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午後の紅茶にくちづけを  作者: ちょこみんと
ダージリン・セカンドフラッシュ
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嫌になるような7月の日差しも西側に傾いていけば少しは柔らかなものに変わり、長い時間でなければバルコニーに出ていても苦にならないほどの気温になって少し吹いてきた風も熱気でしめったものでなく優しく髪の毛の先を撫でるほど爽やかだった。


「お姉様」


珍しくお気に入りのヘッドホンをつけてない耳に今体に感じている風のように優しい声が聞こえてきて首だけで振り返る。

バルコニーと部屋の狭間に立っている褐色肌の少女は目じりのたれた瞳に自分を写して微笑んでいた。


「お姉様、お紅茶の準備が出来ましたわ」

「そう、今行くわ」


紅音はバルコニーの手すりから体を離すと素直に少女達の待つ室内の方へ足を向けた。

わざわざ呼びに来てくれた智瑛莉の横を通り過ぎて中に入ろうとすると、もうソファに座っていた部員からギリギリ死角になっているところで抱き寄せられた。

不意に抱き寄せられた紅音の顔は智瑛莉の鎖骨あたりに押し当てられるようになり、ほんのりとかいた汗の匂いを隠すように爽やかな柑橘系とクラっとするようなムスクの香りが鼻に届いた。


「何?」

「お姉様、私今日も1日頑張りましたのよ…ご褒美ください」

「私だって頑張ったわよ」


頭の形を確かめるように抱きしめられながら後頭部を撫でられる紅音は自分に何かを寝たって来ている智瑛莉にいつものように冷めた口調で返す。

それでもふふっと笑う智瑛莉は気にせずに丁度の位置にある紅音の肩に頭を乗せた。


「まぁ、そうですのね。なら私からご褒美差し上げましょうか」

「いいえ、結構よ。ほら、離しなさい」

「ならお姉様。私の頭撫でてくださいまし」


離れろと肩を押されても手を解こうとしない智瑛莉が紅音にそうお願いしてみる。

これは面倒な事になったなと思ったところで部屋の方から部員たちの挨拶と話し声が聞こえてきた。

自分たちが帰ってこないから先にアフタヌーンティーを始めたしまったのかティースプーンを回してカップに当たる音と楽しそうな声が届き、急いで戻る必要もなくなったなと紅音は少し落胆した。

ライブハウスの一件があってから智瑛莉からのスキンシップが以前より酷くなった気がしてならなかった。

部室で座っていたら誰も見ていないからと太ももに触れてきたり、これくらいは普通だからと頬へのキスをしてきたり、2人だけになると今みたいにこのまま絞め殺されそうな程に強く抱きしめてきたりと、普通の女子に対するスキンシップの度を遥かに超えているように感じた。

