イヲカル〜言いたいことも言えないこんな世の中なので、彼女は虎の威を借りた〜
飯尾 薫は怒っていた。
何故なら路地裏で二人の不良に絡まれているクラスメートの男子、野口君を見つけてしまったからである。普通の人なら見て見ぬふりをする状況だが、薫は常人より遥かに正義感の強い性格をして居たのである。
「やめなさい!!弱いものイジメなんて最低よ!!」
「あん?なんだテメーは?」
薫の堂々たる声に、すぐさに反応してメンチを切る不良の二人。これ対して薫はどんな反応をしたかというと。
「うっ・・・。」
物怖じした。理由は怖いからである。
飯尾 薫は高校二年生であるが、身長は140センチ程しかないロリ体型。生まれつき白くて長い髪を持ち、顔も美形だが、身長が低いせいでクラスの愛玩動物的ポジションに落ち着いている。
両親はパン屋をしており、一人娘である薫を溺愛。箱入り娘として育ち今日に至る。
苦労も知らず、ガタイも小さいので、薫の戦闘能力は子猫程しかない。
つまり、不良二人に物申すなど自殺行為なのである。
「おいっ!!今までの威勢はどうしたよ!!」
「あの女テメーの知り合いか?」
不良の一人が野口君にそう詰め寄ると、野口君は震えながら、牛乳瓶の底みたいなレンズの眼鏡を上げて、こう言った。
「し、知りません。あんなヤツ。」
知り合いだったら、もっと酷い目にあうと直感した野口君は咄嗟に嘘を付いた。2日前に薫に消ゴムを拾ってもらった恩を仇で返す形である。
「よし、ならお前は良いや、行け!!あと分かってると思うが・・・」
「先生にも親にもこの事は言いません!!」
「分かってるなら良い。」
野口君は薫の横をダッシュで通り抜けて、自身の危機を脱した。これにより薫は一人ぼっちになってしまったのである。
「よぉ、テメーを助けようとした奴は行っちまったぜ♪薄情な奴だよな♪」
ニタニタと笑いながら薫に近づく不良二人。薫も逃げ出したくなったが、今更後には退けなかった。
「ふ、ふん!!お前らなんか私一人で充分よ!!」
両手を上げて見よう見まねのファイティングポーズをとる薫。非常に可愛らしいが、不良二人に可愛いものを愛でる趣味は無かった。
不良の一人に薫は胸ぐらを掴まれ、意図も簡単に持ち上げられた。
「きゃああああ!!私をエロ同人するつもりね!!やめろぉおおお!!」
残念ながら不良二人のストライクゾーンから大きくかけ離れた薫は、エロ同人される可能性は皆無であり、心配するだけ無駄であった。
「おい、どうするよコイツ?」
「とりあえずムカつくから、一発殴ろうぜ。」
物騒な相談を始めた不良二人に戦々恐々の薫。正直怖すぎて少しチビっていた。しかしタダ怖がっても居られないので、こう叫んだ。
「顔はやめな!!ボディボディ!!」
とりあえず顔を殴られて歪むのを恐れた薫は、どうせ殴られるなら体にして欲しかった。けれど不良二人はそんな薫をせせら笑う。
「ケッケケ♪そんなの聞いたら顔を殴らずにはいられんな♪」
「おう♪やっちまえ♪」
「にゃああああ!!」
泣き叫ぶ薫であったが、もう拳は振り上げられようとしていた。絶体絶命のピンチであるが、そこにある人物が現れた。
「弱い者イジメしてんじゃねぇよ。」
薫が後ろを振り向くと、そこには制服を着崩したガタイ良い、虎みたいな鋭い眼光をした男が立っていた。
「あっ?誰だテメー?」
薫を持ち上げている不良は謎の男を睨み付けたが、相棒の不良は何故だか体を震わして怯えた様子である。
「い、いや、待て!!アイツは"ビッグタイガー"の異名を持つ、黒崎 大翔だ。やべーよ!!」
「何ビビってんだ?あんなヤツ俺がぶっ飛ばしてやる!!」
薫を持ち上げていた不良はパッと薫から手を離し、急に手を離された薫はその場にドンッと尻餅を付いた。
「ぎゃん!!」
尻を擦りながら涙目で痛がる薫。その痛がる素振りすら可愛らしい。
不良はそのまま、大翔に向かって行き、彼を右手で殴ろうとした。だが大翔は巨体に似合わぬ俊敏さで、不良の右手首を左手で掴み、そのまま捻り上げた。
「痛い!!痛い!!」
痛がる不良だが、大翔はそんな彼を無視して、そのまま彼の頭に頭突きをかました。
"ゴンッ!!"
