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「紅音さん、今日は顔色よくありませんね…。どうかなさったんですか?」
月曜日の教室でいつもよりも遅い朝のホームルームが始まるギリギリの時間に登校してきた紅音の浮かない表情を見ると心配そうに真美子が声をかける。
すると衰弱しきった様子の紅音は倒れ込むように自分の席について顔だけを真美子に向けて答える。
「…睡眠不足なのよ。この上なくね」
「まぁ。昨日の夜もお楽しみだったのかしら?」
ぐったりしている紅音の体を起こして両肩を掴んでグラグラと揺らしながら豪快に笑う陽菜乃に紅音はあからさまな嫌悪感を露わにする。
「止めなさいガサツ女!!体調悪いの!!」
「あらそうなの?」
「まぁ、大丈夫ですか?」
「…そう見える?」
肩を掴んでいた手を離すとへなへなと机に突っ伏す紅音の異常さにさすがに陽菜乃も心配する。
紅音は机に伏せてうぅっと小さく呻いて本当に体調が悪いのか大人しくなる。
「…紅音?ほんとに大丈夫?」
「うるさい…ほっといて」
「紅音さん保健室にでも行きますか?」
「…そうね」
陽菜乃とともに紅音を心配した真美子がそう提案すると小さく頷いてせっかく座った椅子から立ち上がると鞄を持ったままドアの方に歩くもその足取りはふわふわしていて風に吹かれるだけで倒れそうに思えた。
「紅音さん、私保健室まで同行しましょうか?」
「まったく、そんなに体調悪いなら学校休めばよかったのに」
「…なっ」
真美子も立ち上がって紅音にそう声をかけるもため息を漏らした陽菜乃が、子猫でも抱き上げるかのように軽々しく紅音を抱き上げた。
とうの本人だけでなく真美子や他の生徒達もその様子を見ては驚き少しザワつく。
しかし、そんなことを気にしない陽菜乃は降ろせと暴れる紅音を制しながらも顔だけ真美子を振り向く。
「真美子、この子保健室に連れてってくるからって先生に言っといて」
「あ、わ、わかりました…」
「お、降ろしなさいガサツ女!!」
「体調悪いくせに暴れんな」
威嚇する子猫のようにキーっと反抗する紅音を軽く流しながら教室を出て1階の保健室に向かう。
熱があってなのか、子供のように抱かれているのが屈辱で恥ずかしいのか顔が少しづつ赤くなってきた紅音は悔しそうに顔を伏せるも暴れるのをやめて大人しく保健室まで運ばれる。
「…また遅くまで遊んでたの?」
「…うるさい」
「まぁ、いいけど。受験生なんだから遊んでばっかはダメだぞ」
「…アナタに言われたくないわよ」
「はは、そっか」
注意したはずが言い返されてへへっと笑う陽菜乃に紅音はバカみたいと小さく笑い胸元にコテっと頭を預ける。
階段が近づいてくると落とさないようにと抱き直して階段をおりるが足元が見えないので一段一段降りていく。
「落としたら承知しないわよ」
「あんなに下ろして欲しそうだったのに。そんなに私に担がれるの好きなの?」
「は?自惚れるのも大概にしてよね」
先程あんなに嫌がっていたのに今では足を組んでふんぞり返るほどの態度になった紅音に調子の良い奴めと笑うも言われた通りに落とさないように丁寧に階段をおりて2階につく。
「そういえばあんた熱は?」
「さぁ。測ってなっ…ぃ」
担がれていた紅音が腕を組んでそう答えきるまえに陽菜乃の顔がぐっと近づいた
紅音は驚きのあまりぎょっと目を見張るも急いでギュッと目をつぶって唇を結んだ。
するとおでこにゴツっと硬いものがぶつかる音と衝撃がしたので思わず片目だけ開けて何が起きたのかを確認する。
びっくりするほど近くに陽菜乃の顔があり、おでこ同士がくっついているのを見ると熱があるかを確認しているのかと合点がいくが、そのやり方については不満と恥ずかしさが同時に起きた。
「わかんないけど、そんだけ口答え出来れば十分か」
