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午後の紅茶にくちづけを  作者: ちょこみんと
ダージリン・セカンドフラッシュ
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7月に入って初めての日曜日、雲一つない真っ青な空には夏真っ只中にふさわしい程の大きな太陽が強い陽射しを発していて何度日焼け止めを塗ってもかいた汗をハンカチで拭う度に汗と共に剥がれ、その都度塗り直す作業を強いられる。

汗をかきながらも、白のシャツにネイビーのサロペットワンピースを重ねて身を包んでいる橙子は今度のテスト勉強道具の入ったトートバックを肩にかけて毎週のように通っているお気に入りの図書館に向かっていた。

歩く度に脚が日に当たらないからと選んだロング丈が揺れて足に張り付くようで、日の暑さは防げたがその気持ち悪さに悩まされた。

持ってきていたハンカチを頭の上にかざして日の光を避けるように、ヒールサンダルで歩くこと数分後やっと目的地の図書館にたどり着いた。

入口の自動ドアを抜けると冷房の聞いた館内の冷気に体を抱きしめられたかのように、ひんやりとした涼しい空気にを全身に感じた。

先程まで止まらなかった汗をゆっくりと引いていき、身なりを整えるようにハンカチで額などの汗を拭うと持ってきていた緑茶のペットボトルを

取り出して1口飲むと2階小説コーナー付近にあるのいつもの席に向かった。

やはり休日ということもあり、タダで涼める図書館には小学生ほどの少年少女だけでなく橙子と近い世代や御年寄の方と様々な人がそれぞれの椅子やソファーに腰掛け各々で楽しんでいた。

背の高い本棚と本棚でできた道を歩いてお気に入りの窓側4人がけのテーブルには運良く誰もおらず、安心とちょっとの残念さを感じて荷物を置き座る。

もしかしたら毎週のこの時間に多くの文献に囲まれて顔色を悪くしていた彼に会えるかもしれないと思っていたがその淡い期待も打ち砕かれため息が漏れる。

しかし相変わらず静かな図書館の机に持ってきた数学の教材とノートを広げてやる気はないが赤点が嫌なので渋々テスト勉強を始める。

普段使っているシャーペンを握っていざ問題を解こうと、問題を1行書き写しててみたがなかなか頭に入ってこなかった。

大好きな本なら1行読んだだけでも止まることなくそのまま終わるまで読み続けられるのに、どうして数学の計算問題は1行出終わってしまうのだろうか。

とは言え赤点を取ってせっかく真美子が計画してくれようとしているお泊まり会に補習が被ってしまったらと考えると仕方なくペンを動かし、数学に向き合った。

教科書の問題を写しては解答して答え合わせをして、と何回か繰り返すと2時間ほどが過ぎていった。

テスト範囲は終わらなかったが、目標としていたページまでには到達したので友達は気持ちいいほどの達成感を感じてパタンと数字と文字ばかりのノートと教科書を閉じた。

ご褒美にとずっと座っていた席を立ち上がると、大好きな小説のコーナーに軽い足取りで向かう。

カラフルな背表紙の本棚にざっと目を通して真っ白な背表紙と赤い文字で題名の書かれていた本を引き抜いた。

『愛と罰の形は』─佐久間希の最新作で去年の終わりに出たもので、今まで推理小説ばかりを書いていた佐久間希初の恋愛小説として発売され今までのファンだけでなく女性を中心とした新規のファンも増えた作品で話題になったがそのことよりも話題になったのはその内容だった。

恋愛小説とは言ったものの、やはり推理ものばかりだった佐久間希が書くものは純粋な恋愛小説にはなれず恐ろしいほどに追い詰められた人間の怖さと醜さをあくまで恋愛劇を中心に描かれていてどの方面の読者にも満足できる作品だった。

1度は読み終えたことのある橙子だったが、数学を終えて達成感を噛み締める今、この作品に出てくる人間の言葉を感じたかった。

その場でペラっとハードカバーをめくるとそれなりの大きさでお腹がぐうっと丁度のタイミングで鳴った。

思わずお腹を抑えて誰もいないかなと周りを見ると1人の男性が同じ通路に立っていたので、恥ずかしさから本を持ったまま急いで自分のもといた席に戻った。

熱くなった顔を涼めるようにハタハタと顔をノートで扇ぐとそのまま教材をカバンにしまった。

変に汗をかいた橙子だったが落ち着くようにはぁっと息をつくと、また表紙を開いてペラペラと好きなシーンのところまでページをめくり該当箇所を見つけ出すと冒頭の一行を読み始める。

