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午後の紅茶にくちづけを  作者: ちょこみんと
ディンブラ・ティー
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皮肉なものだ。


「ちょ、っ…と!!ひっ…ぃやっ」

「いけませんわお姉様。そんな声を出して」


あんなに紅音と一緒に居れることを楽しみにしていたこの日がある意味忘れられそうにない日になりそうだと智瑛莉は悔しながら思った。

現在ステージにたっているバンドの音が客席さながらにガンガン聞こえるライブハウスのトイレの個室に智瑛莉は紅音を半ば強引に連れ込んで逃げられないように壁に紅音の背中を向けドアの前に立ち塞がった。

内側から鍵を掛けて無理やりに2人だけの空間を作り出した智瑛莉はいままで溜め込んでいた欲や憤りを吐き出すようにキツく紅音を抱きしめた。

紅音は抱き寄せられ一瞬驚くもいつもの事だと至って冷静であったが、背中に回されていた智瑛莉の手が脇と腰やおしりをそれらしく撫でるので嫌な予感がして、抵抗しようとするが智瑛莉の強い気持ちに抑え込まれる。


「こら、離しなさいよ」

「それは聞けないお願いですわ」


きつく抱きしめてくる智瑛莉に紅音は冷静さを装って反論するが少し焦りの色が見える。

それまで流れていたステージの音が止まり、拍手と喝采が聞こえ次の曲が始まる。

先程のヘドバンをかますようなゴリゴリのロックとは違ってじっとりとした曲が始まった。


「なぁ。紅音ちゃんて、制服やなかったら普段からこんなえっちな格好してるん?」

「べ、別にいいでしょ!!」

「紅音ちゃんがええならええけど。そんならそれなりに覚悟しとかなやんな?」


気持ちが高ぶっているのか上品な口調が関西弁になり妖艶に紅音に囁く。

智瑛莉は左手を紅音の腰にまわして右手の指先でゆっくりと頬を撫でて唇をじっと見つめる。


「な、何言ってんのよ…」

「何って…そのまんまの意味やけど?」


逃げ場のない個室で殺されそうなほど強い眼力に睨まれる紅音もさすがにそんな智瑛莉の前では蛇に睨まれた蛙のように大人しくなった。

じっとりとしていた曲もサビになったのは演奏が激しくなる。


「離してっ…じゃないと、叫ぶわよ」


きつい眼差しで黙ったまま顔を寄せてくる智瑛莉に反抗するべくそう咄嗟に言うと智瑛莉の動きは止まったがフッと鼻で笑う。


「ええよ別に。叫べばええやん」

「ふざけないで!!私本気よ!?」

「紅音ちゃんこそ本気やったら叫んでみーや」


少し小馬鹿にするように小さく笑う智瑛莉は腰と肩を抱き寄せて耳元に顔を寄せて、どうせ出来へんのやろ?と囁き、他の部分は完璧な程に気齧っているのにイヤリングひとつない飾り気のない無防備な耳にやんわりと歯を立てる。


「いっ、た…ぃ!!」


耳を噛まれた紅音は予想だにしなかった痛みに思わず声を漏らし強く握りしめた手の甲で口を塞ぎ声が盛れるのを防ぐ。

その様子を見た智瑛莉は歯を立てるのをやめてもう一度耳元で囁く。


「なぁ。今ウチが何思ってるかわかる?」

「…え?」

「なんで、ウチがこんな品のない所で紅音ちゃんにこんなことしてるか分かる?」


紅音は流れてくる大好きなツバサの歌声を耳にしながら智瑛莉の背中の向こうに見える薄暗い個室内を見回して逃げ出すすべを考えていたがツバサの歌声と違って悲しそうで怒ってるような少女の声が耳の近くから聞こえてきた。

切実なその声に紅音は不意に心乱される。


「…わからん?」

「わかんな…く、なぃ…」


智瑛莉にさらに言及されると反射的に今にも消え入りそうな声で答え表情の見えない智瑛莉を気にし始める。

今なら目の前の少女をこの自由な両手でつき飛ばせば逃げられる。

そのはずなのに紅音の手は意思に従っては動かなかった。


「じゃあ、言ってみ?ウチが何にイラついてるんか」

「…私が…、悪いのよね…?」


機嫌と様子を伺うような紅音がばつが悪そうに智瑛莉にそうに言うが智瑛莉は表情を変えずに次の言葉を待っているようで紅音は何か言わないとと目を泳がせて次に続く言葉を探していた。


「…ひゃっ!?」


目を泳がせていたところで智瑛莉は紅音の顔の真横で視線の目の前の壁を思いっきり拳でぶん殴り似つかわしくない程の鈍い音が下手したら会場まで聞こえるのではないかと思うほどトイレ中に響く。

もう少し場所がズレていたら智瑛莉の拳が顔面に直撃していたと思えば目の前で静かに怒ってる年下の少女に恐怖を覚え小さく震える。


「ホンマに…ムカつくねん…あの男にも紅音ちゃんにも…それに嫉妬してる醜い自分にも…」


恐怖で今にも泣きそうなのを我慢している紅音よりも先に智瑛莉はもう泣いているのか涙声でとぎれとぎれにそう続けて壁を殴った手をそのままスルスルと下げて自分の顔を覆う。