しかしそれと同時にあんな事言ってしまったらそうなるか、とライブハウスでの一連を思い出して納得してしまう自分に自責の念に駆られる。


「…お姉様?」

「何?離してくれるの?」

「…」


最近のことを思い出して頭を抱えそうになっていると智瑛莉に声をかけられ、反射的に言葉を返すと名残惜しそうに智瑛莉はゆっくりと腕を離した。

予想と違い素直に離れていった智瑛莉に驚きながらもやっと解放された身になるもすぐには部室の中に入ろうと足を動かさなかった。


「最近のアナタは強引ね。もう少し考えて欲しいのだけれど」

「も、申し訳ございません…」


紅音に静かに叱られてしょんぼりと縮こまるする智瑛莉は怒られた子犬のように肩をすぼめてきゅるるんとした目を伏せた。


「頭下げて」

「え?」

「聞こえなかった?頭を下げてと言ってるの」


子犬のようにくぅーんと落ち込む智瑛莉に目の前で紅音は腕を組んでそう要求する。

頭を下げろと言う紅音がそんなに怒っているのだろうかと不安になった智瑛莉は言われた通りに申し訳ございませんと60度ほど状態を倒して頭を下げた。

紅音の表情が見えないまま不安げにしてる智瑛莉は殴られる覚悟で目をぎゅっと強く瞑る。

しかし、覚悟を決めていた頭にはリボンを崩さないように手が乗せられた。

その手は子犬でも愛でるように智瑛莉の暗い茶髪をぐしゃぐしゃっと撫でた。


「あのね、生きてるんだから毎日頑張るのは当たり前の事なの」

「あ、あの…」

「でもね…」


せっかく整えられていた髪の毛をこれみよがしにぐちゃぐちゃに撫で回した紅音は次は下げられた智瑛莉の顔を持ち上げて自分の方に目を向けさせた。


「…でも、当たり前って頑張れるのは凄いことよ」


紅音は智瑛莉に小さくそう微笑むと手を離してその横を通り過ぎて部室内で既に楽しんでいる部員たちの元に歩み寄って行った。

そう言い残された智瑛莉はぐちゃぐちゃにされた髪の毛を整えながら紅音の言葉を思い出しては嬉しさと喜びが心から湧き上がって緩んだ涙腺からの熱い雫が目を潤した。


「あ、先に始めてるよー」

「知ってるわよ、声聞こえてたもの」

「あら、智瑛莉さんは?」

「さぁ、いいんじゃないほっといて」


やっとバルコニーから姿を現した紅音に真っ先に声をかけたのは陽菜乃で、その後ろにいつものリボンの少女がついてきていないことを問いかけたのは真美子だったが紅音は首を横に振って軽くあしらう。

紅音はいつも通り陽菜乃の隣に腰掛けると今日のお菓子と紅茶が並べられているテーブルに目をやった。

1つづつ個装された自分の拳よりも大きいシュークリームはデザートプレートに乗せられて、カップに注がれた赤みの強いオレンジ色の紅茶は綺麗な黄金の環をカップと水面の間に作っていた。


「蒼、クリームついてる」

「え?やだ、恥ずかしいな」

「じっとしてて、とってあげるから」


拳よりも大きなしシュークリームを両手で持って頬張っていた蒼の横顔を見ながら翠璃が一緒に配られた紙ナプキンを手にして声をかけた。

繊細な生地と甘くてしっとりとしたなめらかなクリームを味わっていてそんなことに気づいていなかった蒼は大人しくありがとうと翠璃に顔を向けた。


「このシュークリーム美味しー」

「そうですか?それは良かったです」

「でも随分大きいわね」

「いや、紅音がちっこいんでしょ?」


唇に付いてしまったカスタードクリームをぺろっと舐める橙子に今回のシュークリームを持ってきた真美子が嬉しそうに微笑む。

紅音も包みを両手で持ってまじまじと眺めて改めてその大きさを認識するとウバを飲んでいた陽菜乃に笑ってからかわれる。

小さいと言われムッと陽菜乃を睨むがふんっと顔を逸らして変に潰さないようにかぶりつく。

サクサクとした生地にも甘みがあり咀嚼する度に美味しさが口に広がり無駄に甘すぎないクリームは優しい甘さで口の中を支配して飲み込む頃には名残惜しさがあってもう一口と体が欲していた。


「アナタって人は…本当にデリカシーってものがないの?」

「え?ホントのことじゃん」

「…信じられない」


隣に座る陽菜乃を軽蔑するようにそう吐き捨て呆れたような顔をするがもう一度シュークリームを口にするとその表情はほころぶ。

そうしているとやっと智瑛莉がバルコニーから戻ってきて紅音の隣のソファーに大人しく腰かけた。

真美子は智瑛莉のティーカップにウバを注いで目の前にシュークリームとともに差し出す。

ふわっと湯気の上がっている紅茶と美味しそうなシュークリームに目を輝かせる智瑛莉はありがとうございますと真美子に頭を下げてお礼を言う。


「あ、そうだ真美子さん。お約束したものお持ちしましたの」


カップを音を立ててソーサーに戻した橙子が思い出したように真美子にそう言うとスっと品良く立ち上がって自分の荷物を置いた部屋の隅に移動して金色の装飾が散りばめられた黒の紙袋とオレンジ色の花の絵が描かれている紙袋の2つを手にして真美子の方に持っていく。


