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 カーテンの隙間から日差しが漏れ、枕に埋もれた横顔を柔らかく包み込む。

 雀たちのさえずりが、耳元を繰り返し流れていく。


「……う、ん……」


 いつもと同じ朝に、いつもと同じように未理は眼を覚ました。


(……九時か……)


 脇に置いた目覚まし時計を手繰り寄せ、時刻を確認する。普段なら寝坊だが、今日は講義のない日曜日だ。まだもう少しだけ寝ていたい気がして、未理は再び布団に潜り込もうとし、


 ピンポーン。


 無粋なチャイムの音に邪魔をされた。


 ピンポーン。


 それほど間を置かず、二度目のチャイムが鳴った。

 セールスだろうかという考えが未理の頭に浮かんだが、それにしては朝早くからという気がした。


 ピンポーン。


 セールスでなければ宅配か。実家から荷物が送られてくる予定は一応あったので、だとしたら出なければならない。未理はベッドから降り、近くにあったガウンをはおった。

 ふと、違和感があった。


(私、昨日パジャマに着替えたっけ……)


 そんな記憶はない。それどころか、家に帰った記憶も夕飯を食べた記憶もない。

 しかし未理はお気に入りのギンガムチェックのパジャマを着て、下宿のベッドで眠っていた。


 ピンポーン。


 考えるのをやめ、慌てて玄関へと足を延ばす。パジャマのまま出るのは恥ずかしいような気がしないでもないが、膝よりも長いガウンのおかげでほとんど隠れているので気にしないことにした。それに、どうせ宅配人はいちいち客の服装を見たりはしないだろう。半ば開き直ると未理は玄関のドアを開けた。


「はい――」

「おはようございます」


 挨拶は宅配人がしても不自然ではないものだったが、そこにいたのはどう見ても宅配人ではないラフな服装の、二十代前半と思しき金髪の青年だった。


「あの……」


 しまった、何かの勧誘だったのか、と未理は内心で舌打ちをした。まだ頭がよく働いていないのと焦っていたのとで、玄関扉の覗き穴を覗き忘れたのは迂闊だった。

 だが、青年の言葉は未理の予想をさらに裏切るものだった。


「おはようございます。今日から隣に越してきた錦野(にしきの)です。よろしく」

「……はい?」


 未理は思わず間抜けな声を出した。なぜなら未理の両隣の部屋にはすでに住人がいて、新しく誰かが越してくることなどあり得なかったからだ。


「ええと……」


 自分の聞き間違いだろうか。それとも本当に隣に越してきて、前からいた住人とルームシェアでもするという意味なのだろうか。しかし、どう考えてもこのアパートは二人で住むには狭すぎる。

 眠気を吹き飛ばし加速する未理の混乱をよそに、


「朝早くに申し訳ないとは思ったんですけど、引っ越しの挨拶に来ました。つまらないものですが、どうぞ」


 錦野は口上をすらすらと述べ、白い箱を差し出した。


「はあ……えっと、ご丁寧にどうも……」


 戸惑いつつも、反射的に受け取ってしまった。手に持った感覚から、箱の中身はタオルかハンカチか何かの詰め合わせのように未理には感じられた。


「では、僕はこれで。また何かあったらよろしくお願いします。もっとも――」


「永いお付き合いになるでしょうけど、ね……」


 そう言い残すと、錦野は隣の部屋に引っ込んだ。どうやら、右隣の部屋の鍵を持っていることだけは確かなようだ。


「思わず受け取ってしまったけど……どうしよう、これ」


 箱を抱えたまま玄関の内側でしばし逡巡したが、


「……とりあえず着替えよう」


 箱は部屋の隅に置き、衣装ケースを開ける。取り出したのは、水色のシャツとベージュのスカート。休日なので窮屈でなく、部屋でゆっくりするのに適した服を選び着替えた。


(……さて)


 視線を斜め下方に向ける。そこにあるのはもちろん、先ほど錦野から贈られた箱だ。不審人物の持って来た箱など部屋の隅に放置したまま忘れてしまいたいところだが、


「……放っておいたらおいたで、何かありそうで嫌だし……でも……」


 手を伸ばしかけては引っ込めるということを数回繰り返した後、未理は意を決し箱を手に取った。


(とりあえず中を見て、理由をつけて無理にでも返そう。こんなに高そうなものをもらって困るとか……そんな風なことを言って。それが無理なら、大学祭のバザーとかに出してしまおう。で、それっきり関わらないように……)


 今後の計画をまとめつつ、未理は箱を開けた。


 箱の中には、死が詰まっていた。




 人差指でボタンを連打する。

 これは、何、どうして。

 頭の中で疑問が渦を巻き、決定的な思考を遠ざけようとする。

 本当は、わかっているのに。

 動悸が激しい。呼吸が苦しい。

 けれどボタンを押す指は止められない。

 必死に、未理はただひたすらにボタンを押し続けた。


「はいはい、そんなに鳴らさなくても今開けますって」


 鍵を開ける音に続いて、部屋の主が顔を出した。


「これ、どうして……!」


 腕に抱えていたものを、その人物に突き付けるように出す。

 だがその人物は動じる様子もなくあっさりと、


「ああ、意外に早かったね。僕の予想では今日の昼とか、それぐらいだと思ってたんだけど」

「――⁉」


 未理は絶句した。


「聞きたいことがあるんだろう?……いらっしゃい。歓迎するよ」


 目の前で笑みを浮かべる錦野に慄然としながら、未理は蓋の開いた箱を抱えたまま立ちつくしていた。

 中心に穴の空いた、血で黒ずんだ衣服の入った箱を抱えたまま。



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