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 合挽き肉をこねながら、未理は自問していた。

 どうして、課題が大変なこの時期に自分はわざわざハンバーグを手作りしているのだろう。

 そして、


「こっちで仕事するようになってからテレビを見たりするようになったんだけど、正直面白さがよくわからないんだよね。たとえば今出てる芸人なんか、『アットホームな笑いで人気!』なんてキャッチコピーが付いてるけど、どこがいいんだろう。もっと思い切ったことやってくれる方が面白くない?」


 なぜ、公遙は自分の部屋の食卓につき、テレビの面白さについて講釈をたれているのだろう。しかも笑いのツボが合わない。


 正門前で何やかんやと言い合った後、結局未理は公遙と連れ立って大学近くのスーパーで買い物をすることになった。そこで今日の夕飯のメニューに頭を悩ませていたところ、「今日の夕飯用の食材、僕が買ってきてあげるよ。さっきは怒らせちゃって悪かったね」と公遙が言ってきたのだ。夕飯を考えるのは面倒くさいから公遙が買ってきた食材で適当に作ればいいか、自分の懐は痛まないし、それに少しは公遙にもいいところがあるじゃないか……などと考え、未理は公遙が買い物をしている間、休憩用のベンチに腰掛けてレポートについて考えを巡らしていた。


 それが大きな間違いだったとわかるのは、アパートに着いてからだった。

自室に戻ってスーパーの袋を開けたところ、全ての食材が一人では使い切れそうもない量あったのだ。はっきり言ってしまえば、丁度二人でなら駄目になる前に使えそうな量だった。すぐさま隣室へ向かい公遙に抗議したが、「だって僕が買ったんだから、僕の分があるのは当たり前だろう」と悪びれることなく返されてしまった。こっちが買ってもらった手前何も言えず、そして食材を無駄にするなど言語道断と考えた未理は、こうして公遙をしぶしぶ食卓に招くことになり今に至る。


(どうせなら、奏緒とか、せめていっきーとかとなら良かったのに……)


 もやもやした不満が湧いてくるが、奏緒や翔を夕飯時になっていきなり呼びつけるわけにもいかない。それに、食材を買ってもらった公遙にお礼として御馳走するという方が理にかなっている。

 だが、そうは言っても割り切れないのが人の心である。ちらりと後ろに目をやれば、文句を言っていたくせに相変わらずテレビをだらだらと見続けている公遙がいる。手伝えのできない者にキッチンに立ってもらっても足手まといになるだけだが、それでも自分が作っている傍でのうのうとテレビを見ている様には腹立たしさを禁じえない。


(まあ、公遙に買い物を任せてしまった私にも原因はあるんだけど……)


 しかし、そうは言ってもなぜあのとき自分は完全に公遙に任せきりにしてしまったのだろう。奴がレジに行く前に目を光らせるとか、他にも方法はあったはずなのに。レポートへの不安で頭がいっぱいだったり、公遙との応酬で疲れていたにせよ、考えが足りてなかったのではないか。

 左手の方に視線を遣れば、薬指に絆創膏が巻かれているのが目に入る。そして、絆創膏の下にはあの不吉の象徴である指輪が嵌っている。きっと自分の思考力が落ちたのはあの忌々しい契約のせいに違いない。

 つまり、公遙が全部悪い。

 八つ当たり込みで結論を出すと、未理は合挽き肉をこねるのを再開した。

 今度は、スパイスとして公遙への怨念を込めながら。




 白い湯気を立てるご飯に、同じく湯気を立てるキャベツと大根と椎茸と油揚げと若布の入った味噌汁が並ぶ。人参とコーンの入ったポテトサラダに続いて食卓に運ばれるのは、本日のメインディッシュであるハンバーグだ。本当はもう一品ぐらいほしい気もしたのだが、作るのが面倒くさく感じて断念したため、これが今日の晩餐の全てだった。


「さてと。それじゃあ食べますか」

「うん。そうだね」


 エプロンを外して両の掌を合わせた未理に続き、公遙も同様に手を合わせる。


「いただきます」

「いただきます」


 未理の声に公遙の声が重なる。

 箸を取ると、未理はとりあえずハンバーグから食べ始めることにした。実家で何回か作ったことはあったが、一人暮らしを始めてから作るのは初めてだ。果たしてうまくいっただろうかと一抹の不安を感じながら口に運ぶ。


「……おいしい」


 思わず口に出してしまったが、今回のハンバーグはそれほどまでに美味しかった。作った本人が言うのも何だが、しかし未理は今まで作ったハンバーグの中で一番の出来であると感じた。

