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午後の紅茶にくちづけを  作者: ちょこみんと
ディンブラ・ティー
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──誰かを愛する少女ほど純新無垢で美しく、悲しいほどに残酷なものは存在しない。

そう言ったのは誰だっただろうかと開いた英語の文章が羅列されている教科書をぼんやりと眺めながら手にしている白色のシャーペンを指先で弄びながら陽菜乃はふとそう思った。

先程からこの閑静な空間で退屈な英文が記されている教科書に目を通しているが内容は全く入ってこない。

もうすぐ学年が変わって初めてのテストが来るというのに陽菜乃は目の前で優雅に本を読んでいる橙子がいつもに増してニコニコしているのが気になって仕方が無いのだ。

放課後、テスト前だと言うのに二人しかいない学校の自習室で珍しくテスト勉強を始めた陽菜乃の前に後で現れた橙子は閲覧室にいくつも場所がある中どうしてか陽菜乃の目の前に座りハードカバーの本を開いて読み始めたのだ。

軽い挨拶を交わしただけであとは何も会話は無くただお互いに自分のすべきことに集中していたはずなのだが、しばらくしてページをめくる橙子が1人で微笑んでいるのに気づいてから気になって仕方なかった。

私語厳禁の自習室で声をかけていいものかと迷ったが英語の勉強どころではなくなくなったので迷いに迷った末、オレンジ色の付箋に『何笑ってんだ』と書いて開かれた本のど真ん中に貼った。

いきなり目の前に現れた付箋とその内容に驚いた橙子はハッとして口元を手で覆い目を開き陽菜乃に目をやった。

その様子だと自覚がないようだと陽菜乃は気の抜けた笑とため息を同時にこぼした。

橙子は恥ずかしそうに片手で顔を半分ほどを隠して陽菜乃が手にしていたシャーペンを奪うように取ると『私、笑ってましたか?』と開いていた陽菜乃のノートの跳ね止めがしっかりとしている字で端に書いた。


「自覚無し?」


ペンを取られた陽菜乃は小声で笑つてしまったが二人しかいない静かな自習室に響くには十分なん大きさだった。

陽菜乃の声に少し驚いた橙子は手で口元を隠しながら恥ずかしそうに読みかけの本をパタンと閉じた。


「やですわ、言ってくださればいいのに」

「だって気持ち悪かったんだもん」

「ひどぃ!!」


陽菜乃は橙子からペンを取り返すと同じように開いていたノートと教科書を閉じ、ペンを藍色のスクエア型ペンケースにしまった。


「お帰りになりますの?」

「うん、やっぱり学校でテスト勉強なんて向いてなかった」


学校鞄に筆記具類を適当に詰め込んであなたは?と目だけで橙子に聞くと少し迷った末に私もと言うように本を片手に立ち上がった。


「で、そんなに笑って何読んでたの?」


貸し出し処理をしていないらしいその本を元あったであろう本棚に戻していった橙子に問いかける。

くすんだ白のハードカバーのその本は見た目に似合わず、カタン、と軽い音をたてて元の場所に戻っていった。


「ふふっ、おとぎ話ですよ」


橙子がクスリと笑ってそう言うと自習室からでていこうと入口の扉のドアノブに手をかけたと同時に誰かが図書館に入ってこようとしているようで、反対側からドアを押されて橙子の左肩にぶつかった。


「きゃっ」

「あっ、申し訳ありませんっ!!お怪我はございませんか!?」


ゴドッと鈍い音が橙子の体からすると外からドアをぶつけた生徒が心配そうに声をかけた。

陽菜乃も橙子を心配してバランスを崩しそうになる橙子の体を支えてやりながらもドアの向こうにいる生徒に目を向けると見覚えのある赤いリボンと浅黒い肌の少女がオロオロしながらこちらを見ていた。


