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阿呆達の旅路と司書  作者: 野山橘/ヤマノ
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6.悪夢を見せる神

 この島の秋、特に夜になって気温が下がってくると面白い光景が見られる。

 地面がもぞもぞと動き出し、そこから葦色の小さな獣が這い出して来るのだ。


 地中から出てきた体長10㎝ほどの獣の名はフェアリーセミモグラ。平均8年の年月を土の下で暮らした彼らは、這い出た穴の傍にある高所、例えば木の幹や道路標識などに登る。


 地表から1.5mほどの高さにまで登った個体は、そこで脱皮を始める。


 しかし、モグラとはすなわち哺乳類。哺乳類が脱皮をするとはなんとも奇妙な話。そう思うかもしれない。


 だが、このフェアリーセミモグラという生き物。ふさふさと愛くるしい獣ではあるのだが、意外にも分類上は爬虫類に該当するのだ。フェアリーでもなければセミでもないしモグラですらないのである。


 地表から1.5mの高さでその毛むくじゃらな衣を脱ぎ捨てたこの奇妙な爬虫類は、やがて幻想的な半透明の青い翼を震わせて秋の青い月たちの下へと飛び立つ。

 モグラの衣、すなわち幼少期の外皮を脱ぎ捨てた彼らの姿は、前足に透き通った翼を持つ青い角のあるトカゲにそっくりだ。そう、彼らの正体はワイバーンの一種なのである。


 さて、月夜の下で舞うフェアリーセミモグラたちの成体たち。夜のダンスの相手を探しながらひらひら、きらきら、と飛び交う彼らのことを、片端から捕虫網で捕らえていく影がある。

 地味な焦茶の髪に、整ってはいるが平凡の域を出ない相貌。一般的な皮鎧に市販品の長剣が閃く。そう、影の正体はカズヤである。


 カズヤは、成体になったばかりの小さなワイバーンを捕獲してはエチルアルコールの詰まった瓶に放り込んでいく。傍から見れば発狂でもしたのかと思うような所作であるが、これには勿論、ちゃんとした意味があるのである。


 というのも、羽化したばかりのフェアリーセミモグラの成体は、主な天敵である鳥類の多くに対して強毒性を呈する化学物質を分泌するのである。この物質は無毒な別種のワイバーンがフェアリーセミモグラのことをベイツ型擬態のモデルにするほどのものである。ところで、ベイツ型擬態のベイツとは誰のことなのだろうか。


 鳥系の亜人は先祖である鳥類と同様の器官を一部に残しているためか、このフェアリーセミモグラの生体毒を半匹分摂取しただけで死に至ると知られている。だが、この毒を500倍に希釈して他の材料と混ぜ合わせれば、高齢の鳥系亜人の悩みの種である“脱羽毛症状”の特効薬となるのである。若い鳥系亜人も精力剤として愛用していることが多い。


 カズヤは花級冒険者としてその事を知っており、フェアリーセミモグラの成虫を捕獲してシエルラの製薬材料に役立ててもらおうと考えていたのである。



「こんなもんかなぁ…。」



 1Lほどのエタノールが入った瓶が5本分満タンになったのを確認したカズヤは、液体の中のワイバーンたちが完全に絶命しているのを確認した。そして、スキル・アイテムストレージにそれらを収納しはじめた。死してなお体色が淡い緑色に変化しつつあるワイバーンが何十匹も詰まったガラス瓶は、1本、2本、と瞬く間に虚空の中に吸い込まれていった。


 一仕事終えたカズヤは、胸ポケットから時計を取り出して日の出までの時間を確認した。現在時刻は午前1時38分。この時期であればあと4時間ほどで明るくなるだろう。


 そう、カズヤはなにもフェアリーセミモグラの乱獲がしたくて夜更かししていたわけではないのだ。


 グランドーラントを脱出したとはいえ、本日のキャンプ地が必ずしも平和であるという確証はない。例えば近くには森林地帯があり、そこから野生の魔物や山賊がふらりと現れるかもしれない。


