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阿呆達の旅路と司書  作者: 野山橘/ヤマノ
12/17

12.時間外労働

 港町に到着して1日目が、すなわち慌ただしい1日目が過ぎ去っていった。


 新天地への逃亡、異常を抱えた神木、他所のクランとのトラブル、そのクランの内乱への関与、ブドウの泥酔…。1日に起こった出来事としては、あまりにも濃厚すぎる。


 ちなみに、最後の1項については時間があったらどこかで記す事にしよう。人は酔うと本質・本性が顕在化すると言うが……。果たしてあれは、ブドウの本質・本性だったのであろうか?


 それはともかくとして、3人の短い野宿生活は一旦終わりを告げた。安宿ではあるが、各々が個室のベッドで数日振りに足を伸ばして眠ることができたわけである。




 さて、そんな忙しない1日が過ぎたからといって、明くる2日目が穏やかであるという保証もないわけである。


 発条仕掛けの丸時計が指す時刻は午前3時8分。何となく晩酌を見送っていたカズヤは、アルコールに犯されていない寝耳で、何者かの殺された足音を捉えたのであった。



「……誰か、来たな。」



 スリッパを履いて摺足で歩くような足音は、少なくとも旅仲間の2人の足音ではなさそうだ。ブドウの足音であれば、松葉杖を突く硬質な音が混じるはずである。シエルラの場合は足音というよりかは尻尾音とでも言うべき摩擦音なので、言わずもがな。


 その足音は、階段を軋ませ、廊下を渡り、カズヤの部屋の方へと近づいて来ている。



「うーん……。」



 ベッドから50㎝ほど手を伸ばしたカズヤは、その辺りにあるはずの机の上を手探りすると、備え付けのランプ紐を見つけ出して引っ張った。


 寝転がった頭の左上で青白い火花が散り、数秒してからランプの中に暖色の魔法炎が揺らめく。点火までに5秒以上掛かったので、宿の主人はそろそろ燃料水晶を交換すべきだろう。


 丁度、そのまま体を起こした彼が妙に掛布団に引っかかる足に首を傾げたのと同時に、足音は部屋の前で止まり、ノックが2回響いた。



「どなたです?」



 アイテムストレージから上着を取り出したカズヤは、それを寝間着の上から羽織りながら返した。



「……夜分遅くに申し訳ありません。アルトローゼンでございます。」


「アルトローゼン、さん…?」


「失礼、冒険者協会ワンガンポート支部長秘書、ネイ・アルトローゼンです。」



 来訪者はアルブヒトレ支部長の秘書であった。カズヤは松葉杖を突き忘れて転びそうになりながら、訪ねてきたネイ秘書を出迎えた。



「どうも。こんな格好で済みません。何か、お急ぎのご用事でしょうか。今日の調査方針に変更点でも?」



 花級冒険者の仕事のうち、研究職の人間などからの依頼であれば、真夜中に叩き起こされることがままある。


 これに関しては、依頼人の研究者たちが相手の事情に無頓着であるという理由もあるのだが、多くの場合は何か研究や調査に進展があった場合であることが多い。例えば再現性の低い状況に出くわした場合や、有用で希少なデータが取れた場合などには、速やかにそれらを掘り下げるのだ。


 花級冒険者を叩き起こせば、状況が終息する前に状況そのものを共有できるかもしれないし、状況が終息していたとしても、新鮮なうちに記憶を共有しておけばディティールの劣化を少なくできるかもしれないのだ。


 カズヤはこのように考えたわけだが、どうもネイ秘書の顔色が優れない様子である。とても、新たに得られたデータが有用なものであったりとか、調査の進展が喜ばしかったというような、正の事態に転じたわけではなさそうだ。



「ご就寝中の所、申し訳ございません。……実は。」



 大急ぎで駆けてきたらしいネイ秘書は静かに息を整えると、周囲の人目と聞き耳を警戒してから、来訪の用事を耳打ちしてきたのであった。




 ▼ ▼ ▼




「いらっしゃったか。こんばんは、マシーナリー殿。お休みの所をどうも失敬。」



 そのままネイ秘書がチャーターしていた馬車で目的地、すなわち郊外の教会へ向かうと、昼間に意見を交わした研究者たちや作業員たちが既に勢揃いしていた。無論、ルーガードとその護衛の女傭兵(ガールフレンド)も交じり、眠たそうな目つきで何かを話し合っている。


