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午後の紅茶にくちづけを  作者: ちょこみんと
ディンブラ・ティー
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「珍しい組み合わせね」


紅音が音楽の実技テストをすっぽかして振替の追試を受けている放課後、部室にはいつもの様に午後の紅茶部員がアフタヌーンティーを嗜んでいた。

テーブルのうえに今日用意されたのは橙子が前から食べたいと言っていた京都の老舗和菓子屋から取り寄せてきたというどら焼きと真美子が好んでいるディンブラが並べられ、珍しいフロマージュなのでそれについて陽菜乃が言及しているのかと思えば彼女の視線はテーブルではなく蒼のスマホの画面に向けられていた。


「そうですよねー、蒼も思わず写真撮っちゃいました」


陽菜乃が手にしているスマホの画面には今日の保健室で翠璃と紅音が抱き合って眠っている様子の写真だった。

授業が終わって保健室に翠璃を呼びに行った蒼が物珍しさかその様子を携帯に残したようだ。

ニコニコ笑ってその時の様子を話す蒼を陽菜乃だけでなく橙子も興味津々に聞いていた。


「どっちが最初に寝てたの?」

「私です!!寝ようとしたらいきなり紅音さんがいらっしゃったんですの」

「お姉様から…?」


ただ1人─智瑛莉だけはそんな和やかな雰囲気とは似合わずに羨望の眼差しか、愛しの紅音を寝盗られた憎しみと悲しさかもしくはその両方かどれにでも取れる目で翠璃を突き刺すような鋭い眼光で見つめていた。

蒼が見せなければ3人だけの秘密だった事実を暴露されて、変に誤解されないように周りの人に身の潔白を証明する翠璃だが、それを知った智瑛莉の視線から逃れ助けを求めるように真美子にチラチラと視線を送る。


「ほかのベッド空いてないからって強引な子ね」

「ホントですよ。もう腕が痛くて…」


同情する陽菜乃にずっと紅音の下に敷いていた左腕の二の腕を筋肉を揉みほぐしていたわるような翠璃ははぁっとため息を漏らした。


「だから、智瑛莉ちゃんいい?紅音さんが()()()来たの。私は何も関係なのよ?変な誤解しないでよね?」


自分をものすごい顔で見てくる智瑛莉にそう弁明すると智瑛莉は受け入れようとしながらもすんなりと受け入れられずにまた複雑な表情で頷く。

今部室にいる全ての部員分の紅茶とお菓子を用意し終えた真美子は慰め程度に智瑛莉の頭を撫でてやった。


「紅音さんがまだですが先に始めましょうか」


そう提案すると皆は頷いていただきますとカップを手に取り紅茶とお菓子を各々口に運ぶ。

真美子もカップを口につけて自分のお気に入りのディンブラを楽しむ。

橙子はディンブラひとくち飲んでそのまま自分の持ってきたどら焼きを指先でつかんで頬張って嬉しそうに微笑む。


「やっぱり不思議な組み合わせ…」


陽菜乃は橙子と同じようにどら焼きを頬張りディンブラとのフロマージュに首を傾げた。

智瑛莉は先程から黙り込んで紅茶をひたすらにすする。


「あんこってカロリー高いのよね…」

「あら、なら食べなくっても結構よ?」

「はぁ?食べないなんて言ってないでしょ?日本語も通じなくて?」


手にしているどら焼きを忌まわしげに見つめる翠璃がそう言うと気にしていない橙子がどら焼き欲しさか翠璃をいじる為かそう言うが睨まれて大人しくなる。

挟まれた蒼はもう2人の争いも気にしなくなりつぶあんの皮のついた唇をピンク色の舌でペロッと舐めた。

それからしばらく部員同士でたわいもない会話をお菓子を混じえつつしていた時、部室のドアがぎぃっと開けられて、実技テストが終わったのであろう紅音が学生鞄と別の手で真っ赤なバイオリンケースを手にして入ってきた。