 カズヤはここ数日程、それらを警戒して碌な睡眠を取れていない。夜になる度に、本日のように馬車の周囲を警戒して、危険が寄り付かないように夜通しの番をしていたのだ。今宵のワイバーン取りはそのおまけである。


 冒険者をやっていれば、職業柄、少なからず徹夜に慣れてくる。しかしながら、そうは言っても、純人間の身体は連日の徹夜に耐えうるようには出来ていない。

 昼間の休憩時間に軽い仮眠を取って対処したり、馬車を操りながら居眠りするという曲芸じみた技術を身に付けたりはしたものの、カズヤの身体は少なからず連続した睡眠を欲していた。


 だが、荷馬車の中ではブドウとシエルラがスヤスヤと寝息を立てている。

 ブドウは戦闘能力に秀でているものの、傷だらけの今では剣を持つことすらままならない。シエルラに関しては、果たして争いごとが可能なのだろうか。そこら中を舞っているフェアリーセミモグラにすら敗北してしまいそうである。

 そんな彼女らに夜番はこなせないだろう。必然的に夜間の哨戒係はカズヤ以外に居ないということになる。


 この1分間で3度目の大欠伸をかいたカズヤは、せめてもう1人男手か冒険者が欲しいなぁ、なんぞと考えながら、ぼんやりと焚火の炎に薪を投げ入れた。



『…ズヤ、カズヤ。』



 そんな彼の耳に、自らの名前を呼ぶ声が届く。ひび割れたレコードのような、異質な響きが混じった女の声である。



『おきろ、カズヤ。おきて。』


「出やがったな、ド腐れトカゲめ…。」



 カズヤは頭を押さえながら、1人、唸った。


 たちまちのうちに焚火の炎やその光に照らされた幌馬車の輪郭が歪み、渦を巻くように様々な色が混ざっていく。

 混色に混色が重なり、周囲の色が混ざり切って漆黒に近付いてからしばらくの後。カズヤが目を開けると、そこは出口のない洞穴であった。



「はぁ…。いつの間に寝てたんだ、僕。」



 そう。カズヤの身体は現在、浅い入眠中なのである。

 おそらくは焚火を眺めている間に炎の1/fゆらぎでうつらうつらしてしまったことが原因であろう。彼の意識は現在、明晰夢の中に囚われている状態なのだ。


 彼がこの明晰夢を見るようになったのは、徹夜3日目に突入した晩の事だった。あまりにも現実との境界が無く唐突に始まったこの夢に、カズヤは最初、()()で叫び声を上げたのであった。



『やっと、()()()。おそい。』


「うるさいなぁ、生ゴミのくせに。」



 普段以上に口汚く呟いたカズヤは、幻聴の聞こえてくる方に振り向いた。


 彼の視界の先に横たわっていたのは、巨大な何かの腐乱死体だった。

 腐り果ててはいるものの、ここは夢の中。カズヤの嗅細胞に腐臭が届くことはない。


 それが元々どんな生物だったのか、その正体が一体何なのかは一切認識できない。だが、少なくとも腐って蛆やシデムシが湧いた、巨大な肉と骨の塊であることだけは理解できた。

 そして、どうやら幻聴の正体は、この腐乱死体がカズヤに対して語り掛ける声であるらしいということが判明した。



『にんげん、ねないと死ぬ。わたしは、おまえをねかしてやってる。かんしゃしろ。』


「いや、寝たら困るんだよこちとら。僕が寝てる間に何かあったらどうしてくれるんだよ。起きろ、じゃないよ。」


『あんしんしろ。ここは、あおむしだから。』


「訳分かんないよ。理論立てて喋れ。」


『むり。のうみそがくさってるから、むずかしいことはかんがえられない。』


「自分で言っといてそれかい。」



 要領を得ない会話に苛立ちが募っているカズヤは、靴の先で腐乱死体の端を蹴り飛ばそうとした。だが、その足は腐肉にまで届くよりも前に、弾力のある空気の塊によって跳ね返されてしまった。


