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午後の紅茶にくちづけを  作者: ちょこみんと
ディンブラ・ティー
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白い世界の真ん中で眩しいほどのライトに照らされながら、薄手のパステルカラーで花柄のワンピースを身にまといコロコロと表情とポーズを変える緑川萌乃は速いテンポでシャッターをきられるカメラに視線を送っていた。

長い脚を交差させたりワンピースの裾を持ち上げたりわざとらしく目線を外したり雰囲気に似合わないほどの悲しげな表情を浮かべてみたりと、色々な組み合わせで着ているワンピースの魅力をアピールする。

シャッターが切られる度にカメラマンやスタイリストからは感嘆の声が自然とスタジオ中に溢れる。

その声が耳に入る度に萌乃は嬉しさで舞い上がりそうであったが、チョロい人間だなと嘲笑ってしまう自分もいて複雑な気持ちになる。


「はい、OKです。チェック入りまーす」


何十回とカメラのフラッシュを浴びた頃に女性スタッフの声でこの洋服の撮影が一応終わる。


「ありがとうございました」


形式的に軽い挨拶をしてカメラ裏の画像を映し出しているパソコンの前で写真チェックをする。

自分が思っていた通りの表情とポーズで着ていたワンピースがよりよく見えた。


「萌乃ちゃん、すごく可愛い」

「ありがとーございまーす」


不満ひとつない自分写真にOKを下すと男性スタッフにお世辞か本音かお褒めの言葉を貰い、営業用の笑顔を浮かべ作ったような甘い声でお礼を返す。

次の衣装に着替えようと大量の衣装がかけられているハンガーラックの元に移動する。

そこにはまだ出番が回ってきていない子や萌乃と同じように衣装替えをしている他のモデルで溢れていた。

萌乃がその場に現れると若い女性のスタイリストに次に着るように指示された洋服をを渡されたので、萌乃はそのまま人1人だけがやっと入れるほどのセパレート1枚だけのフィッティングルームに入った。

着ていたワンピースを変に汚したりしないように丁寧に脱いでハンガーに掛け、渡された夏物の白い袖レースのシースルーブラウスと淡いピンクのシフォンスカートに着替える。

服装を整えるとセパレートを開いて出ていき、元々着ていたワンピースをハンガーラックに戻して次の出番までモデル控えのテーブルに座って置かれていた飲み物を口にしながら待っていた。


「萌乃ちゃーん、写真いいー?」


萌乃専用に置いてあった紙パックのレモンティーにストローをさして飲んでいると横から別のモデルに声をかけられた。

ワイドデニムに黄色のトップスをインしてヘアメイクもバッチリな現役大学生という肩書きで同じ専属モデルのChika(ちか)が有名なアニメキャラが書かれているケースのスマホを片手に隣に座ってきた。


「えー?またですかぁ?」


意外と人見知りの激しい萌乃にガツガツ話しかけてくるChikaに未だに少し緊張しながらも笑顔で快諾する。

Chikaは萌乃と違いありとあらゆるSNSに自分や他のモデル、雰囲気のある風景などを載せるような現代っ子で月に数回しか合わない萌乃もSNSのネタにする。


「やったー。萌乃ちゃんはSNSしてないから載せるとファンの子の反応良くってさー」

「じゃあ私単体で写りましょうか?」


萌乃が快諾すると直ぐにスマホの加工が整形レベルのカメラアプリを開きふざけんな、とChikaは冗談ぽく笑ってケタケタ笑う萌乃の頭を小突いた。


「いくよー、はいチーズ」


仕事の裏側の風景を、と言いつつもスマホの画面に写るバッチリ仕事用の表情を作る自分とChikaの顔に目をやりながら2回ほどシャッターがきられる。

撮った写真を萌乃に見せることなく自分だけで確認するChikaは満足そうにありがとうと微笑むとすぐに次の餌につられに別のモデルのところに行った。

Chikaが離れていくと肩の荷がおりたようではぁっとため息を漏らしてまたレモンティーに口をつける。

小腹がすいたのでテーブルの上に置かれている差し入れのお菓子に目をやるが、どれも安っぽいわりにカロリーの高いものばかりで我慢を決め込む。

朝の7時に集合して移動やヘアメイクで昼をまたいで撮影をしている今日、まとまにした食事は朝ごはんで食べたベーコンエッグのトーストくらいだと思い出してまた空腹感が強くなる。

