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午後の紅茶にくちづけを  作者: ちょこみんと
ディンブラ・ティー
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大きなレンガ建ての図書館の中はとても静かで開いた窓から吹く風がカーテンと本のページをいたずらにめくる音が数人の女子生徒の足音と背の高い木製の本棚から本を抜き取る音、パタンと紙の束を閉じる音とともに発生する。

文庫本ほどの小さな大きさのものから雑誌のように薄い書籍、新書やハードカバーの書籍、日本語だけではなく外国語の分厚い辞書が隙間なく収納されている本棚の前を通り背表紙を見るだけで図書委員の橙子は気分があがった。

シンプルなものや凝った装飾のもの、日焼けして背表紙の字が読めないものや何十年も前から置いているようでボロボロになっているものと、視覚だけで満足してしまうがそれに加えてこの様々な年代や種類の紙と包装紙の匂いがさらに橙子を虜にする。

これで本を口にできるのならば図書館は五感をフルに使って楽しめる場所なのになと橙子は司書の人が付けた本の種類で分類されている請求記号が記されたシールの確認をしながら思った。


「橙子ちゃん、終わった?」


そんな一人で楽しんでいた橙子の元に色んな色のハードカバーの本を数冊抱いていた蒼が静かな世界を壊さないように小声で声をかけてきた。

それに気づいた橙子は図書委員である自分の仕事のことを思い出して蒼の方を見て首を横に振った。

それを聞いて安心したように笑う蒼は橙子の隣まで移動して、抱いていた生徒達から返却された本を1冊手にして請求記号を確認すると本棚の数字を確認しながら本棚に戻していた。

橙子もそんな蒼を見ていると自分の左側に置いてある制服と同じくらい白いブックトラックの上に乗っている十数冊の本に目をやって早く終わらせないとと少しため息を漏らす。

橙子もブックトラックから1冊取り出して見た目を綺麗にするように書架整理をしつつ本を本棚に戻す。

単調な作業だが色んな本を見れて本棚に戻すときになる音が心地よくて橙子には苦ではなかった。

数刷戻し終えると請求記号の違う他の通路に移動しようとキャスター付きのブックトラックをなるべく大きな音を出さないように押して移動する。

残りの本も同じなのか蒼も橙子の背中をおった。

書架で出来た通路を4つほど通り過ぎて書架の側面のプレートに900~と書かれている通路に入る。

びっしりと敷き詰められている本の隙間から作者名の書かれたインデックスプレートが無数に顔を出す書架の通路に入り請求記号に目をやりながら日本文学小説の所にブックトラックと共に蒼と橙子は立ち止まる。


「最近この人の本読んでる子多いよね」


小声の蒼は手にしていたハードカバーの小説の黒い表紙を橙子にも見せながら7段あるうちの上から4段目に差し込む。

913の請求記号が記されている真っ黒の背表紙には細く恐怖を覚えるような書体ので赤く『紅の涙』と題名がありその下には佐久間 希(さくま のぞみ)と女性と思える作者名が金色の字で記されている。


「そうね、私もその方の作品好きよ」


同じ作者の本を手にしていた橙子は似たようなテイストの表紙に目を落として蒼に答えた。

佐久間希は突如彗星の如く現れ大きな作品賞をいくつも受賞し、さらにデビュー作である『さよならのくちづけを』が実写映画化されることが決定し最近話題になっているミステリー・推理小説家である。

ほとんどの作品はどの年代ても想像しやすい身近な題材と設定だが、斬新で巧妙なトリックと登場人物の繊細な心理描写、想像をはるかに超え予期せぬストーリー展開で若い年代だけでなく幅広い年齢層の人からも支持を得ている。

橙子もその読者の一人で佐久間希のデビュー作からのファンであった。


「さすが、読書家の橙子ちゃん。蒼はこの厚みを見るだけで嫌になるよ」


べーっと舌を出して見るからに嫌そうな素振りを見せる蒼はブックトラックからまた同じような本を手に取って同じように本棚に戻すという作業を繰り返す。

絵のない本は教科書でも読まないと豪語している蒼だが橙子と同じで高等部からずっと図書委員を務めており週に何度かはこのように書架整理や、図書の事務仕事を2人で担当する。

静かにしなくてはいけない図書館では事務作業の空き時間、いつものように喋るわけにもいかないので橙子が読書する傍らで蒼は景色の写真集を見ていたりするのだが、今日は書架整理を図書館のスタッフにお願いされ今はその真っ最中なのだ。


