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「誰だっ⁉ どうしてここに――‼」


 目を見開いて叫ぶ冬治に対し、公遙は全く自分のペースを崩さずに答える。


「どうしてって言われてもねえ。あんな脆弱な結界が僕に効く訳ないだろう。『自分より圧倒的に力が上の者に対してはいかなる術も通用しない』。僕らの世界の不文律じゃないか。……ってああ、それだけじゃなくて誰だって問いにも答えなくちゃいけないんだっけ。面倒くさいなあ。でもまあ、僕はとても優しいから、親切かつ馬鹿正直に答えてあげるよ。僕は錦野公遙。クールでナイスでお茶目な執行官だよ」

「‼ 処刑屋だって⁉」

「……その呼び方はあまり好きじゃないね」


 ふざけた自己紹介の中から聞き捨てならない情報に反応した冬治に、公遙は不快感も露わに眉をひそめた。


「いや、待て! そんな、そんなはずはない! 処刑屋だなんて、そんなはずは‼」


 冬治は公遙が執行官であるという事実を認めたくないのか、精一杯声を荒げて否定する。


「へえ、どうしてそう思うんだい?」


 冬治の熱が上がるのとは対照的に、公遙はどこまでも平坦に応じる。言葉の上では理由を聞こうとはしているが、冬治の疑念など心の底からどうでもいいと瞳が物語っていた。


「結界に近づく気配があったらわかるはずだ! だってこの前はあんなに強大な気配が……」

「え、君ひょっとして自分の気配もまともに調節できないのかい? 嫌だなあ、そんな奴に対して懇切丁寧に解説してやらなくちゃいけないなんてさ。でもわざわざそれを引き受ける僕ってやっぱり本当に親切だよね。そう思わないかい、未理?」

「…………知らない」


 言った後で、未理は声が出たことに驚く。公遙が現れたおかげだろうか。だからといって、公遙に感謝しようという気が起こらないのが公遙が公遙たる所以だが。


「くっ、人を馬鹿にして……」

「『人』? やだなあ、食人鬼如きが何を言ってるんだろうね。僕らを『人』とみなすのは、この世界の概念だ。そして、異界『人』が勝手にこの世界の人間を喰わないようにと定められているのもまた、この世界だ。一応は両世界間での合意の上に成立したこの理、破っておきながら自分は『人』でいたがるなんて、救いようのない鬼だ」


 単なる言葉のあやからもっともらしいことを述べる公遙に、未理は呆れ交じりではあるが半ば感心していた。

 一方、冬治は公遙の言葉に激昂する。


「合意⁉ ふざけるなよ‼ 勝手に上の奴らがそう決めただけだ!人間から食糧を支給されるような存在に、一方的に俺たちを貶めといて! たまに送られてくる、死刑になった人間の肉を食わなきゃならない惨めさも窮屈さも知らない癖に、わかったようなことを――」

「だって知りようがないんだから仕方がないじゃないか。それとも何かな、君は僕にその惨めさを共有してほしいのかい?僕に同じような気持ちを味わわせて、辛いね、苦しいねって傷の舐め合いでもしたいのかい? ああ嫌だ、吐き気がするね」

「なっ⁉」


 微塵も同情するそぶりさえ見せず、ばっさりと切り捨てた公遙に冬治は唖然とする。


「こっちは君みたいに特定の『何か』を喰わなければ生きていけない訳じゃないんだ、当たり前だろう。そもそも、別に特定の『何か』――君だったら人肉か、それは少量でもいいはずだろう?種族の特性としてそういう部分があるだけなんだから、少量だけ摂取して、あとは人の精気を吸って補えばいい。ほとんどの奴はそうしてるはずなのに、君は何故そうしないのか、まるで理解できないな。そっちの方が執行官を差し向けられたりだとか、人間の警察に出張られたりだとか、そういう余計な面倒事に見舞われることもないのに。『パンはあるけど、ケーキが食べたい』から、そうしない? はあ、贅沢は敵って言うけど、本当だね」

「この、この――」


 冬治は顔を真っ赤にして、口をぱくぱくと開いたり閉じたりを繰り返す。しかし反論のしようもないからなのか、その口から意味のある言葉は発せられない。

 公遙はそんな冬治を冷徹な目で一瞥し、


「もう少し君で遊んでてもいいんだけど、君じゃ単純すぎてつまらないな。やっぱり未理で遊ぶのが一番だ、うん」

「……『で』って何よ、『で』って」

「ちっ!」


 公遙と口論しようとすることの無駄をようやく悟ったのか、冬治は抱えていた女性の身体を投げ捨てて脱兎のごとく逃げ出した。


「なっ、ちょっと⁉」

「いいさ。逃げたいなら逃げればいい」


 面食らう未理の横で、公遙は事もなげに言う。

 さすがにそれはと、文句を言おうと公遙の方を向いた未理の目前。

 公遙の輪郭が、揺らいだ。

 そして公遙の実体が地面へと一気に溶け、沈む。


[――呑まれてしまえば、逃げる意味なんてないのだから]


 声とともに地面から現れたそれが、一瞬にして冬治へと間合いを詰める。

 そして、大きく口を開けたかと思うと――

 冬治をそのまま、丸呑みした。


「な――何だこれ⁉」

「この、出せっ、出せ‼」

「畜生、俺は、俺は……!」

「まだっ、まだっ、こんなところで……‼」


 しばらくの間、そういった冬治の必死な叫び声が辺りに空しく反響していた。

 しかし、それとは別の声が叫びの合間に生まれた。


「――……う、ん……蔭枝、くん…………?」


 おそらくは、夢現の狭間にもれただけの、微かな呟き。意味などない、ただの反射のようなものだろう。

 しかしそれは、この空間内にいた全ての者に届いていた。

 自身が何を呟いたかも知らぬ奏緒は、再び作られた眠りの底へと沈んでいく。

 冬治の叫ぶ声は、いつの間にか止んでいた。

 束の間静寂が場を満たしたが、やがて、


「…………俺は、勘違いしてたのか…………? ……空腹とかじゃなく、だって、今感じてるこの気持ちは…………」


 冬治は何かに気がついたかのようだ。

 だが、もう何もかもが手遅れだった。

 言葉だけを残して、冬治は完全に呑み込まれた。



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