まだ呼ばれるまで時間があると勝手に思い込んだ萌乃は飲み掛けのレモンティーを置いたまま立ち上がり暇つぶしにとスタジオの外に出ていく。

モデルたちの自己主張と同じ位きつい香水やボディークリームの匂いで充ちたスタジオの外には涼しく新鮮な空気のようで立ち止まって1回深呼吸をした。

特に行き先がある訳でもないのであたりをウロウロしてやっと見つけたやっと見つけたいつも座っている部室に置いてある高級ソファと違ってスプリングが硬い安物のソファに腰掛けた。

女子たちが騒ぐ声やきられるシャッターの音とスタッフの小言などが一切聞こえない廊下で萌乃は1人ぼんやりと靴と地面を見つめる。


『緑川萌乃は浮いている』


この事実は仕事現場に来る度に翠璃をしばしば悩ませる。

街中でスカウトされた翠璃が偶然か必然か、何かしらの事情からか専属モデルにまで上り詰めたファッション雑誌『LIPS』のターゲット層は大学生や新社会人などの20代前半で、同じく専属モデルもそのくらいの年齢であり現役女子高生の翠璃ではターゲット層にはあっていない。

そのせいか誰よりも若い翠璃は現場で大人のスタッフに可愛がられ、さらに天才的なカリスマ性と実力を持ち合わせ表紙を飾らるほどの1番人気モデルとなってしまいそれを気に食わない年上のモデルも存在少なからず存在してしまうのだ。

公には年齢などの個人情報は伏せているがいつ誰にバラされるのかと怯える日々も少なくない。


「ばっかみたい…」


翠璃は冷たいコンクリートの壁に背中を預けて思わずそう口に出す。

誰からか返事が帰ってくるわけでもなく、ぼんやりと時間が過ぎるのを待っている間にふと頭に浮かんだのが橙子の顔だった。

いつもバカみたい元気でちょっとキツイ口調で当たっても直ぐにヘラヘラして、後先のことも考えずに突っ走っては玉砕してメソメソ泣いて弱っていると思った次の日にはケロッと忘れていつも通りの笑顔を見せる。

何よりも頑張り屋さんなのにやる気が空回りして失敗してもヘラヘラ笑う橙子の顔が浮かんでは消えて浮かんでは消えてが翠璃の頭の中で繰り返された。


「ふふっ、ほんとブスよね」


思い出していた橙子の顔に思わず笑みがこぼれてしまう。

すると先程まで悩んでいた事が思い出すのに少し苦労するほど気が紛れた。


「あのっ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど!!」

「ひゃっ!?」


結構な時間が経ったのかな、そろそろ戻ろうと立ち上がると生きてる人間は自分しかいないと思うほどシーンと静まり返っていた廊下でいきなり男の声がして驚きのあまりに翠璃は情けない声を出してしまった。

驚いて反射的に距離をとって振り返ると細かいパーマのあたった毛先が赤いワンレンショートで薄暗いサングラスをかけて左耳に黒の大きなピアスを付けてる翠璃よりも背の低い男が少しオロオロした様子でたっていた。

