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阿呆達の旅路と司書  作者: 野山橘/ヤマノ
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5.女傑の失せ者

「さて! これからどうしますかね。」



 レッドレッグのステーキが想像以上に不味くてげんなりしていたカズヤは、それを振り切るように元気良く立ちあがってそう言った。



「…? 船に乗るのでは?」



 不思議そうに首を傾げたシエルラは、なんとなくそれにつられて立ち上がった。



「それはそうなんですけどもね、もっと方向性を決めようって話です。」



 1人だけ座っているのが気まずかったのか、これまたつられて立ち上がったブドウに松葉杖を渡してやりつつ、カズヤは3名分の食器を持って焚火から離れた。つまり彼は皿を洗おうとしているのである。



「……て、手伝います。」


「いらないです。怪我人は怪我人らしく寝転んでたらどうですか?」



 皿洗いの補助を申し出たブドウに、カズヤは虫でも追い払うかのように手を振った。有限な包帯を水で濡らして浪費するのは避けたかったし、何より魔法のお陰で水洗には事欠かなかったのがその理由である。



「そりゃまあ、シエルラさんの言う通りで船に乗ってこの島を出ないことには始まらないよ。ブドウさんの探してる人はこの島ん中にゃいなかったんでしょう?」


「…はい。」



 そもそもブドウは生き分かれた妹を探す旅をしていたのだ。島内で生き分かれた妹を探す間に重傷を負い、1人で旅を続けるのが困難になったところをカズヤとシエルラに救われたのである。



「そんでもって、肝心の妹さんの行方に関しては何にもわからんと。本当に何にもわかんないんですよね? 南の方にいるとか、どこかの大陸にいるかとか…。そういう大まかな情報すら無いんですよね?」


「………はい、何の手掛かりもなくて。」


「そっかー。」



 ブドウがこんな調子であるからこそ、カズヤはこれからの行き先について頭を抱えることとなっていたのであった。



「しかも、自分の故郷がどのあたりにあるのかすらも分からないときたもんだ。妹さんが人攫いに狙われたんだとすれば、故郷の場所を加味して、ある程度、流通ルートが割り出せそうなもんだけど。」


「………島国だったことはわかるのです。ですが、その島がどの位置にあるのかまでは分からなくて。………今まで訪れたどの国の地図も、どこかおかしかったのです。」



 ブドウは別に記憶喪失というわけではない。自身の住んでいた島の詳細な地図を描くことが出来るし、その島が47個の州に分かれていたことも覚えていた。だが、彼女の語る地名はこの付近では全く聞きなれないものばかりだったし、グランドーラント人にはとても発音できそうにないものばかりであった。

 また、彼女の住んでいた島はグランドーラント王国含む各国の世界地図において記載されておらず、逆に、彼女の住んでいた島の世界地図にも各国が記載されていなかったのだという。


 このことから、彼女の故郷はグランドーラント王国やトエルリー共和国のある島から遠く離れた、ほぼ未開の地とでも言うべき場所に存在しているということが推測される。



「うーん、どうしたもんかなぁ…。結局、犯罪組織潰しして得られたことはなんにも無かったんですよね? どの組織が行った犯行とか…。」


「…………そうです。どの組織も、妹の事はおろか、私の故郷の事すら知りませんでした。」



 ブドウがお尋ね者になった理由、そしてカズヤが彼女を殺人鬼呼ばわりしている理由は、今しがたカズヤが口にしていた通りである。


 妹が人攫いに遭ったと考えたブドウは、妹を探す旅を続ける傍ら、人身売買に関与していそうな犯罪組織を巡り合った端から潰しまわっていたのである。時には地方の治安維持組織の力を借り、時にはほぼ単身で犯罪組織に乗り込んでいたのだそうだ。

 国によっては犯罪者に賞金が掛けられることがあったため、彼女はそれを路銀として、バウンティハンターのような生活を続けていたようだ。



「まさかスキルの概念も知らないようなお姉さんがそんな稼業で生きてきたとは、とても考えられませんでしたよ。でも、ブドウさんのあの剣術…、いや居合術でしたか? あれを見たら、スキルなんてどうでもいいような気もしてきましたけどね。」


