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午後の紅茶にくちづけを  作者: ちょこみんと
ディンブラ・ティー
11/72

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「たっはー!!やっぱりバンドは生だよなー」


あっという間に数時間が過ぎてs.Rascalとほか数バンドのライブ公演が終了し、まだ興奮しきったままの観客は余韻に浸りながら演奏された歌を歌ったりあまりの感情の昂りに涙したり、バンドのグッズ列に並んだりすぐに裏口に回って好きなバンドマンの出待ちをしたりするものと様々でたった。

そんな中紅音の隣にずっと居て言っていた通り誰一人にも触れさせなかった男が満足そうな笑顔で感情を吐露する。

普段なら1番後ろの列で歌だけを聞いている紅音は初めて目にするバンドマンの熱い生演奏とバントのコンセプトや楽曲に完璧にハマっている照明や音響の使い方に感動しきって誰もいなくなったステージを見つめたまま声を出せなくなっていた。


「みーこ?あ、もしかして感動して声も出ない?」

「…」

「みーこ…?」


場所が違うだけで同じ歌でもこんなに感じ方が違うんだ、その場から動くことも出来なくなるほど福本ツバサの歌声が直に体に突き刺さり、身体中を音楽で犯されているような感覚。

歌声や奏でられる音楽だけじゃなく、バンドと観客のお互いの熱気と興奮で熱くなった体がさらに余韻に浸って心地よかった。

紅音は隣で何度も声をかけてくる男にやっと気づく。


「…すごい。ホントに…それ以上の言葉が見当たらない…」

「うんうん、そうだよね!」

「最後の、福本ツバサ…やっぱり凄いボーカリストだわ…」

「わかる!ツバサの音楽ってカッコイイのにどこか親しみやすくて…俺は彼の書く歌詞がすきだな」


まだ興奮したままの男も紅音がいう感想に共感した上でさらに自分の感想も言い合う。

紅音は福本ツバサによって心拍数を上げられた心臓の辺りに手を添えてうっとりとした表情を浮かべs.Rascalの音楽の余韻に浸る。

何度もライブ中の興奮を思い出し興奮しきった紅音はなかなかいつも通りのクールな一匹狼のような少女には戻れなかった。


「みーこ、そろそろ帰ろ?じゃないとお店に怒られちゃう」

「あ…そうね…」


男が自分の手にしている時計を見せつけ時間を確認させると紅音も頷いてやっと動きだして出口に向かう。

男はさりげなく紅音の手を握りなるべく人と接触しないように出口まで誘導する。

紅音は今日初めてであった男がどうしてここまで自分に親切にしてくれるのか不思議に思う反面もしかしたら自分の家柄を知った上で近づいてきてるのではという不安があった。


「ねえ」

「んー?あ、危ない」


紅音が男の身柄について聞こうと声をかけたところ、出口に向かって歩きごった返す人間に当たりそうになる紅音を自分の方に引き寄せる。

男のモスグリーンのロックTシャツに肌がふれる。

体調でも悪いのではないかと思うほど異常に熱い男の体に驚きながらも人の流れに乗ってようやく出口からライブハウスを出た。

こもっていた空気から解放されて新鮮とも言い難いが幾ばくか涼しく感じる空気が気持ちよかった。


「あー、涼しー。みーこ家どっち?」

「え?」

「送ってく。みーこ可愛いからまた変なのに絡まれるよ?それに男のつとめでしょ?」


男の親切もここまでくれば逆に恐怖を感じる。

良くもまぁ初めてであった女にここまで入れ込むなんてと男のことを不審がっている紅音に気づいた男は苦笑いを浮かべた。


「…ごめんごめん、いきなりなのに馴れ馴れしいか」

「あのさ…」

「ん?」

「名前、教えなさいよ…」


気づけばずっと握っていた男の手をキュッと握り返して顔を背けたままぶっきらぼうな口調で聞く。

男は驚いたように何度か目をぱちくりさせるとどこか嬉しそうにふふっと笑って紅音の頭を撫でる。


「…名前は無い」

「は?」

「名前は無い。ここに来る時は捨ててくるの」

「何それ」


男はヘラヘラと笑ってはぐらかすが、目だけが笑ってないのが薄暗い裏通りでもわかった。

正直に答えない男に内心苛立った紅音だったが自分も本名を語っていなかったことを思い出し何も言えなくなる。


「だからみーこが俺に名前付けて」


突然の提案に紅音は面食らう。

裏通りを出て電灯だらけの明るい大通りに出ると最寄り駅の方に足が向かう。


「名前…?私が?」

「そう。それで十分じゃん」

「十分って?」

「…本名で呼び合わなくたって俺たちがお互いのことってわかれば十分でしょ」


通りの途中の自動販売機が連なっているシャッターのしまったお店の軒先に男が立ち止まるとパックのいちごミルクとカフェオレをカード決済で購入する。


「それとも、俺の事知りたいからってみーこは自分がどこの誰か教えてくれんの?」


飲み物を取るためにしゃがんだ男が紅音に背中を向けたままどこか冷たく言い放つので、紅音は少し怖くなった。

