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金色の細やかで豪華な装飾が施された真っ白な壁で囲まれた広いダンスホールには大きな蓄音機から流れているワルツの音楽に合わせて十何人の男女が、それぞれ綺麗にドレスや燕尾服を装いお互いの手と手をとって軽やかにそして優雅にステップを踏み大人数が各々で2人だけの世界を作り出していた。
フロア内で1番大きく豪華なシャンデリアの灯りで照らされたお気に入りのオレンジ色のAラインドレスを纏った私もステップをふみ目の前の自分だけの王子様を瞳に映していた。
彼の暖かい右手が私の腰を抱き寄せ、左手は私の右手を優しく握りしめてカッコよくリードしてくれる。
王子様は茶色い瞳には私の姿だけが映っていて微笑んでいて、私も彼を見つめて微笑みかえす。
自分たちの世界を繰り広げてる周りの男女は少女漫画なら顔も描かれない背景と成り下がっていて霞むほど私と彼は輝いていて誰にも邪魔されない。
あぁ、なんて素敵なんだろう。
「いったぁ!!」
色々な思いを抱いて嬉しさか楽しさからかふふっと笑い目を閉じた時、一緒に踊っていた王子様に橙子は思いっきり足を踏まれた。
「あーもう!さっきから足が違うって言ってるでしょ!!ブス!」
橙子は目の前の王子様から手を離されて罵られた。
目の前の王子様─翠璃は苛立った様子で腕を組んで踏んだ橙子の足を指さして怒鳴る。
梅雨入りして湿気が多くなったせいか、たまたま今日がそうなのか二つに結わいた髪の毛の先はいつもよりもカールがかって大きくうねっていた。
「何よ!!あんただってステップ違うのよ!!…って、ブスじゃないわよ!!」
踏まれた足をいたわる為にしゃがみ込んだ橙子はご立腹な王子様をを見上げて不服を申し立てた。
先程までのグリム童話に出てくるような舞踏会をしていたお城の中のダンスホールだったはずのあたりは魔法が解けて見慣れた午後の紅茶部の部室に戻り、ワルツが流れていたヴィンテージものの蓄音機も部室内に誰かが設置していたもの、お気に入りのオレンジ色のドレスも真っ白で水色のスカーフの制服で、なにより目の前で自分に微笑みかけていた出会ったこともない理想の王子様は今日も橙子にキツイ口調であたる翠璃という現実に引き戻された。
自分の頭の中で繰り広げられていた王子様との舞踏会の想像を取り上げられた橙子は翠璃の顔を見てため息を漏らすと翠璃はそれが気にくわないらしく眉を寄せた。
「ため息だなんていいご身分ね。ため息をつきたいのはこっちよ」
「うるさいわね、あなたのリードが下手なのよ」
「はぁ?あんたが鈍臭いからついてこれられてないのよ!!」
「なによぉ!!」
立ち上がった橙子は翠璃に食ってかかり睨みつける。
翠璃もそれに負けじと長いまつ毛に更に黒いマスカラで迫力が増しているつり目でキッと睨みつける。
「あら、今日も仲がいいのねあなた達」
陽菜乃がいつもの様にティーセットを載せた銀トレーを持ってそんなに大きくない部室内で踊っている2人をからかうように声をかけた。
「本当ですわね。明日は雨でしょうかね」
「夏もまだなのに雪かもよ?」
そんな2人に真美子と紅音も面白そうに声をかけると蒼と智瑛莉は耐えられなくなりクスクスと笑い出すので橙子と翠璃はふんっと互いに背中を向ける。
部室内に設備されている古びた蓄音機からは先程からワルツの曲が繰り返し流されていた。
「ほんと、あんたなんかと組むんじゃなかったわ」
「それは私のセリフよ。私だってあんたみたいな傲慢な女願い下げよ!!」
「はぁ?この私が傲慢ですってぇ!?ほんとに、久我山の娘の目は節穴なのね」
「早乙女のご令嬢こそ、気遣いの欠片も持ち合わせていないのね」
「何よ!!」
「そっちこそ!!」
「はいはい、そこまでそこまで」
テーブルにティーセットを並べ終えた陽菜乃が銀トレーを使って2人の間に割って入り喧嘩を止める。
翠璃は最後にもう一度橙子を睨んでいつもの席である蒼の隣にボスンっと音を立てて腰掛けた。
「社交ダンスですか?」
「そう。今度テストなんだー」
先程の2人の動きを見ていて今日も紅音にピッタリとくっついている智瑛莉が蒼に問いかけると、明らかに不機嫌になった翠璃を宥めている蒼は笑顔で答えた。
「それなのにどこかのお嬢様は社交ダンスの教養も持ち合わせていらっしゃらないようで」
翠璃は雑誌用に使っているような薄い笑いを浮かべ部室内の誰かへの皮肉を零す。
「そうそう、それに…礼儀のなってないどこかのお嬢様は相手の方を無駄に振り回すのをダンスと心得てるらしいのよ」
「へ、へぇ…そうなんですの…」
橙子も笑顔で部屋の中の誰かに向けての皮肉を漏らす。
笑いながらお互いを貶し合う橙子と翠璃に智瑛莉は苦笑いをうかべて隣に座る紅音に助けを求めたが、その紅音が珍しくクスクスと笑ったので安心した。
「蒼は練習しないの?」
「蒼はもうペアの子と合格したんですぅ」
蒼は右手でピースサインを作り笑顔で陽菜乃の質問に答えた。
蓄音機の前で突っ立てる橙子がはぁとため息を吐いて自分の席に戻ろうとすると目の前にはいつの間にか真美子がいて優しく微笑んでいた。
「やだ、恥ずかしいところをお見し致しまして」