主人公が一途に思っていた人と結ばれて幸せに暮らしていたはずなのに、主人公は嫌がらせを受ける日々が始まった。

恋人のことが好きだった女が嫌がらせをしていると思い込んだ主人公がその女を見つけ出すと、それは彼の妹であるとわかったがそれは彼が主人公をわざとそう思いこむように誘導させていたというのがわかるシーンで、さらにその妹は主人公の秘密を握っていて、彼もまた主人公に真実を隠しているというのが判明するところだった。

本当に恋愛小説なのかと疑問に思ってしまうほどの緊迫しているシーンで、佐久間希による人間の本能における醜さや怖さの表現は見事であった。


【嘘は嘘。真実は嘘になれないし嘘も真実になんかなれない。君が自分をどう偽ったところで何者にもなれないように】


当たり前で何気ない1行程度のセリフだったが橙子はこのセリフが好きだった。

自分を偽ったところで何者にもなれない、…そっかぁと思わず呟きそうになったがその前にぺちゅんっとくしゃみが出た。

真剣に臨場感のある緊迫したシーンを読んでいる間にずっと冷房の風を受けていた橙子の体は冷えすぎたらしく、またくしゃみもでるので温まりにとその場から荷物と手にした本を持って離れて外にデッキやベンチがあるカフェの方に向かった。

後々怒られるのが嫌なので貸し出し手続きを終えると温もりを求めるように足早にカフェの方に向かう。


「…寝てる人がいる」


カフェの外に広がる小さな中庭のベンチのひとつに黒のシャツと黒のジーンズの人がこの暑い日差しの中横たわっていた。

この距離ではその人間がこの暑さに耐えながら寝てるのか、それともこの暑さのせいでへばって死にかけているのかわからず変に嫌な予感が胸を過った橙子は中庭に出てそのベンチの人間に駆け寄る。

お昼時の日差しは冷えきって温かさを求めていた橙子と体にはちょうど良かったもののそうでも無い人間がずっとこの中にいるには、ましてや寝るなんてなかなかできることではないと思えた。


「あのっ…あっ…」


心配して駆け寄ったベンチに横たわっていたのは見覚えのある男だった。

日の光を多く集めそうな黒まみれの装いのその男は両手を枕にするように頭の下に敷いて幸せそうに眠っていた。

普段なら顔の半分ほどを覆っている黒縁の眼鏡は外されており、ここで偶然知り合い仲良くなった大学院生の冴島望のなんの装飾もない顔を初めてみた気がした。

前が見えるのか不安になるほど伸びた前髪は今は下になだれていて、それに隠されていた眉毛は意外にも眉尻まで丁寧に整えられており、閉じられた瞳には長いまつ毛で縁取られていた。

こんなに陽射しが強いのに、病的に真っ白な肌は子供のように綺麗で小さく開いた唇は少し乾燥していたが血色がよくぷっくりとしていた。

伸びすぎてない襟足から見えるの首筋にはやはり暑いのか汗が一筋、また一筋と流れていた。

呼吸する度に黒いTシャツの肩が動き、規則正しい寝息が聞こえる。

こんなに近くで彼の顔を見るのは初めてであったので、意外にも整っていた望の顔に見とれてしまった橙子だったがいけないいけないと首を横に振り、ベンチのすぐ下に彼のらしい黒縁メガネが落ちていたのを見つけそれを拾い上げる。

普段何かに追われているようで顔色を悪くしている彼が気持ちよさげに寝ているので起こすか迷った橙子だったが、このまま目を覚まさなくなるかもしれないと望の肩を優しく揺すって声をかける。


「あの、冴島さん、冴島さん。体調でも崩されましたか?」


軽く肩を揺らすと閉じていた瞼がゆっくりと開き、ぼんやりとしていた黒目が動いて橙子の姿を確認するが真上に位置する太陽の眩しさにまた閉じた。

頭の下で重なっていた手を解いて望は目を丁寧に擦りながらゆっくりと体を起こした。


「…あの…」

「え…リカコさんっ!?」

「え?」


目の前で目をさました望は橙子の姿を確認すると寝ぼけ眼だった目をかっと見開き慌てたように立ち上がると女性に名前を謝罪混じりに口にするとどうしてこんな所にいるのかと言うような目で橙子を見ながらも、戸惑い困ったように眉を下げた。


