「見て解りませんか?雪女です」「こんな着膨れした雪女がいるか!」
今年最後の仕事を終えて自宅へと向かう帰り道、雪がしんしんと降り積もる寒い冬の日の深夜の住宅街で
他に誰も歩いてない道の片隅でガタガタ震えてる女性を見つけた。
長い白髪に白いサマードレスのような服、足は裸足という出で立ちで一瞬幽霊か何かだと疑う。
しかし、彼女自体にこんもり積もった雪や、真っ赤になってる手足、更には小さく「やばい、やばい……寒くて死ぬ……」という声が聞こえ生きてるやべえ奴だとわかった。
どう見てもやばい奴だよな! こんな寒い日に超薄着で裸足のまま立ってるなんて!
やべ、目が合った。
女性はうるうるとした目でこちらを見つめている……。
目を合わせたらやばい気がして、真正面を見てそのまま目の前を通り過ぎる。
「あっ」っという声が聞こえたが無視をして、そのまましばらく歩きそっと後ろを振り向く。
女性は絶望した様子で俯いていた。
しゃーない、しゃーない。あんなもん連れて行ったらやばい事になるに決まってる。
家に帰って晩酌、晩酌!
気を取り直して仕事納めの一杯の為に家路を急ごうとして……足が止まった。
…………ここ、今の時間だと他に通る人いないよなぁ……。
……あああぁぁぁ!! もう!クソッ!!
ほっとけばいいのに気になってしまっては仕方がない! 急いで女性の元へと向かう。
しゃがみ込んでガタガタ震えていた女性の前に立つと、彼女は視線を上げて俺の方を驚いたように見つめた。
「あーその、……あんたの事情とかは知らないけど、とりあえずうちで温まるか?」
初対面の俺がいきなりこんな事言うと怪しまれるか……?
いや、でもこの人の方がバリバリ怪しいしな。
そんな事を思いながら返事を待っていると彼女が遠慮がちに口を開いた。
「あの……」
「ん?」
「足が冷たくて痛いのでおんぶしてもらえますか?」
「えっ? あ、ああ」
あれ? 遠慮がちに……?
「ついでにコートも貸してください」
図々しいな!!
▼
『あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁ~~~』
風呂の方からオッサンくさい声が聞こえる。
おんぶして彼女を連れ帰り寒かろうと風呂を準備して入らせたわけだが……。
普通、男の家で風呂に入れって言われたら警戒するよな? あの娘、喜び勇んで風呂場に突入していったんだが……?
着替えは普段、服を持って風呂場に行くのが面倒だからと脱衣所に置いていた衣装ケースの中にある家着の中から、好きなのを選んで着るように言い、彼女が着ていた服はビチャビチャだったので洗濯機にぶち込んだ。
今は鍋焼きうどんを作っている、晩酌をしたかったが謎の女性を連れ込んで酒なんて飲めん。
作っているといっても男の料理。
一人用の土鍋に市販のめんつゆでうどんを煮て、具材にバラ肉と卵をおとして葱をぶち込んだバラ肉月見うどんという雑い代物だ。
鍋敷きが敷いてある炬燵に土鍋を置いて彼女が風呂から出てくるのを待った。
程なくして彼女が風呂場から姿をって!
「おい! なんでそんなに服着てんだよ! パンパンじゃねーか!」
「? 好きなのを着ていいと言ったじゃないですか」
「好きなのを選んで着てって意味であって、好きなくらい着ろって言ってねえぞ!」
「寒いんですよ。仕方がないじゃないですか」
「ちゃっかり座ってうどんを食い始めるな!」
マイペースにふーふーと息を吹きかけズルズルと啜ってうどんを食べ始める彼女を見て拾ったことを後悔し始めた……。
「ギリギリ及第点ですね。おまけですよ?」
「人の分まで食って上から偉そうに言うな」
3玉分も食うなんてどうかしてるわ……。
「それで、あんたはどうしてあんな格好で雪の中にいたんだ? というか何者なんだ?」
あんな極寒の中薄着で裸足なんて訳アリだろう。踏み込みたくは無かったが連れて来た手前、放置してはいられない。
そう思って彼女に問えば、彼女はとても不思議そうな顔をしていた。
なんでそんな顔を?
「見て解りませんか? 雪女です」
「こんな着膨れした雪女がいるか!」
「寒がりの雪女だっていますよ、知らないんですか? おっくれってる~」
おいその言い方死語だぞ。
「あ、信じていませんね? では、証拠を見せましょうか」
そういうと雪女?は土鍋に触れて目を閉じた。
すると見る見る土鍋に残っていた汁が凍っていくではないか!?
ま、まさか本当に雪女なのか!?
