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「でも、よくこのうさぎカフェなんて見つけられたわね、そんなに来たかったの?」
頼んでいた抹茶ラテの入った温かいマグカップを両手で包むように持ってフーフーと冷ます橙子が隣でレモンティーを涼しい顔で飲んでいる翠璃に問いかける。
真っ赤なストローから翠璃が口を離すとピンクの口紅が残った。
「そうよ。うさぎが見たかったの」
「へー、翠璃ちゃんうさぎが好きなの?初めてしったよぉ」
複数のうさぎに囲まれる蒼は初めて聞く翠璃の言葉に驚く。
そんなに驚かなくても、と翠璃は少し落ち込み傍にいたうさぎに手を伸ばすが何を察したのかうさぎは逃げるように蒼の方へぴょこぴょこ飛んで行った。
「だけど、うさぎはアンタのこと見たくないみたいね」
逃げていくのを見ていた橙子がにししし、とおかしく笑い翠璃にきつく睨まれる。
「うるさいわね。私は見ているだけで満足してるの!!」
「あら、そんなに強がっちゃって。うさぎの代わりに私の頭でも撫でさせてあげましょうかー?」
橙子は揶揄う様にニヤニヤ笑いながら自分の頭を差し出すとそれに苛立った翠璃に髪の毛をバサバサと乱雑に撫で回してやった。
「ひゃあ!!ちょっと!何してくれんのよ!!」
「なにが撫でさせてあげましょうよ!!アンタの髪の毛なんて、手入れも十分じゃないしゴワゴワでうさぎの毛並み以下よ!!」
「アンタがグシャグシャにしたからでしょ!!ばーか!!あーもぅ、リボン解けちゃったじゃない…」
ふんっと鼻を鳴らしてレモンティーを口にする翠璃の隣で乱された髪の毛を整える橙子は解けたいつもしているオレンジ色のリボンを手にしてあーぁと残念そうに声を漏らす。
「ふふふ、今日も橙子ちゃんと翠璃ちゃんは仲良しだね」
ニコリと笑った蒼はミルクティーを飲もうとテーブルの上のカップに手を伸ばすが灰色のうさぎが甘えるようにその腕に乗っかり邪魔をする。
「蒼は動物にもモテモテなのね」
「動物にもってなによぉー。まるで蒼がモテてるみたいな言い方はよしてよ」
苦笑いを浮かべる蒼だったが強くは否定せずに自分の体によじ登ってくる1匹を抱き抱える。
茶色のそのうさぎは抱えられると蒼の顔に顔を寄せて顎の辺りを舐めだす。
「その子はよっぽど蒼のことが好きみたいね」
なんとも言えない表情の翠璃がたまらなく愛情表現をしてくるうさぎを見ながらそう言うと髪の毛をやっと整えた橙子はリボンを手にしたままその子を見つめる。
「そう思えばその子ジュンにも見えるわね」
「言われるとそうね」
「そう?んー…この子も可愛いけどぉ…、ジュンの方がもっと可愛い」
ごめんね、とその茶色のうさぎのほっぺをぷにっと指で指して床に離す。
するとその子はテーブルを抜けて翠璃の膝元に我が物顔で乗っかる。
やっと自分の元に来たうさぎに目を輝かせて背中を撫でてやった。
「そんなにうさぎが好きなら翠璃ちゃんも飼えばいいのに」
「ウチはね…ママが毛のある動物嫌がるのよ」
「そっかぁ…確かに抜け毛とお手入れとかも大変だしね」
そう言う蒼はやっとミルクティーに口をつける。
橙子も抹茶ラテを飲むと解かれたリボンをもう一度髪の毛に付けようと試みるが、毎日している髪型ではあったが鏡のない場所で手つきは不安そうであった。
「…何してんのよ。変な顔」
「うるさいわね。誰のせいよ!!…あーもぅ、アンタ責任とんなさいよ!!」
