1.一般的な冒険者、白亜の竜人、殺人鬼
晴天に一塊の白雲。一向に流れる様子を見せないそれは、穏やかな天空の様子を地上に伝えてくる一種の指標だ。
そして、白雲に沿うようにふわふわと漂うは、イカの一群。
空色に触手を輝かす彼らの大きな影の下には、長い一本道が伸びている。
道脇には、深緑の幌の付いた大きな荷馬車がポツンと停められている。
そこにはそれぞれ青色と茶色の毛色をした2頭の馬が係留されており、彼らはめいめいに草を食んだり小川で水を飲んだりしている。
馬車の御者台には、焦げ茶髪の青年が1人。細巻きを唇で上下に弄びつつ、立ち昇る紫煙をぼんやりと眺めている。
中肉中背、比較的整ってはいるものの街を歩けばどこにでもいるような相貌。シャツの上から簡素な皮鎧を身に着け、腰からは手ごろな直剣をぶら下げている彼は、いわゆる“冒険者”として標準的な風体をしている。
「もう、フライイカが飛ぶ時期かぁ。馬車の上で墨を吹かないでほしいけど…。」
輪形の紫煙をぷうっと吹いた冒険者の青年は、ぽつりとそんな独り言を呟いた。
「ねえ、カズヤ君。あのフライイカたちは海から飛んできてるって聞いたんですけど、本当なんですか?」
誰に放ったわけでもない独り言に対し、荷台から澄んだ女の声が返ってきた。
鈴のような声音を追いかけるように、真っ白い頭がにょきりと荷台の窓から生えてくる。誰に聞いても美人と言うような、儚くも美しい女の頭である。
そんな美しい女の、蛇の頭蓋骨のように真っ白な長髪の隙間、少し尖った耳の上からは、成人男性の腕よりも太い2本の捻れた角が生えている。彼女は亜人なのだ。
亜人の女に“カズヤ”と呼ばれた青年は、どこからともなく空の酒瓶を取り出し、それを開くと、まだ長さのある煙草を火のついたまま投げ込んで蓋をした。
「んー…、らしいですよ。確か、繁殖期になると体内でガスを産生するんだったかな。そんで、それを噴射して外敵の少ない高度まで飛んで行くってわけです。空の上でランデヴー、ってね。そんな感じのことを本で読みました。」
「なるほど、発情しながら飛び回ってるってことなんですね。」
「…その言い方はやめましょう、シエルラさん。」
カズヤに諫められた亜人の女、シエルラは、ぺろりと舌を出しながら片目を瞑った。そして、瞑っていない方の視線を、自身の後ろ、つまり荷台方面へと流した。
「ほら、ブドウちゃんもお外を見てみてください。いいお天気ですよ! お花も咲いていますし。…ちょっと枯れかかってますけど。」
「…。」
シエルラが荷台の中に声を掛けると、後部の方からガサゴソと音が聞こえた。まるで生き物が身じろぎをしたような音だった。
さて、ここで荷馬車の中を覗いてみよう。
伸びをしているカズヤが座っている御者台は、詰めて座れば純人間(亜人ではない人間)の男性がギリギリ2人座れる広さだ。
御者台に背もたれはないが、その代わりに荷台と御者台を仕切る壁が設けられている。御者台の左右あたりには大きな小窓が開いており、そのうちの左側からシエルラが頭を突き出しているのである。
『大きな』と『小窓』で矛盾しているが、実際に『大きな小窓』なので仕方がない。
小窓についてはさておき、長い白髪を辿っていくと、黒いブラウスから生え出た白い手足、そしてフレアスカートからにょろりと伸びる白い大蛇のような長くて太い胴体、否、尻尾に行きつく。服で隠れているが、手足にはオパールのような鱗が散らばっている。これら大角、尻尾、鱗という特徴は『竜』の亜人の特徴である。
ちなみに、ただでさえ数少ない竜亜人の中でも、シエルラの血族はとりわけ希少なタイプの竜亜人なのだ。
そんな彼女の周囲には、木箱や布袋などの荷物がうず高く積み上げられており、それらは天井まで届きそうになっている。
そのうちの半分はシエルラの衣類や家財道具など私物であり、残った半分のうち5分の4ほどは薬草の類である。薬師であるシエルラは、これらを調合して路銀に変えているのである。
では、残った10分の1の荷物はカズヤの物なのだろうか?
