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「と、言うことがありましたの」
昨晩の大雨が嘘のように晴れた雲ひとつ無い空からの太陽光が窓から優しく入ってくる学校の食堂での昼食時間、真美子は頼んだ出来たてのデミグラスソースのオムライスを目の前にしても手をつけずに一緒に昼食を共にする陽菜乃と紅音に昨日起きたことを一通り話した。
テスト期間ということもあり、午前中のテストからの開放感から食堂の生徒たちはいつもよりも騒がしかった。
茄子の入ったミートソースパスタを適当にフォークに巻き付けていた陽菜乃は真美子の話を聞くとその手を止めた。
紅音は強引に学食のメニューに付け加えさせた真っ赤なブラッドオレンジジュースを赤いストローで吸いながら話を聞いているよと言うように真美子を見つめる。
「ソレって本当?」
「えぇ、本当です」
「そうよ、真美子がそんな手の込んだ嘘つけるわけないでしょ?」
ちゅっ、とストローから口を離した紅音はナイフを手に取り自分の昼食である煮込みハンバーグに突き刺した。
「まぁ、そうね…。で、大丈夫だったの?」
「お母様からはこっぴどく叱られましたが…門限を少し早めるという事で納得して頂きました」
「真美子の母親は教育熱心ね」
「いや、それもそうなんだけど…男の人と一緒にいたんでしょ?」
せっかくパスタを巻いたフォークを皿に置いて真美子に心配そうな目線を送る。
真美子はチキンライスにふんわりとかかった半熟でトロトロの卵の上で光沢のあるデミグラスソースを眺めてはあっ、とため息をもらした。
「えぇ。初対面の人…ましてや男性の方と狭い車内で2人きりなんて…生きた心地しませんでしたわ…」
「その男も災難だったわね。わざわざ送ってあげた上に頭まで下げたのにいきなりぶたれるなんて…ほんと、どこの滑稽話よ」
「ああ、…私はなんてことをっ…」
湯気を立てる煮込みハンバーグを1口サイズに切り分け、その1つにふぅっと息をふきかけてある程度冷ましてから紅音は真美子にそう言ってハンバーグを口に入れた。
真美子は改めて実際起きた事だけを思い出すと頭を抱えて懺悔する。
陽菜乃もなんと声をかけるべきか分からずに巻いていたパスタを口に運んだ。
「はぁ、…お詫びの品どうしましょう」
背後から漫画で使う表現方法のようにどんよりとした負のオーラを出しながらしばらく懺悔していた真美子がまた溜息を吐いてやっと目の前のオムライスに手をつけた。
「無難にお菓子でいいんじゃない?」
「そうですよね…。ですが、大橋様は料理人ですので…変に食べ物を渡してしまうのは逆に迷惑かとも思いまして…」
「んー、でも別に大丈夫じゃない?」
咀嚼していたパスタを飲み込んだ陽菜乃はグラスを持って水をひと口した。
もくもくと煮込みハンバーグを食べていた紅音に無意識に目がいき器に盛られた付け合せの野菜が手をつけられていないことに気づいた。
「こら紅音、ちゃんと付け合せの野菜食べなさい」
コトン、とグラスをテーブルに置いて付け合せの人参とブロッコリーを避ける紅音に母親のように注意すると大きなお世話よ、と言わんばかりの目線だけを送る。
「そんなに食べたいならあげるわよ?…そうね、このブロッコリーなんて美味しいと思うわ」
そう言って1番大きなブロッコリーをフォークに刺して煮込みハンバーグのソースをたっぷりと付けるとそれを陽菜乃の皿に落とす。
「あ、こら…もう、残りは自分で食べなさいよね」
「ですって真美子」
「え?私ですか?」
諦めたようにため息をついた陽菜乃はたっぷりのソースまみれのブロッコリーを口に運んで紅音にそう言うが紅音は隣に腰掛けてオムライスを少しづつ食べている真美子に流す。
「でもね、紅音さん。ちゃんとお野菜も食べなくては栄養が偏ってしまいますわよ?」
「いいのよ、その分他ので補ってるもん」
子供のように言い逃れる紅音はブラッドオレンジジュースに刺さったストローを口にした。
「にしても、明日までテストかぁ…嫌だなあ」
ブロッコリーを飲み込んで新たにパスタを巻き始めた陽菜乃は嫌そうに呟く。
やっと4分の1を食べ終わった真美子も賛同するように頷く。
「でも、明日は教科数が少ないですからね。ほら紫之宮さんの得意な日本史じゃないですか」
「いやー、範囲広すぎて全然自信ないなー…。今日も徹夜かな」
「まぁ、そんなこと言って。いっつも日本史の学年トップじゃないですか」
「テストの話なんかしないで。美味しくなくなるでしょ」
そう言ってテストの話題で話し出す2人に不服申立てをするとそれまでは程よいBGM代わりだった生徒たちのざわめきが更に大きくなり出した。
どうかしたのかなと3人が辺りを見回すと食堂の入口の方でそのざわめきが大きくなっているのがわかった。
「どうしたんでしょうか…」
「そうね。有名人でも来たんじゃない?」
「…あながち違わないみたいよ」
それ以上は気にしない真美子と紅音は中断していた食事を再開させるが陽菜乃だけは生徒たちが唐突に騒ぎ出した理由を突き止めたらしく納得したような顔をすると2人と同じように食事を再開させた。
「見て、浅黄さんがいらしてるわ!!」