「あ」
「な、なんだ?」
「残った汁にご飯をいれて食べようと思ってたんでした」
「まだ食うのかよ! 図々しいな!!」
キラキラした目で期待をしてる雪女を見て仕方がなく土鍋を預かりキッチンへ向かった、途中で土鍋を確認する事も忘れない。
……本当に凍ってるんだな……土鍋自体も先程まで熱々のものを入れていたと思えないほどにひんやりしている。
……雪女か…………雪女には割と怖い伝承もあったよな……。
ちらりと雪女の方を見る。
彼女は炬燵に埋まって端に寄せていたミカンが入った籠からミカンを取り食べていた。
うん、怖いことないなアレは。
あの遠慮の無さ田舎にある実家に居た頃を思い出すわ……。
実家じゃ日中に家に誰も居なくても玄関の鍵を閉めないから、近所のジジババが勝手に入って炬燵でのんびりしてたっけなぁ。
物心ついてからお帰りって言われた回数は親よりも、近所のジジババに言われた回数の方が多いかもしれん。
雑炊もどきを作り雪女の前に置くと、彼女はレンゲで雑炊をすくいフーフーしながら食べ始める。
「雪女はわかった。なら寒がりのあんたは」
「雪花です」
「はっ?」
「私の名前は雪花です」
「え、ああ、俺は冴島昴だ」
「どうも、昴さん」
「ああ、どうも? いや違くてあんたはなんで」
「卵ありませんか?」
「マイペースだな! 話が進まねえ!」
「卵……」
くそっ! 急いで冷蔵庫から卵を取り出して渡すと彼女は嬉しそうに卵を混ぜいれる。
余熱で少しずつ固まっていく卵を見て、再びレンゲですくって食べ始めた。
「それで雪花さんはなんで」
「食べながら話しちゃダメなんですよ?」
「あ、すいません」
……めんどくせえ。
▼
しっかりと土鍋が空になるまで食べつくし、フーっと言いながらお腹をさすったのを確認して彼女に声をかける。
「もういいか?」
「しかたがないですねぇ」
何で上から目線なんだよ!!
「寒がりな雪女である雪花さんはなんであんな格好で、こんな雪の降るクソ寒い夜にあんな場所に立ってたんだ?」
「ああ、それはですね。聞くも涙、語るも涙な訳がありまして」
「なにか深い事情があるのか……?」
「端的に言うと親子喧嘩ですね」
「親子喧嘩かよ!」
「お母さんが悪いんですよ? 私にはクソダサい白い着物なんて着せて、自分はヒラヒラしたドレスなんか着るから。
お母さんが大切にしてたドレスをこっそり着たら凄く怒って『出てけ穀潰し!この子供部屋雪女!』なんて言って私を追い出したんです。
ヒドイと思いません?」
「ああ、ヒドイな」
お前がな!! 汚物の臭いがぷんぷんする地雷女だぜ……穀潰しってことは少なくとも家には金を入れてないわけだ。
そんな中、用意した服にケチつけて大切にしてた服を着られればそりゃ怒るだろう、この短時間だけでもこいつと接してお母さんの苦労が目に浮かぶわ。
そんな事を思っている横で雪花はというと、俺が漏らした言葉が親に対してだと勘違いをして
でしょう?という顔をしながら炬燵の天板に顔をだらりとくっつけてだらけ始める。
最初思ってた事と別の意味でやべえ奴拾った気がするわ……。こいつ、まさか居つく気じゃあるまいな……いや、まさかな。
はじめてあった人間にそこまで警戒心無く接するはずが……。
「それで私はこれからどちらに寝ればいいですか?」
さらりとこれからって言いやがったぞおい!?
こいつ居つく気だ!?
「……今日は仕方がないから泊めてやる。明日になったら家に帰るか地に帰れ」
「な、何てこと言うんですか! 私が可哀相だと思わないんですか!」
「思わないね! むしろお母さんの方に同情するわ! 穀潰しって事は家に金を入れてないんだろう?」
「入れるわけ無いじゃないですか!こちとらニートですよ!」
「堂々と言うんじゃねーよ! ニートは文句を言わずに生活しろ!」
「ヒドイ……私だって好きでニートな訳じゃないのに」
急にトーンダウンして悲しげな声を出す彼女に俺は動揺した。
「えっ……あ、もしかして雪女だから……とかか?」
俺がそういうと雪花はコクリと頷く。
……よく考えたら雪女だもんな……人間から隠れて山奥に暮らしてたとしたら働くところなんて……事情も考えずに悪い事言ったか。
「高校卒業時までに就職活動がうまくいかなかったのもきっと雪女のせいなんです!」
「高校行ってんじゃねーか!!」
「? そりゃあ行きますよ、高校くらい」
「いや、雪女なんだから人里離れた場所にさあ!」
「いつの時代の情報ですか。こんな衛星が飛んでる時代に山奥に住んでたって、どこぞのテレビ番組よろしくすぐに見つかりますよ」
「いやまあ、そうなんだけどさ……」
「まったく昴さんはおっくれってる~」
お前だよ!!
