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午後の紅茶にくちづけを  作者: ちょこみんと
ディンブラ・ティー
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7

「大丈夫よ真美子、気にすることなんてないわよ」

「そ、そうよ。これで卒業出来なくなるわけじゃ無いんだし」


校庭隅の端っこの芝生に落胆のあまりペタンと座り込み地面のくさをつかむ真美子に陽菜乃や紅音が慰めの言葉をかける。

周りの女子生徒達も気を使って、大丈夫ですよと声をかけて慰める。

先程打席に立っていた真美子が思いっきり振ったバットは投げられたボールを捉えることが出来ず見事にキャッチャーミットに収まった。

満塁で得点のチャンスを逃した真美子のプレーにチームメイトだけでなく相手チームや体育教師でさえも残念そうな息を漏らして真美子をさらに苦しめた。

そのまま交代することなく時間が来たので他のチームが試合をすることになり真美子たちのチームは校庭の隅の方で練習時間になった。


「いいのよ、2人とも…私…はぁ…」


2人に気を使わなせないように明るく振舞おうと笑顔を見せる真美子だったが予想以上の自分の運動音痴ぶりに真美子は何よりも落胆していた。

そんな様子を見ていた体育教師も慰めの声を掛けてくる。


「白樺。結果はどうであれ、先生はお前の頑張りは評価するぞ」


体育教師もしゃがみこんで真美子の肩を何度か叩いて気を使う。


「いいんですの先生…、私…超がつくほど運動音痴ですので…」


若干涙目の真美子は顔を上げて体育教師の無駄に力の入った手をさりげなく振りほどく。

しかし傷心中の真美子には誰からの慰めも癒しにはならなかった。


「こんな私があの白樺家の娘で…この学院の生徒会長なんて…とんだ笑い話ですわね…」

「ちょっと、真美子!?大丈夫!?しっかりして!!」

「そ、そうよ。ちょっと運動が出来ないくらいで自分を卑下するのはよしなさい」


異常を察知した陽菜乃が真美子の肩を掴んで正気になるようにガクガクと揺らす。

紅音も心配して声をかける。


「うっ…私どうかしていたみたい」

「大丈夫だって、ね?」


心配する陽菜乃は優しく微笑み子供をあやす様に抱きしめ頭を撫でる。

落ち着き正気を取り戻した真美子は子供のように陽菜乃のふくよかな胸元に擦り寄りうん、と甘える。

紅音も2人の隣で芝生に体育座りをすると退屈しのぎで芝生をちぎって辺りにぶん投げる。


「紅音さんもありがとう…私どうかしちゃったみたい…」

「いいのよ。あなたそういう所あるから」


いつものポーカーフェイスの紅音はそう言って他の女子生徒達が試合をしている校庭に目をやった。

元気にソフトボールをする女子生徒達の明るい声が辺りに響いていた。


「と言うかこのあとのお昼どうする?」


4限目の体育の授業の半分の時間が過ぎて陽菜乃がいつもお昼を共にする2人に問いかけた。


「私は今日お弁当作ってもらいましたわ」

「私学食」

「あ、私も今日学食」


真美子以外の2人は食堂で食べるというのでいつもの教室ではなく食堂で昼食を取ることが決まった。

2人は食堂のランチメニューを思い出しながら何を食べようかなーと話し出す。

その話を聞くだけで空腹感がさらに煽られて、お腹がなりそうになるのを危惧する。

そんな会話をしていると他の女子生徒達を指導していた体育教師に陽菜乃が呼ばれ、行ってくると離れていった。

真美子と紅音は呼ばれた陽菜乃の背中を目で追う。


「何話してるのかしらね」

「そうね、貴方の相談だったりしてね」

「え、私ですか?」

「ええ。あまりに酷いから練習しなさいって」

「ありえなく無い話ですわね…」


苦笑いを浮かべる真美子の元に同じように渋い顔を浮かべる陽菜乃がゆっくりと歩いて戻ってきた。

ほらね、と言わんばかりの紅音の表情にさらに気が滅入った。


「先生なんて?」

「真美子、落ち着いて聞くのよ?」

「は、はい…」


いつもとは違って真剣な表情で話す陽菜乃に真美子は少し緊張し息を飲んで答える。


「この学園、3年生になると保健体育は保健の授業がなくなって体育の実技だけが評価対象なんだって…」

「酷な話ね」

「それでね、真美子…今までの成績は保健の筆記試験でカバー出来てたけど…今年は厳しいって」


申し訳なさそうに眉を下げて続ける陽菜乃を真っ直ぐに見る真美子の表情はみるみるうちに曇っていく。

紅音はその変化が面白いらしくクスクス笑い出す。


「という事は…?」

「だから、私が面倒見なさいって。練習に付き合ったりしろってさ」


陽菜乃はそこまで言うと真美子にソフトボールを今からキャッチボールの練習でもやるぞと言わんばかりに見せる。

真美子もボールを見つめると覚悟を決めてよし、と頷いてグローブを持って立ち上がる。


「行くわよー」

「え、えぇ、いいわよ」


