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午後の紅茶にくちづけを  作者: ちょこみんと
ディンブラ・ティー
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白樺真美子(しらかばまみこ)は放課後、空き教室に向かっていた。

ヨーロッパの貴族の御屋敷をも連想させるような豪勢な石造建築の校舎を、清楚感を演出するような真っ白なワンピーススカートの制服の裾を歩く度に小さく揺らしながら右手に海外から取り寄せた紅茶の茶葉の入った紙袋を持って常に清掃員が掃除していて汚れやゴミのひとつない真っ赤なカーペットのひかれている廊下を歩いていた。

放課後に家からのお迎えを待つ女子生徒たちは真美子が廊下を歩いているのを見ると、美しく輝く物珍しい宝石を見るような恍惚の表情で真美子の美しさに見とれていた。

真美子は後輩に当たる女子生徒達が自分に見つめているのに気づくと口角を少しあげて微笑んで答える。

その行為にまた女子生徒たちは息を飲み、中には小さな悲鳴をあげる者もいた。


「真美子様っ、今日もお美しいですわっ…」

「真美子さまっ!私達もお紅茶ご一緒したいですわ!!」


真美子は女子生徒をそんなことにまでしてしまう自分の美貌に逆に恐怖を覚えた。


「ごきげんよう、皆様。でも、残念。私もう行かなくてはなりませんの…」


自分をしたってくれている後輩の女子生徒にかけられた言葉にそれなりの対応をして真美子は逃げるように目的地である空き教室にむかった。

通り過ぎていく女子生徒たちに小さく微笑みながら廊下の突き当たりの空き教室のベルギーチョコのような色合いの堅苦しい感じの木材のドアを開けた。


「あら、真美子さん。ごきげんよう」

「真美子さん、少し遅刻ですわよ」


空き教室──真美子の所属する午後の紅茶部の活動する部屋には既に少女が5人ほど集まっていて各々好きなことをしていた。

1人は部屋の真ん中に位置する真っ白なクロスをかけられているテーブルに白や紫色のテーブルフラワーを整えている子。

目の前の3人がけの赤い布地のロココ調なカウチソファに腰掛けて読書をしている子。

窓の開けて外のバルコニーに出て何かをしている子。

真美子が来たことにすら気づいていない子もいた。


「あら、それは申し訳ないわ。お紅茶持ってきたから許してくれませんでしょうか?」


部屋の中の蓄音機からかけっぱなしのクラシックレコードの音楽と少女達の言葉を聞き流しながら真美子は手に持っていた紅茶入りの紙袋を見せると壁に付属している食器棚の近くで一人で準備を始める。


「お湯、先に沸かしといたよ」

「ありがとうございます。相変わらず気がききますのね、紫之宮さん」


食器棚のすぐ近くにある幼女が1人2人座れるくらいのキッチンワゴンに既にお湯の入ったポットが言葉通り紫之宮陽菜乃(しのみやひなの)によって準備されていた。

真美子はワゴンの引き出しからティースプーンを一つ手に取り紙袋を開いて黒みのある茶褐色の茶葉を掬って人数分をティーポットに落とす。

落ちていった小さな茶葉からほのかな香りが狭いティーポットから逃げるようにふわりと広がった。


「まぁ、いい香り」

「でしょう?」


匂いを嗅いだ陽菜乃がそう微笑むと、ウェーブのかかったミディアムヘアが揺れる。

ポットに陽菜乃がゆっくりとお湯を注ぎ込み蓋を閉めた。

ティーコジーを上からかぶせ茶葉を蒸す時間に入った。


「あと2分くらいかな」

「まぁ、陽菜乃さんのその時計可愛らしいですわね」


陽菜乃が時間を計ろうと制服の裾をずらして左手にしていた腕時計が見えると先程までテーブルフラワーのお手入れをしていた久我山橙子(くがやまとうこ)がオレンジ色のリボンを右側に付けた自分の長い巻き髪を手で払うと陽菜乃の手首を掴んで、不揃いな大きさの数字が記されてる白い文字盤の周りには小さなダイヤがあしらわれヴィンテージワインのような深みのある色の細いベルトの腕時計に目をやった。