 噛んだ途端に口の中に広がる芳醇な肉の風味。上にかかったケチャップとの相性も良く、ケチャップの甘さが肉の旨味を更に引き立てていた。


「へえ、自分で言うほどおいしいんだ?どれどれ……」


 味噌汁を啜っていた公遙が、未理の言葉にハンバーグへと箸を伸ばす。


「……本当だ、おいしい。味噌汁も具だくさんでおいしいし、僕好みの味つけだね」

「別に公遙の好みに合わせたわけじゃないけど」


 口ではそう言うものの、褒められて悪い気はしない。それに誰かに自分の作った料理を喜ばれるのも久しぶりだ。色々と思うことのある相手ではあるが、食卓を囲む相手がいる方が一人で食べるよりよほどいい。


「こういう人間の家庭料理みたいなものって初めて食べたけど、結構おいしいんだね。いや、それとも未理の腕がいいのかな」

「……褒めても何も出ないわよ」


 口を開けば嘘か減らず口かそれらに類する何かしか出てこないような公遙があまりにも褒めると、嬉しいを通り越してかなり居心地が悪い。率直に言って、不気味でさえある。


「……って、初めて?」


 公遙の言に意外さを覚えて、未理は聞き返した。


「うん、だって別に人間と同じような食事を取る必要がないからね。一回興味を持って料亭とかいうとこに入ってみたことはあるけど、特に感想を抱くような味ではなかったかな」

「料亭って……それすごく高いんじゃ……」


 おそらく高級であろう料亭の料理を特に感想のない味と言ってのける公遙に、未理は呆れるのを通り越して感心した。

 その一方で、未理は公遙が異界人であるということを再認識させられていた。人間と同じ食事をとることなく、それどころか人間を食糧とする異界人。普段の様子が畏怖や恐怖の欠片も喚起させないことから失念しがちだが、公遙はそういう存在なのだ。


(……ん?ちょっと待って、異界人っていうことは……)


 夕食を口に運びながら、何かに思い当ったかのような様子で未理は公遙を見る。


「ねえ、公遙」

「うん、何だい?ハンバーグならあげないよ」

「誰が人の食べかけなんか欲しがるのよ。そうじゃなくて、公遙は異界人よね。だったら、異界に関する面白い話とか知らない?」


 よくよく考えてみれば、専攻する異学の研究対象である異界人が目の前にいる状況など、滅多にあるものではない。相手が公遙ではまともな話は聞けないかもしれないが、それでもレポートのヒントになるような何かはないかと、未理はかすかな期待を込めて尋ねた。


「面白い話、ね。そうだね、威海に行った異界人の話とかどうだい?」

「……それ今適当に作ったでしょう。もういい、公遙に聞いた私が馬鹿だった」


 額を軽く押さえつつ、未理は食事に意識を傾けようとする。


「心外だな。ちゃんと異界に関する面白い話をしようとしてたのに。そもそも、『面白い』っていうのが漠然としすぎてるんじゃないか。未理はどういう話を期待してたのさ」

「知的好奇心を刺激するような話」

「知的ねえ。だったら、こういう話はどうかな。……ああ、でもやっぱりやめておこうかな。だって、未理は『馬鹿』なんだよね。だったら、僕が話したところで理解できるわけがないだろうからね。僕なんかに話を聞こうと思うような、『馬鹿』の未理には」


 公遙は不自然に「馬鹿」を強調しつつ、未理にちろちろと意味ありげな視線を投げかける。


(ああもう、嫌味ったらしい上に鬱陶しい……!)


 右手に持った箸に力が入る。これがもし割り箸だったなら真っ二つに折れていたに違いない。


「……わかったわよ。私が悪かったわよ。だから話したいならとっとと話して」

「僕が話したい? 未理が聞きたい、の間違いじゃないのかい?」


(こっちが自分の非を認めたっていうのに……!)