「もうこれで最後かな」


蒼がそう言って残りの1冊をブックトラックから取り出し、背表紙の請求記号と書架のとを何度か交互に見て本があった元の場所を探す。

推理小説のコーナーから数歩横に歩いて場所を見つけたらしく自分よりも背の高い書架の1番上の段めがけて本を持っている右手を上に伸ばすが、1段目には届かず悔しそうに背伸びをするがそれでもギリギリ届かなかった。

どこかに台があったようなと思い出した橙子は辺りを見回すが近くにはなく、自分が変わってやろうと蒼の元に歩み寄った。


「橙子ちゃん、台どこかになぁい?」


1度諦めた蒼は橙子にそう聞くが首を横に振られると、手にした本をもう一度見つめため息を吐いてもう一度書架に戻そうと手を伸びして試みた。


「んむぅ…」


バレエのトーシューズでするようなつま先立ちで最大限に背伸びをして本の下の角を掴み押し上げると、先程よりも本の位置が近づいたがそれでもまだ届かなかった。

つま先立ちをする足を小さく震わせながら顔を上に向ける蒼の必死な表情がその時の橙子には小動物に向けられるような愛おしさを与えた。

そのせいか、蒼の一生懸命に伸びた右手に自分の手を重ね背表紙をつかみ、橙子の突然の行為で必死だった蒼の顔は驚きの表情に変わりその頬に唇をゆっくりと押し当てた。


「きゃっ、いきなりなぁに?」

「あら、ごめんなさい。蒼が可愛いからつい」


突然のことに目をぱちくりさせる蒼を愛おしそうに見つめて微笑む橙子は蒼の手の中にあった本を棚に戻した。

背伸びをやめてすとんと床にあげていた踵を落とした蒼は橙子を見上げて、唇が押し当てられた頬に手で触れた。


「何よそれぇ。橙子ちゃんったら」

「だって、可愛いものは愛でたくなるのが乙女なの」


橙子はクスリと微笑むと誰にも見られていないか軽く当たりを見回して確認すると、反対側の頬にまた唇を押し付けた。

蒼は両手で頬をつつみ怒った様子を表すように頬を軽く膨らませていた。


「まぁ、可愛らしいお顔ですこと」

「もぅ、橙子ちゃん!!」


子供のような怒りを表す仕草をする蒼の頬をつつきながらクスリと笑った橙子は人通りの少ない通路をいいことに後ろから手を回して蒼を好きなペットでも愛でるように抱き寄せ、頭一つ程低い蒼の神の匂いを嗅ぐかのように頭頂部に頬をすりよせた。


「橙子ちゃ、っきゃ」

「蒼の髪っていい匂いよね、ツヤツヤだし」

「へへ、ありがとうー。でも、くすぐったいよぉ」


耳の後ろや襟足などに鼻を近づけてスンスンと音を立てて自分の匂いを嗅ぐ橙子の行為のくすぐったさに目を細めて微笑みながらも、回された手を解こうとはせずに目の前にある並べられた本を見つめていた。


「あら、蒼ったらまだこのネックレスしてるのね」


制服の襟から覗いた金色の細身のネックレスに指先で触れて問いかける。

アクセサリー等の装飾品は校則で持ち込みを禁止されているのにもかかわらず中等部の頃から毎日肌身離さず付けているチェーンネックレスは可愛らしい蒼には似合わないほど大人っぽく橙子は不思議に思っていた。


「まだってなによーぅ。これからだってずっと離さず付けてるよ」

「どこのブランドのもの?蒼の綺麗なうなじがもっと素敵に見えるわ」


どこのブランドなのか検討もつかない橙子は目の前にある蒼のうなじにスキンシップの範囲で唇を押し付ける。


「きゃっ、ダメっ!!」


突然のうなじの感触にビクッと体をふるわす蒼に優越感をだいた橙子はさらにもう一度うなじに吸い付くような口付けする。


「こんな蒼を見るのも久しぶりねぇ」


蒼の細いウエストに回した手で小さな体を抱きしめる橙子の吐息を近くで感じる蒼は本棚に両手をついて体を支える。


「橙子ちゃん、もうやだ…っ」

「あぁ、ごめんなさい」


いつもなら自分をかわいがってくれるはずなのに珍しく押されて弱ってしまった蒼に、軽い謝罪と微笑みを返すとブックトラックを押して仕事が終わったので終了の報告をしに事務カウンターに戻ろうと背を向ける。