自分が思い描いてるように結べているのか分からずに不安そうな橙子の顔があまりにもおかしく馬鹿にするように翠璃がうさぎを撫でながらぷぷぷと笑って指さすので、橙子は言い返すと半端に結んだリボンを解いて翠璃に結べと言わんばかりに差し出す。
それを察したのか偶然か翠璃が撫でていた茶色のうさぎは膝の上から逃げていった。
「はぁ?それが人に物を頼む態度なわけ?」
「何よ翠璃、まさかリボンの一つも結べないの?あらぁ、それは申し訳ない頼み事をしたわ」
「ふざけんじゃないわよ!!この私が出来ないことなんてあるわけないでしょ!!」
わかりやすい橙子の挑発に乗せられた翠璃は奪うようにリボンを手にすると膝立ちになって橙子の髪の毛に手ぐしを通す。
「何をしてたらこんな髪になるのよ。まったく、私があげたヘアクリーム使ってないの?」
「うっ…使ってるわよ。アンタが持っくるものが大したもんじゃないのよ」
「もう、動かないの。騒がしい女ね」
頭頂部を掴まれて動くなと抑えられると橙子は大人しくなる。
ある程度手ぐしを通したところで翠璃は丁寧に使うパーツの髪とを分けて、 一部の髪をさらに3つに分ける。
「これ持っといて」
3つに分けた髪の毛を橙子に握らせ真ん中の髪にオレンジ色のリボンを結びつけて他の髪の毛と編み込んでいく。
手際のいい翠璃に蒼はすごいねぇ、と漏らしてその様子を記念にと写真に収めた。
「いてて、翠璃ちょっと乱暴じゃない?」
「お黙り。私ほど優しく髪の毛セットする人間いないわよ」
「…本当、傲慢な女…」
最後まで編み込んでいくと髪の毛の先をまたそのリボンの残りで結び完成させた。
翠璃は自分でセットした橙子の髪の毛の完成度を眺めるとよし、と満足気に微笑む。
「わぁ、橙子ちゃん素敵よ」
「え?本当?…へへ、ありがとう…」
「あ、こら。触んないの」
出来上がった髪の毛を蒼に褒められるがどうなってるのかと編み込まれた側の頭を触ろうとすると翠璃に止められる。
その代わりに自分の携帯で髪がどうなっているのかを写真にとってやり橙子に見せる。
「ほら、これでいいでしょ?」
「まぁ、あなたってこんな事もできるのね」
「私を誰だと思ってるの?こんなの朝飯前よ」
ふふんと、自慢げに鼻を高くする翠璃はもう一度満足気に眺めては仕事終わりのレモンティーを口にした。
「いいなぁ。橙子ちゃんは髪の毛アレンジしてもらって…。蒼は髪の毛短いからしようがないしなぁ…」
翠璃に髪の毛をしてもらった橙子を少し羨ましそうに見つめ顎の辺りまでしか伸びていない毛先を悲しそうにいじる。
「何言ってるのよ。蒼は何もしなくても可愛いから大丈夫よ」
「そうじゃなくて…。蒼も髪の毛弄りたいぃ」
橙子がむぅっと膨れる蒼を宥めるように声をかけるが蒼には届かないらしく橙子のリボンを羨ましそうに見つめる。
その視線から逃れるように橙子は翠璃に目配せをすると何かを察した翠璃は立ち上がるとテーブルを挟んだ向こうにいる蒼の隣に移動する。
そして蒼のショートボブを優しく撫でた。
その時の自分を見つめる蒼のうさぎのような愛らしい大きな黒目がちの瞳に不意にキューンとときめいた。
「あ、蒼ぃ…」
「わぁ、もぅ翠璃ちゃんたら。急になぁに?」
「いいのよ、蒼はもう何もしなくても十分に可愛いの!!これ以上可愛くなっちゃ人が死ぬわっ!!」
思わずうさぎに囲まれた蒼を抱きしめると何事かと驚いたうさぎは逃げ出す。
一回りほど体の大きい翠璃に抱きつかれれば小さな蒼はふらついて床に手をつき耐える。
「うふふ、ありがとう翠璃ちゃん。でも今日の翠璃ちゃんだって可愛いよ?」
「それそうだけど…蒼には敵わないのー」
さらにムギュっと蒼を抱きしめる胸元に顔を埋めるが、しばらくして翠璃は何かに気づいたようにバッと顔を上げる。