実は、そういうわけでもないのだ。
山のような荷物の陰には、これまたもう一人の女性が隠れるようにして座っていたのである。先ほどの物音は彼女が立てた物なのであった。
木箱を背もたれに、香草入りの布袋をクッションにしている女は、頭や手足を血の滲んだ包帯でグルグル巻きにしている。辛うじて露出している左顔面には、黒色の前髪が垂れ下がっている。
シエルラに声を掛けられた包帯の女、ブドウは、話しかけられるまで眠っていた様子である。眠たそうに眼を閉じたままの彼女は、荷馬車の搬入口に掛かった幌をほんの少しずらすと、左目を糸のように細く開け、無言で外をじろりと見た。
「どうです、いい天気でしょう? いっしょにお外に出てお散歩してみませんか?」
「…。」
誘いに対し、返事はない。
「お返事してくださいよ、ブドウちゃん。昨日からほとんどお声を聞いていないような気がするんですけど。喉を使わないと、嚥下機能が衰えて咽やすくなっちゃいますよ?」
「…。」
なおもしつこく絡んでくるシエルラにブドウは視線すら向けなかった。その代わり、ブラインドカーテンを覗くように押し開けていた帆布から指を離した。
「そりゃあ、外に出たくもなけりゃ、声を出したくもないでしょうよ、この殺人鬼は。顔も声も憲兵隊に割れてるから、白昼堂々散歩なんてした日には…っとと、危ないじゃないですか。」
クリアカラーの蝶が飛んでいるのを眺めながら、いけしゃあしゃあと抜かしたカズヤ。そんな彼の眼前に、仕切り壁の向こう側から白刃が飛びだしてきた。
荷台の向こう側にいたブドウが、床に転がっていたナイフを荷馬車の壁に突き立てたのである。
それに対し、彼は極めて冷静でありながらも大きく身を引いて見せた。
「…すみません。」
つい、反射的に、体が動いてしまった。
ブドウはそう言いたげに深々と頭を下げた後、掠れた声で短く謝罪を述べた。謝意の籠った語気のわりに、表情は完全な無である。
それに対し、カズヤもつまらなさそうに鼻を鳴らした後、また頭を下げ返した。
「いえいえ、僕の方も軽率でした。まさか、殺人鬼に脅されてホームタウンを追われることになるなんて思ってなかったもんですから、憲兵がうろついてる可能性に配慮する余裕がなくってですね。こんな話を憲兵に聞かれちゃ、一発でお縄ですもんねー。」
説明するまでもないことだとは思うが、彼には謝罪の心持ちなどない。
とはいえ、実際の所。この程度の嫌味であれば、彼には連ねる資格があると思われる。少なくとも今のところ、言いすぎということのない事実の羅列なのである。
「……すみません。」
事実なのだから、ブドウが反論を挟む余地もない。先ほどと同じイントネーションのまま、ボリュームだけを下げて謝罪を重ねた彼女は、先ほどよりもさらに深い角度で頭を下げた。
「ホントに、気にしなくても大丈夫ですから。この馬車だって、冒険者を引退してから世界中を旅するために、ちょっとずつお金を貯めて買った、つまらない安モノでしかないので。逃亡犯の殺人鬼にジャックされて、その予定がちょっと早まっただけなので。」
「………すみません。」
「ああ、安モノとは言いましたけど、安心してください。長旅に耐えられるように、毎週コツコツと補強していたので、急に壊れるようなことはありませんよ。さすがに憲兵隊に追われるような事態は想定してなかったので、攻撃魔法を集中砲火されたりしたら持たないと思いますけどね。はっはっは。」
「…………すみません。」
何度も皮肉を重ねるカズヤに対し、ブドウはどんどん声を小さくしていきながら、項垂れる角度を深くしていった。さすがに少しねちっこいような気もするが、全てが事実の羅列である。ブドウがそれを止めることは能わない。
「カズヤ君。」
と、そこでシエルラが口を挟んだ。ついでに、その声を追いかけるように荷馬車の奥から『ぎゅるるるる』という獣が低く唸るような音が聞こえてきた。
「…なんですか、シエルラさん?」