鈍い音がしたかと思えば、あまりの頭突きの威力に、一瞬にして動かなくなり失神した不良。大翔はそれを確認せずに不良を地べたに放り投げた。
相棒の不良はそれを見ていて、唖然として口をパカッと開けていたが、大翔はそんな彼に命令した。
「テメーはさっさと、そこの寝ちまってる奴を持って消えろ。今後その女に手を出したら、今度は殺すからな。」
正に虎のような剣幕で睨み付ける大翔。そうなると不良は言うことを聞くより他無い。
「す、すいませんでしたぁ!!」
相棒は大急ぎで失神した不良はを担ぎ上げ、あっという間に不良二人はその場から姿を消してしまった。
そしてその場に残されたのは、薫と大翔の二人。
気まずい沈黙が流れたが、薫は助けられたことに気づいてお礼を言った。
「あ、ありがとうございます!!この恩は必ず返します!!」
大翔はそのお礼の言葉を無視する様に、ゆっくりと薫に近づいた。
『ま、まさか体で払えってこと!!そんな!!心の準備が!!』
多感な時期である薫は大いに勘違いしたが、何を思ったのか、大翔はクンクンと彼女の体を匂い始めた。
『匂いフェチなのね!!その後でエロ同人!!』
薫の頭は結構エロいことでいっぱいである。しかしながら、勿論エロ同人的な展開は無い、ひとしきり匂い終えると、大翔はこう言った。
「お前からパンの匂いがする。」
「パン?・・・あっ、持ってますよ。」
薫は鞄から今日のお昼に食べる筈だったクロワッサンを取り出し、大翔に差し出した。
「食べたいならどうぞ。こんなのお礼になるか分かりませんが。」
「良いのか?じゃあ遠慮無く。」
大翔は差し出されたクロワッサンをひょいと持ち上げ、クロワッサンを自分の口の中に放り投げた。そしてモグモグゴックンで一言。
「旨い!!」
パァと子供のように無邪気な笑顔を見せる大翔、この時ばかりは不良も泣いて逃げ出す"ビッグタイガー"も三毛猫の様であった。
「これは旨いな♪パンの匂いにつられてやって来て良かったぜ♪」
この言葉で大翔が自分を助けに来てくれたわけでないことを知り、ガックリと肩を落とす薫。中々ロマンティックには物事は動かないものである。
「うちは貧乏でな。三食水ご飯で凌いでるんだ。パンは本当は大好物なんだが、年に一回クリスマスにあんパン食べるのがやっとでよ。いやぁ、それにしても、こんな旨いパンは初めて食べたぜ。ごちそうさん♪」
大翔が凄まじいレベルで貧乏なことを知り、尚且つそんな貧乏なのに大きな身体を持つ大翔が羨ましく思う薫。
しかし、この時、薫はあることをパッと思い付いた。それは革新的で双方Win-Winな閃きであった。
「大翔さん、私と契約しませんか?」
「契約?マルチならお断りだぞ。前にそれでうちの母ちゃん酷い目に・・・」
「違いますよ!!大翔さんに私の護衛をして欲しいんです。」
「護衛?」
「はい、実は私、この町の治安の悪さには胸を痛めていまして、しかしながら私は非力で可愛いだけの乙女、悪党には敵いません。そこで大翔さんに私の護衛をして頂ければ、私が悪党たちに意気揚々と説教出来るというワケでございます。」
なんと薫は大翔を従えることにより、町の悪党達を一掃するという悪魔的発想を思い付いたのである。正に虎の威を借る狐。
「えぇ、やだよ。面倒だもん。」
このように大翔が嫌がることも折り込み済み、薫は鞄からチョココロネを取り出した。
「私の護衛をしてくれたら、パンをいくらでも食べさせて上げますよ♪うちがパン屋なので♪このチョココロネは前金の代わりです♪」
「ま、マジでか!!」
大翔の大好物で買収しようとする薫。これに大翔はヨダレを垂らして喜んだ。
「良いだろう♪護衛でも半殺しでもやってやるよ♪」
「は、半殺しは結構です。」
こうして二人はガッシリと手を握り合い、契約はここに完了した。
神にでも悪魔にもなれる力を手に入れた薫は満足げだったが、これを期に世界を股にかけた動乱の日々が幕を開けることを、彼女はまだ知らないでいた。