「まぁホント!!あぁ…今日もお可愛らしい」
「少し遅めの昼食ですわね。あ、浅黄さん、ご一緒しませんか?」
人だかりの中心で周りの生徒から憧憬や羨望の眼差しを向けられる生徒は頭に真っ赤なリボンをつけていて周りの人に上品に微笑みながら会釈をして食堂を歩いていた。
「お誘いありがとうございます。ですが、今回は遠慮させていただきます」
そう断りを入れる生徒は褐色肌で目立つ綺麗な白い歯を軽く見せるように微笑み朱色のランチバックを片手に食堂に空いている席がないか顔をキョロキョロさせて探していた。
陽菜乃はパスタの茄子を口にしてもごもごさせながらその生徒に向かって手を振った。
「智瑛莉ー」
陽菜乃が人だかりの中で席を探している智瑛莉に向かって手を振るのでその場にいた生徒の視線が陽菜乃に集まった。
手を振るのが陽菜乃だと分かれば飼い主を見つけた犬のように幸せそうなオーラを放ちながら笑顔で3人の座るテーブルに近づいた。
「ごきげんよう。陽菜乃さ…お姉様ぁ!!」
「うぐっ」
智瑛莉は自分を呼んでくれた陽菜乃に頭を下げて挨拶をする。
智瑛莉がテーブルに近づいてくるにつれ隣に座る真美子の陰に隠れてバレないようにしていた紅音だったがすぐに見つけられ、殺されるんじゃないかと言うほどきつく熱い抱擁をされる。
飲み込んだはずのブラッドオレンジジュースが食道を逆流するような感覚を感じた。
「ああっ…お姉様っ。テスト期間中お会い出来ませんでしたが…今日はどうしてだかお姉様と会えるような気がしていたのです…あぁ、お姉様ぁ…会えない時間が二人の愛を強くするって本当なんですのね…」
テスト期間で1週間ほど部活がなく学年の違う紅音と会えなかった智瑛莉はまるで数年ぶりに再会した恋人のような事を紅音を愛おしそうに抱きしめながらしみじみと囁いた。
それまで智瑛莉の周りにいた取り巻きの生徒達は同席していた真美子と陽菜乃でさえ入る隙のない2人の様子を目の当たりにするとすぅっ、と方々に散っていった。
「ま、まぁ…智瑛莉、とりあえず座ったら?」
「えぇ、ですが、もう少しこのままで…」
「ちょっ、と…苦し」
「ふふっ、智瑛莉さん。お隣どうぞ」
紅音の隣に座っていた真美子は智瑛莉に自分の席を譲り陽菜乃に一応頭を下げてその隣に座る。
智瑛莉はありがとうございますっ!と嬉しそうにお礼を言うと真美子の座っていた椅子に座るが未だに紅音を離さなかった。
「いやだ、離しなさいよっ」
「お姉様ったら…照れ屋さんなんですから」
苦しそうな表情を浮かべて細い腕で力なく智瑛莉を引き離そうとするが智瑛莉はその手を握ると紅音の茶色がかった髪の毛に軽くキスをしてやっと離れる。
先程まで元気よく煮込みハンバーグを食べていた紅音だったが体力尽きるまで持久走を走った後のようにぐったりと椅子の背もたれにもたれる。
「相変わらず紅音が大好きなのね」
「何を仰ってるんですか?大好きなんて簡単な言葉では私のお姉様への気持ちは表せませんわ」
「ふふっ、素敵ですわね」
真美子はあからさまに幸せなオーラを醸し出す智瑛莉につられて微笑む。
智瑛莉は嬉しそうにニコニコしながら持っていたランチバッグから女の子の掌よりも少し大きめな二段重ねの真っ赤なお弁当箱と箸入れを取り出して目の前に置く。
「智瑛莉ってお弁当なんだ」
「えぇ。今日は作ってもらいましたので」
そう言って2段を分けてそれぞれの蓋を開けると、1番上には色彩豊かなおかずが料理雑誌のもののように綺麗に敷き詰められていて2段目には真っ白な米がぎっしりと詰められていた。
「美味しそうですね」
「美味しいですよ」
智瑛莉はふふっと微笑んで入っていたミニトマトなどの野菜から食べ始める。
真美子も覚め始めた自分のオムライスを黙々と食べ出す。
「私もうお腹いっぱい」
智瑛莉に体力を持っていかれた紅音は煮込みハンバーグの4分の1を残し、その器を陽菜乃と真美子の前に食えよと言わんばかりに差し出す。
辛うじて喉元を通るブラッドオレンジジュースは全部飲み干す。
既にパスタを間食していた陽菜乃は紅音が使っていたナイフでその残りを半分に切り分けて片方を食べた。
あんなにはしゃいでいた智瑛莉だったが食事を始めると何も話さなくなった。
「真美子食べ終わる?」
「え、えぇ…そのように努めてますが…」
「残すなら、私が食べたげよっか?」
「とか言って食べたいだけなんじゃないの?」
食べるのが早くない真美子が昼休み内に間食できるかが怪しくなってきて陽菜乃はまだ半分ほど皿に残っているオムライスを見ながら問いかける。
真美子は陽菜乃の提案を受けるが紅音は陽菜乃に釘を刺す。
「まぁ、ちょっと正解」
「…っん、それならばそうと言って下されば良かったのに。紫之宮さん、食べかけでよければひと口どうぞ」
「やったぁ、いただきまーす」
そう言うと真美子がやっと半分食べ終えたオムライスの端をパスタのソースの付いたフォークで今日にすくって食べ始める。
ぐったりしたままの紅音は壁にかけられた見えづらいローマ数字の時計を見て昼休み時間がどんどん少なくなっているのを確認すると、真美子と智瑛莉が時間内に食べ終わるんだろうかとぼんやりと思った。




