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ショートショートの小宇宙

贈り物

作者: 駿平堂

 ある日エフ博士のもとに、とある隕石のサンプルが届けられた。大きさは野球ボールくらいで、表面は真っ黒い色をしている。その隕石は先日地球に飛来したもので、多くの人が空から光りながら落ちてくるその姿を目撃したことから、世間の間でちょっとした話題になっていた。


「世間の人間は気楽なもんじゃ。珍しい光景だ、なんて騒ぐだけでよいのじゃから。地道な調査を続けるこちらの苦労なんか、知りもしないのじゃろうな」


 ため息まじりにそうつぶやくエフ博士に、アール助手も同意する。


「全くですね。私たちはこれから様々な調査を行って、この隕石の構成物質やどのような環境で作られたものなのかを解明していかなければならないのですから」


 そうして調査はやや陰鬱な雰囲気で始められた。まずは顕微鏡で表面をよく観察する。表面の黒色は大気圏突入の際の高温でできたようであり、一般的な隕石の特徴と一致していた。また隕石全体が黒色で覆われていることから、地上に落下した際の衝撃などで分裂はしておらず、落下してきたままの状態が保たれていることが伺えた。


 その後も子細な観察を続けたが、表面を観察するだけではこれといった特徴を見つけることはできなかった。パッとしない結果になおのことやる気を削がれた二人を一気に色めき立たせたのは、続く内部組織の検査結果だった。隕石の内部に地球上には存在しない物質の存在が確認されたのである。


「お、おい、これを見たまえ!」


「これは! 博士、未発見の新物質ですよ!」


「よし、もう少し詳しく調べて、できるだけ早く世間に発表しよう!」


 エフ博士とアール助手はこの新物質の調査を続けた。するとこの物質はとても自然に生成されたとは思えない成分構成をしており、どのような環境で生成されたのか、全くもって見当がつかなかった。


「うーむ、複製は容易にできそうじゃが、この物質が自然に生成される状況が想像できないのぉ」


「そうですね……。高温、高圧、高濃度の放射能など、考えられるどのような状況においても、こんな物質ができるとは考えられないです」


「まあこれからの研究で色々と明らかになることだろう。早くこの事実を世間へ発表することとしよう。きっと注目されるに違いないぞ」


 博士たちの期待を裏切らず、世間は彼らの発表に大いに注目した。しかしそれも一時のことで、人々の関心はすぐに芸能人の不倫や政治家の汚職に移ってしまった。新しい物質が発見されたからといって自分たちの生活に何か影響があるわけでもないのだ。せいぜい、茶の間の話のタネになるくらいのものだった。


 そんなわけで世間からすぐに忘れ去られた二人は、研究も思うように進めることができないでいた。相変わらずこの物質の生成環境の特定に苦しんでいたのである。次第に二人の雰囲気は険悪になっていった。

 

 そんなある日、エフ博士は気まぐれで研究室にいるラットにこの物質を投与してみた。


「博士、何してるんですか。そんなことして何がわかるって言うんですか」


「いいじゃろう、別に。複製が容易なことはわかっておるんだし。何事も試してみなければ始まらんよ」


「私は何も起こらないと思いますけどね。勝手にしてください」


 しかし翌朝のラットの様子が、アール助手の予想が間違っていたことを示していた。


「おい、こいつ、いつもより随分おとなしくないか?」


「言われてみればそうですね。普段なら檻から出そうとすると、すごく威嚇するのに。ちょっと調べてみましょうか」


 そして物質を投与したラットの脳波を調べたところ、通常のラットと比較して攻撃性が著しく低下していることが判明した。


「これは面白い結果が出たぞ。実験を続けてみる価値がありそうじゃ」


「ええ、他のラットにも試してみましょう」


 こうして再び研究心に火が付いたエフ博士とアール助手は実験を繰り返し、この効果がラットを始めとした種々の動物にも安定して確認されることを明らかにした。懸念された副作用も全く見られなかった。


「博士。これはもしかしたら人類の歴史を変える大発見かもしれませんよ」


「うむ。次は人体への効果を確かめる段階じゃな」


「その前に、博士。国の機関に報告をしておきましょう。社会への影響力が計り知れない研究ですからね……」


「そうじゃな。うまくいけば少しばかり国が協力してくれるかもしれないしの」


 数日後に返ってきた返事は、博士たちが想像していた以上のものだった。これからの研究や治験、薬の認可において、国が全面的に協力するというのである。この研究への国の期待感が大いに示されていた。