「そう?私はいいって言ったんだけど、父さんが持っとけってうるさくて…」


橙子に腕を掴まれ驚く陽菜乃は少し照れた様子で恥ずかしそうに時計について話し出した。

すると、その話に興味を持ったもう1人の少女がこちらに来て会話に加わった。


「あら、これってD.innocentの限定ものでしょ?私も欲しかったのだけれど、最近パーティドレスを新調したばっかりで買えませんでしたのよ」


艶やかな黒髪を二つに分けて結っている高身長の早乙女翠璃(さおとめみどり)が少し羨ましそうに陽菜乃の時計を見つめていた。


「またパーティードレス?あなたの飽き性には日本経済も大喜びね」

「うるさいわねブス。あなたと違って美しい私はパーティーにお呼ばれするのよ?綺麗に着飾るのは当然じゃないこのブス」

「ブスって、何よ!私ブスじゃないわよ!」

「ほら、その顔ほんとにブスよ?鏡を見たことがあって?ブス子さぁん?」

「あら、翠璃さんもしかして私のこの美貌を僻んでいらっしゃるのかしらぁ?女の嫉妬なんて醜いものよ?」

「僻んでなんかないわよブス!」

「ちょっと、もうやめなさいよ!!」


橙子の発言が火種となりお互い笑顔の翠璃と橙子がバチバチと火花を散らす勢いで言い合うので思わず陽菜乃は間に割って止める。

翠璃は腕を組んでふんっと鼻を鳴らして先程座っていたソファに戻っていった。

橙子も同じく翠璃からふいっと顔を背けて食器棚から人数分のティーセットを取り出して銀色のトレーにのせ蒸し終わった紅茶が注がれるのを待っていた。


「もういい時間よ」


陽菜乃が話題の腕時計の針が時を刻むのを見るとそう言って真美子に紅茶を注ぐよう促した。

程よく温まっている白いティーポットを傾けると綺麗なオレンジがかった深い赤茶色の液体が注がれる。

内側の真っ白なティーカップは紅茶が注がれふっと湯気がたち揺れる水面には天井の装飾がうつっていた。

メンバーの好きな色に分けられているソーサーの上のカップ全てに注ぎ終わるとそれを橙子は先程のことがなかったかのようにルンルン気分でテーブルに運んで行った。


「今日のお菓子は…」

「はいっ!真美子さん、私が用意しましたの!」


真美子がティーポットをワゴンに戻すと陽菜乃といつの間にか一緒にお菓子のお皿を用意していた小柄なショートボブの姫宮蒼(ひめみやあおい)が幼い笑顔を浮かべて真美子の目の前でビシッと手を挙げた。

