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午後の紅茶にくちづけを  作者: ちょこみんと
ディンブラ・ティー
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紙がめくられる柔らかな音、蛍光ペンがひかれる鋭い音、シャーペンの芯が机とぶつかる硬い音だけが静かに辺りに溢れる。

軽い咳払いでも教室中に響くほど静かな昼休みが終わった5限目は明日、テスト最終日のテスト科目のための自習時間でテスト中日ということで気の緩んでいる生徒も多く、ほとんどの学生はぼんやりと教科書や外を眺めて時計の針が終了時間を跨ぐのを待っていた。

橙子はそんな時間が嫌いではなく、開いた教科書とは別に厚みのあるハードカバーの小説を開いて佐久間希の創り出した身近にある非現実に入り込んでいた。

時間を忘れるほど読み進めていると隣の翠璃の机から何かが落ちる音がして床に目をやった。


「取って」


当の翠璃は何かを必死にスケッチブックに書き込んでいて、橙子が反応したのを目の端に捉えるとそちらには目もくれずに落としたものを1度だけ指さして拾うように指図する。

は?と思わず口答えしそうになるも自習時間で静かな教室にそんな品のない声を上げて静けさを崩すわけにもいかないと思い、仕方なく言われた通りに落下物に手を伸びして拾い上げる。

翠璃が落としたものは黄緑色のコピックペンで、先程から翠璃が真剣にスケッチブックとにらめっこをしているのに合点がいった。

どうぞ、と目だけで言って翠璃の机にそっと置いた。

翠璃からのお礼はなく釈然とせずモヤッとしたところでもう一度佐久間希の世界に向き合った。

今回の作品の主人公は中小企業のサラリーマン、婚約した恋人が失踪した後に遠く離れた川岸で変死体で発見される…といった内容であるが主人公がなかなか恋人の死について向き合おうとしないシーンにさしかかると変に心が締め付けられるようだった。


「…!!」


ページをめくろうとしたところで左から丈夫なスケッチブックの1枚がグシャグシャにまるめられたゴミとも言える紙が投げられた。

咄嗟に紙が飛んできた翠璃のいる左の席に目を向けるも翠璃は一瞬もこっちを見ずに何かを考えるようにスケッチブックを眺めては気に食わないのかそのページをべりっとちぎってはまた丸めて橙子の机がゴミ箱であるように投げつけた。


「なによ」


投げつけられたゴミを手にして読書の邪魔をされた橙子は少し苛立ちながら翠璃を睨みつけるが翠璃はそれに気づいてるのか本当に気づいてないほど集中しているのか全く橙子に気にかける素振りは見せなかった。

こっちになんの反応も示さない翠璃に内心腹が立ち、このゴミを投げ返してやろうかとギュッとゴミを握る。

しかしそんな標的の翠璃を見据えると、翠璃の普段はキツい印象を与える長い上向きのまつ毛に縁取られているつり目からは真っ直ぐで今までに見た事のないほど真剣な眼差しに、橙子は不意に見とれてしまった。

