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[この子、眠らされてるみたいだね。でも他に危害を加えられた形跡はないから、あと数時間もしたら起きると思うよ]


 奏緒を一瞥したそれは、公遙の声で事もなげに言う。

 だが、未理の口から安堵の言葉が発せられることはない。しかしそれは構うことなく、


[この空間、さっきの鬼が作ったみたいだけど、ちゃっちいなあ。建物とかの外観は現実世界を反映できてるけど、中身が空っぽ。本質を何も捉えられてない。ま、餌を誘い込むだけならこんな適当なのでいいんだろうけどさ。でも問題は、スカスカすぎてきっかけさえあれば他のものでも簡単に入れる余地を残してるってとこだよね。だって、僕が入れるのは当然だけど、僕の影響下にあるだけの未理にすら侵入を許しちゃうんだから]


 長い口上にも、未理は身じろぎさえしない。ようやくそれも未理の様子に気がついたのか、


[……未理? 大丈夫かい?]


 心配するような言葉を掛けてくる。未理は、自分の名前を言われてやっとおずおずと口を開いた。


「…………公、遙……なの……?」

[当たり前だろう。他に誰がいるっていうのさ]


 どう聞いても公遙の声にしか聞こえない声で答える。


「…………でも、……それは……」


 未理は何を言ったらいいのかわからないという表情のまま呟く。


[……ああ、ひょっとして]


 公遙の声を発するそれは、ややあってから未理の言いたいことを察したように首をもたげた。

 いや、おそらくは最初からわかっていたのだろう。わかっていて、触れなかったのだ。


[――この姿のこと?]


 ついに、それは――くすんだ黄緑色の体躯に虹色の翼を持つ大蛇は言った。

 無言で、肯定の意を込めて未理は大蛇を見つめた。

 体幅は二メートル、全長はおそらく五十メートルといったところか。蛇は一寸にして人を呑むというが、これはその比ではない。頭部からやや下に生えている鳥のような七色の翼も、大蛇をより一層大きく見せていた。


「…………その姿は一体…………」

[一体って言われてもね。これが真の姿だ、とでも言えば納得してもらえるのかい? そう言っても間違いではないけど。……機密事項だけど、未理には教えちゃおうか。僕らにはね、姿が基本的に二つあるんだ。この世界の人間にこれ以上怯えられるのは嫌だから内緒にしてるんだけど、一つは人型で、もう一方は種族特有の姿。さっきの鬼だって、牙や爪がある姿と、この世界の人間のような姿の二つがあっただろう? まあ、僕とは違って彼は両方の姿に差があまりなかったみたいだけどね]


 さっきの鬼。その言葉に、未理ははっとする。


「‼ そうだ、蔭枝くん……! 彼は……」


 目の前にいる大蛇の姿をした公遙に呑み込まれた。少なくとも未理の目にはそう見えた。

 だが、そうだとしたら。


[へえ、あの鬼、そんな風に名乗っていたんだ?彼は、未理の言うところの蔭枝くんは――]


 そこで一端言葉を切る。黄金色の爬虫類の瞳が、底知れない影をゆらめかせる。二股にわかれた舌が、ちろちろと口の間から覗いた。


[僕が、喰べてしまったよ]

「な――」


 簡潔な答えに、未理は絶句する。


「たべ、食べたって……」

[あれ、何でそんな顔してるのかな。僕が執行官だって前に言ったはずだよね。で、あの鬼は罪を犯した。どんな目に遭おうが因果応報じゃないのか? ああ、それとも、未理が言いたいのはもっと別のことかい? 僕が同属である異界人を喰べた――つまり、共食いしたんじゃないかって]

「っっ‼‼」


 未理が口にするのをはばかったことを、公遙は何のためらいもなく言ってのける。その衝撃に、未理は打ちのめされた。


[図星かい? はははっ、共食いなんかじゃないよ。だって、『人間を糧とする』ことと『二つの姿を持つ』こと以外は何一つとして違うんだから。この世界で言うなら、ライオンが他の肉食動物を食べるようなものさ]

