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阿呆達の旅路と司書  作者: 野山橘/ヤマノ
10/17

10.嫉妬狸

 神木の調査にいったんの区切りが付いたので、カズヤは宿屋に戻ってきていた。


 区切りが付いたとは言ったものの、現状で出来ることが無かったので帰ってきただけである。さすがのカズヤにとっても、あのような事例は未だかつて見聞したこともないものだったのだから。


 宿へ帰るついでに発券所へ寄ったところ、海の荒れ模様が原因で目的地となる南西方面へ向かう船がここ3日は来ないという話だ。言い換えれば、調査できる猶予が最低3日は確保できたということになる。



「よいしょ、よいしょ、っと。ふう…、片足生活ってのも大変なもんだなぁ。ブドウさんもこんな感じなのかなぁ。」



 取り急ぎ、甘ったるい匂いがしみ込んだ服を着替えて、昼寝でもしようと考えていたカズヤ。だが、捻挫した左足が思っていた以上に負担となっていた。ズボンを脱ぐにも一苦労、寝転がろうにも寝返りを打てずに寝苦しくなりそうだ。


 その上、女傭兵ナーリアの拳が掠った右肩あたりが今更になって痛くなってきた。服をはだけて確認してみると、そこが緑色で拳型の内出血になっていたのである。



「割に合わないなぁ…。」



 足が治るまでの日数と治療費や生活費などの必要経費をざっと計算したカズヤは、ルーガードから受け取った賠償金とギルドからの補償金では旅費だけでも赤字にしかならないことを考えて溜息を吐いた。


 足が使えないということは、しばらくは危険な市街地外での依頼を受けることができないということである。しかしながら、冒険者の生活基盤は野外での植物採取や魔物討伐などの依頼なのである。


 足の痛みが引くまでの間、場合によっては、足の動きが元通りになるまでは、他の見知らぬ冒険者たちと共同で仕事せねばならないだろう。

 いくら花級資格を持っているとはいえ、手負いの冒険者との共同依頼を受けたがる者がどれほどいようか。居たとしても、どれほど足元を見られようか。少なくとも怪我が治るまでの稼ぎは必然的に減ぜられることが間違いない。


 元々不安定だった足場がさらに不安定になったことを憂慮したカズヤが数十度目の溜め息を吐いた時、部屋の扉がコンコンと叩かれた。



「カズヤくーん、帰ってますかー? ノックしましたし、入っていいですよねー?」


「おっと、ちょっと待ってもらえますか?」



 間延びした美声の主はおそらくシエルラだろう。足音が2人分聞こえたし、ブドウも伴っているに違いない。


 半脱ぎズボンの下着姿を晒すわけにも行かぬので、カズヤは慌てて着替えを済ませようと試みた。


 しかし、扉の鍵をかけ忘れたのが悪い。



「カズヤくーん、お怪我したって聞きましたけど、大丈夫ですか? あと、お客様で…す………よ?」


「………次からは、こちらから開けるのを待ってもらえると。」


「ご、ごめんなさい。」



 ベッドでズボンと足を絡ませているカズヤと目を合わせたシエルラは、目のやり場を部屋中に探し回った後、なぜかカーテンの閉まった窓を見つめながら扉を閉めた。着替え中ということもあり、隙間なく閉じられているカーテンの外には何も見えない。


 そういえば、シエルラの背後には誰かが立っていたようだ。少なくともブドウではない、見慣れぬ人物だったようだが。


 とにもかくにも急いで着替えを済ませ、仕切り直しとばかりに扉を開く。何食わぬ顔で待っていたシエルラは、何事もなかったように笑っていた。



「あ、カズヤくん! お仕事お疲れ様です。足を怪我したとお聞きしましたけど、大丈夫なんですか?」


「ええ、ちょっと転んだ拍子に捻っちゃいました。」


「転んじゃったんですか? んもー、カズヤくんったらドジなんですからぁ。」



 そう言いつつ流れるように部屋の中に入り、カズヤをベッドに座らせ、足の診察を始めたシエルラ。あまりに澱みのない動きだったためにカズヤは疑問を挟むことすらできなかった。


 ズボンを脱がされそうになったところで漸く状況に気が付いたカズヤは、その代わりに裾を捲って成人男性の割には毛の薄い脛を晒した。

 同時に正気に戻ったらしいシエルラは顔を赤らめながら非礼を詫びた後、まごまごしながらテーピングとアイシングが施された患部の触診を始めた。客人はその間、置いてけぼりである。


