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午後の紅茶にくちづけを  作者: ちょこみんと
ダージリン・セカンドフラッシュ
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「いたたたたっ!!無理無理ギブギブ!!」

「あ、すいません!!…そんなに痛かったですか?」

「痛い無理、これ以上したら私チーズみたいに股から裂けるわ」

「まぁ、それはそれで見てみたい気もするわね」


真夏日と言えるほど強い日差しのお昼前の体育の時間。

グラウンドではなく日差しは直接当たらない体育館で屋内運動をしていても、蒸し風呂のように温められた空気によって陽菜乃や他の生徒たちの額にはじっと汗が滲んでいた。

ワックスでピカピカになっている体育館の床に直に座り90度ほど脚を開いて背中を真美子に押されながら、小さい頃から毎日のように空手やランニングをしていて体力と運動神経には自信のあった陽菜乃は肘さえも床につかない自分の体の硬さに絶望していた。

ゆっくりと優しく背中を押す真美子も陽菜乃が首を横に振って無理と言うので困惑の表情を浮かべている。

その隣で紅音は足をほとんど180度に開いて床に肘をつき目の前で痛み苦しむ陽菜乃を面白そうに見上げていた。


「ごめん真美子、一旦離して」

「は、はい」

「情けないわね」

「くっそぉ…なんでだ」

「柔軟性にだけは恵まれなかったのね」


いつもなら体育科目ではヒーロー扱いされる陽菜乃がまったく柔軟運動ができない様子がおかしくニタニタと笑う。

その顔に苛立ちと悔しさを感じながらも事実を受け止める。


「真美子交代してあげる」

「ありがとうございます。ではお願いしますわ」


陽菜乃は後ろで背中を押してくれていた真美子にそう言うと立ち上がって真美子と役割を交代する。

真美子は紅音の目の前に先程の陽菜乃と同じように床に座りゆっくりと足を広げていく。

運動は全く出来ないはずの真美子だが紅音と同じように180度くらいは難なく開き、床に手を着いたまま背後の陽菜乃にお願いしますと背中を押してもらう。

その様子を見た陽菜乃は尊敬や羨望などが入り交じり複雑な気持ちになった。


「じゃあゆっくりいくねー」

「はい」


真美子が返事をすると陽菜乃は言った通りにゆっくりと真美子の背中を押して倒していく。

押されて床に着いた手を前に動かし上体をゆっくりと倒していく真美子だったがある程度までいくとひっかかり動かなくなっていく。


「んっ、ぅん…紫之宮さん…ちょっと」

「あ、痛い?」

「え、えぇ…。私の限界はここですね」

「それでも真美子はどっかの誰かより上出来よ」

「あ、ありがとうございます…」


床に手を着いて動かなくなった体をゆっくりと崩していき広げた足の膝を曲げてペタンと床に座るように楽な姿勢になる。

少し体を動かしただけで真美子の首筋が汗ばんで目を伏せて手の甲で拭った。


「とは言え久々の開脚は体に来ますね…」


いてて、と苦笑いを浮かべて腰と股関節あたりを撫でていたわるような素振りを見せた。

紅音も体を起こして飽きたというようにあぐらをかいて1人だけ深刻そうに悩む陽菜乃を嘲るような目で見ていた。


「ふふっ、あの紫之宮陽菜乃がおかしいわね」

「うるさいわね。出来ないことの一つや二つあるわよ」

「だ、大丈夫ですよ紫之宮さん。柔軟性も毎日の積み重ねですわ」

「ま、真美子ぉ…ありがとう」


優しく微笑む真美子が慈悲深い女神のように思え後光が刺しているように見えた陽菜乃は祈るように感謝を口にする。

とうの真美子は?と首を傾げている頃に、体育教師から集合のホイッスルを鳴らされてそれまで床に座ってそれぞれ柔軟運動をしていた生徒たちは自然と教師の前で列を作って並んだ。