「…………それは、そう、かもしれない、けど…………」


 だが、少なくとも人間態だけを見ると同じ種族の様にも見えるような相手だ。それに、言語も通じる。そんな相手を喰らうという行為に、未理は禁忌のような感覚を覚えずにはいられなかった。


[とにかく、これで事件はおしまい。めでたしめでたしの円満解決だ。だから未理、僕に言わなければならないことがあるの――聡い君ならわかるだろう?]


 丸い瞳孔を持つ瞳が、ある一点へと向けられる。未理の胸元、正確にはその前で握られている左手の、薬指だ。


「…………」


 そこに嵌っている黒い、禍々しい指輪に、未理は目を落とす。公遙の言うように、事件が終わったのだから、この指輪からようやく解放されるのだ。


(円満解決、なんて言えないけれど……)


 犯人は話したことのある冬治で、その冬治に見も知らぬ女性は食われてしまい、あやうく奏緒も食べられるところだった。しかし、やっと終わったのだ。明日からは、ごく普通の生活に戻ることができる。


(蔭枝くんも……その、いなくなってしまったんだし、もう襲われることも……)


「――⁉」


 未理の目が、突然大きく見開かれた。


[ん? どうかしたのかい?]


 公遙の声が聞こえる。だが遠い。混乱と焦燥と恐怖で意識がぐるぐると回っている。

 気づかなければ、良かった。

 でも、気づいてしまった。

今更気づかないふりをしたって、きっと公遙の目はごまかせない。だから、もはや言うしかない。それが、自ら進んで火の中に入る行為だとしても。


「…………ねえ、聞いてもいい?」

[何をだい?]


 きょとんとした口調で公遙が訊き返す。その口調からは、未理が気づいたことをわかっているのかどうか、未理には判断できなかった。だが、そんなことはどうでもいい。

 早鐘を打つ心臓の音を痛いくらいに感じながら、未理は震える唇を開く。


「…………異界人は、異界の生物を食べられるのよね……? なら……どうしてこの世界に来たの?」

[…………何が言いたいのかな]

「だって……だって、公遙がさっき言ったみたいに、ライオンが他の動物を食べることと同じなら、わざわざこの世界に来なくてもいい。他の世界とゲートを繋ぐなんて、そう軽々できることじゃないんでしょう。……そうよ、異界人の食糧は『人間』じゃなくて、『高度な知的生命体』。なら、何よりも異界人こそが高度な知的生命体なんじゃない!」

[…………]

「異界人は『人間』が必要だからこそ、この世界に来たんだと誰もが思ってる。そして、『異界人』たちはこの世界で言えば日本人とアメリカ人がどちらも『人間』であるのと同じで、見かけに差があれども『異界人』というカテゴリに属していて、共食いするなんて考えられないと、きっと無意識のうちに誰もがそう思い込んでる。でも、でも実際は違った! 『異界人』なんていうのは、実は『哺乳類』と同じで、広い範囲のカテゴリに過ぎなかったんだわ‼」

[………………]

「それなのに、どうして……」

[この前未理の作ってくれたハンバーグ、とってもおいしかったね]


 これまで無言で未理の話を聞いていた公遙が、唐突に口を挟んだ。しかも全く関係のない話題だ。


「いきなり何を――」

[でもあれってさ、野生の豚や牛から採った肉を使ってるわけじゃないよね。ちゃんと家畜として飼ってた動物の肉だよね]