「興味がおありでしたら、お教えしますが。」


「近っ。え、遠慮しときますよ。僕には直剣スキルBクラスがあるので…。」


「………残念です。」



 はしたなく鼻息を荒げたことが今更に恥ずかしくなってきたのか、ブドウは青白い頬を染めながらカズヤから離れた。


 ここまで信じられないことを書き連ねてきたが、それらはすべて真実なのである。ブドウは故郷で武道場を営んでいた剣術の達人らしく、その剣はこれら信じがたい所業を成し遂げられるだけのものだったのだ。

 彼女がスキルを知らなかったために断定はできないが、おそらくこの剣術は戦闘系のレアスキル、ともすればユニークスキルに類するものなのかもしれない。


 さて、懸賞金制度はどの国にでもあるものの、懸賞金を受け取ることの出来る条件は国の制度や犯罪者の罪の重さによって異なっている。

 例えば、犯罪者の生死を問わないという条件もあれば、生け捕りにしてこなければならないという場合もある。そもそも、いかなる状況であれ、殺人は大罪と見做される国もある。グランドーラント王国などはそれに当て嵌まる。


 ひと月ほど前のこと。

 この島の隣島で海賊団を討伐せしめたブドウは、海賊団の首領から、とある話を聞き出した。『グランドーラント王国という国の北西部に巣食うマフィアが、彼女の尋ね人と思しき人物を()()()()』というものである。首領はその情報と引き換えに命乞いを行ったのだが、哀れにもブドウに協力していた自警団たちに捕縛され、その場で死罪となったのであった。


 罪人の最期を見届けたブドウは、自警団から報酬を受け取るとさっそく渡し船に乗り込み、グランドーラント北部の港を目指した。そして現地で情報を収集すると、憲兵団に協力を要請した。


 だが、見知らぬ外国人のブドウが、唐突に『マフィアを潰したいので手を貸してくれ』なんぞと口走るのだ。憲兵たちが怪しまないはずもない。結局、『陳述内容を精査させていただく為にお時間を頂く』ということで帰され、精査の途中経過すら返ってくることは無かった。


 実際の所、北部の憲兵たちがマフィアに手を焼いていたことに違いはない。だが、マフィアは表向き犯罪スレスレのことしか行っておらず、ゆえに王国法に守られていた。おまけに、いざ潰すとなれば決して小さくない被害が官民両方に出ただろう。敗北の可能性すらあった。地方の憲兵団は巨大集団に対して手の出し様が無かったのである。


 さて、そんな憲兵団が何も言ってこないことにしびれを切らしたブドウ。彼女は一刻も早く妹を見つけ出すため、急いでこの場所を見極める必要があったのだ。


 スキルだけではなくて魔法の存在すら知らなかった彼女は、頼みの一本綱の愛剣を丁寧に手入れし、衣服や物資を整えると、ただ1人でマフィアの本拠地へと向かったのである。



「マジで、ブドウさんの脳みそって筋組織で出来てそうですよね。」



 剣1本を背中に担いでカチコミに向かう女戦士の姿を想像したカズヤは、女戦士の頭蓋にみっちりと詰まった骨格筋を想像しながらそう言った。



「…我が鬼歩流(きふりゅう)居合術(いあいじゅつ)は、力で押し切る剣術ではありません。力の流れる向きへと自然に刀を流す、むしろ筋肉を必要としない剣術なのです。」


「何言ってんのかわかんないでーす。」



 ややこしい婉曲的な言葉で自分の肢体がしなやかであることを主張したブドウは、カズヤにそれを流されたことに少しむくれた。


 さて、マフィアの拠点を襲撃したブドウ。幸か不幸か、襲撃日はマフィアの幹部たちが集会を行うために一堂に会していたのである。

 見張りとして集会所を守っていた用心棒達も、まさか華奢な女がただ一人で乗り込んでくるとは思っていなかった。おそらく、この女は組の構成員か誰かの女だろうと高を括り、あろうことか場内へと案内してしまったのである。


 さあ、そこからはマフィアたちにとっての悲劇であった。


 いざという時のために最低限の武装はしていたマフィアたちであったが、狭い集会所という場所が仇となった。下手に仲間意識があるだけに、万一味方に攻撃を当ててしまうというわけにもいかない。そうすれば戦力が減るし、敵を仕留め終えた後で遺恨が残るだろう。