「よし、こうなったらどんどん研究を進めるぞ」


 こうして始まった治験においても、その結果はこれまでの実験通りであった。人体に対しても攻撃性を低減させる効果があることが明らかになったのである。そしていかなる副作用も確認されなかった。


「今までは本当に些細なことでイライラしていたんですけど、この研究に参加してから全くそんなことがないんですよ」


「この研究に参加してから、妻と一切喧嘩をしなくなりました」


 被験者からはこのような喜びの声が続々と聞かれた。そしてそういった言葉を聞くたびに、エフ博士とアール助手は自分たちの研究に誇りを感じた。


 その後も国の協力のおかげで新薬の開発は順調に進み、治験を開始してから一年ほどで正式に医薬品として認められた。新薬としては異例の速さであった。


 この事実を世間に発表すると、人々は大きく注目した。翌日の朝刊の一面はどれも、「怒りとは無縁の社会の実現か」といったような見出しが並んでいた。その程度は違えど、アンガーマネジメントは人類にとって共通の課題であり、その心配が全くなくなると言うのだから夢のような話である。今回はその話題が廃れることもなく、誰もがその薬を自分が摂取できる日が来ることを待ち望んだ。


「ふふふ、早くわしらの薬で怒りが無くなった世界を見たいものじゃな」


「ええ、真の平和までもう少しですね」


 もともと複製が容易だったこともあり、また国も力を入れて新薬の製造設備を整えたため、人々が薬を手に入れられるようになるまでにそう時間はかからなかった。薬が市場に出回り始めると、人々は薬に群がり、ドラッグストアには連日朝から行列ができるようになった。大半は自身の制御できないイライラや怒りを解消するために並んでいたが、中には同居する彼氏の癇癪に耐え切れずこっそり薬を盛ろうとする女性や、すぐに人に噛みついてしまう飼い犬に与えるために買いに来た貴婦人などもいた。


 このように無数の人が利用するようになっても、薬が作用しない、副作用が出たといった声が聞かれることはなく、まさに夢の薬であった。


 この事実はすぐに他の国にも伝わり、いくらもしないうちに全世界で薬が服用されるようになった。そしてその効果が全世界で認められると、地球上の国々は全人類に一日一回の定期的な投与を義務付けることを条約で締結した。当初は反対意見も聞かれたが、より多くの人が薬を摂取するようになるにつれそのような意見も聞かれなくなり、最終的には多くの人の支持を得て制度化された。政府が反対派にこっそり薬を盛って大人しくさせた、などという陰謀論がまことしやかにささやかれたが、もはや真実は闇の中であった。


 しばらくすると、いつの間にか地上から怒りという感情は消え、争いという争いがなくなった。人類が長い間待ち望んでいた真の平和の時代の到来である。


 そしてエフ博士とアール助手は今や時の人となっていて、今日もテレビのインタビュアーからマイクを向けられていた。


「全人類がお二人の研究成果によって新しい時代を迎えることができました。粘り強く研究を続けてくださり、本当にありがとうございました」


「いえいえ、私たちはただやるべきことをやっただけです。それにまだ謎も残っていますからね。あの物質が自然にできたなんて、未だに信じられません」


 博士の言うように、結局、隕石の生成環境の謎は明らかにならなかった。しかしそんなこと、研究者でもない大勢の一般人にとったら、何の問題にもならなかった。


「もしかしたら人類の平和を願う神様からの贈り物だったのかもしれませんね。それでは本日はこのあたりで失礼させていただきます。お忙しいところありがとうございました。エフ博士とアール助手でした」


 インタビュアーの適当な相槌で博士たちの出番が終わった頃、その贈り主はというと、地球の遥か上空から地上の様子を観察していた。


「どうやらこの星の原住民は我々の計画通り、怒りとは無縁の生活を満喫するようになったようです」


「ふふふ、今回も予定通りだ。我々が領土を広げるべく各星に侵攻する際に、最も厄介となるのは原住民の抵抗だからな。あらかじめ怒りを抑える物質を与えてやれば、多くの間抜けなやつらはありがたがって自分からそれを摂取するようになる」


「そうしてその星から怒りがなくなったことを確認してから侵攻を開始すれば、征服することも容易というわけですね」


「そう言うことだ。さあ、そろそろ行くとするか」

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