「まぁ、ありがとうございます。とても嬉しいですわ」

「こちらのオレンジ色の紙袋が清水堂の最中で黒の紙袋は久屋の羊羹でございます」

「まぁ…いきなりでしたのに無理言って申し訳ありませんでした。ですがご用意ありがとうございます」

「いえいえ、父の知り合いのお店でしたので少し融通が聞きましたの」

「まぁそうなんですの?久我山様はお顔が広い方でいらっしゃるんですのね」


真美子はソファーから立ち上がって橙子から紙袋を受け取り中身に目を通すと嬉しそうに微笑んでお礼を言って頭を下げる。

お礼を言われた橙子も父を褒められ嬉しそうに微笑んだ。


「真美子さんが和菓子なんて珍しいですね」

「しかもどっちも有名和菓子屋さんですし…そんなに食べたかったんですか?」


普段から和菓子を食べるイメージもなかった真美子が嬉しそうに微笑むのを見て翠璃と蒼が不思議に思って2人と紙袋を見つめながら問いかけた。

真美子は違いますよと首を横に振って苦笑いを浮かべる。


「あ、もしかして…?」


紙袋と真美子の様子から何か察した陽菜乃は真美子の方に顔を向けて目だけで真意を問いかけた。

それが届いたのか真美子はそうなんですと頷き紙袋を自分の荷物のところに片して自分のソファーに腰かけた。


「えー、なんですか教えてくださいよぉ」

「そうですよ、隠されると余計に気になります」


蒼と翠璃が何故か目を輝かせて聞いてくるので真美子はそんな2人が可愛らしいなと思いながらもその圧の強さに苦笑いを浮かべる。

まあ、隠すことでもないからと真美子はウバを一口飲んで口を潤すと2人の方を見て続けた。


「…実は、今日この後人と会う約束をしておりまして…その手土産…と言うか…お詫びの品と言うか…和菓子を用意したかったので和菓子が好きな橙子さんにご用意してもらいましたの」


自分の口で話していながら色々なことを思い出して情けなく思いながら自分を見つめてくる後輩に微笑みかけた。


「へぇ…そうなんですね」

「でもお詫びの品って?」

「まぁ、その…話せば長くなるのですが…」

「長くてもいいのでその話聞きたいです!!」


無邪気な子供のような笑顔を浮かべる蒼にそこまで追求されるとその視線から逃れるように目をそらすもどうやって話そうかと考えた。


「この間、私と蒼さんと翠璃さん…あと紅音さんでパンケーキ食べに行った日の事覚えていますか?」

「覚えてますよー、あそこのパンケーキ美味しかったですよねー」

「あ、そう言えばあの日解散した後いきなりの雨でしたが真美子さんは大丈夫でした?」

「そうなんですよ。…翠璃さん達と別れてから歩いて帰っていたのですが…急な雨でしたでしょう?雨具なども持ち合わせていなかったものですから、とりあえずその近くにあったフレンチレストランの軒先で雨宿りしてたんです」


思い出しただけでも嫌なのか目を伏せて、それまでピンと張っていた姿勢も手すりに体重をかけて真美子はため息混じりに頭を抱える。

その日一緒にいた蒼達はあの雨の様子を思い出しては驚きと同情の混じった表情で話の続きを聞いていた。


「ほんとに情けない話なのですが…、私その日も携帯電話を持ち合わせておりませんで…お迎えを呼ぶにも呼べず、雨に打たれて帰るには強すぎる雨でしたのでどうすることも出来ずにひたすら止むのを待ってたんです」