もう片方の手には黄色リボンで結ばれた暗いベージュ色で不思議なペンギン柄のお菓子用ギフトボックスを抱えていた。

蒼はケーキでも入っているのかと思うほどの大きさのギフトボックスのリボンを解いてパカッと開くとキラキラした目で真美子を見つめた。

真美子と陽菜乃がギフトボックスの中を覗くと味が違うのか色とりどりのクマの形をしている焼き菓子が10数個入っていた。


「私マドレーヌを作りましたの。どうしても皆様に食べてもらいたくて…」


生まれたばかりの子犬のような全てのものから守りたくなる様な瞳で2人を見つめる蒼は真美子に頭を撫でられる。


「まぁ、とても可愛らしいマドレーヌですのね。食べるのがもったいないくらいですわ」

「ホントねー。蒼と一緒で可愛い」

「嫌ですわ、真美子さんも陽菜乃さんも…からかわないでくださいまし…。蒼のマドレーヌ食べて下さらないのですか?」

「…いいえ、いただきますわ。みんなで一緒に食べましょうね」


真美子はギフトボックスを受け取り微笑み人数分の大きい花の描かれたパンプレートに蒼のくま型マドレーヌを取り分ける。

隣でその一連を見ていた陽菜乃はほかのメンバーが待つテーブルに運んだ。


「まあ、可愛らしいマドレーヌ。これは…パンダかしら?」

「ブス子ったら考え方までブスね。これはタヌキでしょ」

「どっちもハズレ。クマさんよ」


テーブルに運ばれだマドレーヌを見るやいなや形についての意見を交わし再び喧嘩が勃発しそうな雰囲気の橙子と翠璃のやり取りを陽菜乃がバッサリとぶった切った。


「翠璃ちゃんも橙子ちゃんも酷いわ…。私一生懸命作ったのに…」


残りの人数分をお盆に乗せて運んできた蒼は自分のお菓子について言い合う2人を今にも泣きそうな目で見つめた。


「ち、違うのよ蒼!!私は本当はクマとも思ったのよ!?ただあのブスに乗ってあげただけなのよ!!」

「ちょ、ちょっと翠璃!?私だってクマかパンダか迷った末の選択なの!!ていうか、ブスってなによ!!」


敵対してきた2人は泣きそうな蒼を目にすると2人1緒に焦りながら必死に蒼の機嫌を取るために色んな言葉をなげかける。

最終的には翠璃は蒼を抱きしめて橙子がさらにその上から蒼に抱きつく。


「ちょっともー、暴れないでよ!埃まうでしょ!!」


紅茶とマドレーヌの近くでバタバタと蒼に抱きつく2人を陽菜乃は子どもに言うように叱り小突いた。


「もう、わかったよ…2人とも」


抱きつかれて苦しいはずの蒼がニコリと笑顔を作ると翠璃と橙子は目を見合わせ安心したようにほっと息をつくとゆっくり離れる。


「だから、もう…()()()変なこと言わないでね?2人とも」


蒼は確かに笑顔で翠璃と橙子にそう言うがその目の奥は笑っておらずいつもよりも声色が根深いところに怒りを隠しているようで言われた2人は蛇に睨まれた蛙のように大人しくなりスっとソファに腰をかけた。


「あら、紅音さんは?」


マドレーヌの乗った皿をテーブルに並べ蒼が翠璃の隣、ソファの定位置に座ると1人足りないことに気づき当たりを見回した。

銀色のデザートフォークを人数分配置しているとソファが1人分空いていた。


「また、バルコニーね。呼んでくるわ」


一人がけのソファに座っていた陽菜乃がそう言って立ち上がり、颯爽と歩いてバルコニーに出ていきもう1人の少女を呼びに行った。

食器、紅茶、お菓子とを並べ終えた真美子もいつも通り一人がけのソファに腰掛ける。

テーブルを挟んだ真美子の向かい側の3人がけのソファには翠璃と蒼が2人だけ座りその隣に橙子が同じデザインの一人がけ布地ソファに座っていた。

3人は先程のことがなかったかのように笑顔で会話をしていた。


「紅音ったら、ほんとにバルコニーが好きね」

「そうね」


陽菜乃に連れられてバルコニーからは九条紅音(くじょうあかね)がお気に入りの真っ赤なヘッドホンを片手に指定制服のロングワンピースの丈を太ももまで短くアレンジしたスカートの裾を歩く度に揺らしていた。

短いスカートから伸びている子鹿のように細い足もまた学校指定でない真っ赤なリボン通しのオーバーニーソックスにほとんど隠されている。


「にしても紅音さん、そのスカートは短すぎではなくて?」

「今どきの女子高生では普通なのよ」


身長の低さを誤魔化すように履いている真っ赤なリボンが編み上げられそのまま踵で結ばれている厚底のチャンキーヒールのパンプスを鳴らしながら既に座っていた真美子の隣にため息とともに腰掛けた。

小さな紅音の体は柔らかいソファの背もたれに沈んで行った。

ついで陽菜乃がその隣に座ると午後の紅茶部全員が揃った。


「では皆さん揃った事ですし、いただきましょうか」

「そうね、いただきましょうか」

「いただきます」


真美子の掛け声で少女達はそれぞれにいただきますと言うと湯気がうっすらと立つティーカップを手に取り口をつけた。

甘さの奥に渋みのある紅茶が口の中を流れ、薔薇のような香りが鼻腔をくすぐり真美子は自分の持ってきた紅茶で満ち足りた気持ちになった。


「まぁ、いい香りですわ」


1口飲んだ蒼は満足そうに微笑みながら手にしたティーカップを傾け紅茶の香りを嗅いだ。


「あらどうも。そう言っていただけると嬉しいですわ」


真美子は正面に座る蒼に微笑み答えると、マドレーヌの乗ったプレートを手に取り食べ方を迷いながらもフォークで1口サイズに切ったマドレーヌを口に運んだ。

うっすらとピンク色を帯びているマドレーヌは焼き菓子固有の甘みとは別に果物のような甘さがして酸っぱさも遅れて口の中に拡がった。

アプリコット味なのだろうかと推定する。


「この前お父様が買ってきたディンブラがあまりにもいい香りでしたので…、シーズンは少しすぎてしまったのだけれスリランカから取り寄せましたの。蒼さんのマドレーヌとも合いますし、香りも薄くなくてよかったですわ」