また1曲終わったようで観客の拍手と熱い声援で溢れた。


「…ウチ…、今日めちゃめちゃ楽しみにしててん…紅音ちゃんから誘ってくれて…、一緒におれるし…紅音ちゃんの好きにもの知れるなって…。でも、あの男…、あのツバサって男の前やと紅音ちゃん…ウチとおる時と人が違うみたいに素敵やった…。ホンマに、可愛かった…。でも、それはウチやなくてツバサへの…ツバサだけへの笑顔やねんもん…」


智瑛莉は小さく肩を震わせてそう言う声は小さかったが騒がしい音が漏れてくるトイレの中でも紅音の耳には全て届き胸に突き刺さるようだった。

なんと声をかけるべきか分からない紅音はただただ自分を好きという少女が泣いているのを目の前で見ながら大好きな人の歌声を聞いていることしか出来なかった。


「でもちゃうねん!!…ウチ、紅音ちゃんがウチとちゃう人を好きになっても…邪魔もしたないしずっと紅音ちゃんの事好きなままでおれるって…思っててんけど…」

「…」

「今日…紅音ちゃんウチの名前初めて呼んだんやで?」

「え?」

「ウチの名前呼んでん…。あの男の腕抱いて。…ホンマに皮肉やわ」


辛そうな声でそう訴える智瑛莉は小さく震える紅音の体を抱き寄せる。

何をされるか分からない紅音は変に刺激せずに大人しく身を委ねた。


「仕方ないことやと思ってても…やっぱりウチ…紅音ちゃんの中に他の誰かおんのがむっちゃ嫌やねん!!…でも、そんな事しか考えられへんくなった自分がホンマにムカつくねん…」

「…」

「正直言ってな…あの男を跡形もなく壊して、紅音ちゃんも殺して…ウチだけの紅音ちゃんにしたいくらいや…」

「はぁ?」


冗談に聞こえてこない智瑛莉の発言にサーッと血の気が引き、立ってるのもしんどいほど力が入らなくなってきて体重を智瑛莉に預ける。


「何よ…何なのよアナタ…っ!!」


紅音は先程から言いたい放題の智瑛莉にやっとの思いで声を上げて今残っている力で智瑛莉の方を思い切り押して離れようとする。

思わぬ力で押し返された智瑛莉の体は想像とは別にスっと離れた。


「何勝手言ってんのよ!!…私はべつに…ツバサの事…っ」


そこまで言いかけて紅音はハッと我に返った。

智瑛莉相手にツバサの事なんて好きではないなんて見えついた嘘をついて、自分は何を守ろうとしているのだろうか。


「だ、大体何なのよ!?アナタ、私にどうされれば満足なの?」


やっと離れた智瑛莉にもうこれ以上近づいてくるなと言わんばかりに声を張って威嚇してみせる。

そこまで言われた智瑛莉もさすがになんと答えるのがいいのか迷いの表情を見せてグッと歯を噛み締めると真剣な表情で口を開く。

バンドメンバー紹介のMCが入った会場から次は紅音の大好きなバラード系の曲が始まる。


「…素直な気持ちを伝えるなら…、ウチが紅音ちゃんを思うほど…紅音ちゃんも、ウチの事だけを思ってくれたらええのにって…思ってるの…」


智瑛莉はそう言って紅音の両手を女子らしく優しい手つきで柔らかく握る。


「ウチ…ワガママ?…紅音ちゃんは聞いてくれへん?」


ポトポト大粒の涙をこぼし目を赤くさせる智瑛莉が戸惑いと困惑が混じったような目でずっとこちらを見ている紅音を真っ直ぐ見つめて、紅音の返事を待っていた。

手を握られた紅音はその目から逃れるように目を伏せると答えるようにキュッと手を握り返した。

智瑛莉はその手の指を絡めて握りしめるとそのまま引き寄せて顔を近づけてみせた。


「ホント…アナタだけよ…。私をこんな気持ちにさせるのわ」

「何言うてんの…お互い様やんか」


諦めたように、もしくは受け入れたようにフッと紅音は笑い、近づいてきた智瑛莉の首に手を回した。

智瑛莉も同じようにフッと笑うとコツンとお互いのおデコをぶつけて笑い合うとそのままゆっくりと目を閉じて唇を重ね合わせた。


「ん、ぅ…」


上唇に吸い付くような智瑛莉のキスを大人しく受けいる紅音は薄く目を開けて目の前の智瑛莉の様子を伺った。

こんなに幸せそうで辛そうな顔をするんだな、と不意に心苦しくなった。


「っん、はぁ…ぅんっ」


長い時間に感じれたキスの時間が終わり一度唇が離れたかと思うと、酸素を取り入れるために少し開いた口の隙間を狙ったように智瑛莉の舌が入り込み唇を舐められた。

慣れたような智瑛莉の行為に紅音は戸惑いながらも智瑛莉に身をゆだねる。


「ふあっ…」

「紅音ちゃん…ホンマに好きや…」


口を離した智瑛莉がさらに紅音を強く抱き締めて耳元で何よりも得がたい程の喜びを噛み締めながらそう囁いた。

紅音は柔らかいものに弄ばれた自分の唇を指先で軽く拭うように触れて智瑛莉に身を預けながらまだステージから流れてくるツバサの曲を聞いていた。


『アナタの口付けが知らない味で 2人の終わりを予感した』


ふと聞こえてきたそんな何気ない歌詞が今の紅音にはなぜだかよく耳に残った。


「お姉様…大好きです…本当に…。この世の何よりも愛しています…」


いくつもの如くありったけの愛をぶつける智瑛莉の腕の中で抱かれながら紅音は自分のリップの色が落ちていないかが心配だった。







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