すっと顔を離した陽菜乃は、熱があるかどうかは分からなかったらしくはははと笑いながらまた階段を降り始める。
紅音は組んでた腕を解いて頭突かれたおでこに手をやり不満ありげに陽菜乃を睨みつける。
「馬鹿じゃないの!!いきなり、なんなのよ!!ふざけないで!!」
「ん?熱あるかと思ったけど…両手塞がってたから」
キーキーと喚く紅音何もわるびれる様子のない陽菜乃は豪快に笑いながら1階におりついて保健室の方に向かう。
頭突きのせいか他にも理由があるのか分からないが頭痛のしてきた紅音ははぁっとため息をついて頭を抱える。
そんなこと気にをとめない陽菜乃は保健室の扉を開けて元気に挨拶をするが中には人っ子一人いなかった。
「おはよーごさいまーす…て、誰もいないや」
「1番奥のベッドに運びなさい」
「…はいはい、かしこまりました」
靴を脱がなくてはならない保健室で脱ぐのが面倒に思えた陽菜乃が紅音を降ろそうとすると、それを察した紅音は当然のように1番奥のベッドを指さして指図した。
ここぞという時にとことん指図してくる紅音にイラッとするも適当に返事をして脱いだ靴も揃えないまま指さされたベッドに連れていくとボトっと紅音をベッドに放る。
「痛っ、信じらんない!!体調不良の人間をそんなに雑に扱うなんて」
「図に乗んなよってこと」
「はーぁ、真美子だったらそんなことしないのにね」
「当たり前よ。真美子は自分であるくもの」
落とされたベッドの上で痛がるように腰を撫でて不服そうに頬をふくらませ陽菜乃をにらみつける。
「ほら、靴脱いで」
「きゃっ、触んないで!!」
紅音のチャンキーヒールを脱がそうと陽菜乃が紅音の足首を掴むと慌てた紅音は陽菜乃の肩を強く押して足から手を振り払う。
ここまで親切にしてやったのにこんなことされるとは思ってもなかった陽菜乃はさすがに苛立ちを覚えるがその焦った様子の紅音を見ると不思議そうに首を傾げる。
紅音は急いで靴を脱ぐと陽菜乃に置いてこいというように差し出す。
「ほ、ほらっ、これ置いてもう戻んなさいよ」
「ここまでしてあげたのに、感謝の一言もないの?」
「どうもありがとう。これでいい?」
「まったくお前と言うやつは…」
ため息混じりに靴を受け取るとベッドを区切るカーテンをシャーっと閉めて出ていった。
紅音は一時的にできた1人の空間でオーバーニーソックスに覆われた両脚をベッド乗せて短いスカート丈とソックスの間にできた生足の部分に目をやる。
今日はスカートが長めの制服を選び靴下も長めのを選んだが、どうしても出来てしまうその足の絶対領域には赤紫色の噛み跡が隠しきれずにあらわになっていた。
スカートの裾を少しめくると大きめの噛み跡が見えてもはや痣のようなっていて見ているだけで痛々しく、これをつけられた時のことを思い出させる。
しかし今から眠るには暑いので、紅音は痣に触れないようゆっくりとオーバーニーソックスを膝下まで下げると細く真っ白だった自分の脚が痛々しい色でカラフルになっていて見るのも辛かった。
「あ、そーいや熱計った?」
静かだった1人の空間はガサツにガシャっとカーテンを開けられいとも簡単に崩された。
体温計を片手にもう教室に戻ったものだと思っていた陽菜乃がカーテンを開けて入ってきた。
突然の事で思わずビクッと体を震わせた紅音はいいえと首を横に振ると、陽菜乃は体温計を渡してカーテンを閉めながら入ってきた。
脚を隠すようにタオルケットを被ろうとするのも間に合わず陽菜乃がそのタオルケット上に座るので隠すものがなくなった紅音は見られまいとベッドの上に関わらず正座で体温計を受け取る。
「驚かさないでくれる?本当にびっくりしたんだけど」
「え?ごめんごめん」
「本当にガサツな女ね。もう少し繊細さを持ってもバチは当たらないと思うけど?」
「いいから、熱計りなさいよ」
むぅっと頬を膨らませた紅音は言われた通りに体温計の電源をつけて制服の隙間から脇に挟む。