▼
「俺はもう疲れたから寝るけど、今日は泊めてやるから必ず家に帰れよ?」
「はぁ……しかたがありませんね」
だから、何で上から目線なんだよ!!
こいつに付き合ってると疲れる……。
「つうか、警戒心くらい持てよ? 俺だって男なんだからな」
ん? なんだ? キョトンとした顔をして。
「知ってますよ? むしろ手を出さないんですか?」
「出すか!」
「ええーなんで出さないんですかー!」
何で残念がるんだよ! 普通は嫌がる所だぞ!
「昴さんは雪女的にはありなんですよ?」
「はっ?なんでだよ」
「妖怪や怪異に優しくしたら惚れられるに決まってるじゃないですか。お母さんなんて当時ぼっちだったお母さんに話しかけただけのお父さんを即お持ち帰りしたんですから」
お母さーん!! あんたもやばい奴だったんかい!
肉食過ぎるだろ! いやもう惚れっぽいってレベルじゃないわ!
「あのような寒空の中で誰も助けてくれなかった所に、おんぶして家に連れ帰ってお風呂に入れてくれて、ご飯も食べさせてくれて寝床まで」
「いや、それはただ放ってはおけなかっただけで」
「……本当に最高の寄生……んん゛……最高の男性じゃないですか」
「今、寄生先って言おうとしなかったか?」
「気のせいですよ」
にっこり笑顔を見せる雪花。だが、誤魔化せてないぞ。めっちゃ寄生しようとしてるだろ!
「……絶対、絶対明日帰れよ!!」
「……チッ、わかりましたよ」
本当に大丈夫かこいつ……滅茶苦茶目がギラギラしてんぞ。
……なんか同じ空間で寝たら襲われそうな気がするんだが……鍵ついてるのはトイレと風呂だけか……
よし!風呂で寝よう!!
―――――――――――
―――――――――
―――――――
―――…
…
何事も無く朝を迎えられた。
夜中に扉を開けようとした音など俺は聞いてはいない、『嫁にしてくれたって良いじゃないですか』なんて言葉も聞いていない。
浴室から出て部屋を見渡すと雪花の姿は見えなかった。
脱いで畳んだであろう山盛りの服があり、代わりに乾かしておいた彼女の服がなくなっている。
隠れていないか見渡しても見当たらない、どうやら約束通り帰ったようだ。
ほっと一息ついて時計を見た。まだ8時か……寝た気がしない12時まで眠ろう……。
俺はベッドの上に倒れこむとそのまますぐに眠りについた。
▼
インターホンの音で目が覚める。
頭を掻きながら時計を見ると13時になっている。
どうやら少し眠りすぎたようだ……先程からピンポンが鳴り止まない、うるせーな……。
「はいはい、今出るから」
玄関の方に向かい扉を開けようとして……手が止まった。
まさかとは思うがあの雪女じゃなかろうな……あいつだったら絶対開けないでおこう。
そっとドアスコープから外の様子を見て慌ててドアを開けて外にいた人物を家の中に引き入れた。
「もう遅いですよパパ?」
「お、お、お、お前何のつもりだ!!」
慌てて引き入れた結果、思わず抱き止めた俺の腕の中には園児服を着て涎掛けを装備した雪花がいた。
「何のつもりだって私はパパの娘ですよ? 認知して下さい、名前はスバコです」
「こんなデカイ娘がいるか!」
「ふふっ。これで近所の方に娘として認知されましたね! 私を追い出したら子供を捨てる外道だと思われますよ?」
「やばい性癖持ったカップルだと思われただけだわ!」
「それはそれで」
こいつまじでもう……なんで俺助けたんだろう……。
「お前帰ったんじゃないのかよ……」
「ええ、帰りましたよ? お母さんにどこにいたのか聞かれたので包み隠さず話した所、送り出されまして」
やりやがった! 不良債権こっちに押し付けやがったな母親ぁ!!