 その場に居るどの者も何らかの機材を運んだり、データを計算していたりするのだが、その中にアルブヒトレ支部長の姿は無い。代わりに、灰色の髪をした壮年の男性が陣頭指揮を執っているようなのだ。


 壮年の男性は、カズヤに先んじて馬車を降りたネイ秘書と数言交わすと、連れて降りてきたカズヤに対して優雅な所作を交えた挨拶を送ってきたのであった。


 見知らぬ顔相手にカズヤが首を傾げていることに気付いたのか、ネイが2人の間に入るようにして紹介を挟んだ。



「こちらのお方は、ワンガンポート城主様のヒッコリー様です。」


「え、城主様?」


「如何にも。」



 無礼な事だとは理解していても、思わず男性=城主の顔を見つめてしまうカズヤ。城主は皺の増え始めた頬をニコニコと綻ばせながらそれに応じた。



「し、失礼いたしました。フリーの銅級・花級資格冒険者、カズヤ・マシーナリーと申し上げます。その、まさか、城主様が自らいらっしゃったとは思いもせずに、ご無礼をいたしました。」


「いや、お気になさらず。というのも、今夜は星の並びとやらが特別だという話だそうで、()()が本職の方から手が離せないようでしてな。私は奴の代わりというわけだ。そういうことであるから、お気を遣わないでいただいて結構。」


「……えっと、なるほど?」



 話が読めないままに相槌を打っているカズヤを見かねて、ネイ秘書が助け舟を出してくれた。


 支部長という肩書上、アルブヒトレ支部長は支部の建物からは定期的かつ長時間離れることが出来ない。最近では可能な範囲で信頼のおける職員に分業しているようだが、各種書類の最終審査や諸事への対応指揮、場合によっては他機関との交流など、どうしても支部長本人がこなさなければならないような仕事が山ほどあるのである。


 そんな多忙な支部長がわざわざ何処かへ定期的に出向くのを町民に見られてしまえば、訝しまれること間違いなしである。毎回ルートを変えているらしいとはいえ、最終的には同じ教会への一本道を通るのだから、行動範囲が邪推されてもおかしくはないだろう。


 ……そもそも市井からすれば、封鎖された郊外に冒険者や専門家が集っているという時点で怪しい事極まりないと思われる。そういったツッコミはナンセンスだろうか。


 気を取り直して続きである。


 このようにアルブヒトレ支部長は多忙な冒険者協会の支部長であるわけだが、彼はそれと同時にワンガンポートの占星術師という重大な職も担っているのである。


 占星術師がどうしてそんなに重要な職なのかと疑問を抱いた読者がいれば、星辰と精霊の活性の関係や、航海における星の重要性について調べてみればいいだろう。その漠然とした名前からは想像できないほどの社会貢献度に目を見張ることとなるだろうから。


 まあ要するにアルブヒトレ支部長は、秀でた占星術師であるために、支部長の仕事がない夜間に星を“観”て、港湾の安全を占う必要があるということなのである。まあ、さすがに当人の睡眠時間を削り尽くすというわけにもいかず、最近では弟子を取って育成がてらに観測や記帳を任せているようであるが。弟子の取ったデータを昼間などの隙間時間に分析しているのだという話だ。


 さて、そうは言ったものの、アルブヒトレ支部長自らが星を観に行かなければならないタイミングというものもある。例えば、星の並びが大いなる吉・凶いずれかを示す場合であったり、これまでに観測されたことのないものである場合である。


 ようやく本題だ。


 今日の星空の場合は今しがた挙げた例の内の後者であったらしく、アルブヒトレ支部長は港町から離れた山中にある観測所へと向かってしまっていたのである。無論、()()()で起こっている事態も重大ではあるが、なまじ優秀なせいで占星術師として代替が利かず、そちらの用事の方が優先されてしまったということである。


