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午後の紅茶にくちづけを  作者: ちょこみんと
ダージリン・セカンドフラッシュ
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『…えぇ!?そんなことが?』

「そうなのよ…、びっくりしちゃった」


姿は見えないが繋がった電波から聞こえてくる橙子の声は驚きとおかしさからの笑いで変に抑揚づいていた。

あの後真美子と別れて家に帰った陽菜乃が自宅のトレーニングルームで日課の筋トレをしながらワイヤレスイヤホンでわざわざ電話してきた橙子と通話していた。


『へぇ…それで、真美子さんはその…大橋さん?に、彼女のフリをするかわりに自分の男性恐怖症を克服できるように協力して欲しいって言ってたの?』

「そうそう。…よっぽどの事よね、あの真美子が…大橋さんも驚いてたもん」

『でしょうねー。いいなぁ、私も会ってみたいなぁその彼』


陽菜乃は外れそうになるイヤホンをギュッと耳に押し付けてショルダープレスの椅子に座ってグリップを握りふぅーと息を吐きながらぐーっと下げて後ろについた30kgの重りを持ち上げる。


『…もしかして陽菜乃ちゃん、また筋トレでもしてるの?』

「そう、だけど…悪い?」

『いーや、別にー』


ふふふと向こうで笑う橙子は普段紅茶の時の言葉遣いと違って砕けた言葉になっていた。

持ち上げた重しを落とす度にガチャガチャと音を立てるのが電話越しにも聞こえるらしく頑張れーと笑いながら橙子は掛け声を送る。


「…で?…アンタは?」

『…え?』

「何か聞いて欲しいことでも…っふぅ、あるんでしょ?」


もともと話すことが好きな橙子だったがわざわざこんな時間に自分に電話してきたのは何か理由があるに違いないと思った陽菜乃は単刀直入に聞く。

なんの前ぶりもなくいきなりそう聞かれた橙子は少しうっ、と声を漏らすと少し沈黙する。

こんな事は今日が初めてではなかった。

母親同士が友人だった橙子と陽菜乃は中高一貫校の聖白百合女学院入学以前から面識がありよく仲良くしていたこともあってか、陽菜乃が中等部に入学するとそれを追うように橙子も入学してきた。

慣れなかった学生生活でいつまでも陽菜乃に頼ってはいけないと思った橙子は学校では関係性を伏せて、それまでの陽菜乃に対する口調も丁寧なものに変えて接するようになった。

そこまでしなくてもいいのにと思いながらも陽菜乃は何も言わずに橙子とつるんでいる関係が今も続いていた。

そんな中で夜の九時以降に電話してくる時の橙子は何かを悩んでいるか、落ち込んでいるのか、酷く負の感情が強くなった時だった。


『…やっぱり、分かっちゃう?』

「いっつもそうでしょ。で、何?」

『もー、やだなぁ。もう少し優しく聞いてよ』

「別に私は、聞かなくても良いんだけど?」

『もー、意地悪ぅー』


言いづらそうにしていても普段通りに返す陽菜乃に橙子はまた笑う。

何十回か持ち上げた重しをガシャンと落として陽菜乃は休憩にとミネラルウォーターを口にして橙子の続く言葉を待っていた。


『私…その…』

「うん」


せっかく口を開いた橙子だったがまた沈黙が流れる。

陽菜乃はそれを急かすことなくミネラルウォーターの蓋を閉めて床に置いてまたショルダープレスを始めた。


『ねぇ、陽菜乃ちゃん』

「んん…っ何?」

『…蒼と…翠璃ってさ…どう思う?』


ガシャンと重しが落ちて小声気味だった橙子の声は被って陽菜乃には聞こえずらく感じせっかく再開したショルダープレスから立ち上がってレッグエクステンションの方に腰かけた。


