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午後の紅茶にくちづけを  作者: ちょこみんと
ディンブラ・ティー
17/72

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春なのか初夏なのかなんとも言えないどっちつかずの季節でも、空が暖色のグラデーションに染まり紫色の薄い雲がかかるほどの夕方になれば、肌寒さを感じる。

そんな冷たい風を肌に感じるて、ふと気がつくと翠璃は公園のブランコに座って電話を耳に押し当てていた。

見覚えのある公園ではあるが仕事現場からどうやってここまで来たのか、それまで何をしていたのか、今自分が誰に電話をかけているのかさえ翠璃には思い出せなかった。

熱を持った携帯から左耳に3回ほどのコール音がすると繋がった。


『はい、もしもし…?』

「っ…このブスっ!!」


電話の向こうで普段通りの橙子の声がした。

繋がってほっとしたはずなのに翠璃の口からはこれでもかと言うほどの大きな声でいつもの悪口がでた。


『なっ、何よいきなり!!久々に電話してきたと思ったら随分なご挨拶ね!!』

「うるさいブスっ、アンタのせいよっ!!」


滅多に電話のかかってこない翠璃からの電話で開口一番にブスと言われた橙子は電話口で怒りを露わにしていた。

それでも切られない電話に甘えて翠璃は次々と毒づく。


「アンタのせいで…っこっちはいい迷惑よ!!せっかく…っ」

『はぁ?私が何したって言うのよ。今日はアンタみたいな性悪女になんか会ってないわよ』

「うるさいブスっ!!口答えすんな!!」

『ブスじゃないわよ!!』


ブランコの錆び付いたチェーンを強く握りしめる。

するとなぜだか目から溢れるほどの涙が零れ出し、翠璃は急いで雑に手の甲で拭き取る。


「…っ、アンタなんか…バカぁっ!!…あほぉ!!おたんこなす!!」

『小学生みたいな悪口やめなさいよ!!』

「うるさいっ!!ばーかっ!!」

『バカって言う方が馬鹿よばーかっ!!』


目を何度も拭う翠璃だったがその努力も虚しく涙は滝のように流れ落ちる。

黒のギンガムチェックのミニスカートに零れた雫が何個かシミを作った。


『…何?翠璃アンタ泣いてるの?』


電話の向こうに聞こえないように気を使っていたものの勘づかれる。

ぐちゃぐちゃの顔でひどい涙声になりながらも翠璃は泣いてなんかないわよ!!と強がる。


『ならなんなのよ、私だって自分の悪口を聞いてられる程暇じゃないのよ』

「うるさいわよ、ブスのくせに。アンタなんかになん用事があるって言うのよ」

『失礼ね!!今から私は出かけるの!!』

「この私が電話してあげてるっていうのにそっちを優先するつもり!?」

『はぁ?アンタ何様のつもりよ!!』


翠璃の手はまだ流れて止まらない涙で濡れていて、着ていた私服のトップスの長袖に目を押し付けるとマスカラが取れて黒くなる。


「…いいじゃない何様だってっ…!!何よ皆して…本当に意味わかんない!!」

『翠璃…?』

「もーいいわよっこんな仕事!!…それほど好きでやってる訳じゃないんだから!!」

『…今日の撮影でなんかあったの?』

「っ、な、何にもないわよ!!いつも通り完璧に決まってるでしょ!!」

『じゃあ、一体何なのよ…こっちも暇じゃないって言ってるでしょ?』


なにも話を進展させずにグチグチと悪口を言う翠璃に苛立ち、ほとほと呆れた橙子の様子が電話越しにでもわかった。

正直に話出そうと何度も口を開くが翠璃は声が出せず電話越しの橙子に鼻をすする音だけしか届けられなかった。


『…なんか言われたの?』


電話の向こうで不自然に物音を立てる橙子はそんな弱っている様子の翠璃にできるだけ優しく声をかける。

悪態しかついていない自分に優しく声をかける橙子にさらに涙が溢れそうになる。


「…うん」


言い返す気力もなくなり翠璃は素直に頷いて答える。


『なんて?』

「面白くないって…この、綺麗でスタイルもよくて可愛い…私の事を…期待はずれだって…」

『あの緑川萌乃が?随分な言われようね』

「…今日、緑川萌乃史上1番の作品が出来たのに…あの、っあの男はっ…!!」


カメラマンの後ろで萌乃を見ていた奥村の笑った顔が頭の中に浮かぶと鎮まっていたはずの怒りか悲しみかが入り交じった感情がまたふつふつと湧き上がりチェーンをちぎれんばかりに握りしめる。