 こうなれば、神木調査の現場指揮を執ることのできる人物で、かつ機密事項である現場の事を把握している人物が必要とされるわけである。



「それで、ギンヅルの矢が立ったのが私というわけであるな。」


「な、なるほど……。」



 ちなみに『ギンヅルの矢』とは、グランドーラント等の地域で祭事に使われる飾矢のことである。


 斯くいうわけで城主が自ら現場に足を運んだ理由は判明したのであるが、それはそれとして、現場は修羅場である。



「ふむ、マシーナリー殿には何をしてもらうのが良かろうか。申し訳ないが、元が商人なもので、勘定以外の数字を見せられてもさっぱりわからなのだ……。その辺りのことをお任せしたいのだが。」 



 ネイ秘書が事情を説明し終えるや、新たに生えてきた労働力に割り当てるべき仕事をさっそく画策し始めた城主。まあ、アルブヒトレ支部長から本来依頼されていた仕事の範疇であるようなのでそれは別に構わないのだが、カズヤは一先ず右手を挙げてそれを制止した。



「あの、まず何より実物を確認しておきたいんですが。」



 なんだかんだで現場に到着したばかりであり、ネイ秘書に告げられたことをその目で確認できたわけではないのだ。まあ、嘘を吐かれるような事でもないし、嘘を疑って良いようなことでもないが、この目で見ないことには俄かに信じがたいことを言われたのである。


 言葉を遮られた城主は眉を顰めたものの、すぐに頷いたのであった。



「ふむ、そういうものなのかな。宜しい、『剣の留め具は鍛冶屋に』とも言うからな。ここは専門家の判断にお任せしておこう。では。」



 そう言って足場材搬入担当の方へと歩き去った城主に頭を下げたカズヤは、適当な研究者を捕まえ、問題が変容した神木の下へと向かったのであった。


 ウバタマノミを敷き詰めた中に白い歯を散りばめたような生々しい星空の下に、甘ったるくも鉄臭い香りが不気味に漂っていた。




 ▼ ▼ ▼




「自分が呼ばれてきてみた時にはもうこの状態だった。恐らくは何か空を飛ぶ魔物の仕業だと思うんだが……、それにしては妙なんだよ。」



 眼鏡を掛けた髭面の若いドワーフが両手を頭の後ろに回しながら言った。彼はこの調査に参加している植物学者の1人であり、神木の実の異常が一種の寄生虫によるものであるという説を提唱していた学者だった。


 そんな植物学者ドワーフの視線の先の地面には、地に落ちた神木の実が直径2メートルほどに血しぶきのような果汁を飛び散らせて横たわっていた。元より人肉のような気味悪い果実ではあったのだが、落下の衝撃でぐじょぐじょに潰れてしまったことによって、投身死体を思わせるようなグロテスクな見た目になっている。


 まあ、あれだけ重たい果実であれば、加熟に連れて落下してしまってもおかしくはないことだ。落下を危惧してロープや布の支えもあったのだが、それらは果実の落下と同時に、支えとしていた枝を悉く道連れにしてしまったようだ。


 調査が終わる前に落下してしまったことは非常に残念ではあるが、こうなってしまう可能性も考慮はされていたことである。落下した果実の破片を分析すればいいし、既に破砕されてしまった以上、果実に疵をつけないようにする心配をせずに調べられるのだから。


 ただ、問題はそれ以外にも、それ以上にあるのである。


 重力に従って先端の尖った側から落下したためか、枝と連結している側の面が上になっている。そのお陰か、偶然にも上側は潰れずに原型を残しているのだ。


 その原型の残った側が、また物議を醸しているのである。


 通常のリアラの何百倍もの体積がある果実を支える、太くて頑丈な柄。肉体に突き立った矢のようなそれのすぐ隣に、直径40㎝ほどの大きな丸い穴が開いているのである。言うなれば、芋虫が林檎に空けるような、ゾウムシが団栗に空けるような、何かの食痕じみた丸い穴である。


 穴の中を覗いてみても、既に下手人(人ではないかもしれない)はそこにいない。だが、こうならないために樹の周囲に設けられていた頑丈な覆いはちょうど樹の上で裂けており、そこに空いた直径40㎝ほどの穴の周囲には、酸化して静脈血のようになった果汁や人肉片のような果肉がべったりとこびりついているのである。