 また、抗争の経験ゆえに集団戦や室内戦が得意な彼らではあったが、的が小さいくせに肉食魔獣の群れのように暴れまわるただ1人に対する有効な対抗手段はなかったのだ。


 マフィアの幹部と、そのお付きの者、そして用心棒たちはものの30分程度で物言わなくなり、後には血だまりと肉塊ばかりが残ったのであった。

 騒ぎを聞きつけた憲兵団がマフィアの集会所へと乗り込んできたのは、ちょうど唯一残されたマフィアの首領と奴隷売買部門の幹部がブドウに尋問されていた時だった。

 有用な情報を何も持っていないことが判明した彼らを引き渡したブドウは、状況を理解した憲兵団によって追われる立場となったのであった。



「でもブドウさん。あなたがグランドーラントで殺したのって、マフィアだけじゃないですよね?」


「…………。」



 カズヤにそう言及されたブドウは、静かに目を逸らした。


 そう、ブドウが命を奪ったのは、決して社会悪だけではなかったのだ。


 その話をする前に、まずは純人間の中のとある人種について話す必要があるだろう。


 原生の純人間は、分類上何種類も存在する亜人に対し、1種類しか存在していない。DNAの塩基配列や塩基に結合している魔素の飽和度などからも、これは事実として広く知られている。


 種として1種類しか存在していない中に、肌の色や目の色などの外的形質の違いや、食性の差による腸内細菌の分布などの内的形質の違いが存在する人種という区分は存在している。形質が違えども同種なので、亜人と純人間とが子を成すときよりも、人種の違う純人間同士の方が、子が生まれやすく、安産となる可能性が高いのだ。


 さて、純人間の中には人種という差が存在するという話を今しがたした。だがご存じの通り、それとはまた別の区分が存在しているのだ。


 例えば、同じ人種で生活習慣も同じ。同じ髪色、同じ目の色で同じ肌の色の夫婦が子を成したとする。この2人の間に生まれてくる子供の形質は、遺伝学の法則に則って親や先祖の形質を引き継ぐことが()()だ。時には学力レベルすらも引き継ぐことがあるほどだ。


 だが、ごく稀に、両親のものとは全く異なった形質を持って生まれてくる子どもがいるのだ。


 そういった子どもの外見的特徴は基本的に親に似るのだが、ただ似るだけなのではなく、親以上にパーツが美化された上で似るのである。つまり、この条件に当てはまる子には美男美女しかいないということだ。


 これだけならば、通常の遺伝学においても理解の及ぶ事象であると言えるだろう。個体発生時の差だと考えれば理屈に合う。

 だが、この事象が発生した子供には、外見上で親とは異なる顕著な差異が『とある個所』に発生するのである。



「ブドウちゃん、そろそろ頭の包帯を変えましょうか。傷の状態を確認したいので。」



 カズヤに手伝いの申し出を断られてしょんぼりと座っていたブドウは、シエルラにそう言われて頭を差し出した。彼女は憲兵から逃走する際、頭部に大きな切創を負ってしまったのだ。


 乾燥しかけた血液が糊のようになり、包帯を赤黒く固めている。シエルラは傷が痛まないように気を付けながら、丁寧かつ手際よくブドウの頭を覆う包帯を解いて行った。すると、包帯と一緒に血糊で塗り固められていた髪の毛が覗いた。


 施術の邪魔にならないように短く切られた髪の色は前髪と同じく黒…、否、違う。黒い髪の内側には、明るい青色が覗いているのだ。まるで、青色の髪の上に黒いウィッグを重ねているようにも見えるのだが、これはどちらも正真正銘ブドウの地毛なのだ。


 そう、この特徴的な2段色の髪こそが、純人間における()()()()()()()()()()()()()()の特徴なのである。


 ブドウのような外側が黒で内側が青という組み合わせに限らず、その区分に分類される子どもたちは、外と内で色の異なる2段の髪を持って生まれてくるのだ。いちおう外側の髪の色は先祖の髪色に準ずると言われているものの、内側は全く別の色となる傾向にある。


 この特徴的な2段の髪色にちなみ、そういった者たちは『フタエガミ』と呼称されることが多い。そして、フタエガミの子どもは何らかの分野で秀でた才能を持っている可能性が非常に高いのだ。才能の種類は個人によってまちまちだが、基本的にはどの者も非常に高い知能指数を誇る傾向にある。


 また、フタエガミにはユニークスキルやレアスキルの類が発現する可能性が非常に高い。カズヤの持つアイテムストレージというレアスキルも、最初に発見されたのはフタエガミの者に発現した事例である。


