようで良かった……」
ウルゼルクとローディが慌てた様子でヴェルとユーズの元へ降りてくる。
離れていたフエルも駆け寄ってきた。
「はぁ……無事で本当に良かったです……」
ローディがホッとしたように胸をなでおろす。
しかしやがてアリウスやシオンたちが傷を負って戦線離脱していたのを思い出したのか。
「とりあえず皆を医務室に運ぼう。それにヴェルもダメージが残ってる筈だろ?」
ユーズが促すと、ヴェルは少しバツが悪そうに頬をかいた。
アルゼラも身体を若干引きずりながら4人の元へやって来る。
「2人とも助かったよ。僕だけでは奴らにやられていた、ユーズとフエルは僕と一緒にアリウスたちを運ぼう」
ユーズが頷く。
競技場の状態は酷い有様で、傷を負った人間も大勢いるが何とか危機は脱したのだ。
(秘密結社の襲撃……零華と俺の氷の魔法に対を成す相手……フエルの兄……一体奴らは何が目的だったんだ?)
―学園屋上
「……最期の最期まで騎士としての生き方を全うされた方だった」
笑みを浮かべたまま倒れているヨーゼルの元へ騎士たち、学園の教師たちが集まっていく。
その中には事が終わった後、競技場から来ていたブラッドとティルディスの姿もあった。
かつて王国最強の魔法騎士と称され、王立魔法騎士学園の校長として生徒を見守り導き続けたヨーゼル・セフィラスの死。
それは1つの時代の終わり、世界は止められない動きの中を漕ぎ出そうとしていた。