不審者かもしれないと後ずさる翠璃に男は待って待って、と両手を差し出して引き止める。


「俺デザイナーの奥村 晃一(おくむら こういち)って言うもので…今日LIPSの撮影に参加しようと思ってるんだけど、場所知らない?」


グラサンと無精髭のせいで厳つい見た目の男だが小柄でなおかつ声が男性にしては高い方で変な威圧感はなかった。


「誰よアンタ。私アンタなんか知らないわよ」

「うぅ…厳しいな」

「そもそも、デザイナーなんかがどうして今更撮影に参加するの?怪しすぎるわよ」


背後の壁に手をついて奥村と名乗る自称デザイナーの男にいつも通り強い口調で言い返す。


「ちょっと、道に迷っちゃって…。信じてよ!!萌乃ちゃん!」


いきなり芸名を呼ばれる翠璃はビクリと震える。

怪しさ満点の男を睨みながら身構える。


「何?私のこと知ってるの?」

「そりゃ知ってるよ。LIPS専属の大人気モデルの緑川萌乃ちゃん」

「…へぇ。そんな情報誰だって言える事よ」

「え?そ、そうだけど…うーん…」


奥村は翠璃に言い返されると次はどういえばいいのかと考え込む。

この隙に逃げよう、そう思って背を向け走り出そうとした時にまた奥村のTPOに適してないほどの大きいあっ、という声でまた足が止まる。


「先月号で萌乃ちゃんが着てたワンピースドレス俺がデザインしたやつだよ。あと、あのオレンジトルマリンのジュエリーも俺がデザインしたやつ」

「は?」


背を向けていた翠璃はもう一度奥村を振り返り前回の雑誌で自分の身につけたものを思いだす。

確かに前回スタイリストに持ってこられたジュエリーと洋服のデザイナーが同じなんて珍しいなと思ったような気がした。


「あとは…別の雑誌で使うものばっかりだから言ってもわかんないか…」

「萌乃ちゃーん!!」


奥村の相手をしていたら不意に名前を呼ばれ萌乃は声の方を振り返る。

するとラフな格好の男性スタッフがスタジオの重くて厚いドアを開けて半身だけ乗り出して廊下中に響くほどの大声で緑川萌乃を探していた。


「はーい!!すいません、今行きます!!」

「すいませーん!!奥村ですけどー!!」


萌乃が謝りながらスタッフの元にかけて行くとその後ろから奥村もスタジオに向かって追いかけてくる。

萌乃はスタッフにすいません、と頭を下げて急いでスタジオ内に戻るが奥村はと言うと引き止められていた。

少し痛い視線を感じながら萌乃以外の準備万端のスタジオ中にもう一度頭を下げて謝ると直ぐにまた撮影は再開される。


「ガキのくせに、いいご身分ね」


そう聞こえた気がしたが萌乃は完璧な笑顔でポーズをとり、しっかりと人気モデルの緑川萌乃になりきってカメラに目線を送る。

何枚かシャッターが切られたあとでチラリと奥村が止められた入口の方に目をやると、スタッフに呼ばれてカメラの裏に立って萌乃を始めとするモデルを眺めていた。


「萌乃ちゃんいいよ、すっごく可愛いよ」


定型文の褒め言葉を受けながらも表情とポーズをもう何度か変えると撮影が終わった。

最後にもう一度先程の謝罪の意を込めて頭を下げて写真チェックに入るがそこには奥村が加わっていた。

いつも通り出来すぎなくらいの緑川萌乃がそこには存在してスタッフ達は口々に賞賛し、最終的に使う写真を選んでいく。

カメラマンとスタッフ、萌乃自身もなにも不満はなくそのまま終わろうとした時に奥村が笑いながらパソコン画面を指さした。


「この表情かわいいな、服には合ってないけど」

「は?」


唐突の奥村の発言に周りの大人は苦笑いをうかべるが、仕事用に猫を被っていた翠璃も思わず奥村に不満の声を漏らす。


「確かに、表情が少し幼すぎましたね。ならこっちの方がいいと思います」

「これはポーズが駄目だ。せっかくのシースルーの袖がよく見えてない」

「っ…ならこっちはどうですか?」

「んー、…これはなんかつまんない」


奥村と言う初めて会ったばかりのデザイナーにほとんどの写真をちゃんとした理由で貶される萌乃は徐々に苛立ってくる。

カメラマンも他のスタッフも奥村には頭が上がらないのか、そこまで言うなら撮りなおそうと言い出し萌乃はもう一度白ホリの場所に立った。


「萌乃ちゃん、顔怖いよー」


奥村は楽しそうに笑顔を浮かべてカメラマンの後ろで声をかける。

