プロローグ
これはシャッフル企画参加作品です。
キャラクターを愛田美月さまが、ストーリーを早村友裕が担当しています。
昔から、亡くなったおばあちゃんに言われていたことがあった。
――この里は、神様からお借りした土地だから。
だからこの場所、本当は神様のもの。
踏み入れちゃいけない。汚してはいけない。無視してはいけない。軽んじてはいけない。過信してもいけない。そして――決して忘れてはいけない。
私は知っていた。
この朱色の鳥居を越えてしまえば、その先は神様のいる世界なんだっていうこと。
目の前に永久に続くかと思われるような灰色の石段を見あげ、絣模様の浴衣を引っ掛けただけの私は、立っていた。素足はすでに土に汚れ、血が滲んでいるのも知っている。
隣には、まだ幼い弟が私の浴衣の裾を掴んで泣いていた。声はなかったが、大粒の涙が大きな目から零れおち、赤い頬を伝っていた。
私も顔に涙の痕が張り付いて突っ張ったけれど、袖でぐいっと拭っただけで無視した。
真っ暗な中を全速力で駆けてきた私たちを、あの人が見つけるのは時間の問題だ。もう猶予はない。そして、幼い私たちには他に逃げ場もない。
背筋を伸ばし、精一杯しゃんとして鳥居の先をじっと見つめる。
手にただ一つ、簓を持って。
すぅ、と静かに息を吸い込んで。
「こんにちは、神様」
私たちはやってきた。
現世と幽世の狭間まで。他に逃げ場などないのだから。
弟がしゃくりをあげ、私の着物の裾をさらに強く握りしめた。
簓を持った手首を柔らかく返せば、しゃあん、と竹の重なる音がする。
「お邪魔してもいいですか」
返事はなかったのだが、うるさいくらいの静寂は私たちを排除しようとはしていなかった。
「行こう、蓮」
弟を促して、一歩、踏み出した。
敷居を踏まぬよう気をつけながら、灰色の石に素足を下ろす。
木漏れ日がざわめき、ひんやりとした空気が流れる階段を、私は一歩ずつ進んでいた。
背後から弟が泣きながらもゆっくりとついて来るのが分かった。
「…… コキリコの竹は 七寸五分じゃ ……」
おばあちゃんに習った神様への唄を口ずさみ、幽世を思いながら。
唄が響き渡って、不思議な空間を紡ぎ出す。
「…… 月見て歌ふ 放下のコキリコ 竹の夜声の澄みわたる ……」
しゃん、しゃあん、と簓が鳴る。
私の喉が唄を紡ぎ出す。
ぼぅっと何かが灯る様に、ぱっと何かが弾けるように。
不思議な空間は私の隣に寄り添っていた。神様の道を指し示すように。
そして、私と弟は山の中へと消えた。