「紅音さんごきげんよう」

「ええ」


重いのかバイオリンケースと学生鞄を床にほおり投げるように置くとほんのり汗をかいた額に制服の袖を押し付けながらいつもの席についた。


「テストの方はどうでしたの?」

「…余裕に決まってるじゃない」


真美子は紅音のティーカップに今日の紅茶を注ぎながら今受けてきたテストの出来を聞くと気の抜けた答えが返ってくる。

どうも、と紅茶とお菓子を用意してくれた真美子に返すと喉が渇いていたのか一気にカップから赤黄色の液体が消えた。


「そんなに急がなくても紅茶は逃げないわよ」


その様子を見ていた陽菜乃が苦笑いをして紅音の空になったカップに紅茶のおかわりを注ぐ。


「…はぁ、疲れたわ…」


そう深い溜息混じりに背もたれに体を預ける紅音はいつもの気の強そうな感じに足は組まずに幼女のように内股になる。


「3年生の実技テストはそんなに厳格なんですか?」


選択授業が同じ音楽の翠璃がどら焼きをつかんでいた指先を舐めながら少し不安げに問いかける。。


「あの女が気に食わないのよ。アメリカの有名音大卒だか知らないけど、いちいち細すぎるのよ」


と先程まで受けていた追試の審査員である音楽教師を思い出しては苛立ったように用意されたどら焼きを鷲掴みにして1口口にした。

選択授業が音楽でない蒼と橙子も大変ですねー、と同情する。


「確かにあの先生厳しいけど…、とってもいい先生じゃない」

「あなたはあの女と同じピアノだからよ」

「まあまあ、そんなこと言わずに。合格したんですからいいじゃないですか」


少しご機嫌ななめの紅音は唇をすぼめてむぅっとしかめっ面をするが真美子が宥めると少し収まる。

隣に座る智瑛莉は先程から自分の指先を眺めたりいじったりと落ち着きがなかった。

その落ち着かなさに気づいているはずの紅音だが特になにかすることもなくどら焼きの皮に歯を立てた。


「ちなみに追試ってことは1回落第したんですか?」


カップを手にしている蒼が追試を不思議に思い問いかける。

紅音は首を横に振って口に残ったどら焼きの餡を流すようにディンブラを口に入れ込む。


「めんどくさいから受けなかったの。べ、別に下手くそだからとかじゃないんだからねっ」


変な誤解をされまいと強めにそう言う紅音を蒼はクスクスと笑っていた。


「お姉様…私、久しぶりにお姉様の演奏聞いてみたいですわ」


やっと言葉を発せれた智瑛莉はいきなりの発声で少しガサツいてしまった声で何かを求めるように紅音にそう頼みこむ。


「いやよ。さっきも弾いたばかりなの」


せっかくの頼みをあっさりと断られてしまった智瑛莉は少し目をうるませて下唇を噛み締める。


「紅音さん…もう少し柔らかく言って差し上げてくださいまし」

「いいのよ。この子は」


智瑛莉の様子に気づいた橙子が気を使って紅音にそう伝えるが、紅音は智瑛莉にちらりと視線を送るだけで頭や体にスキンシップで触れるようなことはしなかった。

智瑛莉は今にも泣きそうなのが見てわかるほどきつく唇を噛み締めてゆっくりと紅音の右腕に絡みつく。


「…」


腕に絡みつく智瑛莉に部員はどこか同情するような視線を送るがなんと声をかけていいのかわからずにそれぞれ手にしているものを口にするばかりだった。

紅音はそんな空気に気づいていながらも態度を変えることは無かった。


「…あのね。私、今日は疲れてるのよ…今度にして」

「…はい…」


ため息混じりにそう言う紅音が肘掛にも体重をかけると、びったりとくっついてくる智瑛莉との距離が縮まるが両者とも気にしていない様子だった。

紅音はぱっと今にも泣きそうで小さく震えている智瑛莉の顔を見上げて無表情で続ける。


「でもね私、1人だけでするのなんて嫌いなの」

「…はぁ…」

「この意味…分かるわよね?」


挑発的な口調で智瑛莉を見上げる紅音の発言を理解する智瑛莉は泣きそうになっていた顔から徐々に明るくなって笑顔に変わる。

紅音はその顔を見ればふぅっと肩の力を抜いて背もたれに体を預けた。


「お姉様っ…あぁ、お姉様ぁ…私、いっぱいピアノ練習しますわぁ!!」


先程まで死にそうな顔をしていた智瑛莉とは打って変わって、大好きな玩具を喜んで手にして手放さない子供のように明るい表情で頬を擦り寄せる。

うぐぅ…っと、頬を擦り寄せられると困ったように引き剥がそうと手を伸ばして隣に座る陽菜乃に助けを求めるが笑顔でかわされる。


「紅音さんったら…意地悪するのはほどほどにして差しあげてね?」

「今はこの子に言ってよ!!」


先程のピリついた空気を自分が作って自分で壊した紅音に真美子は微笑み体をくっつける2人を見つめた。

紅音は智瑛莉を引き剥がそうとするのもめんどくさくなり諦め大人しく体を差し出していた。


「よかったね智瑛莉ちゃん。その時は紅音さん独り占めできるね」


蒼が智瑛莉に笑いかける。

そう言われた智瑛莉も嬉しそうに何度も頷いて、なんの曲を引きましょうかと紅音に自分の好きで弾いている曲を伝えるが、はいはいと軽く流される。


「えぇ、よかったお姉様。好きですぅ」


嬉しそうに笑いながら息が詰まるほど抱きしめてくる智瑛莉とは反対に紅音は徐々にぐったりとしてくる。


「もお、今日は疲れてるって言ったでしょ…」

「動けなくなったら私が連れて帰ってさしあげますわ」

「いいえ、それは結構よ」

「あーん、お姉様ったら照れなくってもいいのにぃ」


紅音の頬に唇を押し付ける智瑛莉の様子に紅音以外の部員たちは安堵の表情を浮かべた。



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