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第五話

「レン……?」

 僕が恐る恐る声をかけると、その子供はきゅっと僕の手を握った。

「いない……の、ねぇちゃん、が……行っちゃったの……僕も……行きたいのに……」

「お姉ちゃんがいなくなったの?」

 僕の脳裏を先ほどの女の子が過ぎる。

「一緒、に、神様に会いに行こうって、いったの……に……」

 しゃくりをあげながら必死で伝えようとする子供を、セイトは横からまじまじと見た。

「……ねぇちゃん、ボクを置いてっちゃった……の」

 しかし、こんな子供が人気のない場所に一人。

 放っておくわけにはいかないだろう。

「お姉ちゃんと一緒にここまできたの?」

 聞くと、その子供はこくりと頷いた。

「じゃあ、お姉ちゃんもこの辺にいる筈だね」

 こくり。

「大丈夫だよ、僕らも友達を探しに来たんだ。君も一緒に、お姉ちゃんを探そう」

「……ほんと?」

 僕は、にっこりと笑ってその子を抱き上げた。

 びっくりするほど軽い。

 よく見れば、手も足も折れそうなほどに細かった。それも、袖から覗く手足に、白い肌に不釣り合いな黒々した痣が目立つ。

 どこかで転んで怪我でもしたんだろうか。

「うん、大丈夫だよ。一緒に行こう」

 するとその子供は、僕の首の辺りにぎゅぅっと抱きついて、わんわん大きな声で泣き始めた。

「お、おねぇ……ちゃんっ……ねぇちゃん……!」

 耳元で大声をあげているというのに全く不快じゃなくて、ただ、触れている腕とか首とかがとても熱かった。

 先ほどの女の子とは違う、ちゃんと生きている感触に、僕はなぜだか少し安心していた。



「おー、よく寝てるじゃねぇか」

 涙の痕が残る顔は、先ほど泣き叫んだ時よりも、少しだけ安らかに見えた。

 すぅすぅと静かな寝息を立てて眠っている。

「姉ちゃんがどっかいっちまったって、迷子か? こんな山奥で?」

「さあ……」

「しっかし、本当にレンに似てんな」

 セイトが僕の抱きあげた子供の頭をぐりぐりと撫でた。

 むずかる様に首を振るのが楽しかったらしく、セイトは何度も何度も撫でた。

「にしてもこのガキ、何者だよ」

「それは、ボクです」

 突然後ろから声がした。

 よく聞き慣れた声だ。そして、探していた声。

 振り返った僕らの目に、メガネとフードで、いなくなった時のままの恰好をしたレンの姿が飛び込んできた。

「レン!」

「あーもう、オマエどこ行ってたんだよ。探したっつーの!」

 河原の砂をきゅ、きゅと言わせながら、レンはゆっくりと僕らの方に近づいてきた。

その子(・・・)を見つけて下さったんですね。ありがとうございます」

 美しく整った顔に憂いの表情を貼りつかせ、ストライプ随一の美少年は輝く水面を瞳に映した。同性の、しかもメンバーにこんな事を言うのもおかしいような気がするけれども、憂い顔のレンは本当に、本当に壊れそうなほどに危うくて――綺麗、だった。

 レンは僕の腕の中にいた少年の頭を優しく撫でた。

「……こんな所まで、探しに来て下さったんですか」

「こんな所も何も、勝手にいなくなんじゃねーよ! プロデューサーに叱られんのは残されたオレたちなんだからな! スタッフの人も迷惑してんだよ! 明瀬さんもめちゃくちゃ心配してたし……反省しやがれ、このタコ!」

 レンの言葉を完全無視してまくし立てたセイトは、そのまま膨れてそっぽを向いてしまった。

 本当にもう……素直じゃないから。

 思わず、笑みが漏れた。

「素直に、自分も心配してたって言えばいいのに」

「なっ、何言ってんだよ、ハル! 何でオレがこんなワガママ野郎の心配なんか……!」

「はいはい」

 わかったわかった。

 それより何より。

「ここにいたんだね、レン。さ、帰ろう」

 僕が笑いかけると、レンは戸惑いの表情を見せた。

「ハル、セイト……ここがいったい何処か、分かっているのですか?」

「あぁ? 神社の裏の山ン中だろ?」

 セイトが間髪入れずに答えると、レンはいつものように淡々と、抑揚ない声で答えた。

「では、此処へどうやって来たのですか?」

「どうって、普通に神社の裏の鳥居から山に……」

「そうではありません。あの扉(・・・)を開くには対価が必要です。それは、トキと、供物クモツと、覚悟カクゴ。時を視て、唄を捧げ、強き意志で持って足を踏み入れなくては」