「お父さんは遠い目をしていましたねぇ……旅立つ娘の姿が感慨深かったのでしょうか」
いや、絶対に俺と自分を重ね合わせて俺に同情したに違いない。
「……昴さんは嫌なのですか? 確かに昨日出会ったばかりですし、その出会い方も悪かったですが」
「…………」
「私が雪女だと告げたのはあなただけですよ? こんな簡単に教えた事だって実は驚いているんです」
「…………」
「運命だと思ったんです……誰も声をかけてくれない寒空の中、慌てた様子で走り寄って声を掛けてくれた貴方に。我侭を言っても包み込んでくれた貴方に」
「…………」
「……すいません。迷惑でしたよね……帰ります」
俯いた様子でドアノブに手を掛けたその様子を見て俺は……つい彼女の腕を掴んでしまった。
「えっ?」
「……しばらくの間だけだからな。本当に付き合うかとか、結婚するかとかはまた別だぞ」
「いいんですか?……言っときますけど私は母親似でグイグイ行くタイプですからね?」
「それは図々しさも含めて十分解ってる。……落とせるもんなら落として見せろ」
そんな事を言ってしまう自分に驚いた。
仕方がないだろう! 見た目は最高に美人なんだから!
くそっ! 運命と呼ばれてちょっと喜んでしまってる自分がいる……存外自分はチョロいらしい。
「はい。全力でいかせてもらいますね?」
ニッコリと笑いながらそう言った彼女の笑顔にやられない様に「とりあえず奥で炬燵にでも入ってろ」と告げると
これから始まるであろう二人の生活を思い浮かべ、騒がしくなるだろうなぁと思いながらも少し楽しみにしている自分が……あ???
なんだこれは?
「おいコラニート雪女! なんだこれは!!」
「昴さんうるさいですよ? 近所迷惑です」
「……こ、これはなんだっ」
怒りを抑えながら雪花に見せる小さな冊子。
表には『雪女がたった1日で男を落とす最高に冴えたやり方(母監修)』と題名が。
「さ、さあ、知りませんね?」
声も震えてるし目が泳いでんぞ!
駄目だ! 抑えられぬこの怒り!
「明らかにお前の母親が書いた男を落とす為の攻略本じゃねーか! 出会い方完全に一致してたぞ!」
「良いじゃないですか! 出会いはどうあれ言った事は本心ですしそもそも運命だって本当ですもん!!」
「そりゃお前の主観だろ!」
「違いますぅ! あの時私の姿が見えたのは昴さんだけですぅ!!」
「はあ!? どういう事だよ!」
「私みたいな超絶美少女が、夜に薄着で居たら狼さんに食べられてお仕舞いじゃないですか!
そうならない為に私と相性が良い男の人以外見えないようにしてたんですぅ!……全然居なくて凍死寸前でしたけど……」
「それって結局、見えれば誰でも良かったんだろうが」
運命って言われてちょっと喜んだ俺が馬鹿みたいだわ。
……なんだそのヤレヤレ何拗ねてんですかみたいな表情は。
「私にだって選ぶ権利はありますよ、昴さんが良いって私が選んだんです。私に選ばれたんですから喜んで良いんですよ?」
「何で上から目線なんだよ! というか相性ってどういう意味で言ってんだよ」
「それは勿論、私を全力でだらけさせてくれる人です!」
子供部屋雪女から男部屋雪女にジョブチェンジさせてくれる相手探してんじゃねーか!
そのジョブはハロワにもねえぞ! 諦めろ!
「帰ってくれ」
「嫌です」
「帰れよもう!」
暢気に炬燵に入ってんじゃねーよ!
大体なんだこの園児服は!
「ああっ! やめてパパ!! スバコに乱暴しないでっ!!」
「やめろよ! 変な気分になるだろうが!それ脱げ!!」
「良いんですか? 私脱いだら凄いんですよ?」
「もうやだこいつ……なんでそんなの着てきたんだよ……」
「お母さんの案ですよ? ちなみにこれはお母さんの服です」
「やばい趣味してんな母親ぁ!」
「いえ、これはお父さんの趣味ですね」
「おやじいいいいいいい!!! お前もやばい奴かよ!!!!!!!」
顔を覆ってしゃがみ込む俺。
親父さん信じてたのに……アンタは肉食雪女の被害者だって信じてたのに!
特別なプレイスタイルをお持ちの方かよ!!
「あなたも仲間入りしますよ? すぐに私にメロメロになりますから」
肩にポンと手を置いて良い笑顔でそう宣告する雪花。
もう片方の手にはどこから取り出したのか『雪女が男を虜にする108の方法~短期集中バージョン(母監修)』という本が……。
「……絶対、ならないぞ」
ああ、そうだ。俺はお前の親父のようにはならない!
しばらくの間って言った手前、約束は守る。
だが期間が過ぎたら追い出してやるぞ!
「お前の母親とお前の思惑通りにはさせんからな! 覚悟しろよ雪花!!」
「その痩せ我慢がいつまで持つか楽しみですよ昴さん」
絶対に雪女の誘惑に耐え切ってみせる!!
そう固く誓い俺は彼女に宣言するのであった。
無理でした☆