しかし振り返った男ははい、と優しく微笑み冷えたいちごミルクのパックを紅音のほんのり赤くなっている頬に押し当てる。

興奮とコールアンドレスポンスの運動量で火照った体に冷えたいちごミルクが心地よかったが、紅音の熱がすぐ移り温度は変わる。


「だから名前付けてよ。みーこが付けてくれるなら俺なんでも嬉しいんだ」


と言って微笑んで男はストローをさしてカフェオレを飲み始める。


「…名前ねぇ」


いちごミルクを手に持ったまま何か名付けるのに役立つような材料を探すために男の顔を見つめた。

自動販売機の白熱灯に照らされた男の顔は綺麗な顔をしているなとは思うもののこれといった特徴がなかった。

毛先のうねった邪魔そうな前髪のかかった左右で違う二重幅の切れ長の目、長い髪の毛をかけている耳にはピアスどころか穴も空いていない、薄い唇はストローを吸って窄まり茶色い液体を流し込んでいる。


「そんなに見つめないでよ。それともチューでも待ってんの?」

「バカ言わないでよ。特徴のない顔だなって見てただけ」

「特徴、ない…か…」


男は苦笑いで答えると飲みきったパックをぎゅっと左手で握りつぶし近くのゴミ箱に投げ捨てた。

紅音も貰ったいちごミルクにストローをさして口をつけた。

変に甘くないいちごの甘酸っぱさが程よく牛乳に混ざってちょうどいい味がした。


「決めた。アンタ、うしお」

「えぇ、うしお?」

「うん、牛乳ばっかり飲んでるから」

「あはは、確かにそうかもね」


ストローをチューチュー吸う紅音の答えにうしおは嬉しそうに笑う。

チュッと音を立ててストローから口を離すと辺りにイチゴの香りが広がる。


「ねぇ、なんで私はみーこなの?」

「ん?んー…」


紅音がパックを飲み終わるのを隣で待っているうしおは紅音の顔をふふっと微笑みながら見つめて頬を指でつつく。


「なんか、一目見てみーこだなって思って」

「意味わかんない」

「お互い様でしょ?」


うしおの指を払って飲みきったパックを両手で潰して同じようにゴミ箱に捨てた。

行こか、とうしおが先程と同じように手を差し出す。

紅音は無意識に手をつなごうとしたがやめて最寄り駅の方に歩き出す。

うしおの振られた手は少しの間宙をさまようがすぐに降りて紅音の隣を歩く。


「俺はこっちだけどみーこはこっち方面でいいの?」

「ええ。今日はタクシーでも拾って帰るわ」

「わー、お金持ちー」


しばらく歩いていると人がちらほらいる小さな最寄り駅が見えてくる。

隣からうしおの寂しげなため息が盛れる。


「あーぁ。今日ももう終わりかー。嫌だなー現実に戻るの」


子供のように駄々を捏ね出すうしおをよそに紅音は手頃なタクシーを探す。

駅前にもかかわらずタクシーの1台も止まってないので車道に目をやるが走っている車自体の台数がそもそも少なかった。


「うしおはどうやって帰るの?」

「…俺は、適当に帰る」

「ふーん」

「なんだよ、興味なしか」


タクシーが全く見当たらず諦めて迎えを呼ぼうと携帯を取り出し画面をつける。

22:17と浮かび上がった画面のロックを解除して家の人に迎えに来てもらおうと電話をかける。

熱を帯びて熱くなってる電話を耳に押し当て何度かコール音を聞くと女性の声がして事情を説明して車をよこしてもらうことにした。

うしおは紅音の様子を駅の壁にもたれながらぼんやりと眺めていた。

電話が終わりうしおの元に駆け寄る紅音は、帰らないの?と目で訴える。


「みーこの迎えが来たら帰るよ。1人にする訳にはいかないでしょ?」

「…ふーん…」


そう答えると紅音も壁にもたれると会話をする訳でもなく靴の先を見つめて時間を潰す。

風が出だして汗をかいているからだに当たると寒く感じてミニスカートから出ている太ももを撫でる。


「みーこ寒い?」

「別に平気」

「ちぇ、ハグできると思ったのにな」

「気持ち悪」

「正直だなぁ」


まぁそういう所が好きだけど、と薄笑いを浮かべるうしおの体が熱いのがニット越しでも分かる。

少し触れるだけでも熱くて仕方がなかった。


「…うしお初対面のくせに大胆ね」

「みーこだって、そんな俺によくホイホイついてきたね」

「自意識過剰ね。ただの偶然よ」

「まぁ、それならそれでいいや」


身長差のある紅音をみおろして微笑むと駅の目の前に1台の黒い外車が止まった。

自分の迎えが来たと紅音はうしおに目だけで別れの挨拶をして首にしていたヘッドホンを耳にする。


「みーこ」


ヘッドホンをしてても聞こえたうしおの声に思わず足を止めて振り返ると、寂しげな笑顔を浮かべたうしおが右手を上げて小さく手を振った。


「またね」


紅音は小さく会釈をして車に乗り込んだ。

車が動き出した時にはもうそこにうしおの姿はなく、最初からいなかったかと思うほどどこに消えていったかさえ分からなかった。





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