「歌? そう言えば、ハルが新曲歌いながら……」

 僕にはレンの言葉が理解できた。

 あの不思議な里で、不思議な出来事を聞いて、不思議な神楽の旋律に身をゆだねた時、ようやく僕にも世界の狭間が見えたから。

「そうだよ、レン。黄昏時を選んでね、僕の声と新曲の旋律とセイトのステップとコキリコのリズムを供物にして」

 覚悟カクゴ

 そうか、アレを覚悟って呼ぶんだね。

「レン、君を迎えに来たんだよ――」





「帰ろーぜ、レン」

 セイトがぶっきらぼうに言い放ち、レンに向かって手を差し出した。

 が、レンは硬直したまま動かない。

「どうしたんだよ、早く行こうぜ。みんな待ってんだよ。おい、レン! まだ我儘言う気なのか?!」

 またも苛立つセイトと対照的に、レンは無表情だった。

 が、それは感情がないんじゃなくて、非常に困惑してどんな顔をしていいのか分からないでいるように見えた。きっと、戸惑って、どう言葉を返していのか分からないんじゃないだろうか。

 レンの事が知りたい。

 これまでずっと、僕はレンの無表情に隠された感情と向かい合おうとせず、逃げていたんだ。

 だから今度は逃げない。

「レンは、帰りたくないの?」

「……」

 返答はなかった。

 普段ファンの子やプロデューサー、スタッフの人たちとは愛想笑いと『よい子』の仮面でそれなりに会話をしているというのに、どうして僕らには普通に話せないんだろう。

 もしかしてそれは、僕らを特別だと思っていると自惚れて、勘違いしてもいいだろうか?

「オマエなぁ、思ってる事があるならはっきり喋れよ! なんかそういうの、イライラすんだよ!」

「……すみません」

 その返答に、セイトはさらに眉を吊り上げた。

「だぁかぁらぁ! すぐ謝んなよ! 違うっての! オレは謝罪を聞きたいんじゃねえ、そうじゃなくて、なんていうか……そう、オマエが何を考えてるのか知りたいんだよ! イヤな事があんだったら何がイヤかはっきり言え! 悲しい事があるならオレたちにも教えろよ、一緒に悲しむから! 怒った時は分かりやすく怒れ! 正面から殴り飛ばしてやるから!」

 本当にセイトは分かりやすい。嫌な時は嫌といい、好きなものは好きといい、楽しい時は全身で楽しみ、悲しい時は悲しい顔をする――そう、今みたいに。

 だからこそ、レンは困惑するんだろうけれど、僕はそんなセイトが好きだった。

 でも、いつの間にかそれは溝になって、二人を遠ざけていたんだ。そして取り持つべき僕が見ないふりをしたせいで、何も変化する事がなかった。

「何とか言えよ、レン!」

 セイトの剣幕に驚いて無表情のまま硬直したレンは、セイトの事が嫌いなわけじゃない。

 ただきっと、こんなヤツが周囲にいなかったからどう接していいか分からないだけなんだ。少しだけ、関わる勇気が欲しいだけなんだ。

「ねぇ、レン。セイトの言う通りなんだ。僕らは、レンの事が知りたいだけなんだよ。せっかく一緒に仕事してるのに、僕らはレンの事、何にも知らなかったんだ。昨日の夜、レンが消えた時だって、いったいどこへ行ったのか……誘拐されたのかイヤになって出て言ったのかすら分かんなかった。それがすごく悲しかったんだ」