 診察を受けている間は暇なので、カズヤは開け放たれたドアの前で突っ立っている亜人の観察を行うことにした。

 緩いシルエットのワンピースに身を包んだその女性の耳は丸っこい形をした獣のそれであり、腰のあたりからは大きくてふわふわとした縞模様の尾が生えていた。腕を覆う毛の柄も考慮して、おそらくはタヌキの亜人であることが予想される。


 動きにくそうな服装から察するにてっきり依頼を抱えた一般人なのかと思いきや、それでいて居住まいがしっかりしていたり目立ちにくいエストックを帯剣していたりする。ゆえに素性がさっぱり知れない。


 じろじろと見られている客人もまた、カズヤのことを垂れ目で観察しているようである。こちらはカズヤ自身だけでなく、彼の借りている部屋や荷物などすべてを観察しているようにも見える。


 そうやってタヌキ亜人の女とメンチを切り合っているうちに、シエルラの診察が終わったらしい。彼女はおどろおどろしい色をした塗り薬を患部へと厚めに塗りたくると、怒ったように端正な眉毛を吊り上げながらカズヤを睨んだ。



「これは…。本当は転んだりしていないんでしょう? 『どこか高い所から落ちたのを、水か風魔法のクッションのお陰で助かった』と見ましたが、違いますか?」



 元より誤魔化し通せるとは思っていなかったカズヤであったが、まさかここまで早く、そして精密にバレてしまうとも思っていなかった。かといって機密事項となっている依頼の内容に口を滑らせるわけにもいかない。



「まあ、捉え様によってはそうともとれますし、捉え様によってはそうでないともとれますね。事実というのは時折可変的なものだったりするので、広い空とおんなじですね。」


「訳の分からないことを言わないで、真面目に答えてください。」



 適当な言葉で煙に巻こうと思いきや、それが竜人の逆鱗に触れてしまったらしい。なんでも“怪我の種類だけではなくて、怪我の原因に応じて適切な処理をする”というのが旧四賢者家エヴィナリス家の医療方針だということだ。


 これでもしも客人の存在が無ければ、カズヤは果たして追及をいなしきれていたのだろうか。



「あのー…、入ってもよろしいですかねー…?」



 傍から見れば痴情の縺れ、そして傍から見た痴情の縺れはファンガーフント(犬型の魔獣)も食わぬ物である。退屈そうにしていたタヌキ亜人の客は、部屋の中の観察をとうに終えていたらしい。



「あっ、いけない、そうでした! カズヤくん、こちらの方はマミさんです。さっき偶然知り合ったんですけど、ちょうどあなたにご用があってお尋ねする予定だったんだそうです。私も部屋に帰る所でしたし、せっかくなのでお部屋までお連れしたんです。」


「はあ、そうだったんですか。それはわざわざどうも…。」



 “剣が刺さったガラクタ袋”の刻印が入った懐中時計を眺めていた女性の存在をようやく思い出したシエルラは、慌てて部屋の主に来訪者のことを紹介した。


 シエルラの気を逸らせたのは良かったが、休もうとした矢先にこれである。厄介事の気配を察知したカズヤは、心の奥底にマイナス感情を押し込みながらもマミという客に対応した。



「ええと、それなら場所を変えますか? 下の階に共有スペースがありますし、そちらで伺いますけど…。」


「いえいえー、移動はお怪我に堪えるでしょうー? こちらがお邪魔した身なのですからー、お気を遣わないでくださいー。…あまり、他人に聞かれたいお話ではありませんので。」



 移動が面倒だという感情が顔に出ていたのか、マミはそのように答えた。


 気を遣われたのは有難かったが、同時に他人を部屋に入れるのは嫌だったので、カズヤのモチベーションは今の所プラスマイナス0といったところである。


 さて。マミを部屋に招き入れたカズヤは、窓際によけていた椅子をなんとかベッドの傍へと運搬し、そこに彼女を座らせた。


 そうして、「あれ、私もベッドに座ればいいんですか?」などとほざきながらベッドシーツの表面積を減らそうとしてくるシエルラを部屋から追い出した。



「確かに重要な案件ではあるんですけどー、別にエヴィナリス殿に居てもらっても構わなかったんですがー…。だってー、マシーナリー殿の()()()()なんでしょうー?」


「そりゃあまあ()()()()()ですけど、その事はそちらさんのお話とは関係ないでしょう? あなた、“ジャンキーソード”の方ですよね?」


「あらー、わかりますか?」



 判るも何も、といった感じである。時計の刻印を見れば一目瞭然だ。


 おそらくマミの訪問理由は女傭兵ナーリアの件だろう。

 協会の規則で縛られた機密情報の上からさらに金か交渉で口を封じるつもりなのか。もしくはあのクランリーダを見るにあまり考えられないことだが、誠意をもって謝罪に来たのか。そんなところなのではないかと思われる。