真美子はみんなに見えるように微笑むと、もう一口マドレーヌを口にする。


「単調な味ね。飽きたわ」


紅音はポーカーフェイスで少ししか口をつけていないティーカップを赤色のソーサーに戻すと舌を変えるようにマドレーヌをフォークを使わず手で掴み食いついた。


「あらそうですか?なら紅音さん、ミルクを少し入れるだけでも変わりますのよ」


テーブルに置いていたクリーマーを手に取ると許可もえずに真美子は紅音の使うティーカップに流し込む。

白いミルクが流し込まれ茶褐色の液体は濁り、マーブリングの絵のように水面の色素は乱れていた。

ティースプーンで紅音の紅茶を数周掻き回すとミルクと混ざり合い薄い小麦色1色の液体が完成した。

真美子はそれをマドレーヌを咥える紅音にやや強引に手渡す。


「きっと、紅音さんも気に入りますわよ?」


もぐもぐと咀嚼する紅音は強引な真美子に困った表情を見せると口紅で真っ赤に染まっている唇をティーカップにつける。

口の中に残っていたマドレーヌと一緒に飲み干すと目を大きく開いて美味しいらしくうっとりとした表情をうかべた。


「こう見ますと、真美子さんと紅音さんご姉妹のようですわね」


既に1杯分の紅茶を飲み干した橙子は自分でティーポットを手に取りおかわりを注ぐと2人の様子を見て可愛いものを愛でるかのような声色で微笑み言う。


「私も思いましたわ。下級生の間でもお2人はとても人気ですのよ」

「そうですわ。お2人はとても絵になりますもの」


橙子についで蒼も2人を羨望の眼差しで見つめる。

そう言われた紅音は無表情で真美子はどう反応していいのか分からず目線をそらして微笑む。


「こんな妹だと姉は大変ね」

「あら、私が妹ですか?」


無表情のままの紅音は隣に座る少し座高の高い真美子を見上げる。

真美子も紅音を見つめ苦笑する。


「でも私、真美子さんと陽菜乃さんが一緒に生徒会のお仕事してらっしゃるの好きですのよ」


マドレーヌを1つ平らげた翠璃が自分のプレートに色に違うマドレーヌをよそってくれる陽菜乃に目をやる。

陽菜乃はいきなり会話の話題に放り投げられ驚いた表情を見せると、何よそれと照れたように笑う。


「確かに、生徒会長の真美子さんと副会長の陽菜乃さんが仕事されてるのとても素敵ですわ」

「お2人なら、ご姉妹…と言うよりもお互いを信頼している夫婦のようですわ」

「夫婦ねぇ、付き合いは長いけど… 」


キラキラと目を輝かせ自分の胸の前で両手を握り2人を見つめる蒼は恋する乙女のようだ。

苦笑いを浮かべ戸惑う陽菜乃はと言うと、この話題が早く終わるのを紅茶をおかわりして待っていた。


「確かに紫之宮さんとは中等部からの仲ですもの…。とても信頼していますわ。…私達が夫婦というのなら、私は紫之宮さんの知音女房ですかね?」

「え?私は旦那なのね」


真美子の優しい微笑みに、陽菜乃はおかしく笑う。

その時ライトピンクの唇から形のいい八重歯がのぞいた。

間に挟まれた紅音は相変わらず無表情のまま無心で紅茶を啜っていた。


「それに陽菜乃さん、生徒からとても人気ですわよね。私の同じクラスの方達も愛慕してましたわ」


両手でティーカップを持っている翠璃はそんな陽菜乃を見て微笑んで飲み干したカップを緑色のソーサーに戻した。


「そう言われてもなぁ、女の子同士だし…」

「でも、今年に入って告白されたのこの前の人で…8人目でしたわよね」


蒼がなにかを思い出しながら両手の指を折って人数を数える。

その指を見ると陽菜乃は呆れたように苦笑いをうかべた。


「慕ってくれるのはありがたいけどね…」

「こんな女のどこに惹かれるのかしら」

「何よその言い方」