 僕は、ゆっくりと言葉を紡いでいった。

 レンの心に問いかけるように。自分の中で確認するように。

 腕の中に抱いた、レンが自分自身だと言った子供を撫でながら。

「難しいかもしれないけど、少しずつでいい。レンの事、知っていきたいんだ」

 するとレンは、困ったような表情を見せた。

 もしかするとそれは、困っているんじゃなくて、少し照れているのかもしれないけれど。

 そうだよ、ヒントはたくさん転がっていたし、機会はいくらでもあった。それなのにレンの事を知ろうとしなかったのは僕自身のせいだ。

「どうして、ここにいるの?」

「……それは、ボクにも分かりません。気がついたらこの場所にいました」

「はぁ? なんだそれ?」

 セイトが思いきり眉を寄せる。

 このままじゃ、また繰り返しだ。

 僕は子供を抱いたままきらきら光る砂の上に腰を降ろした。

「ねえ、レン。ゆっくりでいいからさ、僕、レンの話が聞きたいな」

 レンは困惑したままだったけれど、少しだけ首を傾げて、こう言った。

「……ボクはあまり人と話すのが得意では、ありません。だから、少しだけ長い話を聞いて頂いてもいいですか?」

「うん、聞きたい。セイトも、ちゃんと静かに聞くんだよ? 余計な口挟まないこと」

「分かってるよっ」

 セイトは膨れっ面で僕の隣に座り込んだ。

 きらきらと光る砂がきゅきゅっと鳴いて、薄暗い中に三日月と満月が合わせて5つ顔を出して。先程まで音のしなかった水面は、いつしか漣のように波打って静かな響きを奏でていた。それはあたかもライブ会場の音の波のようで。

 僕らは、足を投げ出すようにして並んで座りこんでいた。

 レンは一人佇んで、僕らと目を合わせずに、水面の先を見つめながらゆっくりと口を開いた。

「言っていませんでしたが、五箇山はボクの故郷です。生まれてから6歳まで、ボクはあの山奥の村で育ちました」

「うん、それは聞いたよ。明瀬さんと、涼子さんから」

 そう答えると、レンは少し驚いたようだった。

「それでは、もしかするとこれも聞いたかもしれませんが、ボクは一度ここへ来た事があります。このカミサマの住処へ、10年前、姉に連れられて……姉は望んでこの場所へ来ました。ササラを手に、『こきりこ』の唄を供物にして、もう、二度と戻らない覚悟カクゴで」

「……」

「ボクは当時6歳、姉は10歳でした。今思い出せば、ですが……ボクと姉は、いわゆる『虐待』というモノに遭っていたのです」

 レンは淡々と告げた。

 まるで他人事のように。

 僕は、その言葉を聞いて思わず腕の中の少年の腕を撫でていた。黒い痣だらけの腕、足。今にも折れそうな四肢とやせ細った肢体。

「小さい頃、両親が逃げてしまったんですよ。こんな山奥に耐えられず、ボクと姉だけ置き去りにして」

「なっ……そんな……!」

 絶句したセイトに、レンは無表情のまま少し首を傾げた。

 まるで大丈夫だと言い聞かせるように。

「捨てられたボクらを引き取ったのは、遠縁に当たるという親戚の男でした。今では名前も顔も思い出せません。職がなく、むろん住む場所もなかった男は、この村でボクらを引き取る事を条件に広い家を手に入れたんです。でも、住処が欲しかった男にとって、ボクらの存在は邪魔でした」

 レンの表情には悲しみも怒りもなく、ただ凪いだ表面だけがあった。

 ただ、ぼんやりとした砂の灯りは悲しさを表現しているようにも見えた。

「だから、でしょうね。男は僕と姉に、日常的に暴力を奮いました。もちろん、僕らが抵抗する術なんてありません。よくある話です」

 よくある話、なんて……レンが実際に体験した事だって言うのに、まるで他人事のように話すんだね。

 悲しい。

 痛い。

 レンが悲しくなくたって、僕はすごく悲しいよ。

「ある晩、ボクと姉が夏祭りのために神楽の稽古をしていた間に、きっと気づいていた村の人が男に虐待の事を注意したんでしょう……家に帰ると、ものすごい形相の男が待っていたんです」