「もう嫌よ私…っ、せっかくここまで…やってきたのに…」

『そう…』

「…っ、も、元はと言えば、アンタのせいよ!!アンタが…アンタが…あの時、私にあんな風に笑うから…」


後半はぐちゃぐちゃの涙声で電話の向こうの橙子にはちゃん届かなかったらしく何?と聞き返されるが答えなかった。


『…と言うか何で私のせいになるのよ!!』

「うるさいアンタのせいよ!!」

『酷いっ!!』


先程よりかはおさまった涙がこれ以上零れないように翠璃は無意識に歯を食いしばっていた。

これまで一度も弱っている自分を他人に見せたりしないのに知らない間に橙子に電話をしていた自分自身に情けなさと安堵と複雑な感情が生まれる。


「…もういいわよ。…アンタなんかと話してももっとイライラするだけだわっ」

『アンタ本当に自分勝手ね!!』

「うるさい!!じゃあアンタなんかが私になにができるって言うのよ!!」

『だからこうやって愚痴聞いてるじゃない!!』

「っ、そ、そうだけど…っ!!」


図星の翠璃に電話の向こうの橙子はクスッと笑う。

ずっと自分の事を嘲笑うような風に吹かれブランコに乗ってチェーンを強く握りしめている翠璃は背後に予想もしていなかった柔らかい感触を感じた。

そう思った瞬間に暖かな腕が後ろから回ってきて長い時間外の風に当てられた緑川萌乃の体を優しく抱きしめると携帯の方からと頭の上から同じ声がした。


「それに、こうやって…抱きしめてあげることだって出来るわよ」


今まで電話で話していた橙子がいつの間にか公園に紙袋を持って現れて、ブランコに座っている翠璃を後ろから優しく抱きしめていた。


「あ、アンタ…出かけるんじゃなかったの!?」

「そうよ。だからこうやって早乙女翠璃の泣き顔を見に来たの」


翠璃は理解が追いつかないのに心のどこかで喜んでいる自分を悔しく思って回された、嬉しそうにニヒッと笑う橙子の腕を掴んでまた縋り泣いた。

橙子はそんな翠璃の様子を見ながら微笑んで気が済むまで腕を貸す。


「ブスったら…やることまで、ほんっとにブス…っ」

「あら、今の翠璃だって負けてないわよ?」

「うるさいブス!!」

「はいはい」


紙袋を持った手でグスグス子供のように泣きじゃくる翠璃の頭を優しく撫でて、普段なら言い返すブスという単語も受け入れた。

橙子は持っていた茶色の紙袋から緑色のハンカチを取り出して泣きじゃくる翠璃の顔にポフポフと押し付ける。

涙でせっかくプロにしてもらったメイクはぐちゃぐちゃで橙子の小綺麗なハンカチに色が移る。


「うーわ、厚化粧。これ使って」


橙子はさらに紙袋から化粧落としのシートを1枚取り出して同じように顔に押し当てる。

雑に濡れたシートを押し付けられる翠璃は下手くそっ、とシートを奪って自分で化粧を全て落とすべく顔を擦る。

せっかく塗ってもらった高めのファンデーションや口紅の色が真っ白だったはずのシートに移り、翠璃は素顔に戻った。


「あっちのベンチに行きましょ」

「…ふんっ」


橙子の提案に翠璃は素直に頷いて公園の隅にあった3人がけのリヴェルデベンチに手を引かれてついていく。

ひんやりと冷えた木製ベンチに2人で腰掛けると翠璃は泣いてヒリヒリと痛む顔を見せまいと反対方向に顔を逸らす。

自分の膝の上においていたどこかの老舗和菓子店の紙袋から細身の白いステンレス製の水筒を取り出すとコップになる蓋をとって中身を注ぐ。

少し湯気が出るほどの濃い緑色の液体がコップの7分目まで注がれるとそれを翠璃に差し出した。


「体冷えるわよ」


いつも部員のみんなと飲んでいるような甘みのある香りではなく、少々青い臭いのするので緑茶なのだとわかった。

何時間も何も口にしてない翠璃はコップを受け取るとふーっと冷まして口をつける。