「…私、今日うさぎを見て癒されに来たけど…蒼とのハグで何倍も癒されてるわ…」
「えぇ?蒼の事うさぎと思ってるの?」
「違うよぉ…あぁ、私の癒しぃ…」
「もう翠璃ばっかりずるい!!私もぉ」
翠璃ばかり蒼にベタベタするので橙子も負けじと蒼の腰からお腹に手を回して背後から抱きしめる。
「ちょっとアンタはうさぎと戯れてなさいよ」
「アンタこそ、うさぎを見に来たんじゃなくて?」
「見てるわよ!!蒼の肩越しに」
「嘘おっしゃい。アンタの目線の先は蒼越しの私じゃない」
「はぁ?アンタなんか眼中に無いのよブスっ!!」
「何よ、うさぎの視界に入ってなくて相手にされないのはあんたじゃない!!」
「ちょ、ちょっと2人とも…喧嘩なんてやめよぉ?ほら、うさぎさんもびっくりしてるよ?」
前後からいつものように言い合いを始める2人に、蒼が店員に怒られないように気を使って声をかけると2人はギィッと睨み合ったまま黙るがなかなか離れようとはしなかった。
数匹いたうさぎもその異様な雰囲気に近づいてこず部屋の隅や店員の元に寄っていった。
「翠璃ちゃん、そんな怖い顔しちゃダメだよ」
「だってブスが睨んでくるんですもの」
「はぁ?アンタがおっかない顔してるからでしょ?」
「橙子ちゃんも…もうよして?」
自分のお腹に回されている橙子の手を撫でて微笑むと、その微笑みに負けたように橙子の手は名残惜しそうにゆっくりと離れていく。
橙子が離れていけば勝ち誇ったようににぃっと笑う翠璃だったが蒼が翠璃ちゃんも、と微笑むので同じように名残惜しそうにゆっくりと離れていった。
「2人が蒼の事好きでいてくれるのは嬉しいんだけど…2人が喧嘩するのはヤダな…」
わざとらしくしょんぼりとする2人に向かって蒼は目を伏せながらそう言うと、何かを訴えるような子犬のようにきゅるるんっとした目を2人に向けた。
「ごめんなさい蒼…」
「私も…ごめん。もう少し大人になるわね…」
その瞳にときめきと少しの罪悪感を感じた橙子と翠璃は蒼の思惑通りの言葉を口にしてぺこりと頭を下げて形式的な謝罪をする。
良かった良かった、とホッと胸を撫で下ろす蒼がちらっと腕時計に目をやるとここのうさぎカフェに来て1時間が経とうとしていた。
「もう、1時間経ちそう…あっという間だね」
「本当ね…次はどうする?」
「んー、時間も時間だしお昼にしない?私オススメの和食屋さんがあるの」
「あなたのオススメ?当てになるのかしら…」
「あら、だったらアンタだけ別行動でもいいのよ?私は蒼と一緒にご飯食べるし」
「何言ってるのよ、1人でご飯食べるのはあんたの方。蒼は私とカフェご飯食べるの」
ここを出たあとの昼食を決めるだけでも言い争いを始める2人に先程の謝罪とはなんだったのかと思わずため息を漏らしたくなる蒼だったが、2人らしい対応に微笑ましく思うところもあった。
「んー、橙子ちゃんは和食でしょ?で、翠璃ちゃんはカフェご飯で…蒼はね…」
それぞれの食べたいお昼ご飯をまとめる蒼は自分が今食べたいものを頭に浮かべるとしばらく宙を眺めると不敵にニコリと2人に笑いかけて続ける。
橙子も翠璃もその笑みに良い予感はしなかった。
「蒼、翠璃ちゃんと橙子ちゃんと行きたい所があって…お昼はそこでいい?」
拒否することを許さないような笑みに2人はそれ以上聴き込むことも出来ずに、出来ることはただ頷くだけで蒼の提案を承諾するしかなかった。
何度も頷く2人にありがとう、とだけ伝える蒼は何にも負けないほど可愛らしい笑みを浮かべていた。




