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午後の紅茶にくちづけを  作者: ちょこみんと
ディンブラ・ティー
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しとしとと雨が降る昼下がり。

昼休みが終わるまであと7分、何人かの女子生徒が複数人が教材やお昼ご飯が入っていたのであろうランチバッグを持ってそれぞれの様々な理由から教室からまた別の教室に移動すべく廊下を行き来していた。

会話や笑い声混じりの女子生徒達の間を時たまに挨拶を返しながら縫うように進む陽菜乃は左手にしてる時計で時間を確認しながら部室に向かっていた。

次の授業は数学II、移動教室ではないものの3年の自分の教室から部室までゆっくりしている程の余裕はなく、さらに部室に向かっている理由でもある忘れ物を探していたらもっと余裕はない。

足早に部室に向かう、その途中で気が早く部室の鍵を手のひらに持ちだす。


「…あら?」


生徒たちも少なくなった部室の前に着き、ドアノブに手をかけると普段ならば鍵のかかっているはずのドアがもう既に開いていたのだ。

部室の鍵を持っているのは部長の真美子と副部長の陽菜乃、そして2年生3人で一つの計3つ。

自分と真美子以外に鍵を開けることが今までになかったので少々戸惑いながらも部室におそるおそる入った。


「誰かいるの?」


部室に入った瞬間に目に入るソファーには人影は見えなかった。

ぐるっと辺りを見回すが、バルコニーにも給湯室、ピアノにも誰も居ない。

少し不気味に思った陽菜乃だったが昨日部活終わりに鍵を閉めたのが真美子だった事を思い出せば、鍵をかけ忘れたのだろうと勝手に解釈する。


「さてと…どこに忘れたのかしら…ぅわっ!!」


陽菜乃はそう言いながら給湯室の前でくるりと体を回転させて先程とは違う角度で部室を見回すと先程は気づかなかったがいつも蒼と翠璃が座っている3人がけのカウチソファに生徒が靴を脱いで丸まっていた。

いきなり視界に入った女子生徒の姿に驚きのあまり漏らした陽菜乃の大きめな声のせいでその女子生徒は小さく唸ってゆっくりと目を開けた。


「うぅん…もぉ、誰ですかぁ?…ここは紅茶部のおへやですよーぅ」


女子生徒は眠い目を擦りながらゆっくりと起き上がりそう寝起きでふわふわとして芯のない声で言いながらぐぐーつと伸びをした。

幼女のように小柄なミディアムショートの女子生徒のスカーフは水色で、彼女の寝ていたソファーにはよく目にする青のレースリボンを耳にしているうさぎのぬいぐるみが横たわっていた。