机に広げたスケッチブックにイラストを書き込んでは深く考え込みまた色を付ける。

先程からその行為の繰り返しであったがその真剣な少女を邪魔するのは無粋だと本能的に思い橙子は投げ返すのを止めて、翠璃の所作の美しさに目を奪われていた。


「よし…」


眺めていた翠璃が持っていたコピックペンにカチンっと蓋をして机に放るとスケッチブックを手に取って完成したイラストを満足そうに見つめた。

先程までの真剣な表情と一変して達観しきったその笑顔にまたしても心奪われる。

翠璃のイラストが完成すると同時に自習時間の終わりを告げる鐘の音がして教室中の生徒がいっせいに騒ぎ出す。


「んー、終わったぁ…」


翠璃の目の前の席で伸びをする蒼が椅子から立ち上がりふわあっと欠伸をする。


「ちょっと、みど─」

「蒼、蒼!!…見て!!どう?」


投げつけられたゴミについての文句を翠璃に言おうとするが翠璃は目の前の蒼に目を子供のようにキラキラと輝かせながら手にしたスケッチブックのイラストを見せて遮られる。


「またジュエリーデザインしてたの?…どれどれ…わぁ、すっごく綺麗!!」

「本当?良かった…蒼はこれホントに作ったら使ってくれる?」

「うん!使う使う!!…あ、でもこんなに綺麗だと飾っておきたいかなぁ…」

「そう?まぁ、蒼にならそうしてもらってもいいわ」


自分がスケッチブックに必死に描きこんでいたジュエリーデザインを褒められた翠璃は嬉しそうに微笑んでもう一度自分の描いたデザインに目を落とす。

そんな二人の会話に入っていけなかった橙子は握った紙くずを翠璃に差し出す。


「そんなに真剣にジュエリーをデザインしていると人とゴミ箱を間違えるのかしら?」


少し苛立ったような橙子に声をかけられた翠璃はやっと橙子の存在を視界に入れて確認する。


「あら、床に落としたつもりだったんだけど。ごめんなさいね」


翠璃はゴミを投げつけたことに気づいていなかったらしく素直に橙子に頭を下げて謝るとゴミを橙子から受け取り自分でゴミ箱に捨てに行った。

自分に素直に従う翠璃に橙子は面食らう。


「ねぇねぇ、橙子ちゃんも見てよ!このブレスレット…すごく綺麗じゃない?」


翠璃がゴミ箱に席を立った時に蒼がスケッチブックを持って橙子にも見せる。

女性の肘から先らしきものが左半分に書かれてその手首に細いシルバーチェーンと青色と無色透明な宝石が等間隔に並んでいるデザインのブレスレットが描かれていて、右半分にはそのブレスレットの細かいデザインが描かれていた。