どこからともなく懐中時計を取り出したカズヤは、それを見ながらシエルラに返事した。長針と短針はちょうど同じ数字を示している。
「お昼にしませんか? 私、お手伝いしますよ。」
「…おっと、もうそんな時間か。そうですね、お昼にしましょう。」
獣の唸り声、というよりも虫の声とでも表現すべきであったか。シエルラの鶴の一声、いや、腹の一声だろうか。
ともかく、カズヤは昼食用に保存食を準備するため、ブドウへと精神攻撃を加えるのを中止したのであった。
△ △ △
グランドーラント王国。
亜人ばかりが暮らしているトエルリー共和国が隣接しているにも拘らず、大昔から亜人排斥を掲げている小国家である。
カズヤ・マシーナリーはそんなグランドーラント王国の首都付近を拠点としている冒険者であった。
彼は、故郷の田舎において秀でていた剣術の才能と学識を信じ、12歳の時に実家のワイン農家の後継ぎを弟に譲って上京してきたのである。
カズヤが冒険者になってから、はや4年。就業から2年以内の死亡率が高い職であることを考えれば、カズヤはベテランの部類に分類される冒険者となっていた。
だが、ベテランとは必ずしも腕利きというわけではない。カズヤの冒険者としての実力そのものは人並みでしかなかったのだ。
およそ100年前に発足した『冒険者協会』により定められた、冒険者の総合的な実力を階級化した『冒険者金属等級基準』。この基準上では、彼は『銅級冒険者』として分類されている。
例外である『水晶級』と『花級』、訓練生に当たる『木級』を除けば上位から『金・銀・銅・鉄』の順で分類されている等級のうち、『銅級』は冒険者人口全体のおよそ55%。すなわち、最も『普通な』実力帯である。
銅級冒険者の中で、銀級冒険者に昇級できるのは18%程度。戦闘訓練と座学を両立でき、かつどちらにも秀でている者のみが銀色や金色の高みに至れるのである。
後者つまり座学の点数だけで言えば銀級冒険者としても通用するほどだったカズヤではあったが、残念なことに、前者である戦闘面における能力で水準を満たせなかった。
片田舎では秀才としてチヤホヤされ、自身も自身の実力を過信していたカズヤも、少し人口の増えた王都程度で見ても並程度でしかなかったのだ。世界を見れば、彼程度の実力者は星の数ほどいることだろう。あくまでも彼の知っていた世界は、あまりにも小さなものでしかなかったのだ。
こうして、夢破れ、現実を突きつけられたカズヤは意気消沈してしまった…のかというと、そういうこともなかった。
彼は自身の実力不足を認めるや否や、金級冒険者になるという夢をすっぱりと諦めてしまったのである。そしてそのまま冒険者としての暖簾を畳んでしまった…というわけでもなく、彼は冒険者としての方向転換を決意したのだ。
彼が選んだ道は、先ほど名前を出した『花級冒険者資格』の取得。
花級冒険者資格とは、一般的な冒険者である金属等級とは異なる冒険者区分である。狩猟・採集・トランスポートなど幅広い業務資格の含まれる金属等級資格に対し、花級冒険者資格では植物類の採取資格と一部小型魔物の狩猟資格程度しか含まれていない。
その代わり、金属等級資格と同時に取得することが出来るので、理論上は金属等級資格の業務と花級資格の業務を両立することが出来る。
ただ、読者諸君のうち冒険者協会の制度ついてに詳しくない方々は、このようにお考えかもしれない。
花級資格の業務は金属等級資格に含まれているのではないか、と。
これに関しては少々説明が面倒臭い、否、簡潔な説明が難しい。
だが、結論を先に言うならば、そうだとも言えるし、そうではないとも言えるだろう。
というのも、この花級という資格、ただ採取が許可されているだけの資格ではない。資格取得までに金級冒険者並み、分野によってはそれ以上の知識量が必要とされる難関資格なのだ。
難関な分、取り扱える動植物も金属等級より幅広く、専門的な見地から採取された素材は状態が良いため高価に取引される。いわば採取のスペシャリストか。