紅音はしぶしぶ前に行き陽菜乃と真美子は後ろの方で並んでいた。

そこから今日の体育の内容であることを話される。

グループ人数とその分け方とを聞いていると今日はバスケットボールをするようで真美子はげんなりした。

そこから体育教師の話が終わると言われた通りにグループ分けが行われた。

6人1チームで真美子は運良く陽菜乃と紅音と同じチームに慣れたことに心から安堵した。


「紫之宮さん、今回もよろしくお願いします」

「大丈夫大丈夫、今日も頑張ろうね」


足を引っ張るのが目に見えている真美子は先んじて陽菜乃や他のチームメイトに謝罪をしておくが陽菜乃は頭を撫でて笑い飛ばしてくれた。

頭を撫でられたことの照れと子供扱いされてることの気恥しさに眉を下げて困ったような表情になるが陽菜乃は気づいていないようだった。


「じゃあ私最初抜けてるからあんたたちで頑張んなさい」


紅音はみなに有無を言わせない程の圧でそう言って背を向けると得点板の後ろに体育座りして我関せずの様子だった。

6人なので紅音が抜けるとなれば必然的に真美子が試合に出なければならなくなり、暗い表情になるが仕方がないと覚悟を決めて頷いた。

そうと決まれば試合が始まる前に軽くパス練習などでボールになれるようにするとまたホイッスルが鳴らされて試合開始の準備をするように促される。

重い足取りでコートの中央に向かう真美子がチームの中で1番背が高く、ジャンプ力の有無にかかわらずにジャンプボールを任される。


「い、いいんですか!?私で…」

「大丈夫ですわ真美子様、私達で真美子様の分カバーしますもの」

「そーだぞー、真美子は気にしないで大丈夫だよ」


そう陽菜乃や周りのチームメイトに優しく声をかけられて少し自信を持ったところで次こそ試合開始のホイッスルが力強くなって同時に主審役の生徒の手から垂直に上がった。

そのボールを追うように全力で飛んでみるものの爪先が触れただけでチームメイトの待つゴール側にボールが落ちることなく相手側に取られてしまった。

予想通りの展開に紅音はふふっとコートの外で笑っていた。

相手のものになったボールは華麗なるパス回しによりすぐにゴール下まで持っていかれる。


「ほら、真美子走んなさいよー」

「は、はぃ!!」


どうしたらいいのかとアワアワしていた真美子が面白く笑いながらコートの外から声をかける。

素直に従う真美子は走ったはいいもののボールは案の定回ってこずにただひたすらにコートを駆け回っている間に陽菜乃が何回もゴールを決めて試合は進む。

前半が終わったホイッスルがなると生徒は一斉にコートの外で休憩をしだす。

誰よりも活躍していた陽菜乃は生徒に色々と声をかけられながら気持ちよくかいた汗を体育着で拭い爽やかな笑顔で答えていた。

何の役にも立てなかったなと落ち込む真美子はみんなの輪にいる陽菜乃を眺めながらため息を吐いてゆっくりと床に体育座りをする。

そんな真美子の隣に紅音が程よく隙間を開けて座った。


「お疲れ様。あなたの割には頑張ったわね」

「あ、ありがとうございます…。でも、私にはやはり皆さんのお力添えになれませんのね…」

「そうね」

「うっ…」

「紅音ー、真美子と交代ね」


生徒に囲まれていた陽菜乃が少し離れた2人に声をかけた。

そう言われた2人は違う意味で落胆のため息を漏らした。


「私、せめて皆様のこと応援していますわね」

「はぁあ、早く授業終わらないかしら」


そんな事していても無慈悲にもインターバルの時間はなくなってすぐに後半戦のホイッスルは鳴らされる。

いやいや立ち上がった紅音は重い足取りでコートに入っていったはいいもののボールから遠ざかるように動き回る。

あからさまに1人だけ違う動きに不思議に思ったのは真美子だけでなく体育教師も九条ちゃんと参加しろと叫んだ。

それがきいたのかはわからないが、ちょっと近づいてボールでも渡せと言うように1度少しだけ手を上げる。

どうせ回ってこないと思っていた紅音の表情を見逃さなかった陽菜乃は紅音にパスを出した。

唐突に自分の手元に渡ったボールに驚き戸惑うのも束の間、紅音は相手チームの生徒に囲まれそれが恐ろしく思えると安心を求めるようにギュッとボールを握りしめるがすぐに奪われそうになる。

その様子を少し離れたところで見ていた陽菜乃は面白くてげたげたと笑う。


「ちょっと!!陽菜乃助けなさいよ!!」


その様子が気に入らない紅音は取られないように必死で抵抗していたが体力尽きてボールは相手に引き取られた。

そのまま運ばれてボールはゴールネットを揺らした。


「もう!!何してるのよ馬鹿じゃないの!?」

「え?バスケってこーゆースポーツだし?」

「あーもう、私知らないんだから!!」


未だにけたけた笑う陽菜乃を下から睨みつけながらプンスカ怒る紅音の頭を軽くぽんぽんと撫でて子供のようにあしらわれたが、すぐに次のターンが始まると陽菜乃は紅音から走り去っていった。