「あ、智瑛莉?」

「あっ、陽菜乃さん…あぁっ、橙子さんでしたか」


名前を呼ばれた少女は目の前にいた先輩に驚き、反射的に頭を下げて挨拶をする。

開いた重い扉を手で支える智瑛莉はぶつけてしまった橙子に謝罪の意を込めてもう一度頭を下げると出ていこうとしている先輩のために扉から離れた。


「もぉ、チェリーちゃんったら。私だったからいいけど、他の方だったら何されるか分からないわよー?」


橙子は普段通りに笑顔を浮かべながらそう言って智瑛莉のおでこを人差し指で小突いて先輩らしく注意した。

智瑛莉も申し訳ありませんともう一度頭を下げた。


「ほら橙子、智瑛莉の邪魔だからどいてあげなさいよ」

「あら、ごめんなさいねチェリーちゃん」


陽菜乃にそう言われると橙子は笑顔のまま智瑛莉の横を通り抜けて廊下に出た。

陽菜乃のも智瑛莉に道を開けるように橙子に続いて廊下に出たが引き止められるように智瑛莉に声をかけられる。


「あの、お姉様を見かけませんでしたか?…今日は姿も見ていなくて」

「紅音?…あぁ、今日はもう帰ったわよ。どっかに行く用事があるんですって」


思い出しながら陽菜乃がそう伝えると少し残念そうな表情を浮かべ俯いた。


「学年が違ったらお紅茶の時くらいじゃないと会うことないもんね…。チェリーちゃんにはテスト期間がもどかしいわね」

「もぉ、その呼び方はやめて下さいませ!!私だって橙子さんの事オレンジって呼びますよ?」


紅音に会えず落ち込んでいる様子の智瑛莉を慰めるように頭を撫でた橙子の発言に不服の色を見せる。

オレンジと言われても嫌そうな顔をしないでヘラヘラしている橙子に陽菜乃が突っ込む。


「ごめんなさいね智瑛莉。ここに用があるんでしょ?」

「あぁ、いえ。大したようではないので」

「じゃあもう帰るの?」

「はい、そのつもりですが。…何か?」


橙子の問いかけに答えるも疑うような目で見つめる智瑛莉に橙子は満面の笑みを浮かべて強引に肩を組む。


「なら、私達とこれからお茶しに行かない?私もっとチェリーちゃんとお話したいと思ってたの」

「え?私とですか…?」

「待ってよ、私達って私も入ってるの?」


私達という言葉に引っかかった陽菜乃が少し困惑の表情をみせるが当たり前と言わんばかりの表情で橙子に見つめられて仕方なく受け入れた。

智瑛莉も強引に肩をだかれて拒否することも出来ずに渋々受け入れたように頷いた。


「良かったぁ、私行きたいお茶処があるんですよ。あ、お2人は抹茶お好き?」


2人に拒否されずに自分の思うとおりになった橙子は満足そうに笑いながら軽快な足取りで廊下を歩き出す。

智瑛莉と陽菜乃は1度お互いに目を合わせて笑い合うと橙子の後ろを追っていく。


「嫌いじゃない…と思う。あんまり食べたことないなー」

「私もです。抹茶って緑茶とは違いますよね?」

「まぁ…。なら是非名産地のお抹茶を召し上がって下さいませ」


2人の答えに反応しながらも嬉しそうに笑う橙子について行くが、その橙子があっと言って立ち止まり2人を振り向く。

申し訳なさそうに眉を下げるのでコロコロ変わる表情に2人は戸惑った。


「ごめんなさい、お二方。私鞄を教室に置いたままでした…。取ってまいりますので、玄関口でお待ちいただけますか?」

「もお、早く来ないと2人でどっか行くからね?」

「そうですよ。5分以内でお願いしますね?」

「まぁ、それは大変だわ。急がなくちゃ」


陽菜乃だけならまだしも智瑛莉にまで急かされるので橙子はクスッと笑ってでは、と自習室のある1階から二年生の教室のある2階に向かうために小走りで階段を駆け上がって行った。

荷物を手にしていた智瑛莉と陽菜乃は玄関先に自然と足を向けた。


「ごめんね、うちの変なのがいきなり誘って」

「いえ、そんなことないですよ。オレンジさんの言う通り私もお2人ともっとお話ししてみたかったですし」

「あら、初耳ね」

「お姉様といる時は極力お姉様の事しか考えたくないので」


智瑛莉はそう言って笑うとつり上がった形のいい唇から真っ白な歯が覗いた。

すごいことを言っているはずなのにその絵画のような美しい笑顔で全てがよく纏まったように見えた。

ほとんどの生徒が帰ってしまった校内の廊下はあまりに広すぎて静かだった。


「お2人は自習室で何為さってたんですか?」

「何って、私はテスト勉強してたんだけど、あのオレンジはにやにやしながら本読んでたの。ホントに気持ち悪かった」

「まぁ、如何様な本だったんでしょう気になりますね」

「そうね、後で聞いてみたら?」

「でも、そこまで興味は無いかもしれません」


少女のように純粋な笑顔とは釣り合わないような事を言う智瑛莉がおかしくて陽菜乃は笑ってしまう。

生徒用の玄関について曇り空が見えてきたところで橙子が戻ってくるのを2人で待つ。

しばらくして鞄を片手に2人の元に笑顔を浮べる橙子が小走りで駆け寄ってきた。


「お待たせ致しました。では、行きましょう」


少し呼吸の乱れている橙子がそう言って2人に着いてこいと言わんばかりに先を歩き出す。

軽く返事をした2人はその後ろをついていく。


「ここから歩いて行ける距離?」

「ええ、以前蒼と翠璃とも学校帰りに行きましたの。でも、翠璃ったら抹茶の良さを全く分からないんだから…。連れて行って損した気分でした」

「ふふ、翠璃さんらしいですね」

「普段は紅茶だからねー、しかも翠璃に和風なものってなかなかのミスマッチよね」

「あー、それも分かります」

「でも、せっかく一緒に行ったんだから楽しめばいいのに」

「陽菜乃さんからも翠璃にそう言って下さいよ!!あの女私の好みを否定したいだけなんですよ」

「まぁ、なんでも出来そうだけど翠璃も不器用な子だからね」

「えぇ、翠璃さんなりの橙子さんへの愛ですよ、きっと」


陽菜乃に続けて智瑛莉がそう言うと思わずふふっと吹き出してしまった。

橙子は愛という単語を聞いてそんなことありませんよと首を振ってすぐに否定した。

どんよりとした曇り空の放課後であったが3人の明るい笑い声に負けて逃げていくように青空が垣間見えはじめた。

そして3人は色んな人で溢れるにぎやかな街並みを歩き、橙子のお目当てのお店に向かった。


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