キラキラ輝くジュエリーやアクセサリーが好きな女子にとってそれはとても魅力的に見えた。


「えぇ。デザインはホントに綺麗よね」

「まぁ、それはどうも」


いつの間にか戻ってきた翠璃は素直にそう言うと席について机中に撒き散らしたコピックペンを専用のケースにしまいだす。


「自習時間にお絵描きなんて、随分と明日のテストが余裕なのね」

「は?私は私に必要なものに時間を使ってるだけ。推理小説なんて非現実に逃げるほど暇じゃないのよ」

「逃げてなんかないわよ!!文学的芸術品を鑑賞してるの!!」


先程まで素直だった翠璃もいつも通りに橙子の発言に噛み付いて普段通りの会話になる。

橙子はどこかその空気に安心する自分がいるのを感じた。


「でも翠璃ちゃん、これって製品になるの?」


蒼がスケッチブックをじっくりと眺めながら翠璃に問いかける。

蒼に声をかけられると橙子よりも直ぐに反応する。


「一応パパにはどうかなって見せるんだけど、なかなかOKはくれなくて…」

「そりゃあ世界的に有名なジュエリーブランドが娘と言えど女子高生のデザインを簡単に採用なんかしないわよね」

「でもね…私、今度の誕生日にパパからのプレゼントとして私のデザインしたジュエリー作ってもらおうかなって…」


そう言って翠璃は無邪気な子供のような笑顔をうかべ今までにスケッチブックに描いたデザインをペラペラと眺めてどれを作ってもらおうかなーと楽しそうに選びだす。


「へぇ。どのアクセサリーがいいとかあるの?」


蒼も翠璃と同じようにスケッチブックを眺めて製品化ジュエリーの選考に参加する。


「そうねぇ…私はリングがやっぱり好きなんだけど、デザインではこのブレスだし…」

「あ、でもこのイヤリングも素敵だなぁ…ねっ、橙子ちゃんは?」

「そうねー、私ブレスレット好きなのよねー…あ、これがオレンジ色だと買っちゃうかもね」


翠璃の両肩に手を置いて背後からスケッチブックを覗き込んで以前に翠璃が描いていた緋色のブレスレットを指さして伝える。

自分の背中に女子らしい柔らかな感触を感じつながらも指さされたものを見て鼻で笑う。


「貴方ごときがこの私のデザインにケチつけるの?これは、このルビーの色を引き立ててなおかつ、しつこくないようにバランス取ってるの。オレンジ色?論外ね」


翠璃はいつも通り馬鹿にするように口角を上げてそう言うと腕を組んで橙子の意見を断固拒否した。

そんな橙子も言い返されるとムッとした表情を浮かべて背後から翠璃の首を絞めるように抱きついて反論する。


「はぁ?何よ、私が貴重な意見をあげたんだからそこは有難くいただくところでしょ?」

「冗談にしてもつまらないわ。何が有難くよ、センスのセの字もないひ色彩感覚も疑わしいわー」

「キーっ!!言ったわね!!」


仲良さげにピッタリとくっついているのにも関わらず、目の前で今にも喧嘩が始まりそうだが蒼は普段の2人のやりとりに変になれてしまってもう特に何も言わなかった。


「あら、怒るってことは図星なのかしら?まぁ、この私と比べてしまったら誰でもそうよ。だからあんた1人だけが気を落とす必要ないのよ。…だって私はセンスの塊だもの」


耳元で橙子の怒る声を聞くと一瞬だけ不快そうな顔をするも、ふっと小さく笑っては得意げな顔をして自信ありげにそう言い張る。

さすがー、と目の前の蒼が小さな拍手を送り褒め称えるので翠璃は更に鼻を高くしてふふんと得意げに胸を張る。


「ぷっ、何がセンスの塊よ。ぷふふ…その言葉にセンスがないわね」

「はぁ!?うるさいブス!!僻むなブス!!」

「ブスって言う方がブスよ、ブス!!」

「今ブスって言ったからアンタがブスよブース!!」

「あーもー、やめてっ!!」


ほっといていたら案の定ブスの言い合いになってきた2人のやり取りに蒼がやっと両手を伸ばして止めに入る。

それまでじゃれ合っているようにくっついていた橙子と翠璃は離れるとお互いにキッと睨んではふんっとお互いの顔を逸らして背を向ける。

漫画みたいな喧嘩の仕方をする2人に蒼はほとほと呆れた。


「もう、翠璃ちゃんダメでしょ。そんなにブスブス言うの」

「どうして?事実を言ってるだけよ。床に向かって床って言ってるのと同じよ」

「それでもっ」


口答えする翠璃に蒼は少し声を荒らげてこちらに注意を向けさせる。

案の定蒼に目を向ける翠璃は少し声を荒らげるが依然として柔らかい笑顔のままの蒼にじっとりと恐怖を感じる。

蒼は翠璃の頬に手を添えてニコリと笑って続けた。


「翠璃ちゃん?蒼言ったでしょ?…翠璃ちゃんの綺麗な口にはそんな汚い言葉は似合わないって…」

「え、っあ…」


グロスでテカっている翠璃の唇に蒼の親指の腹が触れ、薄い赤色が指に移った。

翠璃が蒼の真っ直ぐな瞳から目を逸らして手を振り払おうとした時、逃がさないと言わんばかりに顔をグイッと引き寄せられる。

随分近づいた蒼の顔に翠璃は目を見開くが、蒼は動じておらず1度瞬きをしてじぃっと翠璃の唇に目をやった。


「蒼、綺麗な翠璃ちゃんが好き…だからね、蒼の大好きな翠璃ちゃんが汚い言葉を使うのは許せないの」

「あ、蒼…近い…よ…」

「…次、また汚い言葉使おうとした…無理にでも止めるからね?」


そう言ってニコッと微笑んでいる蒼の声には冗談みは一切感じず本気のようだった。

翠璃は戸惑いを隠せずに泳がせていた目を蒼に向けると蒼と目が合い、ニコッと微笑みかけられる。


「蒼、…本気よ?」


翠璃のグロスを全てぬぐい去るように下唇を撫でるとチュッと唇で音だけを鳴らし翠璃から手を離して離れた。

蒼に翻弄された翠璃は壊れた機械のようにプシューと音を立てて煙をあげそうなほど顔を真っ赤にして、それを隠すように両手で顔をおおって蒼の思い通りに大人しくなった。


「ね?橙子ちゃん」

「ひっ」


翠璃におしおきをしていた蒼に気づかれないようにひっそりと自分の席に身を潜めていた橙子を次の標的に定めた。

橙子は楽しそうにニコニコと笑顔をうかべる蒼に何をされるのかと今日ふと不安で身構える。


「蒼…」

「ん…?」

「私、その…べつに喧嘩したくてしてる訳じゃなくて…」


蛇に睨まれた帰るのように怯える橙子は必死に翠璃との口論について謝罪と言い訳を始めるが蒼の買おわ少しも変わらずに笑顔で、それがさらに橙子の恐怖心を煽った。


「知ってる。橙子ちゃんも翠璃ちゃんもちゃんと仲良しだもん」


蒼は笑顔のままそう言うと身構えてる橙子の手を優しく握った。

暖かくも小さな蒼の手に包まれるとどこか安心するような心地がした。


「それにね?…橙子ちゃんはブスなんかじゃないわ…とっても可愛いの」

「え?」


蒼は橙子の手を握ったままその手で橙子の頬を撫でる。

橙子は自分の手とは違うものに頬を触れられるとビクッと反応して笑顔のままの蒼を不安そうな目で見つめる。

そんな橙子の表情に蒼はクスリと笑う。


「ほら、その顔…とっても可愛い」


わざとらしく耳元でそう蒼が呟くと擽ったさにピクっと橙子は反応してふあっ、と吐息まじりの声を漏らす。


「でもね、…あまりに可愛い顔させると…蒼何するかわかんないな…」


先程の翠璃と同じくらいの顔の近さで微笑む蒼は眉を下げて困り果てる橙子の頬にぷにっと指を指して顎のラインを人差し指で撫でるとまた同じように唇だけで音を鳴らしてみせた。


「だから、橙子ちゃん…ブスって言われても反応しちゃダメよ?」


そう言ってやっと離れた蒼に橙子は可愛いと言われた嬉しさと恥ずかしさから顔を真っ赤にして何度も頷き答える。

それに満足したらしい蒼も良かったと微笑むとそろそろ昼休みが終わるので自分の席に着いた。

ものの一瞬で女にさせられたふたりは横目でお互いがどんな顔をしているのかと横目で見てみようとしたが恥ずかしさが勝ってしまいそうはいかずに次の自習時間が始まるチャイムがなった。

また静かになった教室で、2人は自分の鼓動の音だけが嫌という程に聞こえた。



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