 さて、残念なことにフタエガミの子どもが生まれるのは、家系や人種に関係が無いことが分かっている。フタエガミどうしが結婚しようとも、生まれる子がフタエガミとして生まれてくるとは限らないのだ。

 この発生のランダムさや、先述した両親に似ないという特徴から、『フタエガミの発生は、個体発生時に起こる遺伝子の偶発的変異が原因であり、その変異は減数分裂の際には修正されるため、遺伝しない可能性が高い』という学説が最も有力視されている。


 さて、これまでフタエガミの“正”の傾向について触れてきた。ここで、“負”の傾向についても書いておこう。これはあくまでも傾向の話なので、読者諸君の中にもしフタエガミの者が居たとしても気を悪くしないで欲しい。


 まず、フタエガミの者には美貌や才能が生まれつき備わっている。そのためか、簡単に図に乗ったり、自分以外の他者を見下したりと性格面で問題を抱えていることが多いのだ。自信過剰ゆえに多少うざったい性格になるので、才能があって見た目が良くとも恋愛で失敗することが多い。それでいて何故か打たれ弱い者ばかりなのだ。


 また、自信過剰ゆえに自己の能力を過大評価しすぎる傾向にある。彼らはなぜか冒険者になりたがることが多く、冒険者になってからは一気に等級を上げようと躍起になり、自らの対処できない相手に挑んでだいたい1度は敗北する。そして打たれ弱いので不貞腐れる。

 一度の敗北が学びになれば、まだ儲け物である。だが、相手が人を殺せるほどの魔物や強大な犯罪組織だったり、人類未踏の試される大地なんぞであった時には、学ぶことすらできずに死んでいくのである。冒険者となったフタエガミの依頼中の事故での死亡率は、フタエガミでない者たちのおよそ8倍であるというデータが公表されている。


 環境で性格が決まるとは言うが、フタエガミの者の場合は、このような『性格』が髪の色と同時に発現しがちな()()であるということが明らかな数値データとして出ているのだ。


 さて、我らがブドウもそんなフタエガミの1人である。ブドウには、フタエガミ特有の性格の悪さはほぼないと言っても過言でない。ただ、彼女の場合は、フタエガミの『向こう見ずさ』が少々強めに出てしまっているようである。


 例えば、これはブドウがグランドーラントのとある町を訪れた時のこと。彼女がマフィアを滅ぼした1週間ほど後の事だ。


 例によって妹に関する情報集めを行っていたブドウは、ちょうどそこに通りがかった町の為政官に見初められることとなる。だいたい予想が付くと思うが、その為政官はフタエガミであった。


 為政官の男性はしつこく迫ってきたものの、彼女にはやるべきことがあったし、なにより彼はブドウのタイプではなかった。そのため、ブドウは彼に対してすげない態度を取り続けたのである。


 ブドウがそのように対応し続けていたところ、為政官はあろうことか強権を以てブドウに嫌がらせし始めたのだ。これまで利用していた宿を使えなくした他、食料品店が一部の商品以外でブドウと取引することを禁じたり、各種公的機関の使用を制限したりしたのだ。そして、これらの制限を取り払ってほしくば、自分の女になれ、ときたものである。


 度重なる邪魔にイライラしていたものの、そろそろこの町を去ろうと考えていたブドウであったが、対する無神経で自信過剰な為政官は手を緩めなかった。そして、とうとう彼女の地雷を踏み抜いてしまったのである。


 なんと、ブドウの探し求めている妹が自らの手中にあるという虚偽を述べてしまったのである。


 ブドウが気づいた時には、為政官は4つの肉塊に変化して地面に転がっていた。そして、彼女が自分のしでかした事に頭を抱えようとした時、岩魔法の礫が彼女の身体を打ちのめしたのであった。



「そんで、這う這うの体で町を抜け出して森に逃げ込んだはいいものの、骨にヒビが入ってたせいで動けなくなったんでしたっけ。倒れて魔物に齧られそうになってるのを、偶然にも僕とシエルラさんが発見して手当てしてあげたんですよね。」