暖かい緑茶がちょっとの苦味を舌に残して翠璃の体の中に入っていった。

その様子を見た橙子も安堵の表情で薄く微笑み、また紙袋の中から緑色の直方体の箱を取り出して蓋を開けて中身を見せた。


「どうせ何も食べてないんでしょ?」


そう言われ翠璃は目だけで箱を一瞥する。

橙子の両手に収まるほどの箱は6つに仕切られ一つ一つの空間には真っ白な肌がほんのり緑色に色付いた和菓子が入っていた。

抹茶大福ねぇ…、と顔を顰めるが手を伸ばして大福を1つ素手で取る。


「私、18:00以降は甘いもの控えてるの」

「何よじゃあ食べなくていいんだけど?」

「うるさいわね。しょうがないから貰ってあげるわよ」


そう言って翠璃は何時間ぶりに固形物を口にする。

柔らかい生地の中には甘いぎっしりのこしあんこの中に少しの抹茶クリームが包まれ入っていて一口食べると白い粉が唇についた。

重みのある舌触りのいいこしあんのこれでもかというほどの甘さの中に抹茶クリームの控えめな苦味が口の中に広がりる。

噛みごたえのあるが柔らかい生地が歯に粘りつくようであったが何度か咀嚼して飲み込む。

翠璃は一つの大福を平らげると箱の中で並んでいるもう一つに手を伸ばす。

自分は手をつけずひたすら大福を食べている翠璃をみて橙子が何も言わずに少し体を寄せると翠璃は大福を食べるのをやめてあんこの残る甘ったるい口の中に緑茶を流して少しさっぱりさせた。

しばらく黙っていた翠璃は片栗粉が薄く残っている唇を開いてゆっくりと続けた。


「…私はね、人気モデルなの」

「ええ、そうね」

「LIPSの名前を背負ってる専属モデルなの…」

「えぇ」

「綺麗で、スタイルも良くて…センスもあって、誰よりも優秀なの」

「うん」

「人気も実力も、実績もあるから…どんなに他の奴らから悪態をつかれても気にしてないでいられたの」

「うん」

「今日だって、…誰よりも私は輝いていたの、いつもみたいに…でも、あの男が難癖ばっかり付けてきて…」


先程のことを思い出しながらまた湧き上がる感情に震えながらボソボソと話し出す翠璃に橙子は相槌をうつ。


「でも、私だってプロよ?言われっぱなしじゃ癪だから…」

「うん」

「それから完璧なパフォーマンスをしたのよ。現場の人間がみんな黙り込むほどのね」

「へぇ、良かったじゃない」

「ホント…今までで一番の出来だったのに…。なのにあの男、私の事っ…面白くないって…期待はずれだとか好き放題言ったのよ」


翠璃は再び熱くなってき出した目頭を抑える。

それを見逃さなかった橙子は指先の冷えた翠璃の手を握る。

溢れださないように力む翠璃は橙子の手を強く握りしめてしまう。


「…っ、私、ちゃんとやったのに…面白くないって…初めて言われたから…っどうしたらいいのかわかんなくて…」

「うん」

「…分からないのっ…、何だか今までの私の全てを否定されたみたいで…、っ私…私…」


そこまで聞くと橙子は握られていた手を引いて背中に手をまわして翠璃を抱きしめた。

いきなりの温もりに翠璃は振り払う事もせずに大人しく橙子の腕の中に収まる。


「…何よっ、ブスが移るじゃない」

「私は一般人だから…人気モデル様の悩みなんてわかんないけど、頑張りを否定されて悔しくて悲しくて辛い思いをしてる女子高生の気持ちはわかる」


腕の中の翠璃をぎゅっと抱きしめる橙子はそう言って翠璃の頭を優しく撫でる。

翠璃はその手に甘えるように橙子の肩に顔を擦り寄せた。


「いいじゃないそんな男なんて、アンタが気にする価値もないわよ。だって翠璃は今日プロの人達が黙るほど今まで一番のものが出来たんでしょ?だったらそれでいいじゃない。それでも認められないんだったらそんな仕事辞めてしまいなさいよ、アンタの魅力の一つもわからないような人間のもとで働くなんてきっと時間の無駄よ」