「なんだ蒼か…。何してるのよこんな所で」


その女子生徒が部の後輩でもある蒼だと分かると陽菜乃はため息と吐いて安心したように笑みをこぼした。

蒼はぼんやりした目で陽菜乃を見つめ、上手く働かない頭を少しずつ機能させて今の状況を把握する。


「…あぁ…陽菜乃さん…。ごきげんよぉ…」


蒼はふにゃっと笑い挨拶をするともう一度ふわぁっと欠伸をした。


「ごきげんよぉ…じゃなくて、もう昼休み終わるわよ?早く次の授業いきなさい」

「えー。陽菜乃さんだって、授業戻らないんですか?」

「私は真美子の忘れ物を代わりに取りに来たの」

「忘れ物?…あ、もしかしてコレですか?」


蒼は自分が横になっていたソファーから黒いレザーケースのスマホを手にして陽菜乃の前に差し出した。


「あ、そうそうコレ。ありがとう。どこにあった?」

「あそこのワゴンの上に置いてありました。誰のかわからなかったので今日の部活で聞こうと思って…でも貴重品なので蒼が預かっておこうかなと思いまして」


蒼は微笑みながらスマホを陽菜乃に渡す。

陽菜乃はそれを受け取るともう用事が無くなり部室から出ていこうと入口をちらっと見てから腕時計で時間を確認した。


「ほら、蒼も戻るわよ」


蒼のおかげで部室中を探す手間が省けたといえど時間は刻々と進み、先程予鈴がなり昼休みは残り4分ほどしか無かった。

はしたないけれど走っていけば教室に間に合うと頭の中で考えている陽菜乃とは反対に蒼は靴を履いてもソファーから立ち上がらなかった。


「ちょっと、何してんの」

「蒼…今日はちょっと…。次の時間まで休みます…」


そう言うと横になっていたジュンを抱き上げて肘掛に甘えるように体重をかけて持たれた。


「どうしたの?体調悪い…?」


時計の針がまた時間を進めた。

陽菜乃は早く戻らなくてはならないのだが、目の前の後輩を見捨てるわけにも行かなかった。


「…あ、でも、心配しないでください!!陽菜乃さんは早く授業に行ってください」

「そんなわけにはいかないわよ。蒼に何かあったら大変だもん」


陽菜乃はそう言うと蒼の隣に腰かけた。

ずっと横になっていたのだろうと容易に察せるほどベルベットの素材はほんのりと温もりが残っていた。


「…保健室には行かないの?」

「…そこまでひどい訳では無いので…」

「熱はある?体はだるくない?」


蒼の額にゆっくりと手を添えて体温を確かめるが、陽菜乃とそれほど変わらずむしろ冷たいくらいだった。

蒼は医者のように自分に質問攻めにしてくる陽菜乃に苦笑いを返す。


「…ありませんか?何だか今日は何もしたくないなって日」


額にあった陽菜乃の手を引き剥がしてそこまで蒼が言うと昼休み終了と授業開始のチャイムが遠くから聞こえてきた。


「私にはないかな…。蒼は今日がそうなの?」


蒼はコクリと頷くとギュッとさらに胸元のジュンを抱きしめた。


「そう。ならゆっくりしなさいよ。…あ、今日のお茶はどうする?もう帰る?」

「いえ、大丈夫ですよ。この1時間だけ休めばきっと大丈夫ですから」


そう微笑む蒼に陽菜乃もそっかと微笑み返す。

しばらくお互いに黙っていたら肘掛にもたれていた蒼が隣に座る陽菜乃に体を寄せてコテンと陽菜乃の左肩に頭を預けた。


「陽菜乃さんはお母さんみたいですね。何だか一緒にいるとものすごく安心します」

「もお何それ?…こんなに可愛い女の子を産んだ覚えはありません」


陽菜乃が幼い子供のように自分に擦り寄ってくる蒼の髪の毛を軽く撫でると、本当に安心しているのか可愛いと言われて嬉しいのか蒼はふふっと笑う。


「陽菜乃さん授業には戻りませんの?」

「んー、ない?どうしてか何にもしたくない日って。私、今日がそうなの」

「まぁ、奇遇ですね。蒼と同じです」


そしてまた2人は笑いあって自然と身を寄せあった。

それから何かを話すわけでもなく互いの存在を制服越しに感じ、どこか落ち着く空気が流れた。

まったりとした雰囲気の中、蒼から眠気が移ってきたようで陽菜乃の瞼が自然と重くなりうとうとしだす。


「ねぇ、陽菜乃さん。聞いてもいいですか?」


そんな沈黙を破った蒼は唐突に今にも眠りにつきそうな陽菜乃に会話のきっかけを差し出した。

陽菜乃は頭を何度か小さく横に降り顔を洗うように両手で顔を擦り、何?と返事をする。


「陽菜乃さんは…好きな人っていらっしゃいますか?」

「…え?」


突然の質問で、さらに蒼からそんなことを聞かれると思ってもいなかった陽菜乃は驚きのせいでぱっちりと目が覚めた。

蒼の顔を覗き込むと、口元には笑みを浮かべていたが冗談ぽいわけでもなくあくまでも真面目な様子で問いかけていた。


「んー、そうね…考えた事ないわ」


無意識に自分の手にしてる黒レザーのスマホに視線を落とした陽菜乃は一度は真剣に考えるがそんな人物をパッ思い描くことが出来ずハッキリとしない答えを返すと蒼はジュンのうなじというのか頭と胴体の中間あたりに顔をうずめる。


「実は…蒼はいるんです…」


そう言う蒼の声は小さく2人の部室の中で静かであるのにこの距離でやっと聞こえるほどだった。


「へぇ、そうなの」

「はい、とっても素敵な人()()()

「でした…?」


変な語尾に疑問をだく陽菜乃は首を傾げ蒼の話に耳を傾ける。

蒼はこれ以上話すかすこし躊躇った様子だったがすぐに続けた。


「もう、何年も会えてないんです…」

「へぇー…、何してる人なの?」

「…わかりません。…今どこにいるのかも、…生きているのかも」


首を横に小さく振りながらそう言う蒼はごめんなさい、とジュンで顔を隠しながら強がるように微笑んだ。

大丈夫よと陽菜乃は蒼の頭を優しく撫でた。


「…蒼、智瑛莉ちゃんがとても羨ましかったんです」

「智瑛莉を?」


唐突に出た智瑛莉の名前に素直に疑問を返すと、蒼は自分の熱が移ってしまうほど力強く抱きしめていたジュンを陽菜乃に見せた。

丁寧に手入れはされているのだろうが茶色地のジュンには蒼が常に愛しているのだろうと分かるほど使用感があり、耳につけている青いリボンは端が解れていた。


「智瑛莉ちゃんは大好きな紅音さんと再会できたのは、紅音さんにもらったあのリボンが運命の赤い糸になったからって言ってたじゃないですか?…蒼にとってはジュンがそうなんです」