 要するに、何者かが神木を覆う魔術防御布の囲いを引き裂いて侵入して来、神木に実った果実を貪ってから、誰にも気付かれることなく逃げ去って行った、という事である。



「まさか、そこいらの魔物に防御布が破られるとは思わないし、夜間は毎回入り口に封鎖陣を敷くだけにして、見張りを付けないでいたんだ。周囲警戒の人員も削減して、10分ごとに見回り係が確認するようシフトを組んでいたんだが、どうもその10分の間にやられてしまったみたいだ。」


「なるほど……。すると、入り口の門番の騎士さんたちも夜間は居なかったと?」


「ああ。というか、見回り係が騎士団だったからね。夜間にあんまり明るくしすぎると町の人らに怪しまれるから、夜の調査はしないようにしてたんだけど……。」



 ドワーフ学者はやるせない顔でそう言って、頑丈な覆いの天井に空いた穴を見上げた。


 さらに言うと、見回り達は怪しい物音を耳にしたり、怪しい影を目にしたりすらもしていないらしい。犯人の正体への手掛かりは影も形も、音もないのである。


 強いて言うならば、材質そのものの頑丈さに加えて、魔法防御も張り巡らされた強靭な織布をなんのとっかかりもない場所から引き裂くことのできる魔物であるという事、それだけの所業を精鋭の騎士に気付かれずに行う事が出来る魔物であるという事が予想されるが…。



「そんなヤツ、居るかぁ……?」



 実物・現状を見てもなお起こったことに理解が及んでいないカズヤは、ただただ首を傾げる事しかできなかった。


 そもそも、これは所謂『魔物』達による所業で間違いがないのであろうか?



「絶対ないとは思うけど、一応、聞いておきます。偶然、隕石が落ちてきたとかではなさそうですよね。」


「星の力、か……。うん、それは絶対ない。防御布にも果実にも、熱が加わった様子はないからね。」



 カズヤが捻りだした仮説は速やかに棄却された。確かに、重力加速に加えて宙間魔素や星辰自然魔法の影響を受けた隕石の直撃であれば、並みの防御布程度では太刀打ちが出来ないだろう。


 とはいえ、隕石は大気圏突入時に発火するものであるし、何より落下時に物凄い轟音が鳴るはずだ。音や光に誰も気づかないという事はないだろう。



「えーっと、他には……。人為的可能性とか?」


「巡回騎士の仕業だって? 大きい声では言えないけど、可能性はある。でも、城主様に何て言うんだい? 『お宅のところの番犬たちが怪しいです』ってか?」


「別に騎士達だけではないですけど……。まあ、それについてはすぐに調べられるでしょうし。」



 そう、人間の仕業であったのならば、犯人がよほどの術者でもない限りは何らかの痕跡を残す。そして、そう言った痕跡というのは、検知するだけであれば特殊な魔法で簡単に見つけることが出来るのである。それこそ、ワンガンポート騎士団にはそう言ったことを専門とする機関が存在しているはずである。


 というわけで早速、駆けつけてきた騎士団機関に検査を依頼したのであったが、果実の穿孔痕や天井の裂部からは人為的痕跡が見出されなかったのであった。関係者たちの無罪は速やかに証明されたわけである。



「うーん、わからん……。」



 それからカズヤはしばらくの間、果実や防御布の穴を観察した。しかし、既に多くの研究者や技師たちが調べた上で何も判らなかったのだ。新たな視点が追加された所で特に得られるものもなかったのであった。


 一先ず、穴から外に匂いが漏れていて、そこから匂いに誘われた昆虫たちが飛来してきているようである。なので、一旦は裂部に防御布を継ぎ接ぎしておくだけに留めておくことにしたのだった。



「よう、何か分かったか? 俺のスキルで『診える』ものもなかったし、アンタがどれだけ見た所で仕方がないと思うけどな。ふあぁーあ…、駄目になったもんはしゃあないし、気にしても無駄だと思うんだけどなぁ……。」