「ご、ごめんなさい、僕、昨日の夜に今回の分はちゃんと送ったと思うんですけど…」

「え?…冴島さん?何仰ってるんですか?」

「え?敬語…だなんて…ぼ、僕そんなに何かやらかしたんでしょうか?僕っ、リカコさんの言う通り推敲は何度もしたんですけど…まだダメでしたか?」


メガネをしていない望は見えていないのか、目の前の少女を橙子とは違う誰かと間違えているようで叱られるのを恐れる子供のように心当たりを先に謝っていた。


「冴島さん、落ち着いてください!!私です!!」

「えっ?…あ、この声…」


何か勘違いをして今にも泣き出しそうに謝る望がしている誤解を解くように優しく腕に触れる。

望は橙子の声とその行為に何かを察すると目を凝らして橙子の両頬に手を添えてずいっといきなり顔を寄せた。


「ひぁ…っ!?」


本当に目が悪いのか自分の顔をキスするほどの至近距離で目を細めながら見つめる望の顔の近さに自分でも気持ち悪いほどの声が漏れた。

望と、それだけでなく男性とこんなに近い距離で見あったことの無い橙子は動揺のあまり体を動かせずただただどうしようと思いながら自分を真っ直ぐに見つめて誰だかを特定しようとしている望の視線から逃れるようにあちこちに視線を動かす。