とはいえ、なんと言っても難関試験。通過するには尋常の知識量・努力量では足りない。それに、要求される労力のわりに収入が激増するわけでもない。おまけに2年周期で難易度そのままの資格更新試験が実施されると来たものだ。
あえて金属等級資格と花級資格を同時取得するメリットを挙げるとすれば、戦闘能力を自分で賄えるので護衛代を節約できることだろうか。学者肌が多いこの界隈では、人間の何倍も力を持った魔物からどのように身を守るのかが重要である。
そんなわけで、花級冒険者は金属等級資格と両立する余裕がない者が殆どなのである。
そして、そんな茨の道をカズヤはあえて歩むことにしたのであった。
元々学業が得意だったこともあり、知的好奇心ゆえに日ごろから動植物を勉強していたカズヤは、こちらの方面にこそ才能があったのかもしれない。
なんと、花級資格試験挑戦を決心した、ほんの数か月後の資格取得試験で、一発合格という快挙を成し遂げたのであった。
花級資格専門で活動している冒険者であれば、カズヤぐらいの年齢の者も数多い。だが、花級資格所持者のうち、金属等級資格冒険者でかつ銅級冒険者以上に到達している者には中年層(ここでの中年層とは40代半ば~60代半ばを指す)が多いというデータが出ている。カズヤが試験に合格したのは16歳のこと。花級資格を持った金属等級資格者のうち、史上最年少の快挙(ただし、同年齢で同事例を達成した者は以前にも3名存在していた)を成し遂げたのであった。
こうして花級資格を取得したカズヤは、拠点にしている冒険者ギルドの支部“王都第7支部”内でも特別な存在となっていったのであった。
第7支部からすれば、ただでさえ常駐している花級冒険者が居なくて困っていたところに、花級資格だけでなく銅級資格も持っているカズヤが現れたのである。他の支部に回さざるを得なかった依頼が同支部内で解決できるようになったため、随分と重宝された。
それに、他の金属級冒険者が忌避しがちな報酬の低い採集依頼も花級資格のお陰で底上げ出来るため、積極的にそれらを受領したことも好まれた。
他の冒険者がこなせない花級資格向け依頼を解決し、積極的に残りがちな依頼を処理していったカズヤは、支部の職員から多数の支持を集めていた。
一方、カズヤのように運営側に重宝されている冒険者というのは、得てして嫉みを買いやすいものである。だが、彼の場合は上手く立ち回ることでそれを回避したのであった。
例えば、4年間の経験を基に後輩冒険者たちに指導をつけてやったり、相談に乗ってやったりした。同期や先輩冒険者に対しても、積極的に共同依頼に誘うことで上手くこなしていた。下積み時代から人間関係を大事にしていたことも功を奏したのだろう。
結果、冒険者仲間の内でのカズヤの評判は、『戦闘能力が伴っていて、他人と合わせるのが上手い銅級冒険者』『その上、花級資格も持っているので、共同以来での報酬も底上げしてくれる』『おまけに人柄の良いお兄さん』という好感触なものになった。
ただのベテラン銅級冒険者であったカズヤは、貴重な花級・銅級資格同時所有者として独自の地位を築いていったのであった。
▽ ▽ ▽
食用の白カビで熟成を促進させた塩漬け干し肉は、熟成の過程でカビが肉の水分を排出していくので、次第にミイラのような状態になっていく。ナイフで叩けば硬質な音が響くほどだ。
カズヤは木材のような硬さのそれを慣れた手つきで薄切りにすると、既にドライフルーツなどが乗っている3つの皿に4切れずつ盛り付けていった。
「はい、用意できましたよ。毎度毎度、代り映えが無くて申し訳ないんですけど、保存食の盛り合わせです。カビの部分はカツラ剥きみたいな感じでこそぎ落としてください。いちおう食べられますけど、モサモサしてて美味しいものではないので。」
「わあっ、お皿が茶色い! 茶色い食べ物で不味いものって少ないですよね。」
カズヤが採取してきた『食べられる野草の塩ゆで』の緑色以外は乾物で構成された昼食を見て、シエルラは満面の笑顔でそんな感想を零した。