 ちなみに、幻聴の言葉について、『この空間が夢の中にあるからこそ、ここの時間感覚は曖昧である』という意味なのではないだろうかと筆者は推測する。



「…んで、今日は何。また僕の身体を乗っ取ろうとするのかな。」


『ちがう。それ、ごかい。わたしはただ、おまえの()()()()を、まがりさせてほしかっただけ。』


「まがり…? ああ、間借りか。寄生虫みたいだな。」



 この腐肉の正体は、何らかの精神生命体(肉体を持たない精神だけの生命のこと)であるようだ。現時点で種類までは同定できないが、他人の脳を間借りするというフレーズから、おそらくは夢魔の類ではないかと推測する。



「はぁ。そんで結局、何の用かな。用が無いんなら、さっさと開放してほしいんだけど。」


『みて。』



 徐に腐肉の一部がもぞもぞと動き始める。細長いこの部位は尻尾なのだろうか? まるで巨大で腐った尻尾の皮下で巨大な寄生虫が巣食っているかのように蠢いているのである。


 腐肉はビクリ、ビクリ、と気味悪く伸びたり縮んだりしている。だが、それ以上何かが起こりそうな様子もない。まさか腐肉のダンスを見せられるだけだとは思っていなかったカズヤは、怪訝そうに眉根を寄せた。



「…?」


『…で、でられない。てつだって。』



 精神生命体の声がくぐもって聞こえてくる。どうやら彼女(?)は腐肉の中に仮想実体を作り出してしまったようだ。



「…はあ。」



 これまでの経験上、精神生命体が満足するまで自身がこの夢から出られないことを知っているカズヤ。彼は、溜息を吐きながらアイテムストレージを開いてナイフを取り出そうとした。だが、ここは彼自身の夢の中。わざわざそのようなことをせずとも、欲しいと思った物が手に入るのだ。


 自分の手にいつの間にかシンプルで鋭い短剣が握られていたことに気付いたカズヤは、腕を振り上げると中に潜む者に突き立てる勢いで腐肉へとそれを突き立てた。

 カビが褐色の分生子をふさふさと生やしている表皮がどろりと崩れ、ぶわりと胞子が周囲に舞う。吸い込んでしまうとさぞや身体に悪そうだが、これは夢の中の出来事なので問題がない。

 レバーを倒すようにナイフの柄を下に引くと、チーズを切るような抵抗感と共に分解の進んだ筋肉がたやすく裂けていった。



『たすかった。』



 そして、腐肉の割れ口から人間の10本の指が突き出してきた。

 割れ目を切り広げたその爪は長く、純人間のものにしては鋭すぎるし黒すぎる。


 人一人分切り口が広がったところで、10本指は引き戸をこじ開けるかのように5本ずつ外側を向いた。メリメリ、ぬちゃぬちゃ、とあまり気持ちの良くない音と共に左右に割れた腐肉の様子は、決して妖艶ではないがどこか淫猥だ。


 さておき、赤黒く崩れた筋繊維を断面に見せつつ、裂けた腐肉から現れたのは、腐汁で体中がドロドロになった亜人の上半身であった。



『どう?』


「どうって…、悪趣味だなぁ。元ネタにリスペクトを感じられないぐらいグロいし、そもそもパクリじゃん。」


『ぱくり?』



 巨大でねじくれた2本の角が、肋骨のように白い髪の間から覗く。黒曜石のように透き通った鱗の生えた顔は非常に美しいが、どこかで見た顔つきだ。それを少し幼くしたような感じである。

 モデルとされたであろう女性とは対照的に、肉が薄くて平たいような印象を受けるが、それはこの亜人もどきの腹側や下半身が削り取られたように存在していないことが起因するのだ。内臓の零れ落ちてきそうな断面には、代わりに星の煌めく夜空がチラついている。


 精神生命体は、下半身を失った白竜亜人のような仮姿をカズヤの前に現したのであった。



『これでも、このまえよりは、しんぽしたとおもう。』


「それは確かにそうかもね。一昨日なんて筋肉剝き出しの生首だったもんな。」



 この腐乱死体の腐敗は、カズヤの夢の中で時間経過とともに少しずつ進行しているのである。だが、どうやらこの生命体は本体である腐乱死体が腐敗するごとに成長が進んでいっているようだ。初めて現れた日にはただ1つの眼球でしかなかったのに、生首を経て、早くも人体に似た体を完成させつつある。