 そのとき、理由もなく未理は背筋がぞっとした。もしかしたら、予感めいたものを感じたのかもしれない。続く公遙の言葉に対して。


[僕たちの世界ってさ、共食いじゃないっていっても互いに食いあうのはできれば無しにしたいって連中が多いんだよね。だって、皆何らかの特殊能力を持ってるわけだし、戦ったらただじゃすまないこともよくあるから、それなら確実に自分より弱い生物を食糧にした方がいいっていうかさ。あ、特殊な力があるっていうのも『異界人』の特徴の一つか……さっきは言うの忘れてたけど。それで話を戻すけどさ、連中はこう考えたんだよね。野生の生物を捕らえるのは何よりも手間がかかるし、気づいたら個体数が激減しているなんてこともある。だったら、こっちが協力して管理して、飼育した方がいい。ストレスがたまったらまずいものができるかもしれないから、とりあえずはのびのびとした環境を作る。そして、こちらの立場が弱いようにも見せかける。で、そうやっておだてて育てれば、きっとおいしいものがたくさんできるよね]


 何が、とは聞くまでもなかった。


[で、そうして百年単位で時間が経てば――僕らは誰も飢えることがないくらい、食糧で溢れる。僕らの寿命ももちろん種族によって異なるけど、百年なんてほとんどの奴にとっては短いさ。あの鬼はそれすらも耐えられないような軟弱者だったみたいだけど。でも、人間でも十年くらいちょっと質素な食事で暮さなきゃいけなくても、その後の人生何十年でもずっと贅沢三昧ができるって言われたら、我慢できる人は多分結構いるよね?]


 尋ねられた未理の顔からは、完全に血の気が消え失せていた。


[この世界はね、見かけ上は異なる世界同士が融和している楽園になるかもしれないけれど、僕たちにとっては広大な養人場なんだ。何十年後かにはきっと、大っぴらに人を襲う奴は相変わらず処刑されるだろうけど、でも気がついたら、大多数の人間から見たらどうでもいい人はいつの間にか消えている――そんな世界になってるかもしれないね。人の精気だけで生きていけるとは言っても、人間一人をまるまる喰らった方がエネルギー豊富に決まってるんだから]


 未理の足が経っていることに耐えられず、よろめいた。その拍子に、未理はどさりと地面に膝をついた。


[何でこの世界に来たかって、君は尋ねたよね。……それはもちろん、僕たちの世界に元々いた人間を一人残らず食べつくしたからさ]

「……うそ……そんな……」


 絶望的な気持ちで、未理は呟いていた。信じられない。信じたくない。だが未理は気づいてしまい、そしてパンドラの箱を開けたのだ。

 そんな未理を嘲笑うかのように、けれど声だけは優しげに公遙は告げる。


[嘘じゃないさ、君だってわかってるんだろう、本当は。……ああ、嘘と言えば、僕は君に確かもう一つ嘘をついてたんだっけ]


 わざとらしく、公遙は今気づいたという素振りを見せる。


[契約が解除できるっていうの、あれ、嘘なんだ]

「え――」


 衝撃が冷めやらぬ間に告げられた事実に、未理は口を馬鹿みたいにぽかんと開けたまま固まる。未理は既に、驚愕や恐怖を感じることもできないほど神経が麻痺してしまっていた。


[自分の命に関わるような契約なんだから、そんなにお手軽に解いたり結んだりできるものじゃないさ。あの契約を結べるのは一度きり。常に動力供給が受けられるっていう点ではいいのかもしれないけれど、でもこの契約って僕らにとってみればリスクは結構あったりするんだよね。だって人間なんて簡単なことですぐ死ぬかもしれないし、それに僕らと同じくらい生きようとすれば、精神がついていけなくなって発狂するかもしれないし。だからさ、その代わり……っていうのも変な言い方だけど、契約を解除するんじゃなくて強制的に僕らの側から終わらせる方法ならあるんだ]


 毒を持たぬ蛇の言葉の毒が、未理の精神を侵食していく。これ以上聞いてはいけない。今度こそ本当に。しかし未理の手が耳を塞ごうと持ちあがるよりも早く――


[未理。君って――とてもおいしそうだね]



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