「蒼…?何よいきなり」

『…いや、別に変なことないんだけど…ただ…陽菜乃ちゃんからはどう見えるのかなーって…』

「…どうって言われてもなぁ…」


黒のクッション部分に足を絡ませてバーを脚で持ち上げて大腿四頭筋を鍛え始める。

ギギギと機材の音を聞きながら橙子の問いかけについての答えを考える。

蒼と翠璃、どちらも橙子と同じクラスの紅茶部部員で普通に、もしくはそれ以上に仲良くしてるようにも思えるが彼女は何が不安なのか分からなかった。


「別に、仲良いなって思うけど」

『そ、そうだよね…』

「でもなぁ…私、あんたたち3人でいるところしか見たことないからさ…2人だけってのはわかんないかな」

『…』


それより返ってこない返事に陽菜乃はまた別の答えを考える。

しかしそれよりも早く橙子が口を開く。


『ねぇ、陽菜乃ちゃんお願いがあるの』

「いきなりね」

『…絶対に誰にも言わないでね。真美子さんにも、お家の人にも』

「わかった」

『あと…』


さらに言いづらそうに震えた声で橙子は続けた。


『…あと、絶対に…気持ち悪いって、思わないって…約束して…』


不安そうに消え入りそうな声でそういうのでながら電話をしていた陽菜乃もギーっと持ち上げていたバーを下ろして通話に集中する。

気持ち悪いという単語に悲しげな表情が感じ取れた。


「何よそんなに真剣そうに…こっちまで構えちゃうでしょ」

『ごめんね、でも…、…ごめん』

「…約束は守る。それは人として当たり前のことだし、可愛い後輩の頼み事だしね」


安心させるようにそう声をかけると電話の向こうの橙子は嬉しいのか照れたように笑う声がした。


『ふふっ、ありがとう』

「いえいえ、とんでもございません」


緊張がほぐれたようで話しやすくなった頃に陽菜乃はそれで?と橙子に問いかけるとやっと話し始める。


『…あのね、今日…5限が終わったあとの話なんだけど…』

「うん」

『蒼がね…眠そうにしてて…そしたら私の膝の上に乗ってきてね』

「へー、可愛いわね」

『もうほんっとに可愛かったのよ!ちっちゃくて、柔らかくて、ほんのりといい香りがして…、寝顔も可愛くてさぁ』

「何よ惚気?」

『違うよ、そんなんじゃなくて…蒼を、ね…眠ってるし、私の膝に座ってたからさ…そりゃあ、落ちないように手を回すし、…そうなったら抱きしめるでしょ?』

「まぁ、その流れに不思議なところはないわね」

『でもね…』


今まで快活に進んでいた会話もそこまで行くと声色が暗くなり急にペースダウンしていく。


『でも…翠璃がね…』

「うん」

『いつもなら私が蒼と仲良くしてると…それに加わるか離れろブスって凄く口悪く罵ってくるんだけど…今日はねものすごく睨まれて…それから冷たく思えて…』


喧嘩の絶えない2人の間柄でもそんなこと感じて、さらにそんな細やかな少女の感情の変化さえも違和感に感じてしまうなんて相当参っているんだと橙子を気にかけた。


「気のせいじゃない?」

『そんなんじゃないの!!…私…あんな翠璃初めて見たから…何か、嫌な事しちゃったのかなって…』

「へー」

『もう、ちゃんと聞いてる?』

「聞いてる聞いてる。蒼と仲良くしてたら翠璃が嫉妬したんでしょ?」

『…嫉妬…って…』


そんな言葉を今の気持ちに当てはめられると思ってなかった橙子はその言葉をなぞって口にした。

ゆっくりとレッグエクステンションを再開する陽菜乃はバーを足で持上げる度に太ももの筋肉が鍛えられてるなーとひしひしと感じる。


『違うよ…たぶん。そんなんじゃない』

「まぁ、なんでもいいけど…ててて」

『…』

「…まぁ、3人ってさ…どうしても、どっかが仲良くすると1人は余るのよ」

『そうだけど…陽菜乃ちゃん達は?3人だけどどう?』


そう問いかけられるもすぐには答えが見つからなかった。