「そんで結局、君は何なの? こんだけグロいサキュバスなんて存在しないだろうし、夢クラゲのプラヌラ幼生が見せる夢は水中を泳ぐようなのばっかりだって聞くし。この島に生息する夢魔生物なんてそれぐらいだけど、他の何かなのかな。」



『かとうせいぶつ、なんかと、いっしょにするな!』



 カズヤの質問に対し、急に怒り出す精神生命体。


 ちなみに説明しておくと、サキュバスは精神生命体であるにも拘らず人権を獲得しているれっきとした亜人の一種である。夢クラゲは読んで字のごとく哺乳類に寄生するクラゲであり、進化の分類上は確かに下等な生命であるが、下等なりにその方向にちゃんと進化した種であるとも言える。一概に下等扱いしてやらないでほしいものだ。



『われは、もとはといえば、どらごん。ししてなお、かみのざにあるものだ!』


「死してなお神の座、ねぇ…。本当かなぁ。その割には神様っぽいこと何にもしてないし。」



 この世界の全ての事象を統べる者は神である。そして、神と呼ばれる存在の正体はドラゴンと呼ばれる概念たちである。ドラゴンは概念であるが、同時に生物でもあり、それゆえ生死の概念を個として有している。ゆえに、『ドラゴンの死骸』があっても何らおかしくはないのだが…。


 だからといって、何の変哲もない一般冒険者の脳内を間借りするようなことがあるのだろうか?



『…いまは、ししたばかりで、“どらごんぞんび”という、かきゅうしんにあてはめられている。だが、ゆくゆくはこの“み”がくち』



 ここまで文字に起こしておいてアレな話ではあるが、仮名文字ばかりで非常に読みにくい。彼女(?)のたどたどしい口調を再現するために行ったことではあるのだが、ややこしい言い回しをされると解読に時間がかかってしまう。ので、直前のセリフから書体を変更することとする。



今は、(いまは、)死したばかりで、(ししたばかりで、)“ドラゴンゾンビ”(“どらごんぞんび”)という、(という、)下級神に、(かきゅうしんに、)当て嵌められている。(あてはめられている。)だが、(だが、)ゆくゆくは(ゆくゆくは)この“身”が(この“み”が)朽ち、(くち、)新たなる死の神(あらたなるしのかみ)“デッドドラゴン”(“でっどどらごん”)へと、(へと、)変貌するのだ。(へんぼうするのだ。)


「…ん? その場合、前任の死神はどうなるの?」


死神、(しにがみ、)ではない。(ではない。)死の神、だ。(しのかみ、だ。)



 基本的に、1つの事象を司るドラゴンは1柱だけである。非常に酷似した事象の神どうしは存在していたりするが、よほど複雑だったり重要な事象でもない限りは完全に同じ仕事を行う神は存在しないようである。

 死とは極めて重要な現象。デッドドラゴンと呼ばれているドラゴンも古来から複数柱が確認されており、この精神生命体が本当にドラゴンなのであればデッドドラゴンになってもおかしくはない。


 ちなみに死神というのは、生命の死後、魔素の塊である魂を収集する精霊の一種であり、死を司っているわけでもなければドラゴンでもない。



「へー。詳しいんだね、脳みそ腐ってんのに。」


ドラゴンだからな。(どらごんだからな。)敬え。(うやまえ。)


「それは無理な相談だよ。で、結局今日の本題は何だったの? まさか体の形成の進捗を報告するだけじゃないんでしょう?」


…それもあった。(…それもあった。)でも、まだある。(でも、まだある。)



 ドラゴンゾンビ(?)はそう言うと、自らの本体によじ登った。いつの間にか彼女の身体に纏わりついていた腐汁はきれいさっぱり乾ききっており、肋骨のように白かった髪の色は灰色へと変化しつつあった。まるで、羽化したばかりの蝶に色が着いていくようである。



神である以上、(かみであるいじょう、)供物には(くもつには)対価を(たいかを)返さないと(かえさないと)いけない。(いけない。)