蒼はジュン頭を指先で愛おしそうに撫でた。


「リボンは青だから赤い糸とは言いませんか」

「…蒼…」

「…私がまだ小学校低学年の時です。おうちで可愛がっていたネザーランドドワーフが死んじゃったんです。蒼…本当に可愛がっていたので…もうこの世の終わりくらいに悲しくって…」


ジュンに目線を落とした蒼はぬいぐるみの毛を指先でいじりながら自分を見つめている陽菜乃にまた続けた。


「蒼が、あまりにも立ち直れないものですから…家族は困り果てて…。そんな時、彼が…あっ、彼(たか)くんって言うんですけど…貴くんが、ジュンをプレゼントしてくれたんです」

「…そう。大切なものなのね…」

「えぇ、とっても。…ホントに…蒼は…彼が、好きでした…」


蒼の目には涙が浮かんでいて、頬に流れ出さないように必死に目を動かしたり不用意に瞬きをしたりしていたが陽菜乃はその様子を見て蒼の手にそっと自分の手を添えた。


「でも…もう何年も音信不通の彼を思っているのは辛くて…だから、別の人を好きになれば貴くんを忘れらるんじゃないかなって思って…、あのゲームを提案しました」


あのゲームとは数週間前に蒼から始めた好きな人と結ばれようと言うもののことだろうと陽菜乃は理解する。

添えた手を握り返す蒼はジュンを手にすると切なそうに見つめた。


「もう忘れようって…、何度もジュンを捨てようとしました…、何度も…。でも…捨てようとした時、貴くんのこと思い出しちゃって…いっつも捨てられなくて…」


たまらず蒼の大きな瞳からは大粒の涙が零れ頬を濡らした。

ごめんなさい、と謝りながら涙を拭う蒼を陽菜乃は慰めるようにゆっくりと抱きしめた。

蒼は両手でジュンをつかんで抱きしめる陽菜乃の制服に甘えるように顔を押し付けた。


「もう、忘れたいんです…貴くんの事…。でも…心のどこかではまたきっとどこかで会えるんじゃないのかなって…」

「うん…」

「…やっぱり、貴くんの事が好きで…忘れたくないんです…」


蒼は陽菜乃の肩で声をふるわせて言う。

陽菜乃は蒼の頭や背中を撫でてなだめた。


「じゃあ、忘れなくていいじゃない… 」

「…え?」

「そこまでちゃんとした気持ちがあるのなら、今更忘れようとかしなくていいのよ」

「…陽菜乃さん…」

「貴くんも幸せね、愛されたい人がいっぱいいる蒼にこんなに愛されてるなんて」


陽菜乃は微笑みそう言うと蒼の頭を子どもをあやすように撫でる。

蒼は嬉しそうに微笑むがまた片目から涙があふれる。


「蒼…ずっと貴くんの事待ってられると思ってました…でも、こんなに辛い事だなんて思ってもいませんでした…」

「うん…」

「ジュンにだって…彼の匂いが残ってました…。でも、今ではもう…彼の残り香は蒼の臭いになってしまいました…」

「そう…」

「あ…ごめんなさい。こんな話…面白くないですよね…」


しばらく陽菜乃に体を預けていた蒼はすっと体を離すと陽菜乃に頭を下げて謝罪する。

しかし陽菜乃は微笑み首を横に振った。


「いいのよ。蒼のこんな話聞くの初めてだったし」

「…ありがとうございます…。少し気が晴れました…」

「また彼に会えるといいね…。あ、そんな事軽々しく言うもんじゃないね」

「いえ、いいんです…。お話きいてくれただけでありがたいんですから」


そう言ってジュンを抱えて微笑む蒼の目元は赤かったがもう泣き止んでいた。


「どうしてでしょうか…初めてです。ここまで他の人に話したの…陽菜乃さんは不思議ですね」

「あら、蒼の初めて私が貰ったのね」

「ふふっ、そうですね…」


泣き止んで笑顔を見せた蒼に安心したように微笑む陽菜乃は冗談を言うと微笑みで返された。

そして蒼はジュンを大事そうに抱きしめてもう一度甘えるように陽菜乃に寄りかかり目の前に小指だけを立てた右手を差し出した。


「陽菜乃さん、今日のことは2人だけの秘密ですよ?」

「うん、秘密ね」


そして2人は小指を絡めて約束を交した。











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