 ますます右手に力がこもる。漆塗りの箸は割れはしなくとも、おそらく寿命が縮まったことだろう。


(……いやいや、こんなことで苛立つなんて私らしくない。ここは気を静めないと……)


 公遙と出会ってからどうも気が立ちやすくなっている。

 未理はまだ箸をつけていなかったご飯に、カルシウムたっぷりと銘打たれた小魚ふりかけをどっさりとかけた。そしてそれを三口ほどかき込み、


「……そうね、聞きたい。公遙の話が」


 満面の笑みで言ってやった。

 その笑顔に日中の悪夢を思い出したのか、公遙の浮ついた笑顔が引きつった。


「……そう言ってもらえるなんて光栄だな。……じゃあ話すけど、まず、未理は僕の姿を見て不思議に思わなかったかい?」

「不思議って……どこが?」


 思わず問い返してから、公遙の姿を観察してみる。頭があって首があって胴体があって腕もあり、卓袱台の下に目を向ければ足だってある。着ている服は大量生産品らしいシャツとズボンで、特にこれといった特徴のないものだ。ぱっと見た感じは外国人の青年と言って差し支えのない容貌で、この世界の人間でないなどとは到底思えない――


「――……もしかして」


 何かに思い当ったような未理の様子に、公遙は頷く。


「気がついたみたいだね。この前話した通り、僕はこの世界の人間じゃない。なのに、この世界の人間と変わらない容姿をしている。それって奇妙なことじゃないかな。この世界の人は昔、蛸みたいな姿の宇宙人がいるって信じてたって聞いたことがあるけど、同じ次元にある宇宙でさえ、そんな自分たちとかけ離れた姿の生物を想像してたんだ。だったら、異世界の住人なんかもっと想像できないような姿をしてるって考えるのが普通じゃないかい?」

「でも確か、世界はいくつもある、みたいなことを異界王が言っていたし、本にも書いてあった。だったら、たまたま似た生物がいる世界がその中に何個かあったって、別におかしくはないんじゃない?」


 未理はすぐさま落ち着いた口調で反論を試みる。

対する公遙も、それには同意するといった風情で続ける。


「確かにね。……でも、似たような世界がいくつかあったとして、それにたまたま行き当たる確率っておそらくものすごく低いとは思わないかい?この世界へと門を繋げた奴らは、他にも観測できた異世界がいくつかあったって言ってたんだけど、人間がいるっていう条件に合っていて、なおかつ繋げられる世界はここしかなかったんだ。その世界の人間が、たまたま自分たちと姿が似ている。しかも、その世界の文化面に着目すると、まるで自分たちを指すような人を喰う魔物の伝承がある。そんな確率って……計算するのも馬鹿みたいなことになりそうだよね」

「…………」


 未理は無言で公遙の言葉を咀嚼する。そして確率の低さを考えるとともに、一つの単語について思いをはせる。

 公遙の言うところの「人間」。

 その単語の示すところを思い、異学部を志望するにあたって読んだ異界人に関する文献を思い出す。

 異界人が糧とする「人間」とは、姿を指してのことでも、この世界でいうホモサピエンスに限定するものでもない。異界人が糧とできる存在であるところの人間とは、その世界で最も複雑な知的活動を行える生物のことである。たとえば、ある世界を支配しているのが蛸のような姿をした高度な知的生命体であるならば、蛸的生物は紛れもなくその世界の「人間」なのだ。

 生物としての、種としての本能に従うのなら、命の続く限り生き、子孫を残すという営みを行えばよい。その過程で選ばれるパートナーとして最適なのは、優秀な遺伝子を持った個体だろう。信憑性がどの程度かはわからないが、好きな異性の匂いは自分とは遠い遺伝子を持った異性の匂いだとテレビでやっていたのを、未理は曖昧ながら記憶していた。


 しかし、「人間」は、遺伝子だいけで恋人や配偶者を選んだりはしない。内面や外面、さらには社会的地位や経済状況など様々な要因を考慮して選ぶだろう。また、生物であるのなら、通常は苦痛を避けたり死を恐れたりする本能が備わっているはずだ。しかし、自ら進んで苦行に励んだり、命知らずな行動に出る人間は少なからず存在する。これらのことは、本能だけでは説明できない複雑な知的活動があること示す例であるといえるのではないか。複雑であっても、それが優れていると言えるかは別だが。

 異界人が糧とできるのは、そんな複雑な知的活動を行える生物が生み出すエネルギーだけなのだ。もちろん牛や豚などでもエネルギーは皆無ではないが、異界人の生命を維持するには圧倒的に足りない。だから異界人は、それぞれの方法でもって人間のエネルギーを得るのだ。


「……じゃあ、この世界と公遙たちの世界は、もともと関係があったとか?」

「その可能性がゼロとは言い切れないだろうけど、現在までにその証拠は見つかってないね。それに、僕たちが自給自足できてた頃は異世界のことなんか誰も考えもしてなかったし、ちょっと無理がある仮定かもしれないな」