「供物っていうか、君が勝手に僕の頭ん中に住み着いてるだけでしょ。それで、対価というのは? まさか、死という名の救済を、とか言い出さないよな。」


違う。(ちがう。)お前が(おまえが)今死んだら、(いましんだら、)私も(わたしも)新しい(あたらしい)身体を、(からだを、)探さないと(さがさないと)いけなくなる。(いけなくなる。)



 どうやら、面倒くさいか否か、というだけで生死を握られているカズヤである。



「じゃあ、神らしく啓示でも授けてくれるの?」


そう。(そう。)お前の仲間の(おまえのなかまの)フタエガミの、(ふたえがみの、)探し物に(さがしものに)ついて。(ついて。)


「…ほほう。」



 カズヤの仲間のフタエガミとくると、おそらくはブドウのことを指しているのだろう。そしてブドウの探し物といえば、彼女の妹の事が真っ先に浮かぶ。



『向かうべきは、風の来る方。今の時候、この島に吹く風の方向。その方向に向かって、いちばん初めに出会った、藍色の髪の男を旅の仲間に加えるといい。』


「急に流暢だし、そのくせ随分とアバウトだなぁ…。しかも、妹さんに直通で案内してくれるわけでもないし。」


『もしもその男が、仲間とつるんでいたなら、その仲間ごと連れるようにしろ。そうすれば、初めの手掛かりが手に入る。』



 どういう意図があるのかは分からないが、ドラゴンゾンビは啓示を断片的にしか教えてくれないらしい。ブドウの妹がどこにいるのかを場所で示してくれればすぐに解決するのに、妙に勿体ぶっている。


 というのも、古来よりドラゴンの啓示とはこういうものなのである。啓示とは未来を予言するものであるため、あまり遠くの確定していない未来は語りようがないのだ。事象を統べるのはドラゴンだが、未来を作り出すのはドラゴンだけでない全ての生命なのだから。



「なるほど、未来の事を話せない理由はわかったよ。でも、情報としてそんなに有難い情報ではないかな。行動が制限されるし、なんか操り人形にされてるみたいで腹が立つし。どうせならもっと有用な情報が欲しいんだけど。例えば、妹さんが生きてるかどうかとかだけでも…。」


強欲な、(ごうよくな、)人間め。(にんげんめ。)…生きてはいる。(…いきてはいる。)でも、(でも、)お前の仲間が、(おまえのなかまが、)思っているような(おもっているような)形ではない。(かたちではない。)



 ドラゴンは意味のないウソを吐かないので、ブドウの妹が生きているということに関しては真実と捉えていいだろう。だが、どうにも不穏な口振りである。



「今一分かりにくいんだけど、どういうこと? 姉があんな感じのパラメータ出鱈目人間だし、妹も生物兵器に改造されてるとか?」


それは、(それは、)突拍子も(とっぴょうしも)なさすぎる。(なさすぎる。)答えてやりたい(こたえてやりたい)けど、(けど、)残念。(ざんねん。)今日は(きょうは)もう寝る時間。(もうねるじかん。)おやすみ。』


「は? おい」



 再び渦巻いて混色する視界。現実のカラフルな世界とは違い、褐色の腐肉と土壁、白い骨と灰色のドラゴンゾンビによって構成された夢の世界は単調なカラーリングだ。あっさりと1色の黒に混ざり切ってしまった。


 カズヤが再び目を覚ますと、そこは元居た焚火の前であった。

 傍らに落ちていた時計の文字盤は午前1時42分を指している。つまり彼はほんの4分間ばかり居眠りしていたということだ。



「寝ぼけて焚火に突っ込んだりしたらどうすんだよ、全く。…南西か。南西というと、あの辺りの島でいいのか?」


「………南西に向かうことになさったのですか?」


「うおっ!?」



 特に誰かに向けて放り出したわけでもない独り言に返事が返ってきたので、カズヤは危うく焚火に自らの足先をくべる所だった。



「ぶ、ブドウさんか。どうしたんです、眠れないんですか? 傷が痛むんならシエルラさんを起こしますけど。」



 寝惚けていて気づかなかっただけで、彼の隣ではいつの間にかブドウが膝を抱えて焚火に当たっていたのであった。


 質問に対してブドウが無言で首を横に振ったのを見て、子どもか、なんぞと内心でツッコミを入れたカズヤ。彼はアイテムストレージから2つのコップと2人分の茶葉と水、金属製のポットを取り出し、ポットに水を注ぐと、それを火に掛けた。