そんなことに気づきもしない望は首を傾げながらじっくりと見つめてくるので、その視線の強さに橙子は徐々に顔の熱を上げていった。


「あっ!?あ、く、くくく久我山さんっ!?」

「は、はいっ、そ、そそうです!!ごめんなさい!!」


そろそろ耐えられなくなってきていた顔を真っ赤にさせる橙子にやっと気づいた望は急いで手を離して1m程の距離をとって先程同様に慌てながら謝罪して綺麗に頭を下げる。

変に赤くなった顔を見られまいと俯く橙子はこちらこそごめんなさいと両手を振って謝る。


「ご、ごめんなさい、僕目が良くなくて…ほんとに、誰だかわからなくてその…ごめんなさい!!」

「い、いえその、私こそいきなり起こしてごめんなさい!!…あ、あのこれ落ちてましたのでっ」


橙子は両手で拾ったメガネを望に差し出す。

望はごめんなさいとありがとうを一回づつ口にすると不安げな手つきで橙子の手の上にある自分の黒縁メガネを手にすると前髪を雑にバサッと払ってかけた。

メガネを装備した望はやっと見覚えのある姿になり、安心とともに恥ずかしさを感じる橙子は疲れたように笑顔を浮かべた。


「久我山さん、すみませんでした。いきなり…女性にあんな事…すみません!!」


申し訳なさそうに眉尻を下げてまだ謝罪の言葉を口にする。

まだ俯いたままの橙子は大丈夫ですからと小さく首を横に振って応える。


「…あの」

「はい、なんでしょう?」

「冴島さんこそ、こんな所で寝てて体調は大丈夫ですか?どこか具合でも悪いですか?」

「え?」


そんなことを聞かれるとは思っていなかったらしい望はメガネの奥の瞳をぱちくりとさせて照れたように小さく笑った。


「いえ…ちょっと暖かそうだなと思って…ここに座ってたんですけど…いつの間にかくたばってた見たいですね…」


はははと自嘲気味に笑っては顔に垂れてきた汗を手の甲で拭った。

その笑顔に橙子も苦笑いを浮かべるしかなかった。


「それなら良かったです。…でもちょっと心配です。なんだか…リカコさん?という方に怯えたように話されていたので」


やっと少しだけ顔を上げた橙子は自分と間違えた女性に切羽詰まったように応えていた先程の望を案じて声をかけると、聞かれたくない事だったのかえっと、と口ごもる。

彼の内情に踏み入りすぎてしまったかもと思った橙子は無意識にごめんなさいと口にする。

謝られた望はまた困ったような表情で橙子を見てどう答えるか考え込む。


「…えっと、まぁ…リカコさんというのは知人でして、ちょっと頭が上がらない方で…」


望はリカコについて考えているとはははと自嘲気味に笑いながらため息を漏らした。


「へ、へぇ…そうなんですね…。大学院生は大変なんですね」

「いえ、そんなこと…まぁ…はは」


曖昧に答えた望はさすがに外にいる時間が長すぎたらしく、そろそろ中入りましょうか?と橙子にカフェの入口の方を手で示す。


「あ、そ、そうですね。あ、これ…」


カフェの方に目をやると頷き了承すると、何かを思い出したように肩にかけていたトートバッグからハンカチを取り出して望に差し出す。

歩き出していた望はえ?と困惑した表情でハンカチと橙子の顔を交互に見合わせた。


「冴島さん、ものすごく汗かいてらっしゃるのでそのまま冷房の聞いたところに入ると風邪ひいちゃいますよ」

「え?でも、久我山さんのハンカチが汚くなりますから…」

「大丈夫ですよ。ハンカチは汚れるためにあるんですから」


断りつつも首筋に汗を伝わせていた望はそこまで言うのならと、ありがとうと頭を軽く下げてハンカチを受け取り汗で濡れている自分の首筋に何度か押し当てて拭う。

10cmほど背の高い望が自分のハンカチで汗を拭き取る首筋に思わず目がいき、その汗ばんで血色の良くなった凄艶な首筋に感じたことの無い思いが沸きあがるが、それがなんなのかわからなかったが反射的に目をそらす。


「ごめんなさい…ハンカチ汚してしまって…」

「い、いえ大丈夫です…よ?」


汗を拭き終わったのか手にしていたハンカチを見つめながら申し訳なく思う望からハンカチを受け取ろうとしたが、望は橙子に返却はせず自分の荷物の中にしまった。

それがどういう意味なのか分からなかった橙子は望を見つめると、望は安心してくれというように小さく微笑む。


「汚してしまったまま返すのは、申し訳ないので…洗って返しますから…」

「え?いや、別にそれくらい大丈夫ですよ?」

「え、そうですか?…えっと、その…そうじゃなくてですね…」


純粋な目で自分を見つめてくる橙子に望は恥ずかしそうに顔を逸らして小声気味に続ける。

その様子に橙子はもしかしてこの状況は…、とこれまで見てきたドラマなどを思い出してその経験と知識から色々な事を想像して少し期待をする自分がいて恥ずかしくもなるが大人しく彼の言葉を待った。


「このハンカチ…洗って返すので…また、会ってくれませんか?」

「へ?」


少しだけ期待していたような言葉を改めて彼から直接聞くと喜びの方よりも驚きの方が勝って思わず間抜けな声を出してしまう。

橙子の反応にとうの望も戸惑いを隠せない様子だった。


「あ、す、すみません忘れてください!!こ、これ今から手洗いしてきますんで!!」

「え?あ、ま待って下さい!!」


恥ずかしそうに顔を逸らした望は逃げるように背を向けて走り出そうとするので思わず橙子はシャツの背中側を引っ張って引き止める。

ビヨッと伸びたシャツに引き止められた望は立ち止まり貶されるのではないかとドギマギするが、橙子はシャツを離さずそのままギュッと掴み少しの間を開けて背中越しに続ける。


「あ、の…冴島さん…」

「は、はい…」

「えっと、ですね…」


なんと答えるのが正解なのかわからず少し混乱している橙子は素直に口の動くままに望に伝える。


「お気に入りなんです…それ…」

「え、そうなんですか!?汚してしまってすみません!!」

「ち、違くて!その…」


上手く伝わらない気持ちとそれを表す言葉にもどかしさを覚える橙子はコテっと引っ張ったシャツの背中に頭をくっつける。

熱でもあるんじゃないかと思うほど熱い背中の熱が自分の額にも移ってきそうだった。


「…それ、お気に入りなので…早く返してくださいね…」


それだけ言うと手を離してそっと離れる。

望は振り返りはしなかったが小声でわかりましたとつぶやき頷いた。

その彼の耳が赤くなっているのが見えるとこちらまで恥ずかしくなった。

橙子は顔だけでなく体までも熱くなったのはこの暑い夏の日差しのせいだと言い聞かせるように思い込もうとし、その暑さでも顔を隠せるので髪の毛をあげてなかったことを後悔はしなかった。









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