隣にいた紅音が前で腕を組んで陽菜乃を見つめ不思議そうに首を傾げて、純粋に疑問として投げかける。

見つめられた陽菜乃もどう答えるのが正しいのか分からないまま紅音を見つめ返していた。


「あら、紫之宮さんはとても魅力的な女性ですよ?…ずっと隣で見ていた私が言うのだから間違いないですわ」


真っ白のソーサーにカップを戻した真美子は陽菜乃に向き直るように体勢を変えて微笑み応える。

そう言われた陽菜乃は照れ笑いをしながら恥ずかしそうに顔を隠すが紅音は納得いってないようで陽菜乃のその様子を腑に落ちない顔で見ていた。


「んっ、…やだっ、零しちゃった」


飲んでいた紅茶が口の端から零れた雫が、橙子の白い制服に落ちてシミを作った。

カップをオレンジ色のソーサーに戻すと制服の胸元に出来てしまった染みを髪を払い当惑している。


「ブス子ったら、ほんとグズね」

「まぁ、シミになったら大変!」


翠璃はどうしていいのか分からない橙子を嘲笑い、蒼は制服のポケットから白いレースのハンカチを取り出すと見かけによらず男らしく橙子を抱き寄せてハンカチで染みを拭き始める。

制服の胸元に手を当てハンカチを押し当てる。

ハンカチを押し付けられる度に橙子は恥ずかしそうに手で口を隠して息を漏らす。

ある程度シミが目立たなくなって顔を上げ会心の笑みを浮かべる蒼の顔が思ったよりも近く橙子は一驚する。

蒼が良かったねと純朴な笑顔で離れると、橙子よ頬は徐々に桜色に染まりだす。


「ちょっとブス!!何いっちょまえに頬なんか染めてるのよ!!」

「う、うるさいわね!!あっ、蒼が大胆すぎるのよ!!…って、ブスじゃないわよ!!」


色付いた顔を隠すように両頬に手を当てて恥ずかしがる橙子に翠璃は焦燥に駆り立てられたように声を荒らげ思わずソファから立ちあがり勢い任せに指を指す。


「はんっ。蒼も罪な人ね。こんなブスに勘違いさせるようなことしては可哀想ですわ」

「もー、翠璃ちゃん!!」


立ち上がって橙子を見下して冷笑を浮かべる翠璃の言動に耐えかねた蒼も橙子を庇うように立ち上がる。

自分よりも頭一個分ほど背の高い翠璃を頬を膨らませ見上げる蒼はなんとも言い難い威圧感があった。

翠璃は蒼の圧に押され動揺するもなによ、と引かずに腕を組んで対抗する。


「そんなにブスブスって…汚い言葉は使うものじゃないよ」


ふわりと笑う蒼は翠璃の腰に手を回して体を密着するほど寄せると、華奢な細い右手を翠璃の頬に添える。


「綺麗な翠璃ちゃんのこの美しいお口には…汚い言葉は似合わないんだから」


頬に添えた手で翠璃のグロスで艶のある唇を撫でる蒼は更に顔をよせ唇が重なり合うほどの距離で妖艶に微笑む。

翠璃は距離の近さへの驚きのあまり目を見開くが現状把握が追いつかないのか何も出来ず固まる。


「だから、もう蒼の前で汚い言葉使うの禁止なんだからねっ」


先程の大人びた表情とは打って変わって幼い笑顔を浮かべる蒼はめっ!と子供を叱るような動きをするとソファに座った。


「…っ」


翠璃も橙子と同様に頬を染めると何も言わずに頷いてそのまま元の席に座った。


「…まったく…蒼、あんまり橙子と翠璃を弄んじゃダメでしょ」

「えぇ?普通に接してるだけですわ」


一通りの流れを見ていた陽菜乃は呆れたように蒼を叱るが、蒼は不思議そうに首を傾げるだけだ。


「純粋に天然なのね」


紅音は持ち前のポーカーフェイスで蒼を見つめそう言うと自分の使っていた食器類を銀色のトレーに戻し、コードレスヘッドホンを首にかけた。

真美子はお取り込み中の部員をよそに、ほとんど空になった他の部員の分まで一人で片し始めた。




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