「………魔法で湯が沸かせるのではないのですか?」


「ん? あー、まあそうですよ。でもね、魔法生成水ってそのままだと超純水なんですよね。」


「……?」


「えーっと、生成過程で不純物が混ざりにくいので、ミネラルや有機物なんかがほぼ入ってない水になるってことです。ある意味で限りなく清潔な水ですね。」


「……すると、何がいけないのですか? …清潔な水と聞くと、美味しそうにも聞こえるのですが。」


「うーん。まず、純水と硬水で茶葉を抽出した時、どちらの抽出率が高いかってことを調べた実験があるんですけど…。」



 何故か茶の話を掘り下げようとしてくるブドウに少し気味悪いものを感じつつも、カズヤは後輩の冒険者に物を教えるようなノリで懇切丁寧に説明を加えてやったのであった。思ったよりも話が弾んだこともあり、一方でブドウの飲み込みが悪かったこともあり、30分近くは茶葉の抽出と水の質の相関性の談義が続いたのであった。



「というわけで、純水をお茶の抽出に使うと抽出率が高まりますが、ミネラルの不足分だけ硬水よりも物足りない味わいになってしまうって話です。他にも要素はあるんでしょうけど、僕はお茶屋ではないので。もっと詳しいことが知りたかったら、自分で文献を漁ってください。」


「………実は、文字が読めなくて。」


「あぁ…。じゃあ覚えてください。練習帳でも作ってあげればいいんですかね?」



 いよいよ彼女の出身地が分からなくなったカズヤであった。


 それはさておき、どうやらブドウはただ眠れなくて起きてきたわけではないらしい。何かを切り出したそうに先ほどからもじもじと居心地が悪そうにしているのである。

 言うことがあるならさっさと言え、と待ち構えていたカズヤであったが、ブドウがなかなか本題を切り出さないので、とうとうしびれを切らしてこちらから切り込むことにしたのだった。



「そんで、どうしたんです? 夜はだいぶ冷えるようにはなってきましたけど、それだけ厚着して毛布まで被っていればあったかいでしょう。…何か、言い出しにくいことがあるんでしょ?」


「………どうしてわかったのですか?」


「本気で言ってます?」



 あけすけな心を見透かされて驚いている彼女に対して半目を送ったカズヤは、先ほどから温めていた茶をカップに注いだ。そして、アイテムストレージからミルクの入ったポットと粉砂糖の入った小壺を取り出すと、それを勧めた。



「………あなたには本当にご迷惑ばかりをお掛けしています。この上でまた迷惑を重ねるのは非常に心苦しいのですが、実は相談したいことがあるのです。」


「馬車ジャックに引き続き、これ以上僕に何かを要求する、と。抵抗しようがないですし構いませんけど、僕もいちおうプランを立てて旅をしてるんですよね。金の無心をされてもあまり応じられないと言いますか、妹さんに会える日が遅くなるだけだと言いますか。」



 カズヤは相変わらずねちっこい言い方をする。ここまで来ると最早、趣味の域である。

 だが、さすがに自分でもねちっこいという自覚はあったのか、すぐにフォローを入れたのだった。



「っと、失礼。話を聞く前から口が過ぎました。相談とは何ですか?」



 ようやく話を聞いてくれそうな気色に、ブドウは2、3回深呼吸をした。



「………カズヤ、私を冒険者にしていただくことはできませんか?」


「んーーーーーー、そう来たかぁ…。」



 素っ頓狂な感嘆の声を上げたカズヤは、こめかみを押さえながら淹れたばかりの茶を啜った。


ドラゴンゾンビ(?)のセリフは読みにくいし聞き取りにくいということで一つ。

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