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午後の紅茶にくちづけを  作者: ちょこみんと
ディンブラ・ティー
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初夏の清々しくも素肌に突き刺さるような日差しを放つ太陽が傾きビルの谷間に沈みそうになっていた頃、柔らかな素材で膝丈までの黄色の花柄ワンピースに大きめのGジャンを羽織り普段来ている清楚で上品に見える白の制服とは違ってメンズ感がましていつもと違う雰囲気を漂わせる智瑛莉は街の待ち合わせるにはもってこいの有名なモニュメントの前でソワソワと待ち合わせている大切な人を待っていた。

まだかまだかと周りを見渡して目の前を通り過ぎていく人間の群れに目をこらす。

チラリと腕時計で時間を確認するが今の時刻は本来の待ち合わせ時間よりも30分早く、モニュメント前で心躍らせながら待っていた。

左肩にかけていたショルダーバッグから携帯を取り出して今日待ち合わせをした相手方とのやり取りをしているメッセージアプリを起動させその履歴を遡りその会話を見直してまた嬉しくなり頬を緩ませる。

テストが終わった今日、智瑛莉は待ち合わせているメッセージの相手方──九条紅音の提案で彼女が好きなインディーズバンドのライブに一緒に行く約束をしたのだ。

ライブをするインディーズバンドの事は全く知らないが最愛の紅音と一緒に居れるのであればと快く承諾し、少しでも彼女が好きだというそのバンドについて詳しくなろうとテスト期間にも関わらずs.Rascalについて事細かに調べ音源化されているものは一通り耳にした。

おかげで今では紅音同様ボーカルの福本ツバサの歌声の虜になってしまった。


「ふん、ふんふふ~ん~♪」


紅音とのメッセージのやり取りを見直していると無意識にs.Rascalの楽曲の中でも1番耳に残ったお気に入りの曲を鼻歌で歌っていた。


【今週の金曜日5時、駅の変な置物の前】


そう紅音からメッセージを受け取った日から今日までとても楽しみにして、テスト勉強もおざなりになりながら色々な事を想定した妄想を繰り広げ密かにはしゃいでいた。


「…ん?」


自分の携帯を握りしめ頬を弛めていると街並みの雑踏音が溢れている中に淡白な電子音が近くで鳴っているのに気がついてその出処はどこなんだろうと辺りを顔だけで見回す。

待ち合わせ場所のモニュメントの台座の上に一際目立つ赤色のスマホが持ち主に存在を知らしめるように電子音を立てていたが智瑛莉以外の人間がこの音に気づいてる様子はなかった。

ここに置きっぱなしは持ち主も大変だと智瑛莉は赤のスマホに手を伸ばし拾い上げる。

いつまでも音を立てている携帯の画面を確認すると何度も同じ人から着信が来ていたらしく1度途切れたと思ったらまたもう一度同じフレーズの音がなり始めた。

きっと持ち主が誰かから借りて電話してるんだと思い智瑛莉は少し戸惑いながらも画面に触れて着信に応答した。


「…はい」

『あぁっ、やっと出た!!お前いい加減にしろよな!!一体いつになったらこっちに来るんだよ!!』


耳元に携帯をかざしたが電話の向こうの男はこの携帯の持ち主に相当怒っているらしく怒号に似た大声が智瑛莉の耳に突き刺さった。

思わず耳から離した携帯からは未だに汚い言葉が浴びせられるが智瑛莉は状況を話そうとゆっくりと話し出す。


「あの、申し訳ありません。私、この携帯の持ち主ではございませんの…」

『あ"?女…?』

「えぇ、その…私、この携帯を拾ったもので、何度も着信が来ていたようでしたのでもしかしたら持ち主の方が電話をしてきているのかと思い、今こうして電話に出ている次第です」


ものすごく怒った様子の電話の向こうの男は智瑛莉が落ち着いてことの経緯を話すと少し戸惑いながらも冷静さを取り戻したのか落ち着き返答する。


『あぁ~…そうだったんですか…。すいません、いきなり怒鳴っちゃって』

「いえ、とんでもございません」


その後男と適当に謝りあった後通話を終わらせると交番にでも届けようかと顔を上げた時、目の前に自分と同じくらいの身長で細身の男がこっちをガン見して突っ立っていた。

いきなり目の前に現れた男と目が合うと驚きのあまりビクリと肩が跳ねた。


「その携帯俺の」


そう言う男は智瑛莉に手を差し出してその手に持っている携帯を返せと言わんばかりに幼く見える大きな目で訴えてくる。

毛先がカールしてる長めの襟足と前髪に真っ黒の大きめなロックTシャツに黒のダメージスキニーで自分の体重よりも重そうなギターケースを背負っている様子を見るといかにもバンドマンと言った風貌だった。

見たことあるような既視感のある彼の顔に智瑛莉は携帯を渡さないままじっと見つめる。


「そんなに見て何?…あぁ、さっきは俺の代わりに怒られてくれてありがとう」

「え?」

「電話で怒鳴られてたろ?だから早く行かないといけないから早く携帯返してくれない?」


男は電話の内容を聞いていたのかそれとも本当に持ち主であの男からこういう内容の電話がかかってくると分かっていたのか智瑛莉に感情のないお礼の言葉を伝えて早く返せと催促する。