 レンは相変わらず無表情だった。

 もしかすると本当は、感情を表に出さない事で自分自身が傷つくのを必死に防いでいたのかもしれないけれど。

「ボクと姉は逃げました。靴も履かずに家を飛び出して、先ほどまで夏祭りの神楽稽古をしていた神社へまっすぐに」

 幼い姉弟が手に手を取って必死で神社へと駆けこむ様子がまざまざと目に浮かぶ。

「他に逃げ場は思いつきませんでした。ボクと姉は、こきりこの唄を供物に、ココへ来たんです。ボクはずっと姉に手を引かれて、ずっと真っ暗な中を歩いていました。大丈夫だよ、ってずっとボクに話しかけながら、長い長い道を歩いて行ったんです。そして、辿り着いたのがこの場所でした」

 輝く砂浜の砂を一掬ひとすくい。

 レンは、掌からさらさらと砂を零れ落とした。

「でも、一緒にいた筈の姉は、いつの間にかいなくなっていました。ボクだけがここにとり残されて、ずっと泣きじゃくっていました。ハルが抱いているその子は、きっとあの時のボクです」

 僕もセイトも、声が出なかった。

 レンの言う事が理解できなかったわけじゃない。非現実的だと思っても、なぜかその言葉はすんなりと僕らの頭に入ってきた。

 声が出なかったのは、無表情だと思っていたレンの悲痛な叫びが聞こえた気がしたからだ。

「いつしかボクは現世に戻り、村の人たちに保護されていましたが、家族は誰もいなくなりました。ボクは立志麻たてしまの家に引き取られ、五箇山を、故郷を後にしたのです」

 淡々と語るレンの顔に、やっぱり感情は読み取れない。

 もしかするとそれはやっぱり、自分を傷つけないための予防線かもしれないけれど。

 代わりに痛いのは僕の心だった。

 レンに痛い過去を話させてしまった。辛い事を思い出させてしまった。お姉さんを亡くした時の事を。

「まさかこんな風にまたこの場所に帰って来るとは思ってもみませんでした。こんな風にハルやセイトと『ストライプ』を組んだ事、明瀬さんの曲、プロモの撮影……本当に不思議です」

「もしかしてレンは、新曲が『こきりこ節』をモチーフにしてるって、分かってた?」

「はい。もちろん、最初から」

 僕は、ますます強く男の子を抱きしめていた。

 レンと同じ顔をした、まだまだ幼い男の子。お姉さんに連れられて、でも一緒に行けずにここで迷子になってしまった男の子。今は少しだけ安らかな寝顔を見せる男の子。

「この里に到着して、神社でこきりこを聞いているうちに、ふらふらと足が裏手に向いていて、気がついたらこの場所にいたんです。どうしてここに来てしまったのか、ボクにも実はよく分かりません」

 砂を落とし切った掌をぎゅっと握りしめ、無表情の下に激しい感情を隠すようにして、レンは僕らに笑った。

 いつもの愛想笑い、どこか悲しそうな笑顔だった。

 胸が痛い。

 ずっと知らなかったレンの過去に、胸を締め付けられていた。

 何と言っていいのか分からない。自分から知りたいって言ったくせに、いざ聞いてみるといったいどうしていいのか分からなかった。

「……レン、オマエさぁ、ホントは姉ちゃんを探しにここまで来たんじゃねえの?」

 唐突に、セイトが言った。

「……え?」

 当惑したレンの声。

 セイトの声は、聞いた事がないくらいに真剣だった。

「オレも姉ちゃん、いるんだ。すっげー口うるさくて、声はでかいし、オレのこと未だにバカにするけど……一回だけ、オレのダンスを褒めてくれた事があってさ。だからオレは褒めてくれたダンスをするために『ストライプ』に入ったって言ってもおかしくないくらい、嬉しかった」