真美子が声をかけると陽菜乃は素手でボールを真美子の元にフライとして落ちるように投げる。

真美子は顔を上げて上から降ってくるボールの位置を見定めながらグローブを掲げて取ろうとするもボールはグローブの中には収まらず後方の地面に落ちる。


「大丈夫大丈夫ゆっくりやるよー」

「えいっ!!」


真美子がボールを拾って陽菜乃に向かって全力で投げるが左に大きく曲がり茂みの中に消えていった。

それを見ていた紅音は可笑しそうに腹を抱えてケタケタ笑う。

真美子はまともにキャッチボールも出来ない自分に赤面しながらボールを探しに茂みの方に歩いていく。


「ほんとに笑わせてくれるわね、あなた」

「…うぅ…」


笑いながらも紅音は一緒にボールを探してくれるらしく同じように茂みをあさっていた。

綺麗な校内とは反対に校庭の隅までにはきちんとした手入れが行き届いていないらしく女子生徒の膝ほどの高さの茂みは雑草などで荒れていた。

ソフトボールの大きさならばわかりやすいと思っていたが雑草に囲まれてなかなか見つけられなかった。


「はぁ、校庭も整備させないといけませんわね…」

「さすが会長。ぜひそうなさい」


紅音はそう言うとボールを見つけたらしくはい、と少し含ませた笑みでボールを手渡す。

真美子はそんな紅音を不思議に思いながらもありがとうとボールを受け取るが受け取った右手に変な感触がして嫌な予感がした。

少し震える手で恐る恐るボールに目をやると、キャッチボールで使っていた薄汚れたソフトボールの上に赤と黒のゲジゲジした幼虫が1匹這いつくばって真美子の整えられた爪先に触角を伸ばしていた。

それを目の当たりにした瞬間、真美子の顔は真っ青になり全身の毛が逆立った。


「いっ、きゃああああああああああ!!」


苦手な虫がこんなに近くにいる恐怖感で驚きよりも早く反射的に持っていたボールをわけも分からずに力いっぱいぶん投げる。

真美子の叫び声に隣で悪戯をした紅音だけでなく離れた陽菜乃、他の女子生徒や体育教師までが何事かと驚き振り返る。

いくら真面目に投げてもちゃん相手に届くほどの距離を飛んでいかなかった真美子の投球は偶然にも真美子がわけも分からずにほおり投げた時に幼虫と分離して陽菜乃のグローブの中に綺麗に収まった。


「っと、大丈夫ー?」


初めてまともに真美子からのボールを受け取った陽菜乃は喜んだのもつかの間、真っ青な顔で怯えながら悪戯を仕掛けた張本人の紅音の体育着を掴んで背中にびったりとくっついた真美子に歩み寄り心配の声をかける。

真美子は紅音の背中に顔を填めて顔を上げずに大きく首を横に振る。

紅音は申し訳なさと困惑から大人しく背中を差し出していた。


「ごめん真美子…ちょっと悪戯しただけなの…ごめん…」

「…もぅ…度が過ぎます…。高校生なんだからしていい事と悪いことくらい区別をつけるべきですわ…」


真美子はよっぽど怖かったのか泣いているのかと思うほどの涙声で謝罪する紅音の背中を揺らしながら怒る。

陽菜乃も大丈夫だよー、怖くないよーと子供をなだめるように優しく声をかけて背中を撫でる。


「でも、さっき投げたボールは良かったよ!私の所まで届いたよ!」

「そ、そうなの?良かったじゃない真美子!!成長したわね!!」


2人はさらに気を使って声をかけると真美子はうっすらと目元が赤くなった顔をゆっくりと上げてうそを疑うようにほんと?と聞き返す。


「ホントホント!!ほら見てよ!!」


陽菜乃は手にしてたボールを掴んだままのグローブを見せると真美子は徐々に子供のようにぱぁっと嬉しそうに笑う。

紅音はその様子にホッとして安堵の息を漏らす。


「やりましたわ、私やった!!紫之宮さん、ありがとう!!」

「わっ!何よいきなり」


恐怖と喜びとの感情がぐちゃぐちゃの真美子は普段よりも幼い雰囲気になり陽菜乃に抱きついて喜びを表現する。

いきなり抱きつかれた陽菜乃は驚くも我が子の成長を見守るよう母親のように優しい微笑みを浮かべ頭を撫でる。

一部始終を見ていた体育教師もよくやったなと拍手をしながら真美子を賞賛した。

そうしているうちに4限目の終わるチャイムがなり体育の授業が終わりを告げる。

始業の時同様、体育教師の前に整列して挨拶を済ますと女子生徒は更衣室に向かってだべりながら解散する。


「真美子…さっきはごめんね…?もう大丈夫?」


まだ少しグスグスしている真美子に紅音は申し訳なさそうにもう一度謝って心配する。

陽菜乃に手を引かれていた真美子はまだ微かに潤んだ瞳で紅音に微笑み大丈夫ですと答える。


「紅音ー。真美子は意外とビビリなんだからからかいすぎちゃダメでしょ?」

「むぅ…そうね…」


陽菜乃にもゆるく叱られた紅音はもうしないーと軽く口約束をする。

更衣室に向かう途中にある食堂の前を通ると美味しそうな匂いが鼻に届き、早く着替えて昼食にしたいという気持ちが強くなった。



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