「あの時のブドウちゃん、髪がすごく長かったですよねえ。似合ってたのに、なんで切っちゃったんですか?」


「…………その節は、お世話になりました。」



 そう、気を失って倒れていたブドウを救ったのは、例によって森林観光ツアーに訪れていたカズヤとシエルラだったのだ。


 彼らには、まさか武器一本だけを持ってボロボロになって倒れているフタエガミの女が、王都の傍の森を越えてやってきた殺人犯だったとは思いも寄らなかったのである。


 カズヤとシエルラに手当てを受けたブドウは、傷が治っていないにも拘わらず、書面による挨拶と礼金を残して再び妹探しの旅に出たのであった。


 だが、これは初犯時の出来事にすぎない。

 グランドーラント内で妹探しを続けていたブドウは、なぜか町に寄る毎にフタエガミの男に言い寄られるようになったのだ。しかもそれだけではない。フタエガミの女にも何度か詐欺行為を働かれたり、冤罪を被せられたりして酷い目に遭ったのだ。

 段々とフタエガミを見るだけでもうんざりするようになってきたブドウは、自分の美しい長髪を愛剣で短く断ち切ると、フタエガミを虐殺する悪鬼と成り果てたのである。


 フタエガミ狩りの悪鬼の噂が広まれば、フタエガミの者達は身辺警護のために傭兵や冒険者たちを雇い始める。だが、並みの戦士ではブドウの剣を止められず、犠牲者は増えるばかりだった。

 フタエガミの者は多くの場合、上級の官吏や商会の会長などの要職に就いていることが多く、社会に寄与する影響も多大だ。そのため、ついには国王直轄の憲兵団が彼女を追い始め、ブドウは治りかけた傷をさらに深くしたのであった。その途中で愛剣も壊されてしまったのだという。



「最終的にあの森に戻ってきたのは、また僕らに助けてもらえると思ったからなんですか?」


「………覚えていません。」



 とうとうボロボロになってしまったブドウは、気が付いたらいつかの森の中にいたのだという。そして、自身が焚火の横に寝かされており、誰かが傷を手当てしてくれていることを認識したのだ。


 この2人組が以前自分を救ってくれた冒険者と竜亜人であるということはすぐわかった。前回は大人しく見逃してくれた彼らであったが、今回はこちらの事情を知っているらしい。憲兵に保護してもらうだのという言葉が聞こえてきたのだ。


 そうなってしまえば、妹探しの旅は出来なくなる。もしかしなくとも、あれだけ殺していれば死罪は確定だろう。その事を理解した後の彼女の行動は素早かった。


 まず、冒険者の男の腰から直剣を奪い取った。そして、竜人に比べるとひょろくて弱っちそうな彼の首元にその刃を突きつけ、死にたくなければ自分の言うことを聞くように、と脅したのである。冒険者は今にも死にそうな傷だらけの女に脅されたわけであるが、彼女の気迫にはどうしても逆らえなかったのだという。


 また、運が良かったのか悪かったのか、男は荷馬車を所有していたのだ。引き続いて馬車を取りに行くように彼を脅したブドウは、そのまま男を御者としてグランドーラント国外へと脱出しようと画策したのであった。


 ちなみに、いつの間にかどこかへ逃げていた竜亜人の女は、いつの間にか荷馬車の中に紛れ込んでいた。竜亜人は、ブドウの傷の様子が気になるので彼女らの逃避行に付いて行くつもりだと語ったのだった。


 そう、これこそが彼らの旅の始まりだったのである。



「そういえばブドウさん。あの時、なんで1回、僕を家に帰してくれたんですか? あなたの見張り付きだったとはいえ、リーちゃ…彼女に書置きを残させてくれましたし。もしかしたら、僕が書置きに暗号を仕込むんじゃないのか、とか思わなかったんですか?」



 幌馬車を馬屋に取りに向かう直前の事。ブドウはカズヤの要求を呑んで彼の下宿へと同行したのであった。そして、カズヤが恋人に『旅に出るため破局したい』という旨を書き残すのを許したのであった。


 カズヤの言葉に少し考え込んだブドウは、眉を顰めながら答えた。



「………憲兵に追撃されても、居合術でなんとかできると信じていたからでしょうか。今考えれば無謀極まりないことですが、あの時は極限状態でどうにかしていたのかもしれません。」



 フタエガミという形質は、人を狂わせるために神が蒔いた悪戯なのかもしれない。




 ともかく、ブドウの妹に関する情報が何もない以上、彼らの道は定まっていない。


 きっと、関門の憲兵たちに語った通り、風の赴くまま、船の便のあるがままにどこかへと流離うしかないのだろう。


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