「恥ずかしいことなんて何もないですわ。おとぎ話のお姫様だって初めから上手に踊れるわけないんですから」
真美子はそう微笑むと橙子の右手をゆっくりと握って、レコード盤の外側にまで回ってしまい音を奏でなくなった蓄音機の針を持ち上げてまた中心に戻して針を落とした。
蓄音機からはまたワルツが奏でられ部室の中は優雅な雰囲気になる。
真美子は目の前でぽかんとする橙子の背中に手を回して右足からステップを踏み始める。
「ま、真美子さん…!?」
「ほら橙子さん、そんな動きですと王子様に幻滅されますわよ?」
優しく微笑む真美子にリードされるままに混乱気味の橙子は足を動かし必死に追いかけていく。
どこか慣れている様子の真美子は橙子の不安定な動きの足元に目を落として一つ一つにアドバイスを投げかけ、丁寧に稽古をつける。
「わぁ、真美子さんお上手ですぅ…」
「…」
ソファの背もたれを振り返って部屋中に流れるワルツに体を乗せて踊っている二人を見ながら蒼は目を輝かせて見つめる。
隣にいた翠璃も見ないようにしてはいたが蒼が褒めるので首だけで2人を振り向いて、真美子の無駄のなく優雅な動きに目を奪われていた。
「よかったわね橙子。真美子、社交ダンスは得意分野なのよ?」
「他の体育の科目はからっきしだけどね」
真美子の運動事情を知っている3年生が踊っている2人にクスクスとしながら言ってテーブルにティーカップと今日のお菓子であるシフォンケーキを並べだした。
しかしその発言は真美子には届いていないらしく真美子は楽しそうに橙子と踊っていた。
「真美子さん、私…あっ」
「ふふ、大丈夫ですわよ。少しずつ慣れていきますわ」
ステップを間違えた橙子に足を踏まれた真美子だが依然として余裕そうな柔らかい笑みを浮かべてリードする。
リードされるままに体を動かす橙子の動きは見るからに先程よりも様になっていた。
「そこ、右足が先です」
「あ、はぃ…こうですか?」
「ええ。お上手ですわね」
桃子の不慣れな足つきを見つめて少し違うと正して褒めてを真美子は繰り返し、しばらくするとまた蓄音機の針がレコード盤の外側にいき音が途切れ2人の演目が終了しそれを見ていた部員たちは2人に拍手を送った。
どうも、と頭を下げた真美子が握っていた橙子の右手を両手で包み最後に一言告げた。
「いいこと?橙子さん。ダンスで忘れてはならないのは王子様を信じて、自分が彼の1番のお姫様だって思うことですわ。そう心がけるだけでとても素敵に踊ることが出来ますのよ」
「…ま、真美子さぁん…」
橙子は感激して目をうるませて真美子を抱きしめる。
抱きしめられた真美子は最後に微笑み手を離し、間違えることも無く久しぶりに踊れたことにか後輩によく見せられたからか、ご機嫌で自分のソファに腰掛け陽菜乃によかったわねーとつっこまれた。
「あなたも真美子に教えてもらったら?」
「…考えておきます」
紅音に真美子の稽古を勧められる翠璃だがふんっと顔を逸らしてやんわりと拒否をした。
「お姉様ぁ、私とも踊ってくださいましぃ!!」
「3年生はもうしないの」
「なら、来年に向けての予習として私と踊ってくださいませんか?」
「ですって真美子」
「あら。私のレッスンは厳しいですわよ?」
智瑛莉からのお誘いを綺麗に真美子にスイッチさせる紅音に真美子は冗談目かしく笑った。
智瑛莉は本命の紅音では無いからと苦笑いするも真美子でも良いのでは?というような顔になった。
「さ、頂きましょう?せっかく蒼がシフォンケーキ作ってきたんだし」
「そうですね」
「あ、ミルクティーだからミルクを先に入れてね」
真美子が自分のカップにミルクを注ぎ終わると中身の入ったクリーマーを翠璃に渡し回すように言う。
翠璃も真美子と同じようにカップにミルクを注ぎ隣の蒼に渡す。
「シフォンケーキかー、いい匂い」
「えへへー、ありがとう」
切り分けられたシフォンケーキの乗った皿を持ち上げて甘いバニラのような香りを鼻に感じて美味しそうだと呟く橙子にお礼を言った。
少しして全員にクリーマーが回りついで今日の紅茶のルフナを注ぎ真っ白なミルクと濃ゆい水色のルフナが混じりカップの中がマーブル色になる。
ティースプーンでマーブル色の液体を何度かかき混ぜてミルクティーが完成した。
「それではいただきます」
全員がミルクティーを作り終えたのを目で確認すると挨拶をする。
部員たちも真美子に続いて挨拶を交わしてアフタヌーンティーが今日も始まった。
ミルクの甘さと滑らかさで和らいだものの少し木が枯れたような香りが鼻を抜け、その匂いから想像できないほどのほんのり甘味を感じた。
蒼が今日作ってきたシフォンケーキを手に取ってフォークで1口大に切り分け口に運ぶ。
ルフナの渋さが支配していた口の中にしっとりとしたシフォンケーキの甘さが際立ってケーキを運ぶ手が止まらなくなる。
「蒼はお菓子作るの上手よね。お店出せるわよ」
「もー、陽菜乃さんったらそんなに褒めないでくださいよぅ」
「私、今度は蒼さんのアップルパイ食べてみたいですわ」
「ほんと?頑張ってみよっかなー」
自分の作ったシフォンケーキが好評で嬉しそうに笑う蒼は両手で持ったカップを口につけた。