「…橙子…」

「その男がアンタになんて言ったかは知らないけど、こんなに素敵な女の子をこんなにさせるなんてきっとろくな男じゃないわよ」


橙子にも熱が入ってきたのか翠璃を抱く力が少しづつ強くなり、翠璃のトップスを握りしめる。

思いもよらない橙子の言葉に翠璃はただ耳を傾けて体を預けるしかできなかった。

そしてまたしばらく沈黙が流れ、橙子の肩口でスンスンと鼻をすする翠璃が口を開く。


「…今日、あの男に難癖つけられた後の撮影でちゃんと笑えなくなったの…」

「そう」

「それでも何とかしないとと思ったら…逆に色々考えちゃってもっと出来なくて…、自分に苛立った時に…パって、いきなりアンタの顔が頭に浮かんだの」

「私?」

「アンタの…アンタがアネモネを持って私にくれた時の顔が浮かんで…、そしたらなんだか一気に楽になって…それで最高の作品が出来たのよ」

「へぇ、私のおかげね」

「でも…それを面白くないって言われて…、なんだか…私の中のアンタって存在を否定されたみたいで…緑川萌乃を貶されるよりも、どうしてかものすごくムカついて…腹が立って、なんだか悲しくなった…」

「翠璃…」


翠璃はまた長袖を目に当てる。


「だから、あの時アンタのアホ面なんか思い出さなければこんな気持ちにならなかったわよ!!」

「随分な言いがかりね」

「だから、私がこうなったのもアンタのせいよ!!」


急にいつもの口調に戻った翠璃に橙子も思わず笑みをこぼす。

しかし翠璃は未だに橙子から離れようとはせずにぎゅっと橙子の洋服の袖を掴む。


「私のせいじゃなくて、私のおかげの間違いでしょ?そのおかげで最高の作品が出来たんだから感謝されてもいいくらいよ」

「うるさいブス!!図に乗るんじゃないわよ!!」

「…よかった、私に口答えできるほどには元気になったみたいね」


橙子は翠璃の頭を撫でて安心したように笑うと腕を離す。

人の温もりが自分の体から離れると翠璃は顔を見られないようにバッと背を向けて見られないようにした。


「何なのよアンタ…本当に」

「久我山橙子16歳、アンタのお世話係」

「はぁ?調子に乗んな!!」

「じゃあ、飼い主?」

「どっちがよ、それはむしろ私よ」

「じゃあ逆に何がいい?」


隣で橙子がクスクスと笑いながらほとんど日の沈んで黒くなってきた空を見つめて翠璃を横目に問いかける。

唐突な橙子の問いかけにふと考え込む翠璃の横で橙子はどうなの?と答えを急かす。


「…ぁ、ち…」

「え?なんて?」


恥ずかしいのか翠璃が小声でごにょごにょと言うので、よく聞き取れなかった橙子は眉を寄せて聞き取ろうと耳を澄ます。


「…も、ぁ、…ち」

「はぁ?日本語喋んなさいよ」

「っ、だ、だからぁ!!…と、とと友達、っくらいになら認めてあげるって言ってんの!!」


翠璃は思わず立ち上がり公園中に響く程の大声で橙子向かって吐き捨てる。

突然の大声に驚きながらも橙子は翠璃の口から出てきた友達という単語に小さく笑う。


「友達…?」

「そうよ、この私がアンタをただの同じ部活のクラスメイトから友達に昇格させてあげるわよ」


さらに上からの態度で橙子に言うので橙子はおかしく笑ってしまった。


「まぁ、光栄ですこと」

「そ、そうでしょ?ありがたく思いなさい!!」

「はいはい、嬉しゅうございます」


橙子は大福の箱を閉じて自分の持ってきたものをすべて紙袋にしまうと立ち上がり、空いている片方の手を翠璃に差し出す。

翠璃は差し出された手を見るとなんなんだと目で問いかける。


「でも、元気が出たようで安心した。アンタみたいな性悪女でもメソメソされるとこっちご気を使うからね」

「誰が性悪女よ!!」


いきなりの橙子からの辛口な発言に過敏に反応した翠璃の左手を橙子は握りしめる。


「お友達だから途中まで一緒に帰ってあげる」


橙子はそう言っていつものように優しく微笑むと公園の入口に向かって翠璃の手を引きながら歩き出す。

自分で言った友達という単語を橙子に改めて言われどこか照れくささを感じる翠璃だったが手は繋いだまま友達の橙子と一緒に公園を後にした。







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