「…ですが、本当に貴方のものか私にはわかりかねますので…警察に届けなくては…」

「なんでだよ、本人が俺のって言ってんじゃんか」


智瑛莉はどうするべきか考えた結果男に携帯の画面が見えないように垂直に立てて男に問いかける。


「では、質問です。この携帯のロック画面はなんですか?」


本当の持ち主ならばすぐに答えられ違ったら答えられない、そう思った智瑛莉はロック画面を見つめる。

この赤色の携帯のロック画面は灰色の子猫が白のクッションの上で丸まって気持ちよさそうに眠っていてその画像を見るだけでにやけてしまいそうなほど可愛らしいものだ。

すぐに答えられるはずなのに男は目を逸らして俯く様子を見ると恥ずかしがっているように思えた。


「答えられませんか?」

「…ネコ」

「ええ。他に付け加えることは?」


チラリと男を見てそう追求する。

紅音との待ち合わせ時間に少しづつ近づいていた。


「寝てる猫。灰色の…白のクッションで…丸まってるやつ」


恥ずかしそうに言葉を継ぎ接ぎに智瑛莉に伝える男は背負っていたギターケースを背負い直して照れ隠しのような素振りを見せた。


「なぁ、もういいだろ。返してくれよ」

「えぇ。これはあなたのですね。試すような真似をして申し訳ありません。お返しします」


智瑛莉は両手で赤色の携帯を男に返却する。

男はやはり本当の持ち主だったらしく返された携帯をひらき手馴れたように届いていた通知一つ一つに目を通す。


「うわー、凄い電話来てたんだな」

「ずっと鳴っていましたわ。電話の向こうの方はご立腹でしたから、早く行かれた方が宜しいのでは?」

「…ツバサ…!?」


智瑛莉が時間が無いという男を心配して声をかけた時、ずっと待ちわびてた愛しい人が男の名前を呼ぶ声が聞こえた。

智瑛莉は大好きな人の声に、男は名前を呼ばれて反射的に反応して声のする方に目をやるとノースリーブのレースミニワンピースに大き目の網タイツを着た紅音が真っ赤なコスメで彩られた目を何かに驚いたようにさらに大きく開いて二人を見ていた。


「お姉様…っ」

「…えっと…」

「ねぇ、貴方福本ツバサでしょ?」


いつものように真っ赤な高いヒールの靴をカツカツ鳴らして2人に近寄ってくるが紅音が興味を持っているのは智瑛莉の目の前にいるギターケースを背負ったツバサのようで待ち合わせていた智瑛莉は眼中に無い様子だった。


「そ、そうだけど…」


紅音に距離を詰められ見つめられるツバサは紅音の姿を上から下まで見るが戸惑った様子で答え、どこかで会ったことあるっけ?とに問いかけた。

紅音はいいえと首を横に振ってどことなく嬉しそうな表情を浮かべその大きな瞳は潤んで恋する少女の様で智瑛莉には美しく思えた。


「えっ、この方があのボーカルの方?」

「そう、そうよ!!わぁ、私ね、貴方の歌のファンなのよ」


普段見ないようなハイテンションで声が高くなっている紅音の様子に驚きながらもこの男が先程自分が口ずさんでいた曲の作者かと改めて姿を確認した。


「そうなんだ。ありがとう」

「でも、どうして貴方こんな所にいるのよ?もう開場の時間でしょ?」


紅音は目の前にいるこれから智瑛莉と一緒に見に行くライブの出演者が目の前にいるのが不思議で首を傾げて問いかける。

智瑛莉も腕時計で時間を確認するともう開場時間の18:00になりそうになっていた。


「いや、今から行くよ。そうだな…君たちも行くんだろ?なら一緒に行こうよ」


今さら遅れてバンドメンバーの元に行くのが不安なのかツバサば智瑛莉と紅音にそう提案してきた。


「な、何言ってるんですか!!そんなのできるわけ─」

「えぇ、いいわよ」

「お姉様!?」


そんな無謀な提案を断ろうとした智瑛莉の言葉を遮り紅音は快く承諾してじゃあ行きましょうと目的のライブハウスの方に脚を向けて歩き出す。

ツバサの手を強引に引く紅音は歩きながら嬉しそうに隣のツバサに色々と話をし出す。

置いていかれそうになった智瑛莉はどんどん進む2人の後ろを追いかけどうにかして二人を引き離さなくてはと色々な思考を巡らせるが、そんな事を全く考えてもいない紅音は掴んでいたツバサの手を離してその細い腕に絡みつきあたかも恋人のように振る舞う。


「ちょっと、いきなりで大胆すぎない?」

「そっちから誘っといて何言ってるの」


初対面の紅音の言動にツバサもさすがに戸惑い腕を離そうとするが紅音にほだされる。

自分の前では見せてくれない紅音の女の部分に智瑛莉は何かに足を掴まれたように動けなくなった。

そんな智瑛莉に気づかない2人との距離はどんどん開いていく。

早く追いつかないと置いていかれる。

今日という日を何日も前から楽しみにしていたのに。

目の前からどんどん離れていく紅音が何かを思い出したように智瑛莉の方を振り向き、ツバサに向けていたのと同じ笑顔を向けた。


「何してんのよ智瑛莉。置いていくわよ」


その時、智瑛莉は最愛の人に初めて名前を呼ばれた。




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