「あ、ルーガードさん、と、ナーリアさん。どうもこんばんは。」



 カズヤが鳥人の女性技師に担がれて天井の穴を確認していた時、ルーガードが締まらない顔で大欠伸をしながら覆いの中に入ってきたのだった。そんな彼に文字通りくっ付いてきたナーリアは、天井からの声を認識できずにきょろきょろと周囲を見渡した。


 また何か起こされると嫌なので、カズヤは調べるのを中断し、鳥人に合図を送って地面に降ろしてもらった。足を労わりながらの着地となるので、なんだか初めて地上に降り立つ宇宙人のようである。



「よっと、どうもありがとうございました。えーと、ルーガードさんのスキルでも特に目新しいものは見つからなかったんですよね。」


「そうだって言ってるじゃんか。ったく、チョロい仕事だと思ってたのに、どんどんめんどくさい事になってきやがる。」



 成果が得られずにイライラしている様子のルーガードは、大袈裟に溜息を吐いて見せた。これまでスキル頼りで仕事をしてきたためか、考察するのは苦手らしく、それゆえに他の調査メンバーたちの会話に交じれないこともイライラを加速しているらしい。


そして、その後ろで漸くカズヤの姿を認識したらしいナーリアは、仏頂面の下部に真一文字に結ばれた唇をもにゅもにゅと動かした。



「……こんばん、は。」


「……えっ、あっ、はい。こんばんは。」



 まさかそこから挨拶が飛び出してくるとは想像もせず、カズヤはまるで人見知りかのように狼狽えながら返した。


 さて、やって来たルーガードはどうやら城主の遣いだったらしい。何か城主からの話があるという事で、カズヤもそれに参加するようにと告げに来たのであった。



「なるほど、そうでしたか。ありがとうございます、助かりました。」


「別に……。オレは先に行ってるぞ。あまり目上の人を待たせない方がいいと思うぜ。」



 ルーガードは相変わらずなセリフを残し、直ぐにナーリアを伴って踵を返した。


 まあ確かに、城主ほどの人物の気を損ねるわけにも行かぬため、カズヤは彼に大人しく従うことにしたのであった。


 重たい覆い布を押し上げ、レディーファーストという訳ではないが、鳥人技師とドワーフ植物学者を先に外へと出す。



「うーん……、んん?」



 駆け足で集合場所に向かった鳥人を目で追ったカズヤは、何となく後ろを振り返って地面で潰れた果実をもう一度目に収めた。


 そして、否応なしにその傍にある神木本体が目に入った時、その幹に何か見慣れぬオレンジ色の物体が付着していることに気付いたのであった。



「何だ……?」



 急いでいる場面ではあるが、こういう時に気に掛かったことは得てして重要であるものだ。また、それは急ぐままに見逃されてしまい、そのまま忘れ去られたりする傾向にある。


 そして経験上、その事が身に染みていたカズヤは、それが何なのかだけは確認しておくことにしたのであった。


 リアラという植物としては異様なまでに太い幹の、ちょうどアシグロレンガワラが密生している面。そのちょうど入り口の方から見える、地上1mほどの1箇所。コルク質のキノコが座椅子のように張り出したその上に、そのオレンジ色の粉末は乗っかっていたのであった。



「これは……おが屑か。」



 何と言うことはない、ただの木の削りカスである。


 乾いた材木から出た薄黄色のものではなく、生木に穴を開けたときに発生するような、明るいオレンジ色の木屑だ。


 木屑が積もっている子実体を上に辿っていくと、ちょうどその上に生えている別の子実体の真下の幹が露出している部分に、木屑が噴出したようになっている箇所が見受けられた。


 木屑を吹き飛ばすなりして取り去ってみれば、恐らくは発生源である小さな穴でも開いていることだろう。



「カミキリムシ、いや、サイズ的にはキクイムシの穿孔痕に似てるな……。」



 カズヤはこれを昆虫の幼虫による食痕であると見立てた。だが、今は特に関係がなさそうである。



「マシーナリーさーん、どうかしたんですかー?」



 そうこうしているうちに、先に行っていた鳥人の技師が呼びに来たのであった。木屑に関して気にならないわけではなかったが、放置していたとて無くなる類のものではないことが分かったので、一旦は捨て置いておくことにした。

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