 真っ直ぐに、レンを見据えて。

「だから、姉ちゃんを探しにきたオマエの気持ちは、分かんないでもない、かもしんねぇ」

 レンはセイトの言葉に大きく目を見開いた。珍しい、驚きの表情だった。

 セイトは不思議だ。僕には絶対に分からない事まで言い当ててしまう。

「……すまねえな、レン」

 セイトは、続けて謝罪の言葉を口にした。

「あの、まさかその、そんな事があっただなんて知らなくて、知ろうともしてなくて、オマエにだっていろんな事情があるって事、忘れてたんだ」

 少し照れくさそうなセイトは、レンから視線を逸らしていたけれど、苛立った空気はなく、ただレンに対して、まだどうしていいか分からないようだった。

「ワガママで消えたとか言って、ごめんなさい」

 セイトは素直だ。

 怒りたい時は何の躊躇もなく怒るし、嫌な事は嫌だというし、レンに対して不機嫌な時はきちんとそう言う。

 そして、自分に非があると思った時は、ちゃんと自分から謝る事ができるのだ。

 僕はそんなセイトが好きだ。

「そう……そう、ですね。ボクは姉を探しにここまで来てしまったのかもしれません」

 そして、レンは唇の端をあげた。

 先ほどの愛想笑いとは違って、とても満足そうに、微笑んだ。

「ありがとうございます――」

 その瞬間、僕の腕の中にいた子供がふっと軽くなった。

 生き物だったそのカタマリは一瞬にして温かさを失い、頭のてっぺんからさらさらと崩れ始めた。

「……あ」

 男の子は、少しずつ薄れて、最後にはきらきら光る星の砂になった。

 僕の掌に残った男の子のカケラ。

 ぎゅっと握りしめた。

「ハル、セイト」

 レンは微笑んでいた。星の砂の灯りに照らされて、本当に美しく笑っていた。

「迎えに来てくださって、ありがとうございます。本当に……嬉しい、です」

 少しはにかみながら嬉しい、なんていうレンが見られるとは思っていなかったから、僕もセイトも嬉しくて思わず笑っていた。

 レンの言葉がようやく僕らにも聞こえた気がする。

「レン」

 僕は立ち上がって手を差し出した。

「帰ろう」

 みんなが待っているから。

 僕はセイトの事を知らなかったし、セイトはレンの事を知らなかったし、レンは僕の事を知らなかった。

 僕らは、ようやくお互いを知る事に関してスタートラインに立ったばかりなんだ。

「もっと、仲良くなろう。もっと、一緒に音楽を作ろう。もっとたくさん遊びに行こう」

 今度こそ、本当の仲間になれるから。

 セイトがニコッと笑う。太陽のような笑顔で。

 つられて僕も笑う。

 レンを見ると照れくさそうに、でも本当に嬉しそうに微笑んでいた。

「帰ろう」

 僕はレンの右手をとった。

 セイトがレンの左手を握る。

「けどよ、どうやって帰るんだ? ハル」

「えっ、それは……」

 返答に詰まった僕の耳に、ぱぁん、と何かを打ち鳴らす甲高い音が響いた。

 儀式の終りの音。

 それは、僕らがやってきた暗闇の方向から響いて来る。

「あっちだ」

 きっとアレは、明瀬さんが僕らを呼び戻そうとしている音。

 もう帰っておいでって、現世から呼ぶ音。

「行こう」

 僕はレンの手を引いて、レンはセイトの手を引いて、暗闇の中を歩いていった。

 もう二度と見失わないように。

 今度こそ、ゼロから始めるために。




「ハルっ! セイト! レン!」

 明瀬さんの切羽詰まった声で目が覚めた。

 起き上ろうとすると、全身が鈍く痛んで喉の奥からうめき声が漏れた。

「大丈夫か?! しっかりしろ!」

 それでもなんとか瞼を押し上げると、薄明かりの中で蒼白な明瀬さんが叫んでいた。

「……明瀬さん」

「すぐに村の人が来てくれる。全身を打っているようだから、無理に動かなくていい」

「ここは?」

「神社の裏山の、崖の下だ。お前達3人とも、泥まみれでこんな所に倒れていたんだぞ? どうやら崖から落ちたようだが……」

 崖の下。

 落ちた。

 通りで全身が痛むはずだ。

 頭がぼんやりする。現世に戻って来たって言うのに、意識だけはまだ向こうにいるみたいだ。

「明瀬さん、ありがとう……」

「どうした?」

「僕らを向こうから引き戻してくれたでしょう? あの子が、桔梗さんが言ってたサトミって、明瀬さんの事だったんだね……」

「……!」

 もう瞼を持ちあげているのも限界だ。

 明瀬さんの掌の感触を頬に感じながら、僕は意識を呑みこんでいった。

「なぁ、ハル。私もレンと同じように向こう(・・・)から帰ってきた事がある、と言ったら、信じるか――?」

 明瀬さんの言葉に返答も出来ないほどに。

 僕は、意識を深く閉ざした。


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