 であれば、なおさら関係者以外に漏らすのは拙そうなものであるが。



「ん、しょっと。椅子を持ってきました!」



 追い出された理由をベッドの占有ゆえだと考えたらしいシエルラが、自室の椅子を一脚持って戻ってきてしまった。なんともズレた娘である。



「大丈夫ですよー、隠すべき点は触れないようにしますからー。せっかくですしエヴィナリス殿にもご相談に乗っていただきたく思いますー。マシーナリー殿、宜しいですねー?」


「…信用しますからね?」



 前提として、マミが機密情報を知っているという時点で、ルーガードかナーリア、もしくは別の関係者から情報が漏洩したことに間違いない。だが、さすがにこちらが機密を気にしている素振りを見せた手前、堂々と口約束を反故にするようなことはしないと願いたい。


 というわけでシエルラも含め、“ジャンキーソード”のマミの話を聞くこととなった。




 ▽ ▽ ▽




「改めましてー、私は冒険者クラン“ジャンキーソード”の副クランリーダー兼会計、マミ・コーリ・ガードと申しますー。本国では騎士爵を頂いておりましてー、他のお仕事の資格としましては東大陸商業協会員と冒険者協会銀級資格を所持しておりますー。」



 ふわふわと眠たくなるような声で自己紹介したマミは、なんとジャンキーソードの副クランリーダーだったのだ。その錚々たる肩書もなかなかのものだが、まさかルーガードに次ぐナンバー2がやって来るとはさすがのカズヤにも予想外であった。


 しかし、ここで気になることが1つ。



「あれ? ルーガードさんが連れてきた4人の中には冒険者資格を持っている方がいらっしゃらない、と聞いていたんですが。マミさんが本当に銀級冒険者なんだったら、あなたが現場に居て然るべきだったのでは?」


「まあ、色々ありましてー。私はこちらへの旅行メンバーから外されてしまったんですよー。なのでー、ここには自費で来ましたー。とりあえずはー、この資格証を見ていただければ銀級資格が本当であることを理解していただけると思いますよー。」



 耳と尻尾を垂らしながら彼女が差し出してきた冒険者資格は、若干、グランベルグ島のフォーマットとは異なるデザインをしていた。だが、冒険者証のデザインは地域によって若干の違いがあるものである。何より、冒険者番号表記に使用されている銀の輝きが明らかに正規のものであることが一番の証拠となる。



「ご理解いただけたようで何よりですー。ではー、さっそく本題の方に移らせていただきますー。」



 返却された冒険者資格をしかと受け取ったマミはそれをカバンの中に仕舞った。そして、代わりに4枚綴りの紙を取り出してカズヤに渡してきた。



「こちらはー、当クラン“ジャンキーソード”に所属するナーリア・ガードがカズヤ・マシーナリー殿を害した件に関する謝罪と賠償提案について書かせていただいたものですー。」


「…カズヤくん?」



 再び怒りのスイッチが入ったらしいシエルラ。彼女を宥めつつ提案書を受け取ったカズヤは、冊子をパラパラと捲って中身の確認をした。



「なるほど、完治までの期間に生じた損失は、そちらと冒険者協会とで7:3の()()()()にしてお支払いいただけると。有難い話ですけど、既にワンガンポート支部のアルブヒトレ支部長から補填が頂けるという話を頂いているんですが。」


「ええ、存じてますよー。うちの人ったらー、今回の依頼料の内ー、自分の取り分ぽっちをマシーナリーさんにお渡しして済ませた気になってたみたいですねー。その節は、誠に申し訳ございませんでした。」


「あ、はい。」



 マミの語尾を伸ばす妙な喋り方は、どうやらキャラクターを付けるために行っていることらしい。


 それはどうでもいいが、マミは話を続けて事の経緯を説明し始めた。


 ルーガードの所業をどこからともなく耳にしたマミは、急いでアルブヒトレ支部長に事実を確認しに行ったらしい。どうやら自分のクラン側に非があるらしいということ、そして、あまりにも論外な対応をリーダーが行ったということを聞いて仰天した彼女は、慌ててカズヤの知人であるシエルラに接触したということだ。


