エピローグ
麓の病院のベッドで深い眠りから覚めた僕らを待っていたのは、もちろん明瀬さんの説教だった。
なにしろ、向こうにいたのはほんの数十分ほどだと思っていたのに、帰ったらすでに二日後の朝だったのだから。
その間行方不明になっていた僕らが、本当に向こうに行っていたのかどうかは分からない。
もしかしたらみんなで崖から落ちて夢を見ていただけかもしれない。
それでも、セイトがレンに向けていた敵意は落ち着いていた。
レンは相変わらず無表情だったけれど。
レンのお姉さんは親類の男に殺された、と言われているらしい事を後から聞いた。その親類の男も失踪していて、今となっては真実も分からないらしいが。
お姉さんが望んで向こうに行ったのか、それとも殺されたお姉さんがレンを助けるために向こうに呼んだのか、それはもはや分からなかったけれど、ただ分かる事は、お姉さんが本当に幽世の住人になってしまったという事だけだ。
もし向こうで会った女の子がレンのお姉さんの桔梗さんだとしたら、戻れないって言ったのも、レンに遭うわけにいかないって言っていた意味も分かる。
お姉さんは、レンまで死後の世界に連れて行ってしまう事を恐れたんだ。
およそ一週間で完治した僕らは、待たせに待たせたスタッフと合流し、新曲のプロモーションビデオの撮影に入った。
神楽を見て、あの不思議な体験をした僕らにとってこの曲は特別なモノになっていた。
神様の住処への道を拓く唄。向こうの世界へと捧げる供物。
もしかすると、またふとした拍子に繋がってしまうかもしれない。
「お疲れっ、ハル!」
セイトは、僕の名を呼びながら、いつものようにスタッフから受け取ったらしい清涼飲料のペットボトルを、満面の笑みと共に投げ寄こした。
「ありがとー、セイト」
プロモの撮影を最後まで終えて、スタッフの片づけを待つだけの僕らは、暇を持て余して現場から少し離れたところにある河原で時間をつぶしていた。
と、そこへ少し遅れてプロデューサーから解放されたレンがやってきた。
一瞬、不穏な空気。
レンはいつものように作り笑顔を引っ込めて、僕らの前を通り過ぎようと――
「……レンっ」
が、セイトは大きな声でレンを呼びとめた。
振り向いたレンに、清涼飲料ペットボトル。
「お疲れっ!」
セイトは、僕に向けるのと同じ笑顔をレンにも向けた。ファンの女の子たちを虜にしてやまない明るい笑顔に、僕も思わずつられて笑う。
――セイトが一歩、歩み寄ろうとしている。
驚いた顔をしたレンだったが、手におさまったペットボトルとセイトの笑顔を見比べ、口元を綻ばせた。
珍しい、レンの笑顔。創りモノじゃない、本物の笑顔だ。
心のどこかがほんのり温かくなる。
「お疲れさまです、セイト」
僕らは、普通の高校生だった。
夏休みの宿題が終わるかどうかで戦々恐々として、友達とすれ違って、喧嘩して、でも仲直りして。
そんな風にして、これまでよりずっと相手の事を知りたいと思うようになっているんだ。
もちろん宿題もしなくちゃいけないけど、もしかすると今年は僕じゃなくてレンがセイトの宿題のお世話をする番かもしれない。
夏休みはまだ、残っているから。
――了
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!