自分と真美子と紅音…、2人とも同じクラスで部活もおなじ、さらに真美子とは生徒会まで同じで一緒にいる時間は生徒の中ではいちばんながい。

紅音はそもそも一人でいるのが好きなタイプで偶然に真美子に懐いて陽菜乃はそのついでに仲良くなったという感じだろうかと、んーと白い天井を見ながら考えた。


「私たちは無いかなー。3人でいてももともと紅音は1人が好きだし、今ならすぐに智瑛莉が連れていくからなぁ…」

『そっかぁ…ふふ、智瑛莉ちゃんはほんとに紅音さんが好きなんだね』

「ホント、何処がいいんだろうね。あんな可愛げのない子」


冗談交じりにケラケラ笑ってそう言ってみた陽菜乃だったが電話の向こうの橙子はまだ何か気になるのか小さくんー唸っていた。


「…大丈夫よ。翠璃もそんな気分の時があるのよ、あの子波があるでしょ?」

『…うん…まぁ…』

「だからたまたま機嫌悪い時にあんたが蒼と仲良くしてたのが気に食わなかっただけ。多分明日にでもなれば、いつもみたいになるわよ」

『…そうかな…?』

「大丈夫よ、あの子だってそんなに子供じゃないと思うし」


そこまで言うと陽菜乃は十分に鍛え終えたのでバーから足を外してレッグエクステンションから離れる。

橙子はしばらく沈黙すると陽菜乃の言い分を納得したようでそっかぁと呟く。


「それでも…ダメならまた話くらいなら聞いてあげるからさ」

『うん、ありがとう陽菜乃ちゃん』

「…それにさ、あんたはノーテンキにヘラへしてるのがいい所なんだから…そんな余計なこと考えないで笑ってる方があんたには似合ってる」


それでもまだいつものように底抜けに明るい橙子に戻りきれてないのを察した陽菜乃は普段なら言わないような事を素直に伝えてみた。

するとしばらく黙っていた橙子が嬉しそうに笑った声が最高級の音質のを作り出すイヤホンから耳に直接流れる。


『…もう、何それ馬鹿にしてるの?』

「まぁ、褒めてるのと半々かな」

『もう…』


やっと吹っ切れたような橙子は笑い混じりにそう言うとふふふとまた笑う。


『…それ、翠璃にも言われたなぁ…。泣き顔ブスだから笑ってなさいって』

「あら、ならそうなさいよ」

『うん、そうする…あ、筋トレ中にごめんね。お話聞いてくれてありがとう』

「いいよ、ちょうどいいBGMだったから」


もー、やだなぁと笑う橙子の声を聞くと普段の橙子に戻ったなと安心した。

陽菜乃は懸垂機に軽く飛んで捕まりぶらーんと体を伸ばす。


『でもね、ありがとう。陽菜乃ちゃんにお話聞いてもらえると…なんだか安心するっていうか…なんか凄く気分がスッキリしてさ…』

「…っそう」


手を強く握りしめて伸ばしていた体を腕の力だけでぐーっと持ち上げて懸垂を始める。

電話越しに苦しそうな息遣いが聞こえてくるとそろそろ通話を切らなくてはならないと橙子は察した。


『じゃあ、もう切るね陽菜乃ちゃん』

「うんっ。…はぁっ…っんんっ…」


切ると言ったものの通話終了の音も橙子の声も聞こえてこないのでイヤホンの不調かなと思って片手だけ離してイヤホンをしてる耳に手を当てるとまだ通話が繋がってるようで声が聞こえた。


『…ありがとう、陽菜乃ちゃん。大好きだよ』


おやすみなさい、と言うと陽菜乃の返事も聞かずに橙子は一方的に電話を切ってイヤホンにはツーツーと機械音が流れてそれさえも終わると通話以前に聞いていた音楽が流れ出す。

陽菜乃は半ば強制的に耳に流れる音楽を聴きながら棒を握っていた片手を離した。


「…意味わかんないつーの…」


ワイヤレスイヤホンを引きちぎるように力任せに引っ張って外してその辺に放るとまた懸垂機に飛びついて懸垂を再開した。

変に汗ばんだ手での懸垂は何度か滑らせて落ちそうになった。









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