残された紅音は納得してないように離れていく陽菜乃の背中を睨みながらも仕方なく輪の中に近づいた。

それから何度か紅音にボールが回っていくが紅音はこれみよがしの身体能力で自分へのパスを避けていた。


「こら紅音!!避けんなー」

「なら回してこないで!!」


そんなことを言いながらも後半戦も陽菜乃や他の生徒たちが互いに点数を稼いで陽菜乃チームが勝利を収めて試合が終わった。

次の試合が始まるまでの時間でコートからでると次のチームがコートの中に入って練習時間にあてていた。


「お疲れ様です皆様。とても素敵でしたわ」

「真美子様こそ、前半戦のご活躍とても感動しましたわ」

「ええ、相手チームですが思わず応援したくなりましたもの」


戻ってきた生徒たちに声をかけた真美子だったがそれ以上の言葉を返されても謙虚にありがとうございますと頭を下げた。

すると脇腹から子供に抱きつかれるような衝撃を感じる。


「紅音さん?お疲れ様です、とてもご活躍なさってましたね」

「ありがとう真美子。でもね、酷いのよあの女」

「何よあんたがちゃんとしないからでしょ?」


抱きついてきた紅音があの女と指さした先には前髪をかきあげた陽菜乃が立っていて、人に指ささない、とその手をはたいた。


「真美子にならあんな事しないのに、私がそんなに嫌なの?陰険な女」

「まあまあ紅音さん、紫之宮さんも紅音さんを信頼した上での行為でしょう?」

「そうよ。あんたこっちから行かないと全然参加しないじゃない」


真美子に抱きついて陽菜乃にグチグチと言う紅音はキッと睨みつけると甘えるように胸元に顔を填めた。

真美子も戸惑いながらもその頭を撫でてやった。


「とはいえ、皆さんとても楽しそうでしたわ。私見てて楽しかったですもの。おふたりのやり取りも微笑ましくて」

「じゃあ次は真美子も頑張ってみよっか?」

「うっ…。ぜ、是非…」


意味ありげな笑顔を浮かべた陽菜乃にそう言われてしまえば逃げれる訳もなく苦笑いで頷き答えた。


「ほら、アンタももう離れなさい暑苦しい」


そういった陽菜乃は子猫を親猫から引き剥がすように脇に手を回して紅音を真美子から引き離す。

紅音も子猫のように陽菜乃を睨みつけて離せとあばれるも笑顔の陽菜乃には力で適わなかった。


「ほんとに強引な女。ダメよ真美子、こんなやつやめときなさい」


まだ間に合うから、と付け加える紅音に何言ってんだと片手でほっぺをつまむ陽菜乃の行為も含めて真美子はえ?と首を傾げる。

シャープな割にはぷにっとしている紅音のほっぺは陽菜乃に無限にぷにぷにもまれていた。


「もう、変なこと言わないでよ」

「変じゃないでしょ別に。てゆうかやめなさいよ」

「そんなに真美子に変な事言うなら私だって智瑛莉に言いつけるわよ?」

「はぁ?何よ次は脅し?」

「脅してないわよ、取り引きよ」

「ほら真美子、こんな悪知恵の働く性格の歪んだ腕力ゴリラ女は駄目よ」


自分のほっぺをぷにぷにしまくる陽菜乃の手を首を振って離させるとべーっと真っ赤な小さい舌を出して子供のように嫌がられる。


「へぇ…随分な言い様ね」

「ま、まぁお二人とも…喧嘩はそのへんでやめてくださいまし。紅音さんも素晴らしいご活躍でしたし、紫之宮さんも素敵な人ですから」


普段の翠璃と橙子のように喧嘩しそうな雰囲気のふたりに真美子は優しく微笑みとめにはいった。

蒼の苦労が今なら少しわかった気がした。


「真美子が言うならやめてあげる。感謝なさい」

「すっごい上から言うのね。まあ、今回は私が折れてあげる」

「は、はは…」


苦笑いを浮かべる真美子は2人に気づかれないほどの小さなため息を漏らした。





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