その勢いのまま美味そうに茶色いパンにかぶりついたシエルラとは対極的に、食指が進まなさそうな者も1人。
「…。」
「おっと、ブドウさん。不満そうですね?」
「…………………………そんなことは。」
長い間を置いてカズヤの問いに答えたブドウは、ほんの少しだけ眉尻を下げながらフォークを持ち、青々と塩ゆでされた野草を突いた。
そして、そんなブドウの様子を見て、カズヤは肩を竦めて見せた。
「まあ、同じようなメニューばっかりですし、そういう気持ちになるのも分かります。でもねぇ、大きい火を使って料理するんにもリスクがあるんですよ。」
煮炊きするには炎が要る。炎を使えば、煙が出て狼煙のようによく目立つ。物の焼ける匂いというものは、広範囲に拡散するのだ。
「…そう、ですよね。私の、せいで…。」
冒険者が野営をすること自体は、当然珍しいことではない。だが、ここ数日はブドウによる騒ぎや別件の野盗騒動のせいで、憲兵団がアンテナと緊張の糸を張っているのだ。
「ん? …ああ! 煙のせいで憲兵にバレるってことですか? まあ、それもあるんだけど、僕が言いたかったのはそういうことじゃなくって。」
しかし、カズヤが警戒していたのは憲兵などではなかった。彼は幌馬車の幌を少し開くと、外の景色を指さした。
「ほら、この原っぱ。ぱっと見だと開けてるようで、色んな障害物があるでしょ? あの辺の朽木とか、穴ぼことか。向こうにはクリークもあるし。」
彼らの現在地は、グランドーラント王国の外れにある広大な平原である。その平原を分断するように一本の太い道が通っているのだが、これは南端の岬にある港町へと続いているのだ。この町は、グランドーラント王国とトエルリー共和国のどちらにも属していない、純人間・亜人共生の自治区であるが、一旦その話は置いておく。
ともかく、この平原を通る道は町と町を繋ぐ重要な幹線だが、この平原自体には何もない。ゆえに、わざわざこの平原に立ち寄る者など冒険者ぐらいだろう。道路の周囲はある程度舗装されているが、それ以外の場所では人の利用が少なく自然のなすがままである。背の高い草が生え、風で転がってきた倒木がいくつも積み上がり、そして地面には魔物の巣穴がいくつも開いているのだ。
「今は人がいないですけど、この道って普段はけっこう人通りが多いんですよね。だから、人の残飯の味を覚えた魔物とか、人に餌付けされた魔物なんかが多いんですよ。」
「あ、なるほど! だから、火を使った料理をすると、魔物が集まってきちゃうってことですね?」
「そういうことです。」
「へぇー。」
カズヤの説明を聞いて、シエルラは興味深そうに何度も頷いた。ブドウも先ほどの言葉の意図が理解できたらしく、無言で軽く頷いた。
「こう見えて僕、火魔法と水魔法が使えるんです。だから、お湯を用意してなにかを茹でるぐらいのことはできるんですよ。魔法炎は魔素さえあれば可燃物を必要としませんから、物の焦げる匂いも煙も出ませんし。でも、他の料理をするのは制御技術とか出力の関係で難しいというか…。」
魔法で水を沸騰させるのは容易だ。水魔法を用いて球状に水を浮かばせ、適当な方向から雑な強さの火魔法を当てれば勝手に沸くのだから。ただ、火魔法を使って料理をするとなると、それはまた難易度が上がる。料理の火加減調節というのは、簡単なようで中々に難しいものなのだ。それができる魔法使いが如何ほど存在して居ようか。
ゆえに、カズヤに限らず、多くの火・水魔法使いたちは、焚火や魔石コンロに頼って料理をせざるを得ない。
「ま。この冷たくて硬い飯も王国を出るまでの辛抱ですよ。港町に着いたら、パーっと美味いものを食べましょう。僕の金で。」
「港町! 私、海って見たことないんですよ!!」
胸を叩いて懐の銭袋を鳴らして見せたカズヤと、まだ見ぬ海へと期待を膨らますシエルラ。
2人を脅迫して馬車を走らせているはずのブドウは、はしゃいでいる2人の様子を見て、何と言うべきなのか決めあぐねた。少し考えた末、彼女は結局、首を小さく傾げた。