少し複雑そうな表情の蒼も橙子の背中を追うがふと目に入った書架の中に綺麗に収められている本が請求記号通りに並んでいないことに気づき立ち止まって本を抜き取り元の通りに並べ始めた。

一冊の本を手にした蒼が先程と同じように上の方の段に差し込もうとするので、それに気づいた橙子はまた届かないのであろうと思い蒼の元に歩み寄った。

橙子が蒼のもつ本に手を伸ばした時、蒼の指先から落ちてどさっとカーペットの床に重い音がした。

橙子がそれを拾おうと急いでしゃがみこんで両手で落ちた本に触れたと同時に同じくしゃがんで拾おうと伸ばした蒼の手と手が触れ合った。

あっ、と声を漏らして反射的に引っ込めようとした橙子の両手を蒼は掴んで離さなかった。


「あ、蒼?」

「ねぇ、橙子ちゃん…」


女子生徒が2人でしゃがみこんで床に落ちた本の上で手を繋いでいるという状況を作った蒼に橙子は困惑の表情を浮かべて蒼を不安そうに見つめる。

先程蒼にあんなことをしてしまったのにこの状況…と橙子の顔はサーっと音が聞こえるほどに徐々に青ざめていく。

蒼は押さえつけるように繋いだ両手にゆっくりと指を絡めさせて橙子が立ち上がることも後ろに下がろうとすることも出来なくして、自分を見つめる橙子にときたまに見せる黒い笑みを浮べゆっくりと顔を近づける。


「橙子ちゃんさ、自分からするってことはやり返されてもいい覚悟があるって事だよね?」

「へ?」


不敵に笑う蒼の顔が近づいてきて何をされるのかわからない恐怖心から反射的に目をつぶり顔を逸らす橙子を見るとクスリと笑って蒼はさっき自分がされたように橙子の頬に可愛らしいリップ音を立てて口付けた。

ビクッと肩を震わせて驚きのあまり目を見開く橙子の反応が面白く蒼はクスクス笑いながら柔らかい唇を橙子の頬や顎のラインに押し付ける。


「きゃっ、…ちょっと…蒼っ…ん」

「ダメだよ、あんまり声出すと気づかれちゃうよ?」


蒼の唇から逃れるために体をそらせながら声を漏らす橙子にそう注意をして大人しくさせて耳元に顔をちかづけて続ける。


「それとも…誰かに見られてる方が興奮する?」

「そ、んな訳っ…ぁだめっ」


顔中に唇を這わせてくる蒼に橙子は何度か首をふりダメよとやめるようにさとすが蒼は辞めることなく、橙子の左側ばかりに口付けする。


「ダメよ…っ蒼、やめっ…ぁ!!」


ぎゅっと目をつぶり蒼の気が済むのを待っていた橙子の様子がおかしく蒼は普段長い髪の毛で隠れ未だ手をつけていない橙子の白い首筋に歯を立てた。

予想もしていなかった感覚で橙子は自分の意思とは裏腹にやや大きな声を漏らしてしまい、その声で人通りの少ない通路とはいえ近くにいるらしき女子生徒達の動きが止まったように思えた。


「あ、ぉい…っいたっ…!!」

「そんな声出しちゃって…橙子ちゃんたら、やらしいのね」

「ちがっ、っん…」

「しー、静かに。…そんなに声が出るなら蒼がそのお口塞いであげようか?」


真っ青だった顔を次に真っ赤にし出す橙子にそう笑いかける蒼は本気か冗談か分からず橙子は強く首を横にふった。

蒼は本気で困っている橙子の様子にふふっと笑いをこぼして片手を解くとそのまま橙子の前髪を持ち上げて顕になったおでこに軽いキスをすると両手を離して本を持って立ち上がる。

いきなりのことに理解が追いつかない橙子は柔らかい感触を感じとったおでこに手を当てながら本を手にして同じように立ち上がるも未だに困惑していた。


「ごめんね、橙子ちゃんの反応可愛いからつい」

「ついって…もぉ、蒼ったら…」

「なによ、橙子ちゃんと同じでしょ?」


先程の意味ありげな不敵な笑みと打って変わって幼い笑顔を浮べる蒼は橙子にそう言うと通路をさえぎり自分たちを隠していたブックトラックをカラカラと押してカウンターに返却しに向かった。

またしても蒼に振り回されて感情をグチャグチャにされた橙子は俯いて蒼の後を付いて行った。







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