 自給自足されていたのが自分たちと同じような「人間」と考えると、何やら落ち着かない心地がするが、それはひとまず置いておき、未理はううんと唸って考える。


「じゃあ、実は私たちの目には異界人たちの姿が自分たちと同じに見えるだけで、実際は違うとか。本当は蛸みたいなのをこう、光の屈折とかを利用して人間っぽく見せかけてる、みたいな……」


 言っている本人も阿呆らしくなるような思いつきだが、とりあえず言ってみる。


「未理が今見ているこの姿も、紛れもなく僕だよ。異界の姿見に自分自身を映した姿と、この世界の写真機で写した姿は同じだし。それに、未理たちから見た異界人だけじゃなくて、僕たちから見たこの世界の人間だって、自分たちと同じような姿に見えるっていうのを忘れてない?認識を疑うのは結構だけど、考えが足らないな」

「考えが足らなくて悪かったわね」


 まったく、どうしてこいつはこう細かいところを突いてくるのか。身近でいうなら鷹薬もその傾向はあるが、目上であるため別に苛立ちを覚えたりはしない。しかし、見た目は同世代の公遙が相手となると話は別だ。


「もう思いつくことはないかい?」


 味噌汁を優雅に啜りながら、公遙が訊いてくる。

 そのどこか上に立ったような態度に、鼻持ちならない気持ちを感じつつ、


「……ない」


 若干の悔しさを隠して返した。

 未理の返答に満足げに頷くと、公遙は勿体ぶった態度で話し始める。


「なら答えを言おうか。答えは、『全ての世界には共通性がある』」

「全ての世界に、共通性……?」


 意外な言葉に、鸚鵡返しに尋ねる。


「そう。この世界と僕らの世界がたまたま似てるんじゃなくて、どの世界であれ似たようなところが少なからずあるって考えてみるんだ。たとえば、僕らの世界の賢者が観測した別の異世界には、人間はいないにしろミジンコはいたのかもしれない。または僕らと同じような姿をしているけれど、知能は昆虫みたいな生物がいたのかもしれない。そんな風にどこかに着目してみれば、必ず似てるところはどの世界にもあるんじゃないかってね。僕たちと未理たちは見た目は似てるけど、能力も違うし、それに世界自体を比べてみればこことは大違いだったりするよ。僕らの世界には昇ったり沈んだりする太陽なんて天体はないしね」

「…………つまり……」


 もう迂闊なことは言えないと、一呼吸置いて未理は続ける。


「全ての世界は……もともと一つで、分たれた?」

「あるいは、全ての世界は起源を同じくする、とかね」


 今度は未理の言葉を小馬鹿にすることなく、公遙も応じる。


「未理の言ったような考え方をする奴もいるけど、どっちかっていうと僕が言った方を支持する奴がこっちには多いかな。全ての世界の起源である、母なる世界。それがどこかに存在するんじゃないかって。そして、この世界や僕らの世界はその世界の影響を受けて生まれたんじゃないかって」

「起源世界……」


 呆然とつぶやくほかなかった。たとえば宇宙の広さを想像するだけでも自分と言う存在の矮小さを感じるのに、星の数ほどある世界とましてやその起源世界など、考えただけでくらくらするような話だ。


「まあ、起源世界が存在する証拠はないんだけどね。一種の言い伝えみたいなものさ。そんな確証もない話だけど、少しは知的好奇心が刺激されたかい?」

「……刺激されるどころか、掻きまわされて目眩がしそうよ」


 言いながら、ポーズではなく本気でこめかみを押さえる。


「ふうん、未理って虚弱なんだね。僕たちのことを研究しようっていう異学部の学生なら、もっとがっつくぐらいの勢いがあった方がいいんじゃない?」


 適当な言葉。しかし未理は引っかかりを覚えたかのように公遙の顔を見た。


「私……異学部だってこと公遙に話した?」

「ああ、一昨日未理をこの部屋に運ぶときに、鍵を探そうと荷物をあさったからね。そのとき学生証を見たから」

「かっ、勝手に……」


 公遙の行動が自分の命を助けた末とわかっていても、いい気はしない。それどころか、肩がわなわなと震えだす。

 公遙はそんな未理の様子などどこ吹く風という顔でポテトサラダを味わいつつ、


「うーん、やっぱり僕は肉がいいなあ……」


 などと勝手な感想を述べている。

 その様子を見た未理の白飯に、さらに大量の小魚ふりかけの雨が降り注いだ。



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