 シエルラがカズヤと知人であることを知った経路については最後まで語られなかったし、情報が彼女に流れつくまでが速すぎるということに関しても説明はなかったが。



「というわけでー、こちらが正式な賠償金でございますー。冒険者協会の支部であればどちらでも現金と引き換えられる手形となっておりますのでー、そちらのご都合の良いタイミングでご利用くださいー。そしてー、こちらは依頼が受けられない間の補償金となりますー。月に1度の頻度でお振込みしますのでー、そちらもご都合の良い時にご確認いただければー。…ただー、かわりにー、なんですがー。」



 ルーガードからの賠償金の数倍の桁が記された小切手と証書をトレイの上に置いて差し出したマミは、その交換条件として先ほど渡されたルーガードの取り分の銀貨袋を返却するように求めてきた。なんでも、ちゃんと収支を記録しておかないとクラン運営上の不都合が生じるということらしい。


 カズヤからしてみれば、賠償金の金額に関しては文句が無かったし、補償金も込みで考えれば旅を続けながら生きていくことが可能そうである。契約書に裏が無いかというところまで隅々確認した彼は、最終的にアイテムストレージを開いた。



「わかりました。こちらは特に条件について文句はありません。サインさせてもらいます。それと、こちらがルーガードさんからお預かりしていたお金です。袋も含めて受け取ったままの状態ですので、どうぞご査収ください。」


「助かりますー。これにて契約成立ということでよろしいですねー? 重ね重ね、うちのリーダーがご迷惑をお掛けしましたー。」



 満足そうに狸耳を揺らしたマミは、そう言って深々と頭を下げた。


 彼女は契約書の控えをカバンにしまい込むと、尻尾を左右に大きく振った。そのまま荷物を纏めて帰るのかと思いきや、むしろ逆に居座ったままで新たな書類を取り出してきた。



「…これは?」


「はいー、こちらが本題ですー。エヴィナリス殿もー、どうぞー。」


「え、私もいいんですか?」



 2部の冊子が2人の手に渡ったのを確認したマミは、その腑抜けたような口元をにいっと歪めた。



「ルーガードを、懲らしめようと考えているのです。」




 ▽ ▽ ▽




 マミはルーガードがクランを立ち上げるよりも以前から、すなわち彼が金属等級冒険者として活動していた頃から彼とパーティを組んで活動していた冒険者だった。


 ルーガードは神の寵児たるフタエガミだが、戦闘スキルは1つも持っていなかったし、スキルを差し引いた戦闘能力にも恵まれていない少年だった。ゆえに単独でこなせる戦闘依頼はほぼ皆無であり、採取依頼を受けても護衛を付けねばならないほどひ弱だった。


 代わりに彼は、希少なレアスキル“博物博士”を持っていた。そのために護衛を断られるようなことはなかったが、やはり散々足元を見られ、共同依頼なのに分け前が彼の分だけ極端に少なかったり、道中では荷物持ちの如くこき使われる日々だった。


 マミも元々は彼を虐める側の冒険者だったらしく、『とある事件』が起こるまでは彼を奴隷と同じぐらい辛辣に扱っていたのだという。



「いやー、まあ大したことではないんですけどー。彼の知識に命を救われましてー。それからずっと気になりだしてー、こちらから告っちゃいましたー。つまりー、彼の()()()()は私なんですよー。」


「きゃあ、素敵ですねぇ。」



 頼んでもいないのに恋仲の始まりを語り出したマミとそれを聞いて喜んでいるシエルラに冷ややかな目を向けつつ、カズヤはため息を吐いた。



「なるほど。とすると、他のクランメンバーの方もマミさんと同じような感じで、事件解決の度に増えていったんでしょうね? 最終的にはパーティにしては人数が膨れすぎたので、クランを立ち上げたってところかな。」



 長々した経緯の説明を受けるのが嫌だったカズヤは、これからマミが語ろうとするであろう事を予想して話をぶった切った。それを聞いたマミは始終保っていた余裕を始めて崩し、怪訝そうな顔でこう尋ねた。