「早く戻んなさいよ」
「え?大丈夫私足速いから」
「下品な女ね」
「何よ。気にかけてんのに…何で正座してんの?」
「うるさいわね。いいでしょ別に」
「変なの」
正座をしている紅音を不審に思うもそれ以上は追求しない陽菜乃は紅音の体温計が鳴るのを大人しく待っていた。
早く出ていけばいいのにと思う紅音はし慣れない正座にもぞもぞ動くとピピピと音がなり挟んでいた体温計を取り出すと液晶には37.3と出ていた。
微熱であるが平熱が低めの紅音には体調を崩したと感じるには十分でそれを納得していると取り上げられるように陽菜乃に体温計を取られる。
「ホントに体調悪かったのね…大丈夫?」
「そう思うならもう出てって…寝たいの」
「そっか。じゃあ横になって」
座っていたタオルケットを手にして広げると被せるから横になれと目で指図する。
一瞬言われた通りに横になろうと足を崩すも自分でやるからと陽菜乃が持ってるタオルケットに手を差し出す。
「…じゃあ、一限終わりに迎え来ればいい?」
「いいわよ来なくて。子供じゃないんだから」
「そう、じゃあ戻るけど他になんかある?」
「他にって…何よ」
「そうね、例えば…その脚のこととか?」
タオルケットを体にかぶせて横になっても話しかけてくる陽菜乃に適当に返していたら足について言及されると思わず顔だけを陽菜乃に向ける。
「何よ、気づいてたの?」
「そんだけ短いスカートなら見えるわよ。それとも見せてたの?」
「ふざけたこと言わないで。これでも精一杯隠してたんだけど」
「だったらジャージでも履いときなさい」
そこまで言われると答える気もなくしてふんっと顔を逸らして枕に顔をうずめる。
「…痛くないの?」
「アナタ私にすごく興味あるのね。私はそうでも無いけど」
「友達だから心配してるだけ」
陽菜乃がそう言うと紅音は何も返さず頭までタオルケットを被る。
体調悪いからしかたないかと出ていこうとすると紅音の声に引き止められた。
「…噛みグセがあるのよあの子。昔から」
「え?」
「爪でもなんでも噛んでたのよ。…今では見なくなったからもう治ったものだと思ってたけど…違ったみたい」
紅音はタオルケットの中でもぞっと動き、そのシルエットを見ると下で子猫のように丸まっていた。
「にしては…度が過ぎてるように思えるけど?」
「私に言わないで」
紅音は薄い夏用のタオルケットに身を包んでいてもまだ寒いらしく頭だけを出してもっと暖かくなるようなものがないのかと辺りを見回す。
それに気づいた陽菜乃はベッドの下から子供用とも思える毛布を取り出してバサッと被せてやる。
紅音はガサツに被せられたその毛布を整えるとまたゆっくりと口を開く。
「…痛いの、本当に…。でも、止めさせることは出来なかった」
「なんで?」
「…私があの子のお姉様だからよ」
「…は?」
急に語り出す紅音の話を聞いている陽菜乃だったが理解出来ずに首を傾げる。
紅音は理解出来ていない陽菜乃に小さく笑うとまた枕に頭を預ける。
「拒むのは簡単よ。…でも、受け入れるのってずっと難しいのよ」
「…」
「アナタは本当に姉なんだからわかるでしょ?」
「うっ…」
「まぁ、いいけど」
「なんでいきなりそんな話するのよ」
「ふふっ。ガサツ女に私のしんどい気持ちを押し付けたくなったから」
「何よそれ。意味わかんない」
「わからないならそれで結構。ほら、もう戻んなさいよ。真美子心配するわよ?」
しばらく会話に付き合ってやったというような紅音は早く戻れと小さく笑う。
なんだか納得のいかない陽菜乃だったがもうすぐ授業が始まる時間だと気づき戻ろうとする。
「言っとくけど、黙っときなさいね。誰にも言わないでよね」
「はいはい。わかってます」
それだけ言うとカーテンを閉めて出ていく。
まだ保健教諭が戻ってきていなかったがチャイムがなってしまい陽菜乃は靴を履いて慌てて教室に戻った。