苛立ちながらもすいません、と平謝りして先程と同様に笑顔を作るが十分に笑えていないのが自分でもわかった。

Chikaなどの控えている他のモデル達も初めてこんなに言い負かされている萌乃をクスクスと笑う。

それがさらに萌乃の神経を逆なでて苛立たせた。

イライラする萌乃の脳内にさらに苛立つような橙子のヘラヘラしてる顔がどうしてだかいきなり浮かび上がった。

奥村と言い他のモデル達といい橙子と言い、どいつもこいつもなんで私をこんなに苛立たせるのだろうと考えるとさらに萌乃は気が立った。

すると萌乃は撮影中にも関わらず動きを止めて背を向けると頭を抱える。

突然の萌乃の行動にスタッフやChika達もザワつきはじめ、どうかしたの?と声をかけられる。

苛立ちがつのり気づけば萌乃は泣きそうになりながら下唇をを噛み締めていた。

なんなよ何奴も此奴も…と強く手を握りしめた。


"私には負けるけど、あなたの笑顔だってとっても素敵なんだから"


アネモネの花を持ちそう言って笑う橙子の顔が最後に浮かんだ。


「…本当にブスなんだから…」


突然思い浮かんだ橙子のあの笑顔にふっ、と自然と笑みがこぼれると先程まで最高潮だった苛立ちがすっと消えて気が楽になった。

はーっ、と深く息を吐くとカメラの方に振り返り、すみませんお願いしますと撮影を再開させた。

そしてそのままの笑顔でカメラを見据えてポーズをとり、また先ほどのように自然と溢れる感情に任せて表情を変え洋服のことを一番に考えてポーズを何度かとると先程まで苦笑いをうかべていたスタッフやクスクスと笑っていたモデル達も無意識に感嘆の声を漏らし静まり返る。


「…は、はいっOKでーす」


萌乃の圧巻のパフォーマンスに目を奪われていたカメラマンがハッと我に返りOKをだして本当に撮影がおわる。

ありがとうございました、と言いながら奥村のいるパソコンの元に写真チェックに行く。


「これ、すごい出来だと思う!!今までで1番綺麗…」

「ホント、緑川萌乃の新たな一面が見えたよ…」


画面を見るスタッフ達は感動したようで萌乃の肩に手を置いてこれみよがしに褒める。

モデル達も何も言えないほどに素晴らしい写真の出来に萌乃は純粋に喜んだ。


「どこか不満でも?」


これでどうだと、言わんばかりに自信に満ち溢れる萌乃は奥村に問いかける。

奥村は顎髭を撫でながら出来上がった写真を確認すると満足気に頷いた。


「うん。さすが今話題の人気モデル、緑川萌乃だ。話に聞いていた通りすごくいい」


奥村が微笑みながらそう言うので当然のようにOKを出したスタッフ達は安堵の声を漏らし萌乃は素直に喜びありがとうと感謝する。

萌乃が喜びをかみ締めている中、萌乃の目の前にきて満足そうな笑みを浮かべて萌乃を見上げる奥村は続けた。


「でも、僕は萌乃ちゃんを過大評価しすぎてたみたい」

「…え?」


顔とあっていない発言に一同は驚き声を出せなかった。

聞き間違いなのかもしれないと思うも奥村は気にせず続ける。


「もっと出来る子かと思ってたんだけど…ちょっと期待はずれ」

「な、なんで…?私のどこがいけないっていうのよ!!」


納得の行かない翠璃は奥村に掴みかかろうとする勢いで訴える。

奥村は動じずにわからないのか?と言わんばかりの目で萌乃の目をじっと見る。


「萌乃ちゃんってさ…確かに綺麗で可愛いしスタイルいいしすごい優秀なモデルだよ?」

「じゃあ、なんだって言うのよ!!」

「でもただそれだけなんだよ。なにも面白くない」


今までに言われたことの無い批評に萌乃はどうしていいのか分からず、ただ手を強く握りしめて奥村を睨みつけることしかできなかった。


「この世界はね、優等生よりもヤンチャな方が生き残んだよ」


奥村は自分を睨みつけている未熟な少女にきつい口調で言うと他のスタッフを数人招集して打ち合わせなのか別の部屋に移動していった。

残された萌乃は変な雰囲気になったスタジオ内で、ディレクターにこの写真使うから萌乃ちゃんもう上がっていいよと声をかけられてこの空気感の中、他のモデルの撮影が再開された。

おぼつかない足取りで歩き出した翠璃だったが、そこからの記憶が定かではなかった。





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