「…なぜご存じなんですかねー?」


「フタエガミの人間に関しては、そういう件例が腐るほどありますよ。」


「どういう意味ですー?」


「それで、どうしてルーガードさんを懲らしめようと思い立ったんですか? 最初は優しかった彼が、花級資格を取って以降は調子に乗り出したから? それとも調子に乗り出したのはもっと前、クラン結成前後当たりから?」


「…マシーナリー殿、あなたは?」



 どうやら彼の予想は当たっていたらしく、マミは恐怖心すら抱きながら彼の目を睨んだ。


 少しやりすぎたらしいということに気付いたカズヤは、肩を竦めながら彼女に答えた。



「伊達に4年も冒険者をやってませんからね。先輩にも後輩にもフタエガミの連中はいましたし、彼らの生き様は見慣れてますよ。」



 さて、カズヤの予想通り、クラン結成あたりからルーガードは気を大きくしだした。マミ曰く、だんだんと人が変わっていったようだったという。



「昔は本当に優しい人でしたからー、その人柄を慕って色んな人が集まってきましたー。女の子だけでなくて男の人もー。冒険者や傭兵―、果てには王族の方までー、本当に色んな人がルーガードの後ろに付いてきましたー。」


「そんなに素敵な人が、どうしてカズヤくんを傷つけたりしたんですか?」



 マミの巧みな語り口にすっかり引き込まれてしまったシエルラは、ルーガードに同情心を抱いてしまったらしい。必ずしもマミが本当の事を言っているわけではないので、少し警戒が薄すぎるとも言える。



「ふふーん、エヴィナリス殿ー。人はー、力を持つとー、変わってしまうんですよー…。」



 要は、ルーガードの周囲に集まった人々があまりに優秀すぎたのである。


 優秀な人材と共に依頼に臨んでいた彼は、いつしか仲間たちの力を自身の力として誤認しながら振るうようになったのだ。ここに至るまでそれで解決できない問題が無かったのだから、なお質が悪い。



「そうすると、彼にとっては今回の依頼が初めての失敗例ということになるんですか?」


「いえいえー、失敗そのものは何度も味わってきましたよー。彼が絡んだ依頼でもー、彼が絡んでいない依頼でもー、どちらでも。ですがー、ルーガードが“博物博士”を使って何の情報も得られなかったというのは今回が初めてですねー。」



 首を傾げながら問いかけたカズヤに対し、マミは半笑いしながらそう返した。いったい何が可笑しいのやらといったところだが、どうも彼女は現在のルーガードに対して暗い感情を抱いているらしい。まあ、だからこそカズヤに声が掛かったのだろうが。


 空気が不穏になり、2人の会話が途切れたところで、シエルラがふと挙手をした。



「つまり、マミさんは彼氏さんの気持ちを自分の方に引き戻すために、アクションを起こしたいってことですか? そのために、彼氏さんと同じ花級冒険者のカズヤくんに活躍してもらって、その鼻を折りたいってことですよね。」


「「んーーーーーー。」」



 あまりにもバッサリと切り捨てるような言葉が的を射ていただけに、カズヤとマミは唸るしかなかった。これまでのオブラートが形無しである。


 調子に乗って恋仲になった女性ばかりを集めたクランを結成したルーガードは、初めのうちはいちばん最初の仲間であるマミの事だけを特別視してくれていたらしい。

 だが、恋人が増えるにつれ、魅力的な女性がクランに増えるにつれてその心は離れていき、今では小煩い副クランリーダーとしてないがしろにされるようにさえなったのだ。あろうことか、彼が今一番お熱にしているのは女傭兵ナーリアなのである。


 銀級冒険者である彼女が今回のチームを外されたのもそういったことが原因だ。


 深い嫉妬と寂しさを抱いたマミは、クランリーダーの暴走が原因でクランが悪い方向に向かっているということを危惧したという名目で、彼を()()させる機会を設けようとしているのだ。


 …という裏事情を言語化されてしまったマミが喋りにくそうになってしまったので、カズヤは仕方なく別の話をすることにした。



「そういえば、ブドウさんは何処へ? まだ宿に帰ってませんよね。」


「あ。そう言われてみれば、まだ伝えていませんでしたね。ブドウちゃん、駄目だって言ったのに、お魚釣りに行っちゃったんですよ。」


「えー…。バカじゃんあの人。釣りバカじゃん。」



ブドウの様子は後で見に行くとして、カズヤはひとまずマミからの依頼を保留することに決めたのだった。

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