「えぇ!?あの日は日付が変わるくらいまで止みませんでしたよね?」

「そうなんですよ…えぇ…。そしたら偶然にもお店の方がいらして、親切にも風邪ひくからと着替えとスープをご馳走してくださいましたの」


陽菜乃と紅音でさえ1度聞いた話だが未だに信じられないと言えような表情で真美子の嘘のようなホントの話を聞いていた。


「まぁ、素敵な方でしたのね」

「優しいお方ですのね、真美子さんの日頃の行いが良いからでしょうか?」

「…でも、お菓子は2つですよね…?お二人いらしたんですか?」


蒼が学生鞄の元に片された紙袋に目をやりながら首を傾げる。

真美子はなぜか申し訳なさそうに頷いた。


「えぇ…。そのフレンチレストランで着替えを貸してくれた女性と…、…自宅まで車で送迎してくださった男性の方がいらっしゃいまして…」


男性が居ると真美子が言うと3年を除く部員たちが驚いた表情で真美子を見て動きが止まる。


「えっ!?真美子さんが男性と!?」

「まぁ、凄い。もう男性恐怖症を克服なさったんですのね!!」

「それが…自宅まで送ってくださったのに申し訳ないのですが…門限を過ぎてしまったので私のお母様がヒステリーを起こしかけて…」


真美子は制服のスカートを握りしめてあの時を思い出してはぁっとため息をついて頭を抱える。

陽菜乃はその様子に大丈夫?と声をかけるが真美子は小さく頷く。


「…それで、どうなったんです?」

「…お母様はその男性の方が私をたぶらかしたと思い込んでしまって…、その方を引っぱたいて、娘をたぶらかすなって怒鳴ったんです…」

「まぁ…それは…」

「なかなかなお母様ですのね…真美子さんのお母様は…」

「ふふっ、ほんとについてない男よね」


話だけ聞いているとその男に同情するような声で相槌を打つ2年生とふふっとおかしく笑う紅音に智瑛莉は少し戸惑っていた。


「その方初対面の私のためにお母様に頭を下げてくれて…それでいきなり頬を叩かれても、彼笑って心配すんなっておっしゃったんです」

「まぁ、なんて懐の広い方なんでしょう」

「そんな方いらっしゃるんですね…」

「それが本当に申し訳なくて申し訳なくて…、そして今日がお約束した日なんです」


やっと話し終わった真美子は随分と疲れたようではぁと深いため息を漏らして紅茶を流し込んだ。

他の部員もそれに続いて紅茶を飲むが半端に残されたシュークリームを食べるわけでなく真美子に興味を持った目を向けてさらに話を聞こうとする。


「それでそれで、その男性の方ってどんな人ですか?」

「かっこいい人ですか?カワイイ系?」

「初対面の女子高生にそこまでするなんて…余程の馬鹿かなにか裏があるとしか考えられませんわね」


2年生はこんな時だけ団結して真美子に色んなことを次々と聞いてくる。

こういったことに興味があるなんてさすが女子高生だなと思いながらも助けを求めるように陽菜乃に目をやるもその様子におかしく笑っていた。


「え、ええっと…かっこいい…のかどうかはわかりかねますが…フレンチシェフをしている方らしくて…その日も料理を作っていまして…」


無意識に男性については思い出せないように防ぎこんでいた記憶をゆっくりと思い出していくと顔の形や作りなどははっきりと思い出せなかったがポタージュを煮込んでいた真剣な眼差しだけは思い出せた。


「…その料理に真剣な眼差しは素敵でしたよ。さすがプロだなと思いましたし」

「…真美子がそんなこと言うなんて…」

「え?私変な事言いましたか?」

「えー、私その方気になりますぅー!!今日伺うなら写真とか取ってきてくださいよ」

「そんな事出来ませんよ!!失礼ですし…」


橙子の提案に両手を振って断る真美子に翠璃が心配そうな目を向ける。


「それで、今日は真美子さん一人で行かれるんですか?それともどなたかと?」

「一人で行くつもりです…」

「大丈夫なんですか?おひとりで…」

「…仕方ないことですから。これも克服するための訓練とでも思えば…」

「私ついて行こっか?」


翠璃の視線から気持ちが移ったように不安になる真美子に陽菜乃が声をかけた。

真美子は陽菜乃が声をかけてくれたことに対してどことなく安心すると同時に、そんなことをどこかで期待していたのが情けなく思えた。


「ですが…」

「せっかくお菓子渡しに行くのに動けなくなったら大変でしょ?」

「そうですよ、陽菜乃さんが一緒なら安心できますね」


いつの間にかシュークリームも食べ終えていた智瑛莉が微笑んで後押しした。

2年生達もその方がいいのではと言うので真美子は押されるがままに流されて陽菜乃によろしいですか?と聞く。


「うん、大丈夫だよ。それに真美子のお母さんに叩かれた彼の顔みてみたいし」

「陽菜乃さん是非写真とか取ってきてくださいね」

「ははは、機会があればねー」


優しく微笑み快諾する陽菜乃に翠璃がそうつけ加えるがへらっと笑ってかわされる。

真美子は今から緊張し始めてもうすでに空になっているのにも気づかずにカップに口をつけた。



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